涼大祭掌編集(前)

旅さんの漫画とキャラクターが競合を起こしておりますが、パラレルワールド的なものと思って読んで頂ければ幸いです。

1.プロローグ
2.意地っ張り少女と人命救助
3.人魚は釣れるか
4.アンハデ道中
5.りんこが迷子になる話
6. 真面目さん、はっちゃける
7.とあるバイトの呟き
8.アンハデトリオ、変なおじさんに出会う
9.ここは地の底

———————–

プロローグ

「すごーい!」

ライは目をキラキラさせながら歓声を上げた。
目の前には大空。遮るものが何もないパノラマが彼女の前に広がる。

「すごいすごーい! ホントにお空を飛んでるみたーい!」

顔を上に向けたまま、ライはぴょんぴょんと跳ねる。足元は三角屋根。
どうやって登ったのか、ニーナタウンで一番高い建物、天文台のてっぺんに居るのである。
存分に青空観察を楽しんだ彼女は、
「よーし」
展望台のてっぺんで、ぐぐっ、と身構えた。
「アーイキャーン……!」

意地っ張り少女と人命救助
「わあ……」
リリオは感嘆の声を上げて、展望台に据え付けられた出窓のヘリに手をかけた。
白い巻き貝のようなニーナタウンの町並みの向こうには、空よりも深い青色の湖が広がり、水と緑の匂いを含んだ風が吹き抜ける。すこし目線を遠くにやれば、湖畔をぐるりと取り囲んでいる森が鮮やかな緑に輝き、そのさらに遠くには澄み切った空。天上へ辿るにつれて、海のような濃い青色にグラデーションが掛かっていく空色の中を、眩しいくらい真っ白な雲が泳いでいる。
幾重にも重なるコントラストが美しい。「ふふん、中々のものね!」リリオは高圧的に言い放ちつつも、目をキラキラさせている。

「あーーーーーーっ!」

その目の前を、なにか空色の球体が、もの悲しそうな声をあげて猛スピードで落ちていった。
湖に向けて張り出す水路にボチャン!と着水する。
「えええええ?! 誰えええええ?!」
まさかの惨劇にすがすがしい気分はぶち壊され。出窓から身を乗り出して落下物の行方を確認する。
落ちていったカービィは塔の水流に押し流され、悲鳴の尾を引いて、水と一緒に湖へと落ちていった。

「ととと、トア!トア!トアーっ!」
リリオは転がるように展望台を駆け下りて、親友の少女にしがみついた。
「大変大変、大変なのトア!誰かが!誰かが湖に落ちたっ!」
望遠鏡を覗いていたトアは、「たいへんだー」 と目をまるくする。
「でも、だれが落ちたの?」
「わかんないっ!あたしが景色を見てたら『あーーーっ!』とか言いながら窓の外を落ちてったのっ」
「どこから?」
「展望台の窓の外っ」
リリオが指した先を見て、トアは「うーん?」と首を傾げる。
「でも、展望台の上って今日は立ち入り禁止って書いてたよ?」
「嘘じゃないもんホントだもん!ホントに誰かが落ちてったのよ!」
「ほんとにー?」
「トアのばかばかばかばか!死んじゃう!あのカービィ死んじゃう!」
涙目になってトアの帽子をぽかぽかぽかぽか叩く。
「うん。わかったわかった。リリオがそこまで言うならホントの事なんだね。助けに行こー」
はーはーと肩で息をついたリリオは、「わかればいいのよっ」と唸った。

さて、祭りの喧騒を離れて、ニーナタウンの巻貝状の階段を下りて、 湖のほとりに降り立ったリリオとトアは岸辺を歩く。水面の小さな波紋すら見逃さないようにゆっくりと。しかし、落ちたはずのカービィは見つからない。
うー、とリリオが唸る。
「……ウソじゃないもん。」
歩き始めて10分くらいの時点ではそう呟いたリリオだったが、20分、30分と歩くにつれて、だんだんと顔色が悪くなっていく。
リリオは内心、さっきのカービィは自分の見間違いだったのかもしれないと思い始めた。「どこに居るんだろうねえ」というトアの脳天気な言葉に項垂れる。
けれど。
リリオはトアの顔をちらりと盗み見て、ため息をついた。言い出す勇気がなかなか出なくて、楽しいお祭の時間がどんどん無駄に流れていくのが怖くて、トアにも申し訳なくて、 リリオは顔を真っ赤にして黙りこんだ。
祭りの喧騒はとうに聞こえなくなっていた。風の音や小鳥のさえずりがやけに大きく耳に響く。

