【1期作品/小説】スタビにレダがやってきた!

 レダは絵描きを生業とする旅人である。
各地を巡り、その土地の生き物や風景をキャンバスに描いては、それと食糧などの物とを交換するなどして、生計を立ててきた。
彼の絵は柔らかく繊細なタッチで描かれ、見る人々の心を温かくさせることで密かにファンがいるほどに人気がある。
しかしながら、ここ最近、どうにも絵の売れ行きが悪くなり、満足に食事をすることもままならない日々が続いていた。
それでも数日の間は、とある町でレダの穏やかな人柄を気に入った宿屋の主人などの好意に甘えさせてもらい、何とか生活ができていたのである。
だが、それが幾日も続くようになると、その現状に思うところがあったのか、レダは引き留める人々の手をやんわりと断り、描いた絵数点を置き土産にして、絵描き道具などの必需品のみを持って再びあてのない旅に出た。
 それがまずかったのかもしれない。
旅に出ることを決めたのはレダ自身も急のことであったため、彼らしくもなく、まともに準備をする時間もとらず、少量の食糧しか持ち合わせていなかった。
そのため、あっという間に手持ちの食糧は底をつき、更に悪いことには、道に迷ってしまったのである。
視界には樹木と草が生い茂っている光景が延々と続き、いくら歩けど途切れることがない。
また、食べられそうなものも見当たらず、レダはかれこれ3日以上、ほとんど飲まず食わずの体でこの巨大な森の中を彷徨い歩いていた。
 目が回りそうな空腹感に意識は朦朧とし、もはやこの、どことも知れぬ森の中で餓死する他ないかに思われた。
 ――だがしかし、神はレダを見捨てなかった。

「(……ひかり?)」

 不意に前方から差しこんだ細い光の先を辿ると、森が途切れていることに気付く。
光の先へ、レダは残りの力を振り絞り、歩いていった。
 
 
 久しぶりに見た空は青く澄んでいて、今まで木々の影を歩いていたレダには少し眩しく映った。
ひとまず森で遭難し餓死する可能性を回避できたことに、ほっと息をつく。
ついで、ここがどこかを確認しようと辺りを見回し、そこで、人影に気付いた。
その人物はこちらに背を向けていて、こちらからは死角になって見えないが、誰かと楽しげに会話をしているようだった。
これ幸いとレダは力の抜けた体を引きずり、その二人の人影に近付いていった。

「あの……」

 赤い体に、牛に似た角を左右に生やした後ろ姿に声をかけた――そのときだった。

 パクンッ。

 目の前に突如として現れた大きな口に食まれ、レダの視界が黒く染まった。
悲鳴を上げることもできずに硬直する―というより、空腹で力が出ない―レダを大きな口がゆっっくりと呑みこもうと動く。
災難に次ぐ災難。
既に体力の限界にきていたレダの意識は、あっという間に暗闇の中に落ちていった。
 
 
「それでねー……って、わあっ!ロットーちゃん!うしろうしろー!」
「はァ、うしろがどうかしましたァ?……あァ、裏口さんったらまた勝手に捕食しちゃったんですねェ?もー、ほら、ペッしなさい、ペッ!」
「わっ、きみ、だいじょうぶ?!……ん?あれ?この子動かないよロットーちゃん!どどど、どうしよー?!」
「ンー……一応、息はしてるみたいですけどォ、ずいぶんと痩せこけちゃってるようですねェ。ま、後のことは後に考えればオッケー!ということでェ、とりあえず、コノコを村まで運んじゃいましょォ~!」
「おー!」
 
 
<<まさかの分岐>>
レダが目を覚ますとそこには……
『瑠璃の名前をもつお姉さん』『空を飛びたい元気っ子』『緑色のぐるぐる目玉』
 
 
 
