涼大祭掌編集(後)

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それは、涼大祭が始まる前日の事であった。
天照(てんしょう)、トワイライト、(あかがね)の三人で、「ニーナ涼大祭へ行こう!」と決まったまでは良かったが、ほの暗い地下通路のなかで三人は困り顔を見合わせた。
地上のどことも関わりを持たず、ひっそりと栄えている地底の大都市【アンダーハーデス】に住む三人。
アンダーハーデスから世界の様々な場所に繋がる地下通路のうち、ニーナタウン方面に繋がっていそうなルートをずっと歩いてきたのだが、肝心のニーナタウンに直接繋がる出口がどうにも見つからなかったのだ。

「道が無ェなら作ればよくね?」

天照がノータイムで大技をぶっ放した。
そうやって地上までの大穴(ショートカット)を作り上げたあと、天照とトワイライトが銅を掴んで地上へ飛び上がった。

「穴はどーしよっか?」
「帰る時に埋めりゃァいいだろー」
そんな訳で、アンダーハーデスへの直行通路を放置して、三人は意気揚々と涼大祭へ繰り出したのだった!

 

――なんだか今年の涼大祭は慌ただしい。
ニーナ涼大祭実行委員会のために設営された仮設テントのカウンターにもたれかかかりつつ、シアルは難しい顔をした。
手元の資料にはリリオ達からの報告が記されている。ニーナタウンを囲む湖からほど近いところに、謎の大穴が開いているらしい。
覗き込めば中は真っ暗で、どこまで続いているのか分からないほどに深い穴だという。
誰が落ちているかも分からない。ニーナタウン町長であるハトラが様子を見に、その大穴へ向かったところなのだ。
それがなくとも、屋台のほうで派手な銃撃音が響いたり、湖で絶滅危惧種を釣り上げているカービィがいたり、かつて涼大祭で事件を起こした光がまた現れたり、と不穏な予感を感じさせられるのに。
――シアルは頭の良いほうではない。何か困った事があれば、とりあえず考える前に行動して状況を動かそうとするほうだ。それでもこうしてここに留まっているのは、涼大祭でシアルにしかできない役目があるからで……むむう、とシアルはため息とも呻き声ともつかぬ音を吐いてから、眉間に寄っていたシワをほぐした。
と、そこへまた一人。
「た……大変だー!」
大声をあげて駆け込んできたのはマーニーだ。カウンターに両手をつき、息を整えるのももどかし気に口を開く。
「……銃が盗まれたんだ!」
「銃が?!」
シアルが緊張した表情で身を乗り出す。仮設テント内に居た他の人々の間にも緊張が走る。マーニーも眉間に皺を寄せて頷き、重々しく口を開く。
「そう、僕の屋台で使ってるコルク銃が」
「お引取りください」
「ええっ探してくれよ! 困るんだ! 確かに、高いものではないけれどさ!」
「ないけれど?」
「僕は1円だって損したくないから」
「帰れ」
わーわー食い下がるマーニーと押し合いへし合いしつつ、シアルはため息をつく。
そしてテントの入り口越しに見える湖を見て、その先にあるという大穴の様子を見にいったハトラの身を案じた。

 

湖のほとり、ちょっとした茂みに囲まれた場所に大穴はあった。
一瞬で大穴の底に降り立ったハトラは周囲を見回す。
穴は、カービィ3体が横に並んでもなお余裕があるくらいの幅がある。頭上を見上げると空が小さく切り取られており、この穴が随分と深いことが分かる。
あたりは薄暗いが、ぽつぽつと明かりが灯されているため周囲が見えないほどではない。目を凝らせば地下通路がずっと奥に伸びていることが見て取れる。周囲に人影は見えない。
淡い照明に照らされた岩壁には花と十字を組み合わせたような文様が描かれており、ハトラは思わず壁をまじまじと見つめた。
「カトレアを主体とした方陣? なんて精密な……素晴らしい。これ程見事な遺跡が眠っていたとは、……いや、」ここで訝しげに眉をひそめる「ニーナタウン内の遺跡とは様式が違う……? この模様は、むしろバンバタで見つかっている移動用の……」
紋様の描かれた壁を掌でなぞり黙考する――2,3分経ったのちに、ハッと我に帰った。
「誰か!いませんか!」
声は何度も反響して奥へ響いていく。迷ったが、ハトラは奥へ向けて足を踏み出した。誰かいないとも限らない。暗闇に足を取られないよう、また、遺跡を傷つけないよう、慎重に進んでいく。

地下道は古びてはいたが、過去には美しく整えられていたであろうことが伺えた。苔に覆われている箇所もあったが壁が崩れている箇所などはなく、人工的な意思を感じる広さと均一さを保っている。ライトで照らせば岩壁にはところどころ繊細な文様が描かれ、ゆるやかに光る石がはめ込まれている。
しかしそれにも増して奇妙なのは、少し歩けば周囲の地質が変わることだ。赤い地層が一面に広がったかと思ったら急に真っ白な岩肌になり、かと思えば真っ直ぐなストライプ状の地層のなかにサンゴ礁の化石が埋まっていたり。まるで世界のいろいろな場所を継ぎ接ぎに繋げたようなデタラメな地層だ。
いま自分が惑星のどこを歩いているのかわからなくなる、不思議な地下道だった。

大穴がすっかり見えなくなった頃。ハトラの視界を黒い蝶が横切り、ハトラは思わず蝶を目で追った。蝶はじゃれつくように彼の周りを飛び回っている。
地上では見たことが無いが、繊細な模様を持つ美しい蝶である。地下に生息していながら何を食しているのか、大振りな羽を持つ蝶はいかにも元気そうだ。ずっと一人で地下道を歩いてきたハトラとしては、自分以外の生き物が隣にいるという事実にはなんとなく安心感を覚える。
これほど地下に生息する蝶とはなんとも珍しい。少なくとも、どんな種類の蝶なのかハトラの持つ知識ではわからなかった。ハトラはかぶりを振って「生物学者ならばわかったかもしれないな」と考える。そう、生物学者ならばわかったかもしれない。
それが自然には存在し得ない蝶であるという事を。
「今日は随分と客が多いな」
唐突に響き渡った声に反応し、ハトラは蝶から目を離す。地下道の先、暗闇の中からすべるように現れたのは、裾の長いコートを着て片眼鏡を掛けた球体だった。ハトラの周囲を舞っていた蝶がフワリと羽ばたき、その球体の頭にとまる。
「私の他にも、どなたかいらっしゃったんですか?」
この灰色のカービィが何者かは知らないが、もし大穴から落ちた誰かを保護しているならハトラが引き取り礼を告げなければ。なるべく相手に緊張を感じさせない声音になるよう努めて、ハトラは声を掛ける。
「だとすれば、どうした?」
だが帰ってきたのは非常に硬質な声と、敵意のこもった視線、だった。
金属がぶつかるような音。ハトラは、目の前のカービィがいつの間にか銃を手にしている事に気付く。
「私も訊きたいことがあるんだ」
コートの裾がふわりと浮いて、ハトラの後ろを指す。
「この先に広がっている大穴。……あの惨状は、お前らの仕業か?」
天城が拳銃を構えると同時、ハトラも爆破魔法を放つために片手を振り上げた。

 

「うん?」
屋台を手伝っていたユリカは、いぶかしげに声を上げた。
きょろきょろしたり急に立ち止まったり、挙動不審なカービィがいたのだ。ひとしきり何かに耳を澄ませたあと、人通りの少ないほうに向かって走っていこうとする。
それがユリカの知り合いだったので、彼女は軽い気持ちで声を掛けた。
「やっほーライちゃん。迷子?」
「ユリカちゃん! あのねあのね、あたしじゃなくてりんこちゃんが迷子なの!」
「りんこちゃんが?」
ライに目線を合わせると、ライも両手をぱたぱた大きく動かしながらいっしょうけんめい話す。
「りんこちゃんがね、待ち合わせの場所に来ないと思ったらね、助けてって声がしたからね、風の噂を集めたら、りんこちゃん、遺跡で迷子になってね、しらない人と一緒に変なとこにいるの!
 助けてーって言おうとお祭りのスタッフさんとこ行ったんだけどね、みんな忙しそうだったから、あたし一人で行こーと思ってるの」
それを聞いたユリカが険しい表情になる。
「ライちゃん一人で?」
「そうだよー!」
ニコニコ笑顔で今にも駆けていきそうなライを見て、うーん、とユリカは唸る。
「六花ちゃん」
「うん、行ってきなよ」
先輩バイトの六花に声を掛けると、予想していたように六花が笑った。「小さな射的屋に6人もバイトは不要だし」と付け加える。
「私も行きましょう」
カイレがトレンチガイザーを背負いながら現れる。
「職業上、迷子の捜索にも慣れてますから」とカイレは微笑みを浮かべる。ユリカもニッと笑って、ライに声を掛ける。
「どっちに行けばいいかわかる?」「あっち!」ライは嬉しそうに遺跡を指差した。

 