今さら「見間違いだったかもしれない」なんて言ったら、いくら優しいトアでも怒るかもしれない。友達をやめられてしまうかもしれない――そんなのはリリオにとって寂しすぎる。俯いたまま、重い足を進めていた時だった。隣の気配が急に止まった。リリオは慌ててトアの方を振り返る。
「見つからないねえ」
と、湖の水面を見つめていたトアが振り返る。
「あたし、湖に潜って探してみるね」
準備運動を始めようとしたトアに向かって、「待って」観念したように言ったリリオは泣きそうな声で。
「……かも、しれない」
トアがリリオの顔を覗き込む。
「……見間違い、だった、かも、しれないぃっ!」
そして我慢しきれなくなったリリオはとうとう泣き出してしまった。トアが慌てる。
「な、なんでリリオちゃんが泣いてるの?!」
「だって、」
リリオは嗚咽をまじらせながら、
「だって、あたしのせいでトアにいっぱい迷惑かけちゃったからぁっ、せっかくお祭り来たのに遊ぶ時間とっちゃったから、トアに、トアに友達やめられちゃうかもしれないからぁぁぁ」
涙とか鼻水で顔がぐっしゃぐしゃだが、それに構う余裕もなくしゃくりあげる。
トアは帽子からハンカチを取り出して、リリオの顔をごしごし拭きながら
「そんなので友達やめたりしないよぉ、あたしリリオちゃんの事大好きだもん」
その言葉で、リリオの目にさらに涙が溢れる。
「ええっ、どうして余計に泣いちゃうのっ?!」
「うるさいうるさいばかトアっ!あんたのせいなんだからぁ!」
口角が微妙にニマニマしているのを隠せないリリオと、 「泣かない泣かない~」とリリオの頭をナデナデするトアの喧騒が、よく晴れた空に吸い込まれていくのだった

……。

さて。落ち着いたリリオとトアが、ニーナタウンに向けて岸辺を進んでいた時である。
リリオがとある茂みに目を留めて、なんとはなしに覗きこんだ。リリオの小さな悲鳴を聞いて、トアも覗き込み、絶句する。
地面に、カービィ3体ぶんくらいの穴が開いていた。穴を覗き込むと、古めかしい紋様が描かれた石の壁が続いている。ニーナタウンの下には未探索の遺跡が広がっているというから、きっとそれの一部だろう。
けれど、
リリオとトアは一度顔を見合わせて、再び地面の穴を覗き込む。遺跡の中にぽっかりと空いた暗がりは、地の底まで続いているようだった。

一応、ニーナタウンのひとに伝えたほうが良さそうだ。

人魚は釣れるか
所変わって、湖のほとり。
遠くに聞こえる祭りの喧騒を気にも留めず、釣り糸を垂らしているカービィが居た。ヨハネスである。
「いやー大量大量」
と呟くヨハネスの隣には、桃色の魚の小山がひとつふたつ。
「でも、なかなか目的の種は釣れないなー」
むむむ、とウキを睨んだのち、ヨハネスは大空を仰ぐ。
「早く釣れないかなー? 人魚!」

ポチャリ。
「おっ?!」

ヨハネスは慌ててリールを巻く。今までとは違う確かな手応え。少なくともカービィ程度はある大物の予感!
ヨハネスはキラリと目を輝かせ、思い切り竿を引き上げる。釣り糸は軋みを上げながらも、見事に獲物を水中から引きずり出した。
水飛沫を散らせつつ飛び出した姿は確かに球体だった。ヨハネスの心が跳ねる。水中で張り付いたらしい藻が風圧でずり落ちれば、露わになった体は目の覚めるような水色、頭に巻いているヘッドバンドはウイングの柄、そこからぴこんと飛び出した羽飾り。背中に閃く装飾は大きな羽。
「と!鳥だとォォォ?!」
ヨハネスの声は湖畔の隅々まで響き渡り、山彦まで帰ってきた。