<まさかのおまけ>

 スタビレッジは本日も晴天。
抜けるような青い空、真っ白な雲、森の深緑、キラキラと反射する澄んだ川、そして響き渡るのは――

「おぉまえらぁあああーっ!!」
「キャー逃げろ逃げろー!」
「わー!ジュウドくんが怒ったー!」
「おっとなげなァ~い!」
「お前に言われる筋合いはねえ!」

 大きな木の下で涼んでいたモースの前を、りんこを真ん中に手を繋ぎ、飛び跳ねるように逃げていく土に汚れた三人組と、スコップを掲げて追いかける三人以上に泥まみれのジュウドが駆け抜けていった。

「何だかんだ言っても、ちゃんと構ってあげるんだから、ジュウドも律儀だよね」

 遠くの方に消えていく四人の後ろ姿を目だけで追いながら、モースは傍でキャンバスを広げて絵を描いているレダに話しかけた。
レダは自然豊かなスタビレッジに感動し、滞在するようになってからというもの、毎日のようにこうして木陰に座り込み、色々な絵を描いていた。
最初のうちは物珍しそうにしていた住人たちも、今ではスタビレッジの日常風景の一部としてその光景を受け入れるようになっていった。
そして、絵を描いているレダに話かけると返事が返ってこないことが多いということもまた、周知の事実であった。
そのため、モースが返事がないことを気にするようなことはしなかった。というより、元々、モースはそういったことを気にするような性質でもないのだが。

「(……そういえば、今日はなにを描いてるんだろう)」

 モースは、真剣な表情でキャンバスに向き合っているレダの横顔を眺めて、ふと、レダの描いているものが気になった。
普段、レダは風景画を描いていることが多く、スタビレッジの様々な場所でスケッチした風景を、ここで絵の具を使って色を塗っていた。
だから今日もまた、花や木々、もしかしたらよくレダと戯れている動物たちかもしれない、などと考えながら、モースはレダの後ろに回り込み、キャンバスを覗き込んだ。

「あ」

 キャンバスに描かれていたのは、楽しげに追いかけっこをしているライ、りんこ、ロットー、ジュウドに、そんな四人を温かな目で見つめるラズリ、それに、川辺の岩陰でのんびりと昼寝をしているモースの姿だった。
まだ未完成なそれは、だというのに、各々の表情や息遣い、声が浮かんでくるように思え、モースは思わずキャンバスに釘づけになって、声を上げていた。
この場所から見えた景色を、絵にしたのだろう。モースが顔を上げると、同じような光景が目に入った。
モースは、しばらくレダの描く絵を見続けていたが、次第にその口がへの字に曲がっていった。
しまいには唸り声まで出しはじめたモースに、さすがに気がつかざるを得なかったレダは、疑問符を浮かべて振り向いた。

「……モース、どうしたの?」
「その絵、なんか、足りない気がする」
「絵?」
「うん」

 そう言ってレダの絵を指すと、モースはまた唸り始めた。
そんなモースの様子に、レダは困ったように、自分の絵とモースの顔を見比べた。
数秒間、そんな状態が続き、ぽむ、という音が聞こえてレダが振り返るのと、モースが「分かった!」と声を上げるのは、ほとんど同時だった。
そして、モースは驚いてパッチリと目を開くレダに手を突き出した。

「レダだ」
「……ぼく?」
「うん」

 確かめるように尋ねると、モースはしっかりとレダの目を見て頷いた。
聞き間違えなどでなく、モースは確かに、この絵に足りないのはレダだ、と言ったのだと理解して、レダは逆にますます疑問符を浮かべた。

「スタビレッジの絵なのにレダがいないのは、変だよ」

 レダの様子を気に留めることなくそう言うと、モースは自分の言葉に納得するように頷き、「あーすっきりした」と木陰を出ていってしまった。
モースが立ち去ってからも、レダは、そのままぼんやりとその場所を動かず、モースがレダの目を見て、確信をもった声で告げた言葉を反芻していた。

「……レダが、いないのは、変」

 確かめるように呟いたレダの口から、ふふ、とくすぐったいような笑い声がもれた。
そして、筆をぎゅっと握り、描きかけのキャンバスに向き直った。。
今度こそ、本当の“スタビレッジ”を――新たな自分の“居場所”を描くために。

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