薄闇のなか手を引かれて、りんこは歩いていた
ここはアンダーハーデス。地下にひっそりと広がるこの都市は、地上の光に慣れた者にとってとにかく暗い。街灯の明かりがぽつり、ぽつりとあるだけで、街の多くが闇に覆われている。建物すら、地下の闇が染み込んでしまったように黒々としてそびえ立っていた。建物と闇との境界があいまいで、どこを歩いているのかわからなくなりそうだ。
街灯に照らし出される逆十字や白いカトレアだけがぼんやりと闇の中に浮かび上がっている。
空気はヒヤリと冷たい。地上(ニーナタウン)ではあんなに日差しが熱かったというのに……。
りんこは、繋がれた手の先をチラリと見やる。街の説明をしていたアディスと目が合い、アディスがにこりと微笑んだ。りんこはそっと目をそらす。
ガスマスクによって視界は狭く、息は苦しい。躓きかけたりんこの手をアディスが引っ張り、転ばないよう支える。
りんこの顔をそっと覗き込み「疲れましたか? すこし座りましょうか」と話しかける声はどこまでも優しい。
最初、武器を手に敵意を放ってきた姿とはあまりミスマッチで――それがまたりんこの不安を煽るのだ。いま「住みたいと言ったのは噓だった」などと言い出せば、どうなるかわからない危うさがある。
ふと、黒い蝶が視界を横切る。
「……アディス」
蝶を侍らせ、渋い顔をした天城がアディスへとなにか耳打ちする。それを聞いたアディスも顔をしかめ、なにやら二人でひそひそと会話している。
……こっそりと手を離そうとしたりんこだったが、その前にアディスに手を繋ぎ直されてしまい、抜け出すことができない。
最後に天城がチラリ、とりんこに視線をやってから、蝶を従え離れていく。
アディスがりんこに微笑み「さあ、行きましょう」と歩き出す。
その手に引かれるまま、より闇の濃い場所に向かってりんこは足を踏み出す。
逃げようとしても逃げられない。じわり、と視界が滲みそうになり……りんこは小さく呟いた。
「誰か助けて……」
その声はアンダーハーデスを流れるゆるやかな風に乗って、洞窟を抜けて、地上へ抜けて――
「ん?」
彼女の友人の、ウイングみたいな帽子を被った水色のカービィの耳に届いた。

 

ユリカ、カイレ、ライの三人は遺跡の地下道をぐんぐん進んでいた。1歩進むごとに下へと降っていくのがわかる。
道は古く、もう使われていないようで、壁が崩れ岩が露出し行く手を塞いでいることすらあった。通れそうにない通路はライの頭突きやユリカの【音響弾】で通路を広げて押し通り、先を急ぐ。
周囲の地質がくるくると変わるが、三人にはそんな事を気にしている余裕はない。ライの聞く【風の噂】を頼りに、りんこの元へとひたすら走る。
一行の視界の先を濃い霧が塞いで、三人は足を止めた。
愛銃【アルペジオ】を握りしめ、ユリカが前方の霧を睨む。
「自然の霧じゃない、よね」
「ええ。風が吹いているのに一箇所に留まり続ける霧なんて、聞いたこともありません」
カイレも【GTG(ガントラント・トレンヂガイザー)】を油断なく構え、ユリカに答える。
深い紫色の霧は美しくありつつも、どこか怪しげに揺らいでいた。
そこに一陣の風が吹いて、ライが目を輝かせる。
「りんこちゃん! いたー!」
待ちきれない! といった様子で駆け出し、そのまま深い霧の向こうへ消えていく。
「ちょ、ライちゃん?!」
「ああもう、迷子になりますよ!」
ユリカとカイレが手持ちの布を慌てて口元に巻きつけ、簡易的な毒対策とした後に駆け出す。
その様子を、闇色の蝶だけが見ていた――。

 

「すー……はー……」
ほんの少し深く呼吸して、りんこは目を閉じ、胸に当てていた手をそっと下ろす。
この街に来てからずっと胸に感じていた違和感が引いてきているのを感じる。少し、呼吸するのが楽になってきた。その様子を見たアディスがニコニコとりんこの頭を撫でる。
「りんこさんの体が毒に慣れてきた証拠ですよ。もう数日もすれば、マスクを外して外を歩けるようになりますからね」
つまり、完全にこの街の毒に染まってしまうということだろうか。
体の震えをなんとか抑えて、りんこはアディスの手をぎゅっと握る。それを見たアディスは目を細めたが――ふと顔を上げて、どこか遠くを見つめた。周囲に沈黙が降りる。とまどうりんこの手を不意に引いたアディスは、彼女を自身の後ろへと庇い、闇の向こうへと鋭い視線を送った。
いきなり視界を遮られたりんこが固まっている間に、アディスが険しい表情で口を開く。
「……あなたも居住希望ですか」
そう言って、闇の中から現れた空色の球体を睨んだ。

 

「?」
ライは首を傾げた。
そして、知らないまっくろなお兄さん(アディス)の後ろに見慣れたりんご色の帽子がいるのを見つけて、満面の笑みを浮かべる。
「りんこちゃん! ()()()()()っ!」

――りんこが「いけない!」と、止める暇もなくアディスが腕を振るう。目を丸くするライに魔法弾が迫り――そして、銃撃音。魔法弾は着弾する前に弾けて消えており、ライはユリカに庇われて先程立っていた所からは少しズレた場所にいる。
「ライちゃん! 大丈夫?」
「うん! ありがとー!」
ユリカの隣で銃口を構えているカイレは、アディスの後ろから顔を出したりんこにチラリと目をやった。「誘拐、ですか? 捨て置けませんね」と弾をリロードする。
アディスは不満そうにため息をついて
「ああ、本当に、本当に。これだから地上の民は嫌いなんです」
マントの下に隠した鞭剣に手を掛けながら、じとり、と侵入者達を睨む。
「りんこさんはここに住みたいと言っているのです。邪魔をしないでください」
「住みたいって言ってる子の表情じゃないんだけど」
「黙りなさい!」
一括するアディス。アディスの袖を引っ張り、りんこがかぼそい声をあげる。
「アディスさん、やめて……戦わないで」
「もしや、りんこさんのお友達でしたか?」
「そうなの! だから」
「そうですか。でもここに住みたいのなら、こういった状況には慣れなくてはね」
アディスが鞭剣を抜き放ち、カイレ目掛けて振り下ろした。カイレは無事に攻撃を避けたが、地面にぶつかった鞭剣は派手な音を立てる。
「アディスさん!」
「大丈夫、りんこさんのことはしっかり守りますから。安心してください」
「ち、違うの……っ!」
鞭剣を素早く引き戻したアディスがさらに追撃を掛ける。辛くも全員がその切っ先を避けたが、地面に当たった鞭剣ははげしい音を立て土埃を巻き上げた。ライが風圧で転び、カイレとユリカが衝撃で後ずさる。カイレとユリカは銃を構えたが、りんこに射線が通ることを警戒して撃つのを躊躇っている。
それを好機とみたアディスがさらに鞭剣をしならせたのを見て、りんこはアディスにしがみつき、叫んだ。
「ダメっ……みんな! 逃げてっ!」
「わかったー!」
「えっ」
ぽかんとするりんこの視線の先、ライは背中を向けて、たったかたー、と逃げ出した。
「逃すか!」
追おうとするアディス……の前で、「あっ!」ライがもう一度くるりと身を翻して。「あい・きゃん・ふらーい!」それはもう、力いっぱい、地面を踏み切り、りんこに向かって突っ込んだ。
「えっ」
いきなり過ぎて避けることはおろか反応することすらできなかったりんこが、フライングずつきアタック(強烈な頭突き)に巻き込まれライ諸共吹き飛ぶ。耳元でびゅうびゅう風が渦巻く音と一緒に、ライの笑い声が聞こえた。「一緒に逃げよ!」二人はその勢いのまま、街の中央に向かってすっとんでいく。

「……これだから地上の民は!」一拍遅れ、アディスが慌てて二人を追う。
「させない!」ユリカが牽制の銃撃を放つ。ゴム弾を跳んで避けたアディスは、「ああもう!」と苛立った声で魔法弾を放つ。空中で狙撃されたそれは、弾けて紫色の煙を撒き散らした。
「!」「この……っ」
毒霧の煙幕を振り返りもせず、アディスは一目散に駆けていく。