「ありがとーおじさん!」
ニコニコ笑う少女は人魚ではなかった。とある不幸な事故から、湖に落ちてしまった観光客らしい。
ヨハネスはがっくりと肩を落とし、「いや別に……」と気のない返事を返した。
少女がじっと釣竿を見つめる。「何だい?」ヨハネスが促すと、少女はニーナタウンの方向を指して、不思議そうな表情で。
「みんなお祭りなのに、おじさんはどうして釣りしてるの?」
――客観的に見れば確かに当たり前な問いに、ヨハネスはますます肩を落とす。もー人魚は諦めてお祭りを見に行っちゃおうかな、みたいな気分になるが、一応は答える。
「人魚を探してたのさ……」
「人魚?いるよー」
?!
「どどどどういう事だい詳しく!詳しく!!」
ライを掴んでぶんぶん揺さぶるヨハネス。ライはヨハネスに勢いに気圧されつつ。
「ニーナタウンの町長さんは人魚とお友達だとか、人魚の歌声が聞こえたとか、人魚の採った魚が湖畔に山積みになってたとか、いろんなお話がいっぱいあるよ。あたしの友達にも会った事あるって人いるよー」
「イヨッシャアアア!」
ライの言葉を聞くやいなや、ヨハネスは湖に飛び込み、速さ3って嘘だろお前と言いたくなるような速度でバタフライ。水平線の向こうへと消える。
「んーでも、最近はぜんぜん姿を見ないって話もあったなぁ……」
あっけにとられたまま、ライがぽつりとこぼした言葉は、当然ヨハネスに聞こえる事は無かった。

アンハデ道中「おめでとう御座います!大食いチャレンジ成功です!」

フルーラの宣言に、トワイライトがにっこり笑って一礼した。銅と天照が歓声を上げて拍手を送る。フルーラも拍手をしてから、封筒をトワイライトに差し出した。
「こちら、『ビックニーナパフェⅡ』の大食いチャレンジ成功の賞金です」
トワイライトは得意げに封筒を掲げると、銅と天照に向けてウインクする。
「ふふっ。それじゃあこのお金で二人も好きなスイーツ頼んじゃってよ。僕のおごりさ」
「おう、悪ぃな!んじゃあ俺は『いちごカタラーナ』ってヤツな!」
「オレ 『オレンジかき氷』が いいな」
「僕は『遺跡の宝石スイーツ』ね!」
「「まだ食べるの?!」
フルーラの喫茶店に、明るい笑い声が響いた――。

「ごちそうさまでした!」
フルーラに手を振って、三人は出店の立ち並ぶ通りに足を踏み出した。
「おいしかったねえ」
銅が満足気にお腹をさすりながら呟く。
「いいねいいねェ!まぁ、俺のケーキの方が芸術的だけどな!」
天照がうんうん頷きながら言った。 トワイライトが日傘を差しながら笑う。
「天照君のアレと比べるなんて、フルーラちゃんが可哀想じゃな~い?」
「ね、ピーチデニッシュ と どっちが、おいしかった?」
「んー? 甲乙付けがたいよね。パフェは色々入ってて嬉しかったし、ピーチデニッシュは食べ歩きできるからお祭り感あって楽しかった」
「桃のアレとパイのサクサクが合っててうめぇよな~。何個でもイケるわアレ」
「だからって10個は食べすぎ」
「わわっ」
銅が慌ててトワイライトの後ろに引っ込んだ。トワイライトと天照が首を傾げて、銅の視線の先を追うと、なにやら剣呑な表情でひとりのカービィを取り囲む、ニーナタウンのカービィ達が居た。銅はおろおろしながら物陰に移動する。
どうしたんだよ、と 天照が笑いながら銅を突く。
「だって……」
銅は照明灯の後ろに縮こまりながら
「オレ達 みつかったら 捕まるんじゃ、ないかって。あんな事 しちゃったし」
「隠れたほうが余計に怪しまれるよ銅くん」と言い放つのはトワイライトだ。
「こういう時はね?自分が疑われるまで完全に知らんぷりして、自分に容疑が向いた瞬間に全力で逃げるんだよ」
「なるほど!勉強 に なるよ!」
銅が笑顔を輝かせた。
「し~っかし、あっちィな…」
天照が太陽を睨みながらこぼす。
晴天に恵まれた会場は完全に真夏日だ。訳あっていつもは地下で暮らす三人であるので、こういうカラッとした暑さにはどうにも慣れない身である。

熱い日差しから逃れ、なんとなく涼しい方向へと逃れるうちに、「射的屋」と書かれた屋台の下にたどり着いた。不可解なのは、その屋台の周辺が、水を撒いたかのようにびっちゃびちゃだったことである。打ち水でもしたのだろうか。
「なんにしろ涼しいから有り難いことだね」
トワイライトが自前の羽で自身を扇ぎながら言った。

「いらっしゃい」
可愛らしい声に振り返ると、青いリボンと着物を纏った涼し気な色合いのカービィが立っていた。近づけば実際に涼しい。どうやら目の前の店員らしきカービィが冷気を発しているようだ。打ち水の効果と彼女の存在のおかげで、屋台の中はクーラーが効いたように涼しい。
周囲を見ると、自分たちと同じように暑から逃れた客がついでとばかりに遊んでいる様子が見える。
店員のカービィ、「六花」というネームプレートを付けた彼女は景品棚を指してニッと笑う。
「射的1回、200円。遊んでいかない?」
「いいねいいねェ!全部撃ち落としてやるぜェ!」
「ボク、アイスコピーで撃ちた~い!」
「三人 ぶん おねがい、します」
「よかった!たくさん、遊んでいってね」
六花がコルク銃とコピーのもとを3セット手渡してくる。ふと店の奥を見れば、店長らしきカービィが六花にサムズアップをしていた。

……

ニーナタウンの一角にて。

「湖のほとりに怪しい穴か……」
ハトラが難しい顔で呟く。シアルが心配げに町長の顔を覗きこむ。
「みんなで確かめに行ったほうが良いだろうか?」
「いえ、祭も何があるかわかりませんから。私が様子を見に行けば」
「おや、皆さんお揃いで。どうされました?」
緊迫した空気に似合わぬぬんびりとした声が聞こえ、一同は振り返った。その先に居たカービィを見て、
「お前は……光!」
ニーナタウンの面々が思わず身構える。対する光は頭にお面をつけてヨーヨーを手に持ち、口元には青のり。もう片方の手にはりんご飴。「こいつ満喫してやがる!!!」大声でツッコむニーナタウンの面々に対し、「はあ、おかげさまで。」要領を得ない表情で、光はとりあえずりんご飴を口に入れた。
ユウスがこっそりとハトラに耳打ちする。
「すみません先生。……誰でしたっけ」
「さすがにどうかと思いますよユウス君……!」
ひそひそ声で叱るハトラだったが、
「以前の涼大祭で、サルヴェインスカイが”アイスボムを仕込んだ”と騒ぎを起こしたことがあったでしょう? あの時、私達に通達を寄越した人です」
と丁寧に教えてやる。「今日は完全にオフですよ」会話が聞こえていたのだろうか、りんご飴を飲み下した光がそう言い放った。
「あれにしたってサルヴェインスカイの一部の住民が冗談のつもりでやっただけですし。それに、結局被害は出なかったでしょう?」
一同の緊張は解けない。いくら被害が無かったからといって、いきなりあんな非常識な事をする輩を簡単に信用するのは無理だ。光は、ふぅ、と息を吐き出して、
「分かりましたよ。極力、あなた達の前に姿を現さないよう努力しましょう」
さようなら、と一礼して、人ごみの中に消えて行った。

りんこが迷子になる話
「わあっ」
りんこは小さな歓声を上げた。
一緒にお祭りをまわっていたライと一旦別れたりんこは、遺跡ツアーに参加していた。ニーナタウンの地下から遺跡に入って、複雑な通路を上ったり下ったりしつつ、ガイドさんの話に耳を傾けている。普段は入れない貴重な場所とあって、りんこのテンションは上がっていた。
ツアー客の後ろの方を歩く傍ら、ふと壁にあけられた小窓を覗いてみると、ニーナタウンを取り囲む湖の水面がすぐ目の高さにあった。小窓の桟からすこし身を乗り出して下を覗くと、澄んだ水の奥、ずうっと下にまで古めかしい遺跡が連なっている。歴史のロマンを感じて、りんこはにっこりした。

「と!とりだとォォォ……!」
「ふぁっ?!」

急に聞こえてきた妙な叫び声に、りんこは飛び上がりそうになる。あたりをキョロキョロ見回すが、べつだん変わったこともない。
りんこはちょっと首をかしげてから、小窓から体を引き抜いて……はた、と立ち止まった。ちょっと目を話した隙に、他のツアー客のカービィがいなくなっていたのである。
そうは言っても、大した時間立ち止まっていたわけではない。普通ならばすぐに追いつくだろう。
普通ならば。