ライの突進は、街の中央。教会のような場所に突っ込んで止まった。
「……ライ、思いつきで突っ込んだでしょ?!」
りんこはちょっと涙目になりつつ、ライを壁から引っ張り出す。
咳き込みながら壁から抜け出したライは、くるくると目を回している。「えへへ……」「えへへじゃないよもう!」と、りんこは怒る。
ふるる、頭を振ったライが思い出したように「りんこちゃん、ここに住みたいってホント?」と首を傾げる。りんこは言葉に詰まった。必死に隠していた不安や恐怖が一気に蘇ってきて、ぼろぼろと涙が溢れる。
嘘、地上に戻りたい。みんなのところへ帰りたい。
「迎えにきてくれて、ありがとぅ……」
「うん!」
にこにこ笑ったライは、りんこのほっぺをごしごし擦って涙をぬぐう。
「あっ! でもねえりんこちゃん」
「ぐすっ……なに?」
「こっからどーやって帰ろっか?」
びっくりしすぎて、りんこは涙が引っ込んだ。
ライは首を傾げている。
……何も考えていない故にすぐに行動を起こせるのは彼女の長所でもあるけれど
こういった短所も勿論、ある……。
りんこは軽く頭を押さえつつ
「もう……。ライ、地上に一番近い抜け道はどこか、風の噂を集め」
「うぐ」
「て……?」
ライが呻いてその場にへたり込む。「???……ッ、ぐ」視線の定まらないまま、ライが咳き込む。
りんこはサッと青ざめた。
「あ、そうか、ここ、空気、毒……っ!」
慌てて自身のガスマスクを外しライに着けさせようとするりんこだったが、その手をライが引っ張る。
「りんこちゃん、ここはやく出たほうがいいかも……」
「わかってる! 早く脱出して解毒を……っ」
「ちがうくて……」
「りんこさん!」
教会の扉が開き、薄暗い光が室内に差し込んだ。
「りんこさん! 無事ですか?!」
息を切らしたアディスはりんこの姿を見ると「ああ、よかった……!」と泣きそうな笑顔をする。
そして、りんこが外したガスマスクに目を留め、表情を固くした。
「りんこさん。
 そのマスクはりんこさんのものなのですから、地上の民なんかに渡さなくても良いのですよ」
無理に優しいトーンで話そうとして、失敗したような声だった。
「……ごめんなさい」
りんこはライの口元にガスマスクを押し当てる。ゼエゼエ、といかにも苦しげだったライの呼吸が徐々に落ち着いてくる。
ジャラリ、という音に振り返れば、アディスが赤い鎖を取り出したところだった。
「拘束具」と呼んでいたそれは、使い込まれ所々に赤錆の浮かんだ様子がなんとも禍々しい。
りんこは震えながら、ライを後ろに庇ってアディスの前に立ち塞がる。アディスの表情を見ることができない。
「アディスくん、やっぱりボクは地上に帰るよ」
「……地上は」
「ボクが!」
アディスの言葉を遮り、りんこが叫ぶ。自分のせいで招いてしまったこの事態を、収拾しなければ!
「ボクが、ここに住みたいって言ったのは、ボクの、嘘、だったんだ……そう言わなきゃ何をされるかわからないって思ってっ……ごめんなさい、本当に……ごめんなさい!」
言った。ついに伝えてしまった。恐怖で足が震える。涙で視界が揺れる。最悪の想像が何パターンも頭を過り、蹲ってしまいそうになる。
背後に感じる友達の息遣いと温もりだけが、りんこの両足を支えていた。
「……その可能性も、考えていましたよ」
聞こえたアディスの声は、予想外に穏やかで落ち着いていた。
りんこが瞬きしたことで涙がこぼれ落ち、アディスの顔が見える。アディスは手元に持っていた紙片に目を落とし、それをくしゃり、と握りつぶしてから、りんこをまっすぐに見つめる。
「それでも、最初は欺瞞でも……最後にはこの街を気に入ってくれれば、と、思っていたのですが……」
アンダーハーデスの長は、目を瞑る。次に目を開けた瞬間、その瞳には確かに敵意が燃えていた。
「残念です」
ライがりんこの背を押して再び跳ねた。直後、アディスが放った鞭剣の切っ先が、先程までりんことライがいた場所の床を切り裂く。教会の窓を破って街の通りをころころと転がったりんこは、ライの手を引いて走り出す。
背後から、しなるような金属音と空気を切る音。
ほとんど転がるようにして、りんことライは刃の切っ先を避ける。しかしアディスの攻撃は留まるところを知らない。
ライがアディスをキッと睨む。「あいきゃん……」しかしライが足を止めたその瞬間に、鞭剣の峰が思い切りライの横腹を打ち据える。「きゅう!」「ライっ!」水路に落ちそうになったライをりんこがスライディングでキャッチする。震えて身を寄せ合う二人の前に、アディスが迫る。
「っ、【アップルパイ】!」
りんこを中心にして衝撃波が放たれる。
「【アイスクリーム】! 【いちご大福】っ、【メロン、パフェ】……ッ、ケホッ……【プ・リ・ン・ア・ラ・モード】ッ!」
狙いも定まらないまま、りんこががむしゃらに【マイク】を放つ。無差別に巻き起こる衝撃波を避けるため、さすがのアディスも距離を取った。
「破れかぶれの【マイク】ですか」
しかしその表情には余裕が満ちている。
「はてさて、どこまで保ちますか?」
りんこが激しく咳き込む。【マイク】の発動をするためにはどうしても息を大きく吸い込む必要がある。空気自体が毒を含むアンダーハーデスではほとんど自傷技だ。
りんこが息を継ぐ合間を縫って、アディスが紫の魔法弾を炸裂させる。毒霧をもろに吸い込んでしまったりんこが倒れる。「――コ、コ、……ァ……ッ!」呻き声にも似たそれは、既に衝撃波を撒き起こすだけの力はなく。ただ虚しく、りんこの叫び声がこだまする。
赤い鎖を手にライとりんこに近づこうとしたところで……アディスがその場から飛び退く。
「――ああ。お利口ですねえ、りんこさん」
土煙と、ローラースケートの軌跡。アディスの目の前でりんことライを回収したカイレは、しかし自身の斬撃が躱されたことに軽く舌打ちをする。
ケホ、と咳き込んだりんこは、カイレ達に自分達の位置を知らせるのが間に合ったことに、安堵のため息をついた。
カイレがライとりんこを地面に下ろす。ユリカはアルペジオの銃口で油断なくアディスを狙い、アディスもユリカ達を睨みつつ、じり、と、鞭剣を握る手に力を込める。
カイレは口元にあてた布を巻きなおし、GTGの切っ先をアディスに向ける。
「私は体内の防毒フィルターを使えば、1時間程度は問題なく活動できそうですが……ユリカさんはどうですか?」
「あたし体力あるから、同じく1時間くらいは余裕だよ! ――ただ、この子が保つかなあ」と、アルペジオを撫でる。
アディスが剣を握った手をふりかぶると同時、カイレが飛び出しユリカは引き金に手をかけた。

 

なし崩し的に始まった天城とハトラの戦いだったが、両者を比べれば条件的にはハトラに軍配が上がる。
ハトラの得意とする技は爆破魔法とテレポート。
この先に迷い込んだカービィをただ助け出したいだけのハトラにしてみれば――未知の場所であるために、目視できる位置のみの短距離テレポートしかできない、というハンデはあれど――天城を振り切って、この先で捕らえられている救助対象に接触できれば、戦略的には勝ちだ。
だからこの戦いは、圧倒的にハトラが有利なのである。
「――くっ!」
――そう。条件的にはハトラの方が有利なはずなのだ。
また()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ハトラは呻いた。
爆破魔法をとっさに使って体勢を崩し、なんとか銃弾を避ける。が、
「ぐう……っ!」
銃弾に削られた頬がズキリと痛み、ハトラは傷口を押さえて天城を睨む。
先程からずっとこうなのだ。テレポート先を見越したように、転移した先で銃弾に襲われる!
「どうしてこちらの位置が分かるっ!」
思わずそう吐き捨て、天城に向かって爆破魔法を放つ。
天城は最小限の動きでそれを避けつつ、ハトラの目線、踏み込みのタイミング、身体への力の入り具合を冷静に観察し――自身の背後に向けて銃弾を放つ。
「ぐっ!」――天城の背後にテレポートしていたハトラが吹き飛び、苦悶の声を上げる。ヒビが入った眼鏡を押さえ、揺れる視界で天城を睨みつける。
――平和な街の考古学者と、侵入者の耐えない街の番人。戦いを生業にする者とそうでない者の差が、大きく現れていた。

同時に天城もまた、内心で歯噛みしていた。焦りを悟られないよう努めて無表情を装いながら、ハトラの出現場所を先読みして銃弾を放つ。
確かに現在は天城のほうが有利に戦いを進められている。ただし、それは決して慢心して勝てる程の差ではなかった。
爆破魔法とテレポートの組み合わせは強力だ。例えば爆破魔法で弾幕を張られた状態でテレポートされてしまえば、天城としてもすぐにテレポート先を読むことは難しい。現にハトラのテレポート先を読みきれずヒヤリとしたことが何度もあり、戦場は戦いの火蓋が切られた場所よりも奥まった位置へと動いていた。
”一瞬でも動きを見逃せない”ということは精神的にも大きなディスアドバンテージである。瞬きする瞬間すらもどかしく、天城はハトラの動きを追う。

「あの大穴はお前の仕業か、と言いましたね」

ハトラが立ち止まって天城を真っ直ぐに睨んだので、天城も動きを止める。両者共に息を整えながら、油断なくお互いの動きを牽制する。
ハトラはジトリ、と疑いの視線を向け
「あなた達こそ、あれを空けた張本人ではないのですか」
その言葉を天城は「ハ!」と鼻で笑う。
「侵入者、いや『移住希望者』が現れて忙しいというのに、そんな暇はない」
「あなた達が攫った訳ではない、と?」
「ああ」
天城は、どこを撃てばテレポートを無効化できるのか頭を巡らせながら話を引き伸ばす。
「いつも通り街を哨戒していたら、妙な子供が迷い込んでいてな……拘束しようとしたら」
「な……っ!」
「ここに住みたいと言い出したから、うちの市長が今相手をしている。……私は正直、信用していないんだが」
りんこの表情を思い出し、天城はそう吐き捨てた。口からでまかせだという事を、天城自身は確信している。
「でも、うちの市長はお人好しだから」かるいため息。「どんなに怪しい奴が相手でも、親切に相手してしまうんだよなあ」
だからその分私が警戒してやらないと。もしあの子供が何か、アディスの期待を裏切るような真似をするならば。