残念ながら、りんこは札付きの方向音痴であった。
ツアー客らを追いかけるつもりで全くトンチンカンな方向へと向き直ったりんこは、遺跡の中をあらぬ方へと下ってゆく……。

真面目さん、はっちゃける
さて。
すこし前、具体的に言うと2日くらい前の話だ。
メカノアート裏町にて、ふたりのカービィが対峙していた。
一人は銃を片手に渋い顔、その目の前の立つもう一人は中身の無い長い袖をブンブン振り回して、地面をごろごろ――完全に、ダダをこねていた。
「ボクには仕事があるのですが……」
「この前もそうだったじゃないか! 次は一緒に行こうって僕言ったよ?」!
「しかし……」
「頼むよー! アークには既に置いてかれちゃったんだよ。裏街の警備ならツテを頼って警備ロボを借りてきたからー!」
「もう、分かりました、分かりましたから!」
ルトロの粘り強い説得によって、カイレは渋々と頷いた。嫌々といった表情だった。

だったのだ。

……それが今や。

「あははははっ!」
ルトロは彼女を横目でチラリと見て、彼女に聞こえない程度の声で「うーん」と呟いた。
「ほらルトロ! くじ引きですって! すこし見に行っちゃいましょうよ!」
目の前の屋台を指すカイレは、オフの日でさえ滅多に見られないような輝く笑顔を見せている。大道芸や気になる屋台を見つける度に目を輝かせ、ローラースケート状に改造されたサイボーグの足をスキップさせる。
普段は裏町の警備に努め、遊びの誘いも断り続ける彼女である。こういったお祭りに来るのはものすごく久しぶりか、初めてなのに違いない。それにしたって、
「オンオフ極端だよねぇ」
普段の、裏街の警備に努める彼女からは想像できない程の快活さではしゃぎ回るカイレを前にして、ルトロはやや気圧されていた。
ふと、カイレがまた足を止める。
ひとつの屋台の前に黒山のひとだかりができている。野次馬根性を発揮した2人がひとの山を掻き分けて潜り込んでみると、その中心に居たのは彼女らもよく知る人物だった。
「ユリカちゃん?」
「んー」
ユリカは視線を向こうへやったまま、声だけで返事する。恐ろしい精度の精密射撃で景品を次々に撃ち落としてゆく最中だったからだ。ユリカが景品をみごとに撃ち落とす度にオーディエンスから歓声が上がる。
見回してみると、ユリカの友人であるニコ、ポリマ、テトラもすぐ側に居た。店主は何かを諦めたような目でユリカを見つめている。
「容赦ないな~ユリカちゃんは」
「ルトロ、あれは何ですか?」
カイレが興味津々の様子でユリカの所業を見つめる。
「射的だよ。おもちゃの銃で景品を撃ち落とす遊びさ。落とした景品は貰えるんだ。これじゃー店主さんは泣き寝入りだねえ」
「へえ……」
キラキラした目でユリカを見つめるカイレを見て、ルトロは「カイレもやってみるかい?」と、軽く、本当にごく軽い気持ちで言ってみた。
「はい! 行ってきます。」
人だかりから抜けだしたカイレが、出店のカウンター越しに店主に話しかける。店主も、少しでも売上を取り返そうと快くカイレに射的用の銃を渡す。コルク銃を貰ってユリカの隣にカイレが立つと、ユリカが初めて銃の先から視線を外して、チラリとカイレを見る。口元には余裕の笑みが浮かんでいる。
しかしその笑みも、ユリカが次に狙っていた景品をカイレが先手を打って正確に撃ち落とした事でスッと引いた。店主は短い悲鳴を上げた。

そこからはすさまじい射撃合戦が繰り広げられた。
ユリカはコルク銃とは思えない連射で景品を次々撃ち落とし、カイレは点々と設置されている高難易度高得点の景品を素早く正確に撃ち落とし、二人の横にはすさまじい勢いで景品の山が積み上げられた。
激戦のさ中、ユリカが口角を上げて、カイレにアイコンタクトを送る。
「ふふっ、やるね!カイレ!」
「あなたこそ!現役警備員の私に並ぶとは、素晴らしい腕をしています!」
カイレもユリカに好戦的な笑みを返す。