「私があの子供を”処理”するだけだ。」

爆破魔法が周囲を埋め尽くす前に、天城はその場を飛び退いた。地下通路に爆破音がこだまする。爆撃の音は止まず、天城の後を追って爆破魔法の連鎖が迫る。天城はハトラを視界に入れ続けたまま、地下通路の中を縦横無尽に逃げ回る。
ハトラはいつも閉じっぱなしの目を見開き、赤い瞳で天城の姿を追う。
「そんなこと、させるワケにはいかないだろうがぁっ!」
残りの魔力量が、とか、天井の崩落が、だとか、ノイズとなる思考は全て振り払う。狙うは短期決戦。自身の持つ魔力を集約させ、大規模な爆破魔法を洞窟内に撒き散らす。
――その焦りが、仇となる。
背中に無機質な冷たさが触れたかと思うと、「な!」ジャラジャラという音を立てて、赤い鎖がハトラをあっという間に縛り上げる。爆破で舞い上がった土煙と爆破音に紛れ、接近に気付かなかったのだ。【魔術】で遠隔操作された赤い鎖はハトラの手足をがっちりと掴み、捕えて離さない。
土埃と石つぶてを振り払った天城はボロボロの格好で、しかし勝ち誇った笑みを浮かべた。
天城が鎖をさらに締め付けようと片手を挙げて――しかし、険しい表情で二丁拳銃を再度構える。
エンジン音があたりに響く。ふいに、天城の足元が凍りついた。天城はステップを踏むようにそれを避け、ハトラから距離を取る。
ホバーバイクのエンジン音と共に現れたのは「……光?!」かつて涼大祭で事件を起こした宙船のメンバー、光だ。
光の着用するマフラーが腕のように動き、ハトラを掴んだかと思うと――ガキン! ハトラを縛っていた鎖を破壊し、ハトラを自由にした。
ハトラは警戒と困惑の入り混じった視線を光に向ける。
「……なんのつもりです?」
「そう警戒しないでよ」
飛来した天城の攻撃をいなし、光がハトラの隣に飛び降りる。
「以前の()()()()()じゃ随分迷惑かけちゃったから、さ!」
ハトラに当たりそうだった【クナイしゅりけん】を、マフラーではたき落とし
「……手伝ってあげようと思って」
ハトラが口を開く前に、銃弾の雨が降り注いでハトラと空が同時に飛び退く。
「二人がかりになったところで易々と通れると思うなよ!」
天城が二丁拳銃に魔力を込め、黒蝶を周囲に展開する。ますます銃撃は激しくなり、一人で捌き切ることは難しい。ハトラは悔しそうに唇を噛んだ。
「感謝はしませんよ!」
「貸し借りナシにしてくれれば充分!」
バッ、と地面を蹴って、ハトラと光は二手に分かれて天城に攻撃の手を向けた。

 

ユリカ達はじりじりと後退しつつ、アディスとの戦いを続けていた。
ユリカによりゴム弾で何度も撃たれても、カイレの素早い動きに翻弄され服や表皮を斬られても、アディスは戦うことをやめない。
ユリカが焦った声で叫ぶ。
「ねえ、アディスさん、だっけ?! りんこちゃんがココに住みたいって言ったのは娯解だったって分かったんだし、もういいでしょ?! あたし達は地上に帰れればそれでいいんだから!」
しかしアディスは「いけません」と、なおも鞭剣を振るう。
「こんな場所まで侵入してきたあなた達を、そのまま帰すわけにはいかない!」
「共感するところはありますが、わざわざ勝てない戦いに身を投じなくてもいいでしょう?!」
アディスの帽子の端を切り飛ばしながらカイレが言ったその言葉に、アディスがピクリと反応した。
「勝てない戦いですって?」
地の底から響くような声で、カイレ達をギロリと睨む。
「舐めてもらっては困ります。私はこの街の町長。この街のことは誰よりも知り尽くしている……」スゥ、とすべるように移動して鞭剣をふるう。当然避けるユリカ達だが、飛び退いた先でユリカが咳き込み、よろめき地面に手をついた。
「力が入らな……っ?!」
アディスの持つ能力の1つ、サイコキネシス。出力自体は大きくはないが、毒を孕んだ空気を一箇所に集め高濃度の毒をたたえた空間を作る程度は造作もない。それに気付いたカイレが斬りかかってアディスを牽制するが、アディスが片手をスイ、とすべらせた瞬間、冷たい衝撃が走る。頬から滴り落ちたのは、極彩色の水溜り。クラリと視界が揺れた瞬間に蹴り飛ばされ、街の中を流れる水路に叩き落される。
「毒の街の恐ろしさ、思い知らせてあげましょう」
「っ、この!」
ユリカが無茶な体制からアディスに銃撃を放つが、アディスはそれをするりと避け武器を振るう。ユリカは転がるようにしてそれを避けたが、足元がふらつく。しかし。「ああもう! 調子狂うなあ!」ダン!と足を踏み鳴らし、しっかりと地を踏みしめる。頭を振って、持ち前の体力でなんとか毒に耐えた。
アディスが再度鞭剣を振るいつつ、サイコキネシスを発動させようとして――タ、タ、タ、タン!――軽やかな銃撃音と散弾のばらける音が響いたかと思うと、アディスの手が空を切った。サイコキネシスが発動できず目を見開くアディスに向かって、水を振り払いながらカイレが斬りかかる。
「ユリカさん」「うん!」
ユリカは二丁拳銃をくるりと回す。ふたつの銃は重なり合い、組み合わさり、狙撃銃の形を取る。
「みんな耳塞いで!」
言うが早いか、ユリカが銃の引き金を引く。圧縮された空気振動エネルギーは音の速さでアディスの足元に着弾し、爆音とともに弾けた。耳を突くような強烈な爆音がこだまし、ビリビリと空気が揺れる。たまらずアディスは動きを止めた。
その間にカイレはGTGをリロードし、能力無効のフィールドをつくる特殊な散弾を再度、放つ。アルペジオの残響が消えないうちに、GTG付属の剣を構えて再度アディスに斬りかかっていく。
「――っぐ!」
鞭剣で応戦するより他なくなったアディスは悔しげに歯噛みする。音響弾による爆音に耐えながら、カイレの放つ斬撃をいなし、鞭剣に仕込んだ毒を飛ばしてなんとかユリカに攻撃を届かせようとするも――鞭剣が伸び切ったところでユリカの音響弾がアディスを捉え、吹き飛ばした。壁にぶつかって呻き声を上げる。
その間に、ユリカとカイレは既にりんことライを抱え、駆け出していた。「逃げるよ!」来た道に向かって全速力で駆ける!
……しかし、駆け出したばかりの彼女達の目の前。巨大な茨が道を塞ぎ、その場でたたらを踏んだ。

「あらあら、まあまあ」

場違いなほど温厚な声が響く。コウモリのような羽をはためかせて、ひとりのカービィが着地した。ふわりとバラの香りが広がる。
「なんだか音がすると思ったら、まあ。ずいぶん賑やかね」
そしてアディスの顔を覗き込んで
「まあアディス。ひどい格好」
「カルティーさん?! 危険です、逃げて……」
「あらあらあら。ふふ、アディス。あたしにだって、この街への愛着くらいあるのよ」とニッコリ笑った。
ユリカ達に向き直り、カルティーは妖艶に笑う。
「【フラ」
カイレの放った銃撃を、地面から生えてきた巨大な茨が遮る。
散弾は確かに茨に命中して地面にばらばらと散乱するが、茨が消える気配は無い。
「GTGが効かない?!」
驚愕するカイレ。茨がひとりでに蠢き、ガパ、と口を開けた。そして、地面に散らばる能力無効化弾を呑み込む。彼らはカルティーが召喚していたワーム【メガトウール】。生き物として独立している彼らは、能力無効化弾の影響を受けない。そのまま再度地面に潜り、あちこちに散らばる散弾を飲み込んでいく――「っ、まずい!」カイレとユリカが引き金を引く。ワームやカルティーに向けて飛来する銃撃はしかし、「住民の方に怪我をさせる訳にはいかない!」とアディスが鞭剣で防ぐ。
そうして。
「ああ、カルティーさん! 貴女は本当に素敵な方だ!」
「やめてね、アディス。あたしはまだ貴方のこと、薔薇にしたくないの。……【フラワー】」
アディスが嬉々として魔法を展開させ、カルティーが大きなリボンを着けた姿に変身する。
「薔薇の花は好きかしら? 地上の勇敢な(おろかな)お嬢さんがた」
さあ、これで、振り出し。
「あなたたちも綺麗に咲かせてあげる」
アディスが毒魔法を放ち、カルティーが幾本もの花を射出する。ユリカとカイレは背後にいるりんことライを庇いながら、応戦を開始した。

 

天城が二丁拳銃を操り、ハトラを狙う。しかし光の放った【ボム】が天城めがけて飛来し、天城はその場から飛び退く。
黒蝶で目眩ましをしようとする天城だが、ハトラの爆破魔法と光の操る3丁の拳銃に全て撃ち落とされる。
自分の腕のように自在に動くマフラーを持つ光は、こういった数で押す戦いにめっぽう強い。
次々に飛来する銃弾と爆撃をかわしながら、それでも天城は諦めない。
2対1。攻撃の手数で言えば、更にその差は開く。人数的に不利だと? それがどうした!
「そんなもんで怯んでちゃ、この街の番人なんて務まらないんだよ!」
天城が二丁拳銃に一層魔力を込め、一気に放つ。何百発もの銃弾が雨となって降り注ぎ、ハトラと光を襲う。
ピンポイントで爆破魔法を使って銃弾を回避しつつ、ハトラが舌打ちする。

「爆破魔法をばら撒ければ楽なのに!」
「それされたら俺はいますぐ帰るからね」
「ハ! 仲間割れとは地上の民らしい!」

三者三様。それぞれに言葉を吐き出しながら、各々攻撃の手は緩めない。
ハトラがテレポートを発動させようとし、その予備動作を読んだ天城が銃撃で発動を妨害し、そこに光が銃撃を放ち、【ボム】を投げる。銃撃をかいくぐり【ボム】の爆風に煽られながらも、天城はハトラから絶対に射線を外さない。膠着状態だ。
「町長さん!」「仕方ありませんね、1,2,3で合わせます!」
別々に攻撃して駄目ならば、力を合わせるしかない。
光がさらに追加で銃を取り出し、両手+マフラーの腕分、合計6丁の拳銃を構える。全ての銃が火を吹き、間断なく射撃が放たれ、天城を狙う。命中率は下がるが、目的はこれで倒すことではない。1,2,3! 射撃に気を取られていた天城が【ボム】の爆風に煽られ体勢を崩した瞬間に、ハトラが爆撃魔法で天城を包み込む。
――当然それを予想していた天城は、崩した体勢をそのままに地面を転がり、爆撃魔法を放っているハトラを射撃しようとして……眼の前に迫ったマフラーの腕にぎょっとした。
これこそが狙いだったのだ。光の操る4本の腕が、天城を絡めとろうとする。
抵抗する天城がクナイしゅりけんを投げる。狙いは逸れ、光が適当に停めたホバーバイクに当たりそうになり、
「わ! ちょっとちょっと!」
技をキャンセルして、光が慌ててバイクをかばう。
「ちょっと、何してるんです?! 真面目にやってくださいよ!」
「真面目ってねえ! そっちはいいかもしれないけど、俺はこれ壊されるわけにはいかないんだよ。宙船に帰れなくなっちゃうだろ!」
「成る程」
天城は光に向けていた方の銃口をバイクに向け、バイクを狙い撃ちしはじめた。
「ヤッバ」
「どうして言っちゃったんです?!」
「ごめ、うっかりうっかり……ちょっ、ちょっと町長さん! テレポートでこれ避難させといてくれない?!」
「ああもう、魔力にも限りがあるというのに……ッ?!」
「させるか!」
光の隣にテレポートを行ったハトラを、天城の弾丸が狙い撃つ。一箇所に固まってくれたならばそれに越したことはない。ここでまとめて仕留める!
弾幕を避けるのに精一杯なハトラと、バイクを庇って思うように動けない光。二人を天城が追い詰める。
「こ、のっ!」
バギギギギ! 光とハトラの目の前に氷の壁が出現し、弾幕を防ぐ。【アイス】を発動させた光は息を吐こうとして……
氷の影から飛び出してきた黒い影に、銃撃を放った。しかし。「っな」真っ黒な影が()()()、光にまとわりついて視界を奪う。ーーこいつはただの使い魔。天城の操る黒い蝶がより集まっていただけ!
光が目を向けていた方向とは反対側から、コートのはためく音。光はガードの姿勢を取るが、天城は銃撃ではなく、クナイしゅりけんを放って光のマフラーを全て地面に縫い止めた。
返す刀で爆破魔法を放とうとしていたハトラの手に切りつけ、ハトラが怯んだ隙に、その眉間に銃を突き付ける。そのまま高圧の魔力を
その瞬間。天城の耳元を一匹の蝶が通り過ぎ、天城がぴくりと身を竦める。
そして思わずといった様子で通路の奥に目線をやり、狼狽した声で「アディス……?!」と呟いた。
これ以上の隙は無い。
ハトラがホバーバイクに触れ、短距離テレポートを発動させた。遅れて天城が銃を向けるが光の【アイス】が天城の足元を凍らせ、天城は攻撃を避けるために射線を外す。ハトラはその間に再度テレポートを済ませており、天城の視界から消えた。
天城は憎々し気に光を睨む。

「くそっ、地上の民ふぜいがッ……!」
「どっちかというと空の民なんだよねえ」

これで1対1。しかし手数は未だ光のほうが多く、弱点となり得るホバーバイクも消えた。
さらに2vs1で疲弊した天城に対し、未だ光の疲労は軽い。
それでもなお二丁拳銃を構える天城と、自身の両手と4つ腕のマフラー全てに銃を展開した光が睨み合い――。
再び、銃撃音が洞窟内に響き渡る。

 

【フラワー】の能力で撃ち出された花を、カイレは持ち前の身体能力で避けた。花は地面に深々と突き刺さり、もしこれが身体に刺さっていたらと考えカイレはぞっとする。
「ユリカさん、後ろは頼みます!」
「うん!」
ユリカが狙撃銃を構える。本当はユリカも戦線に参加したい。しかし、
「……ッ、ゲホッ……」
「……う」
ユリカが背後に庇うライとりんこが、もうかなり限界に近い。
「ユ、リカさん、もう、」
「置いていって、はナシだよ。絶対みんなで脱出しよう!」
こちらに飛来する花を撃ち落として、ユリカがニッと笑う。【フラワー】によって繰り出される花は鋭いが、的が大きいうえ真っ直ぐに射出されるために撃ち落とすことは難しくない。連続して飛来した花を撃ち落とし、ユリカはカイレを援護する。
そのとき既に、カイレはカルティーに斬りかかろうとしていた。しかし「させません!」アディスが鞭剣を操り、カイレと切り結ぶ。
きゅ、と唇を引き結んだカルティーが、片腕を広げ掌を上に向ける。
「【バライト】」
アンダーハーデスを流れる水路から氷の礫が撃ち出される。カイレは礫を避けたが、カルティーの腕の一振りで氷の礫は水に戻り、さらに霧となってカイレを包んだ。
毒水から生成された霧は当然、毒霧となる。
「っ、く!」
一旦その場を離脱したカイレを追って、氷の礫の連撃が迫る。避け、撃ち落とし、切り払われたそれらは全て空中で霧に変わってカイレを蝕んだ。
背中から体内の毒水を排出しつつ、カイレは呻く。空気中の毒は体内の防毒フィルターで防げる。体内に毒水を取り込んでも身体全体に回りきる前に排出することはできる。だが、毒により身体の動きが鈍くなることは如何ともし難い。
それだけではない。カルティーが【バライト】を繰り出す度に濃くなる霧は、カイレの視界を悪くする。
右上から、空気を切り裂く音。アディスの鞭剣がカイレを切り裂く前に、カイレはエンジンを吹かしてその場を離脱する。
「カイレさん!」
ユリカの呼び声にカイレがさらにその場から飛び退き、耳を塞ぐ。
ユリカは音響弾を炸裂させた。爆発的な衝撃が走り、毒霧が全て吹き飛ばされる。
「助かりまし――っ、な?!」
こちらを振り向いたカイレが目を見開いた。ユリカが不思議に思う間もなく、ユリカの手が後ろから縛りあげられる。
ぎょ、っとしたユリカは自身の手を縛り上げたものを力任せに振り払う。そのまま後ろを振り返れば、先程撃ち落とした薔薇の花が急成長し、その根がりんことライを縛り上げているのが見えた。
カルティーが掌を握れば一段と根が締め付けを増し、りんこ達が悲鳴を上げる。
「この!」
ユリカがアルペジオで薔薇の根本を掃射する。花の根が千切れりんことライはばらばらと解放された。しかし、背を向けたユリカに対して、【フラワー】により打ち出された薔薇が迫る。妨害しようとしたカイレは、アディスの鞭剣と魔法弾の連撃に邪魔される。
それでもユリカはなんとか薔薇を避け――しかし無茶な体勢で回避を行ったために完全に避けきることはできず、ユリカの手から【アルペジオ】が弾き飛ばされてしまう。
「ダメ! それだけはっ!」
銃を追って飛び出そうとしたユリカの足を、地面から生え出た根が掴む。特殊能力を持たないユリカは攻撃手段を【アルペジオ】に依存している。愛銃を取り上げられた状態では対抗手段はなく、もがきながらも花の根に巻かれて捕まる。カイレが根を切り裂こうとGTGを構えて走るが、ユリカの元にたどり着く前にアディスとカルティーの集中攻撃が彼女を襲う。
カイレ一人で応戦するが、仲間を庇いながらの2対1ではさすがに分が悪い!
雨のように降り注ぐ薔薇の矢を避けたところで鞭剣の切っ先が頭に迫り、たたらを踏んだところを巨大な茨に押しつぶされる。抜け出そうともがいたが、茨の棘が深く食い込んでGTGを取り落とす。そのまま、花の根に絡めとられていく。
「っ、あ……!」
りんこが絶望の表情を浮かべる。ユリカも、カイレも、捕まってしまった。これでは。このままでは。
「りんこ、ちゃ」
ライがりんこの帽子を引っ張る。
「だ、だれ、か……きて……る」
と、アディス達の後ろの方を指さしてから気絶する。
りんこは、ライが指さした方向に顔を向け息を吸い込む。
攻撃ではなく、声の拡散のみを意識して
「【今】!」
気付いたアディスがりんこに向けて魔法弾を放つが、りんこが言い切るほうが早かった。
「【いちばん高い建物の下に】っ!!」