「よーっし!」
白熱した勝負に、つい心躍ってしまったらしい。ユリカは自身の装備しているヘッドホンに手を当てると、「い~っけえ!”アルペジオ”!」 白とピンクに塗られた二丁銃に変形させた。
あっ、と止める間もなく。
「おお、銃の持ち込みもアリなのですね! ならば私は、”ガントラント・トレンヂガイザー”!!」
2人は愛銃を景品に向かってぶっ放した。ギャー!と店主の悲鳴がこだまする。
「ユリカちゃん本物の銃はやめよう!?」
ニコが飛び出して、ユリカを羽交い締めにする。ルトロも慌ててカイレを引っ張る。
「あ~! やめてよニコちゃんっ! 今いいとこなのにっ」
「何故?! 何故止めるんですかルトロっ! もうすぐで大台の三桁に!」
「二人とも落ち着いてクールダウンしてくれっ!」
そんなこんなで、ニコとポリマとテトラはユリカを、ルトロはカイレを引きずって、逃げるように射的の屋台を後にしたのだった。
ちなみに、この後2人がめちゃくちゃ怒られたのは言うまでもない。

とあるバイトの呟き
六花「休憩から帰ってきたらバイトが6人に増えてんだけど」

アンハデトリオ、変なおじさんに出会う
パキン!
「っしゃア!」
「銅くんすごいよー!」
件の射的屋にて、銅がいちばん小さな台座を撃ち抜いたのだ。天照とトワイライトからの喝采に照れ顔を返した銅は、景品を見て首を傾げた。
青色がかった透明の結晶で、銅の手のひらで握れてしまう程度の小ささだ。綺麗だけれど、これが最高難易度の景品だという事には納得がいかない。
店主がニコニコしながら景品を手渡してくる。
「お兄さん、いいの獲ったねえ」
「なにこれ?」
店主はニヤリと笑って、銅に耳打ちする。
「ニーナタウンには、湖に人魚が住んでいるって伝説があるんだけど――これは、その涙の結晶だよ」
銅は半信半疑の顔で店主を見る。店主はアハハと笑って、「信じる信じないはお兄さんの自由さ!まぁ軽い治癒の力があるのは本当だから、そういうのに使ってよ」
やっぱり偽物なんじゃないか? 銅は少しのあいだ結晶を眺めていたが、
「きれい だから まぁいっか!」
気にしないことにしてマフラーの間にしまい込んだ。
パキン!
「おっしゃ!割引券ゲット!」
「わー!すごい よ 天照くん」
「二人ばっかズルいなー!よーし、僕も頑張っちゃうぞー」
……

さて、その後。
天照が当てた割引券を使ってみんなでで大きなイモムシに乗ったり。
ニーナタウンのてっぺんまで登って景色を堪能した後は遺跡ツアーに参加して、奇妙な文様や意味深な建築物にワクワクし、ガイドさんの目を盗んでこっそり横道を探検しようとして怒られたり。
太陽が中天から過ぎてしばらく下るくらいまで、涼大祭をたっぷりと堪能した三人であったが。

「なァ、ちょっと疲れしどっか座ろうぜ」
「僕も人込みに酔い気味~」
「うーん、じゃあ 湖の ほとりで お弁当でも、食べない?」
「「賛成!」」
というわけで、意気揚々と湖に向かった。

そして湖畔に辿り着いた三人組は、
「またおぬしか……。ハトラに聞いたぞ。以前も湖で暴れたそうじゃな? 全然反省しとらんの」
「面目ない……」
「というか、この辺に積み上げられておるピーチデニッシュはおぬしが釣ったのかの?
 この魚は絶滅危惧種での。ここでは釣り禁止と書いとるんじゃが……」
「すみません……」
「すみませんで済んだら絶滅危惧にはなっとらんのじゃ……」
「返す言葉も……」
一人のおじいちゃんと、おじいちゃんの前で縮こまっているおじさんに出会った。
おじさんは湖畔の砂利の上で正座を披露しており、見るぶんにはなかなか面白い光景が繰り広げられていた。ガン見する三人組。

「こ、こらおぬしら!見せものじゃないんじゃからね!」

三人組に気付いたベイがあたふたと、三人組の視線からおじさんを庇う。
「とにかく、もう湖には近付いちゃいかんよ?」と正座のおじさんを諭すと、貝殻の街の方向へ戻っていった。
しょげ返るヨハネスに銅が近付く。

「おじさん、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫……。ははっ……なんだか今日はやけに子供と縁があるなあ……」