 

ハトラの得意とする技は爆破魔法とテレポート。
基本的には一度訪れた場所に移動するための技であるため、未知の場所では目視できる位置のみの短距離テレポートしかできない。が――逆に言えば、「どこに行けば良いか分かっているならば」
逆十字の掲げられた大きな丸屋根。その先端の空間がパチリと光り、屋根の上にハトラの姿が現れる。
足元を睥睨したハトラは、記憶にある顔ぶれと、彼女たちを襲っている見知らぬ二人組を目に留めて
即座に、爆破魔法を展開した。
「お、ま、え、ら、かあああ!」
目の前で空気が弾け、火花が舞うのを見たカルティーは、目を見開いて震える。
「いやあああ! 火、火……ッ!」
脳裏に思い出したくもない記憶が蘇り、自身を掻き抱いてその場に蹲る。
「カルティーさんっ!」
アディスがカルティーに手を伸ばし駆け寄ろうとするが、それをハトラの放った爆破魔法が呑み込む。「ああ! アディス!」カルティーが悲鳴じみた声を上げる。
――花の、拘束が緩んだ。
力任せに花の根を引きちぎったカイレが、ユリカが、それぞれの武器に手を伸ばす。ユリカは即座に音響弾を放ってアディス達を牽制し、カイレはりんことライを拘束する花の根を切り裂き二人を抱えた。
「「ハトラさん!」」
「ええ!」
短距離テレポート。ユリカの手を取り、即座にカイレの元に再度テレポートを行う。カイレの手を掴んだのち「これで全員ですね?!」カイレが頷くのを確認してから、テレポートを発動させようとして、ハトラの足を植物の根が貫いた。
発動しかけていたテレポートが失敗し、バチリ!という音と共に魔力が霧散する。
「さっきはよくもやってくれたわね。貴方は原型留めないくらい切り裂いて、薔薇達の肥料にしてやる」
「物騒なガーデニングだなぁおい! 地下の奴らは趣味の悪い連中しかいないんですねぇ!」
「ああ、ヤダヤダヤダ。ほんとうに粗野。これだから地上の民は……」
カルティーが指揮者のように両手を広げると、そこら中に突き刺さった花がグン、と伸びた。花弁が舞い、茨が地面を這い、地中から鋭い根が突き出て侵入者達を襲う。さらにアディスも加勢し、カルティーが打ち出す花をサイコキネシスで操って、いくら避けても追ってくる即席の追尾弾とする。
こんなもの、手を繋ぎながら回避することなどできない。全員がそれぞれ攻撃を避けるのに精一杯だ。この状態で人数差に意味は無く、満身創痍はどちらも同じ。そして相手には「地の利」がある。
「グッ?!」
とある一点に着地した瞬間、ハトラが呻いて地面に手をつく。
サイコキネシスで「毒素溜まり」を作っていたアディスはニヤリと笑った。
「カルティーさん!」「ええ! さあ、散りなさい!」
ハトラに鋭い根が殺到し、そして一瞬で凍りつく。
エンジン音。

 

「――それじゃあね。おやすみ、番人さん」
「……くそっ」

 

「わ、思ったより多っ」
「――光さん!」
ホバーバイクが目に入った瞬間、ハトラはなんとかテレポートを発動してバイクに降り立った。ユリカとカイレもバイクに飛び乗り、抱えていたりんことライをその場に下ろす。ハトラが爆破魔法でアディスとカルティーを牽制しながら、光を急かす。
「早く出発を!」
「テレポートで逃げないの町長さん」
「この人数で逃げるとなると、今の魔力では足りません。もっと地上に近づかなければ」
「*いしのなかにいる* は嫌だもんねえ。了解」
鞭剣の斬撃を躱したバイクはUターンして、街の入口に向かってエンジンを吹かす。
その行く手で【メガトウール】が地面から顔を出したが――頭上を飛び去るバイクに何をするでもなく、そのまま素通しした。
「――カルティーさん?! どうして止めなかったんですか!」
「そう言われても、ねぇ。キリがなくてよ」
ホバーバイクの去った方向を眺めていたカルティーだったが、戸惑いの声を受けてアディスに視線を向ける。
「あの人達を倒したところで、どうせまた新手がくるでしょう?
 なら、さっさと逃してこちらに繋がる通路だけ塞いでしまったほうが良いと思うけれど」
「〰〰っ、ダメです! このまま引き下がれません!」
言うが早いか、アディスがホバーバイクを追って駆け出す。
「あらあら……」
【フラワー】を解除し、折りたたんでいた羽をバサリ、となびかせて、カルティーは少し困ったように笑った。

 
「逃がすか! 地上の民め!!」
アディスが吠え、懸命にバイクの後を追う。スピードを上げる度に破れた衣服から真っ白な体が見え隠れする。自身の体色がコンプレックスであるアディスにとってはそれも煩わしさの一因だ。舌打ちをして魔法弾を打ち込み、鞭剣をしならせる。アディスにとって幸いなことに、バイクの速度はあまり速くはない。アディスが全力で疾走すれば追いつくことすら出来そうだ。ハトラはその様子を見て、バイクを操る光を急かす。
「これ、もっとスピード出ないんですか?!」
「できるかっ本来2人用なんだぞ?!」
完全に定員オーバーのバイクは、エンジンから焼き切れそうな音を立てながら、飛行の体裁を保つのがやっとの様子だ。ぎゅうぎゅう詰めにされた状態でもスペースが足りず、バイクの装甲にまで乗った状態では身動きも取りづらい。
カイレとユリカが弾幕を張り、アディスを牽制する。攻撃を避けるためにアディスが大回りをし、少し距離が開いたのを見て、ハトラがほっと息をついた。さすがにこの戦力差ならば問題なく逃げられそうだ。相手がアディスだけで良かった……そこでハトラは思い至る。
「しかし、よくまあ先程のガンナーを倒せましたね」
「あー……」
端切れの悪い返答にハトラが疑問を覚える間もなく。特徴のある銃撃音と同時、バイクの正面装甲に銃弾がぶつかった。
ぎょっ、として振り返ったハトラの目に写ったのは、2丁拳銃を構えた灰色の球体の姿。追撃のクナイしゅりけんは、光がバイクを旋回させたことで避ける――。
「――倒してないんですか?!」
「あー、ほら」バツが悪そうな声と共に差し出されたのは、射的屋で使われていそうなコルク銃。グリップの台座に嵌っているコピー能力は【スリープ】だ。光はぽり、とマフラーで頬をかく。
「余計な恨み、買うの嫌じゃん。サルヴェインスカイ(うち)に喧嘩売られたわけでもないし」
攻撃を避けるためにまたバイクを旋回させつつ、光はキリッ、とした表情を作る。
「殺さざるべきところで殺さないことが、宙船で長生きするコツなのさ」
「その結果俺達がサンドイッチの具になってんだけどなあ?!」
「ッ痛ァ! 待ってよそもそも台座に嵌めるコピーの元ケチったあの店主が悪……うわわっ?!」
アディスと天城の挟み撃ちはますます激しくなり、無理な稼働でいよいよバイクのエンジンが火を吹きそうだ。カイレとユリカが攻撃を撃ち落としてくれてはいるが、このまま集中攻撃されてはさすがに撃ち落とすのが間に合わなくなる。天城が【いづなおとし】の構えを取ったのを見て、ハトラは迷わず爆破魔法を天井に撃ち込んだ。
岩肌が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。未だ【スリープ】による眠気が残る天城は危うく瓦礫を避けそこねそうになり、アディスが慌てて鞭剣の軌道を変えた。
バラバラに切り刻まれた石つぶての隣を、ホバーバイクが駆け抜ける。
「見えたっ!」
開けた視界に、淡く弱々しく、しかし確かに地下では絶対に見られない光が見えた。大穴の下に着いたのだ。数時間ぶりの地上の光!
緑と水の香りをはらんだ風が頬を撫でる。地上はもうすぐだ――だが、背後から飛来した【クナイしゅりけん】がホバーバイクの側面を叩き、装甲を叩き割る。衝撃でひっくり返りそうになったバイクを光がなんとか立て直す。しかし無茶な動きをしたせいで、バイクのスピードが半減させられてしまった。光がギアを入れ直す前に、アディスの魔法弾が、天城の銃弾が、迫る。
「クソがぁ! これで逃げ切れなかったらマジで許しませんからねぇ光ッ!」
ハトラが血を吐くような叫び声を上げたかと思うと、一瞬腹の裏を引っ張られるような感覚を覚え、周囲がいきなり岩壁に囲まれる。否、ハトラが【テレポート】を発動したのだ。全員が乗っているバイクごと!
完全に魔力切れで顔面蒼白、平衡感覚まで失ったハトラが崩れ落ち、ホバーバイクの壁に背を預ける。その頭上には先程よりもずっと近く、夕暮れ空が広がっている。バイクのギアを上げエンジンを全開にしながら、光がニヤリと笑う。
「やるねえ町長さん」
「し ね」
息も絶え絶えに罵倒を吐くハトラ。りんことライがその背中をさする。
ヨタヨタと、けれど確かにホバーバイクは地上に近づいていく。

「ああ、逃げられた……と考えているでしょうね。地上の民どもは」
「だろうな」

アディスと天城が鋭くアイコンタクトを交わす。
天城が黒蝶を操り作った足場を頼りに、アディスが上に向かって駆ける。天城自身はコートの裾をフワリと浮かせて飛翔する。気付いたカイレとユリカが銃口を下に向けるが、ああ! 真下の位置からは、バイクのエンジン(じゃくてん)がよく見える!
アディスは両手に展開した魔法陣から炎の魔法弾を、天城は二丁拳銃からありったけの弾丸を。二人の攻撃はより合わさって光の尾を引き、いよいよ地上に達しようとした地上の民達に迫らんとする。
傲った罪人を(おとし)めなければ。無遠慮に押し入った、愚かな地上の民に鉄槌を。
そして二人の視界から、地上の民の姿がかき消えた。

 

光達が大穴から飛び出したのとほぼ同時に衝撃が走り――彼らの見ている眼の前で、大穴が崩壊した。
「なっ?!」
一同は目を瞠る。光はホバーを操って、なんとか上空に逃れた。
土埃が晴れた先には、土砂で埋まった大穴。
「……町長さん、まさか爆破魔法を」「濡れ衣です!」
じっとりとハトラを見つめる光に対して、ハトラが首をぶんぶんと振る。
「理由は分かりませんが、今はひとまず安全を確保すべきでは?」
「あたしもさんせーい!」
大穴に向けて銃を構えたまま、カイレとユリカが提案する。光とハトラも互いに頷き、ホバーを走らせその場を後にした。

残った大穴のすぐそば、茂みから声がする。
「……行ったか?」
「行った行った」
そんな囁きが交わされた後、かさり、と茂みから、天照とトワイライトと銅が顔を出す。縮込めていた羽を思いっきり伸ばして、天照が伸びをする。
「ま〜じでびっくりしたわ! めっちゃ見つかってんじゃねえか」
「びっくり、した、ね」

(十数分前)

「っしゃ、そろそろ夕暮れかァ?!」
「みずうみ、すごいね。空がふたつに、なったみたい」
「これ花火始まったら絶対綺麗でしょ。超いい感じのスポットじゃ~ん」
「おーい!」
「あれ?」
湖のほとりで、屋台で買った食べ物をつまみながらダラダラしていた天照、銅、トワイライトの三人組。しかし聞き覚えのある声が湖畔に響き、そちらに視線を向けた。
「さっきの面白おじさんじゃん。どしたの?」
「はぁ、はぁ……いやーハハハ、知り合いからちょっと気になる話を聞かされたものでね」
ふう、と額の汗をぬぐって笑うのは、ヨハネス。三人が湖畔に着いた時に、ニーナタウンの警備のひとから正座で説教されており、同情した銅が射的の景品(にんぎょのなみだ)を渡してあげたら喜色満面にどっか駆け出していったおじさんだ。
ヨハネスは声を潜めて、三人組に耳打ちする。
「ここだけの話なんだがね、君たち早く湖を離れたほうが良いよ」
「どういうことさ?」
「それがだね」
と、ヨハネスはさらに声を潜める。
「この近くに、謎の大穴が出現したらしいんだ。君たち飛べそうだから落ちることはないと思うけど、数日前には何も無かった場所にいきなり穴が開くなんて、なんとも不気味だろう? ニーナタウンの人が調査に向かったらしいけど、……急に地形が変わったというなら、【ダンジョン】である可能性もあるからさ。
 そうなると、何が出てくるかわからないだろう? 一応避難したほうがいいと思って、伝えに来たんだ。ま、念の為だけれどね! きっと数日中にもっと大規模な調査隊も派遣されると思うよ」
一方的に情報をもたらしたヨハネスは、「確かに伝えたよー」とにこやかに去っていく。
ヨハネスとは対象的に、三人組は「げ」という表情で顔を見合わせた。

……こっそりと大穴近くに移動した3人は、穴から充分な距離を置いた位置でアイコンタクトを取る。
天照は自身の掌を切りつけて、骸骨のあしらわれた大鎌に血を吸わせ。
トワイライトは魔法少女のステッキのような見た目のデスサイズをくるりと回し。
「いっ」「せー」
「「のーで!」」

 

「……っ、くそっ!」
地面からなんとか這い出たアディスは、逃げ切った地上の民たちを憎々しげに睨んだ。
天城がまだ眠気の残る頭を振ってから、上空を見上げる。ホバーバイクが遠くに去っていく。
「あいつらっ」
「待てアディス。怒りは分かるが、もう間に合わないだろ。
 ならばまず、この穴を塞いでしまわなければ。これ以上、地上の民が侵入しないように」
「……ええ、わかっていますよ」
アディスはいまいましげに大穴を振り返る。おおかた崩れてしまっているが、まだカービィが出入りできそうな程度には隙間が開いていた。天城も舌打ちをする。
「くそっ、こんな大穴……この穴を開けたやつには容赦しない」
「ええ。”お話”するのもまどろっこしい。見つけたら」
「あれ〰〰〰〰?!」
アディスは後ろからタックルされてよろめいた。「アディスくん天城くんやっほー!」背中から聞こえた脳天気な声は……
「トワイライトさん?! 離してください私は地上の民どもを……!」
「なんだよ~なんだかんだ言いつつおまえらも来たんじゃねェかよ~~」
「違ッ、ゲホッ?! 背中を叩かないでくださッ」
「しちょー! 一緒に、お祭り まわれる なんて、オレ、うれしい です!」
「いや、だから……っ?!」
「お前らが来るんなら、大穴開けた甲斐があったぜ〜!」
天照がガハハと笑い声をあげたところで、アディスと天城がピタリと動きを止めた。ぎ、ぎ、ぎ、と音がしそうなくらいゆっくりと、天照に振り返り。
「……大穴を?」
「天照が開けたって言ったか、今?」
ぴたり、と3人組は口をつぐむ。
天城が血管切れそうな声で「お前ら……?」と問う。顔を見合わせる3人組。
こういう時は自分が疑われるまで完全に知らんぷりして。自分に容疑が向いた瞬間に、全力で。
「「「逃げろーっ!」」」
「逃がすかああああ!」
あっさり天城の放った鎖に捕らえられ、わーわー。気を抜けば抜け出そうとする天照とトワイライトを押さえつけて、「市長もなにか言ってやってくれ!」と天城が怒鳴る。アディスは口を尖らせて、天照のおでこをつつく。
「もう! 地上の民はとても危険なんですよ! もうやっちゃダメですからね皆さん! めっ! ですよ?」
「ほんと住民には甘いな!」
天城が呆れたように空を仰いだその瞬間。上空で光が弾けて――。

 

ニーナタウンでいちばん高い場所、天文台のてっぺんで。
「それじゃあ今年もお願いしますね。シアルさん」
「ま、任せてくれ」
ソマリとハイタッチしたシアルは、ぎこちなく微笑んだ。
周囲は夕闇に染まり、中天に一番星が輝いている。
「ホントにだいじょーぶ? シアル?」
「任せろ……大丈夫大丈夫、私は成長している……やれるはずだ……」
ベルガモットにリフトアップされたシアルが全然大丈夫じゃなさそうな声音でブツブツと呟く。シアル達の視界の外、天文台の隅で、ソマリがベイにそっと耳打ちした。
「ねえやっぱり、普通の花火も用意してるって言った方が良いんじゃないかしら……?」
「いや、しかし本人があれだけやる気になっておるしのう」
うーん、と考え込むソマリとベイを尻目に、ベルガモットがシアルを振りかぶり、思い切り投げた。
【力5】のパラメータによりぶん投げられたシアルは容赦なく天に打ち上げられる。ニーナタウンを囲む湖が全て視界に入るほどに高く昇ったシアルは、両手を合わせ、その技名を口にした。
「ミキサーフィスト――【バーニングボム】!」

そうして夜空に、花火が上がる。

 

夜空に次々と花火が上がる。夜空を駆けるホバーバイクから眺める花火は視界を埋め尽くすほどに大きい。地上で見るよりもずっと壮大で綺麗だ。
「おお……これはまた」
「うっわーキレイ! 映えそう! スマホ持ってきてればな〜!」
メカノガンナーズ達が目を輝かせる。しかしその隣に座るりんこは浮かない顔だ。ユリカの、擦り傷だらけの手にそっと触れて、弱々しい声を出す。
「みんな、ごめんなさい。ボクの、せいで」
ぽん、とりんこの頭をユリカが撫でる。りんこが見上げる先、にっ、とユリカは笑う。
「終わり良ければすべてよしっ! て、言うじゃん!……ホント、無事でよかった」
そう言って、優しく頭を撫でる。その手の暖かさに、りんこは泣き出しそうになりながら笑った。でも、とライの手を強く握る。毒に侵され、息も絶え絶えに呼吸していた姿が目に焼き付いている。
「ライ……だいじょう」
「すご〜〜〜い! お空を飛んでるっ!」
「あ、もう絶対に大丈夫だこれ」
空色の友人は先程までの事などもうすっかり忘れた様子ではしゃいでいる。夜空に咲く花火に手を伸ばそうとするので、りんこは慌ててライを引っ張って座らせた。バイクから落ちないように支えながら、苦笑いを浮かべる。
ハトラはそんなやりとりを見て、そっと笑みを浮かべて――そして、体が宙に投げ出された。
バイクを急旋回させてニーナタウンの入り口に全員を雑に振り落とした光は、不満の声が上がる前に「じゃあこれで借りは返したからね!」と飛び去っていく。
「……ええい! 以前の件については、『貸し借りなし』にしますけど! 今の件については、今度会ったときにしっかり文句を言いますからね?!」
ハトラが怒鳴った声は、相手に聞こえていたのかいないのか。
ホバーバイクは高度を上げ、雲の向こうに消えていった。

 
「わあ〜っ、キレーイ!」
「おうおう見事なもんじゃねーか!」
「すごい ね! オレ、初めて 見たっ!」
湖の畔で歓声を上げ、食い入るように夜空を見つめるトワイライト、天照、銅。アディスはというと、彼らの後ろで、拗ねたように視線をそらしている。
「ふん! 地上の祭なんて、やたらゴチャゴチャして下品で煩いだけです」
そう言いつつも、夜空にチラリと視線をやると。
「まあ、夜闇だからこそ輝くあのアートは、地上の民の作ったものにしては評価してやってもいいかもしれません」
しかし立て続けに起こる、空気ごと震わせるようなドーン!という炸裂音に、アディスは苦い顔で耳を塞ぐ。
「――っ! けどこの音はいただけません! やっぱり地上の民の文化など愚劣です!」
頬を膨らませて喚くアディスを、彼の背中をバシバシ叩きながら笑う者、そっちのけで花火とお菓子に夢中になる者、慌てて耳を塞げるようなアイテムがないか探す者――。
天城はそれを横目に苦笑いをし、黒蝶をアディスの周囲に展開して音を抑える。そうして、また夜闇に咲いた光の花にしばし目を奪われる。眠気の残滓は花火の轟音で既に消えていた。
「なるほど。こういうのもあるんだな、地上にはさ」
そうして案外愉快そうに、くつくつと笑い声を漏らした。

 
「はいはーい!マーニーの射的屋、これにて店じまいだよ〜!ごめんね!また来年ヨロシクね!」
店主の大きな声が響く。景品を置く棚はもうすっからかんだ。いやあ助かっちゃったよ、と店主は大笑いしながら、六花ほか射的屋で働いていたメカノ女子組を見渡した。
「六花さん達のおかげで、予想を上回る勢いで儲かっちゃったね!」
まさか景品が足りなくなっちゃうなんてなあ!とにこにこしたマーニーは、人数ぶんの封筒を手渡した。
「バイト代っていうか弁償額と儲けの差し引き分。お祭りも終わりに近づいたけど、出店はまだまだ開いてるはずだからね。遊んできたらいいんじゃないかい?」
やったー!と、屋台内に歓声が響く。
「だから来年もうちでバイトしない?」
「「「やだー!」」」
「ちぇっ、残念」

 
「町長!」「無事だったんですね!」
実行委員会用のテントに現れたハトラを見て、その場にいた町民全員がほっとした表情で駆け寄る。ハトラはそれに片手を上げて答えた。身につける衣服はボロボロだが、傷は全てマキシムトマトで回復済みである。――精神的な疲弊については、直しようがなかったが。
「ちょっと困ったことになりましてね」
ハトラは大穴での出来事をかいつまんで話す。話が進むにつれ、ニーナタウンの住民達の顔が青くなった。
「そういう事なら、祭りは一旦中止したほうが良いのではないか?」その提案に、ハトラは少し考える。今は花火の真っ最中。大穴のあるあたりはもう真っ暗だ。それに、あと1時間ほどで花火が終わって祭りが終わる。つまり現在は、一番混み合う時間帯。
「いえ、予定通りにプログラムを進行させましょう。下手に中止にしてパニックにでもなればそれこそ危ない。
 とりあえず、テロ等が起こらないようにさりげなく厳戒態勢を敷きつつ、祭りの参加者がいなくなる明日の朝まで厳戒態勢ですね」
「今夜は徹夜かああ〜」
ぐったり、とするニーナタウンの住民たち。彼らの夜は、まだまだ長い。

 
賑々しく夜空に花火が上がる。人々が花火を見やすい位置に移動し、すこし空いている屋台の通りを歩く影が二人。
「あーあーせっかくお祭りに来たのに、結局ほとんど遊べなかったなあ」
そうして口を尖らせるのは、メカノアート裏町に住むルトロだ。隣を歩くカイレにわざとらしくチラリと視線をやってから、また口を尖らせる。
「君が抜けた穴を埋める為に自分が頑張ったんだよな〜! ああ―大活躍だったな〜! これはもうすんごく感謝されないとな〜!」
「はいはい分かっています感謝していますよ……あ、これ美味しい」
ピーチデニッシュをさくりと頬張って、カイレが顔をほころばせる。
ルトロはその様子を見て頬をふくらませた。
「もう! もっと褒めてくれよ!」
「褒めたら褒めたで調子に乗るでしょうあなた」
「あっそういうこと言うんだ?! わーん聞いて聞いて周囲の人たち! うちのカイレがひどいんだよ! 辛辣なんだよおー!」
しくしくしく、と大げさに鳴き真似してみるルトロを見て、カイレがため息をつく。
「もう。わかりました、わかりましたよ。どうすれば機嫌を直してくれますか?」
「……カイレが来年も一緒に涼大祭へ来るって約束してくれないと直さない」
すねた口調で、ルトロがそっぽを向く。
きょとん、としたカイレは数回瞬きしてから、ふふっ、と笑い声を漏らした。そしてカイレも大げさに、拗ねたように口を尖らせる。
「まったく、仕方のないひとですね」
「ふふん、そうだろうとも!」
なぜか自慢げに胸を張るルトロを前にして、困ったように、くすくすとカイレは笑うのだった。

 
ニーナタウンの一階、湖の水面がほど近い広場には、多くの人が花火を見るために集まっていた。
トアが友達の手を引いて、きゃあきゃあ言いながら上空を指差す。
「花火、すっごいねえーリリオちゃん!」
「ふふん、まあね! 多少は認めてあげても良いかもね!」
ふん、と鼻で笑うリリオは高圧的だったが、目をキラキラさせている。もっとよく見ようと広場の欄干から身を乗り出し――
「おっと、危ないよ」
「わ」
横合いから伸びてきた手に、ひょいと体を支えられる。差し伸べられた手の持ち主を見てみれば、知人であった。
「ああーっ! ちょっとヨハネスさん! あれから湖には行ってないでしょうね?!」
「いや〜はっはっは。さっきは情報ありがとうね!」
「べ、べつにいいわよ! ふん!
 人魚の研究か何か知らないけど、それで怪我しちゃったりしたら元も子もないんだからね!」
そう言って、リリオはプイッとそっぽを向く。向いた先、ひとりの球体の姿がなんとなく目に留まる。
空色で、ウイングの装飾みたいな帽子を被っていて。そう。ごく最近、そんなカービィをどこかで見かけたような、……ニーナタウンの展望台からの景色と、落ちるカービィの姿を思い出し――リリオがじっと見つめているので、ヨハネスとトアもリリオの視線の先を見て、空色のカービィも見られていることに気がついてこちらを向き……
「「「……ああ〜〜〜っ?!」」」
とお互いを指して驚いたあと、
「「「……えっ、知り合い?!」」」
不思議そうに顔を見合わせるのだった。
その様子を見たりんこは思わず吹き出し、「あははは!」と、やっと苦味のない笑顔を浮かべたのだ。

 
さまざまな色合いの花火が弾けて、空を見上げるカービィ達の顔を照らしていく。
会場にいる全員が上を見上げ、夜空に花咲く光のショーを指差して笑い合う。
祭りの残響は山々にこだまして、まるでいつまでも賑々しく祭り囃子が響いているようであった。

おわり

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