どこか遠くを見つめて笑うおじさんを見て、銅は可哀想になった。いくら地上の民だって、魚を釣った程度で、目にクマが出来るほど叱らなくても……。
そうだ、と銅はマフラーの中に手を入れて、
「おじさん、これ あげる。元気 だしなよ」
さっき射的で当てた結晶を差し出した。
半眼になっていたおじさんの目が、カッと見開かれる。
「こ、これはっ!」
ひったくるようにして結晶を受け取ると、手の上で転がしたり、陽の光に当てたりと、矯めつ眇めつ眺めた。やがておじさんはニンマリと笑い、
「ありがとう!これで私の研究も捗るというものだよ!」
銅の手を取って一方的に握手をすると、スキップしながらニーナタウンの方向へ消えていった。三人はぽかんとしてその後ろ姿を見送り、顔を見合わせて、しみじみとため息をついた。

「地上のカービィって、変わってるなぁ~~……」

……。

……ちなみに、ヨハネスの目付近のクマっぽい部分は元来のものであることをここに記しておく。

ここは地の底
視界はほとんど真っ黒に塗りつぶされている。天井からしずくが滴った音が妙に響いて、りんこはビクリと後ろを振り返った。

遺跡ツアーで他のカービィ達とはぐれたりんこは、本格的に迷子になっていた。
アリの巣のように枝分かれた道を進んでいくうちに、古いながらもしっかりしていた石壁はどんどん自然の岩に埋もれて、周囲も薄暗くなっていった。戻ろうにも正しい道がわからず、仕方なく目の前の道を進んだ。
壁の岩が黒い苔に覆われ、空気が湿っぽくなってきたところで本格的に不安になってきたのだが、それでも前方から風が吹いてきたことから、どこかに繋がっている筈だと信じて進んできたのだ。

ため息をついて、視線をゆっくりと前方に戻したりんこの目がかすかな灯りを捉える。ハッとして、りんこは思わず駆けだした。足元と周囲に気を配りながら走っている為に速度は出なかったが、りんこの足は軽かった。
灯りはもうすぐ目の前だ! というところで、急に空間が開けた。
小さな丘くらいは簡単に収まってしまいそうなくらい広い大空洞に、ぽつりぽつりとかすかな白色光が設置され、真っ黒な石造りの建物が規則正しく並ぶ様子がぼんやり浮かび上がっている。
りんこの背中を冷たい汗が伝う。真っ暗な洞窟のなか、うっすらとした灯りに照らされる暗闇の街に既視感を覚えたのだ。
「ここは」
と呟いたりんこの声を、冷たい声が遮った。
「二度とここには来るな、と警告した筈ですが。」
暗がりから、紺と赤の衣装と包帯で体を覆い隠したカービィが歩み出てきて、この街のことを完全に思い出し――りんこは顔を真っ青にする。
「地上の民の子はその程度のことも守れないんですかね?」
地底の街、アンダーハーデスの町長が――アディスが、凍りつくような眼差しでりんこを見下ろしていた。

「さて。さすがに二回目ともなれば、しっかり お 話 を 伺 わ なければなりませんね? ――天城、拘束具を」
アディスの後ろに控えていたカービィが真っ赤な鎖を取り出すのを見て、りんこの中で嫌な予感がはじける。嫌な想像が頭の中を駆け巡り、気づけばりんこは
「違うの、わたし、わざとここに戻ってきたの!」
と口にしていた。してしまって、いた。

何を言っているんだ、と自身でも思ったが、後の祭り。アディスと天城が動きを止め、りんこに視線を注いでいるのを見て、覚悟を決める。とにかくこの局面を乗り切らなければならない。
嘘がばれないように目は泳がせない。怖いけれど、まっすぐ町長を見つめて話す。
「わたし、そう、あの、前に住んでた所であまり上手くいってなくて、逃げてきたの、だからその、出来ればここに置いてほしいって、思って、」
言ってしまってから、この言い訳は浅すぎるかもしれない、とりんこは思った。町長は、話を聞いている間も、今りんこが話し終えたあとも、無表情なのだ――。しばらくして、アディスがおもむろに口を開く。
「そうだったんですか。」
そう呟いた瞬間、町長は破顔した。
「それは辛い思いをしましたね。しかしもう大丈夫ですよ。この街には、あなたを邪険にするようなひとは居ませんから」
さっきまでとは打って変わって優しい態度に、りんこは戸惑う。町長はりんこの頭を撫で、「それでは早速、街を案内してあげましょう。」りんこの手を引いてゆっくりと歩き出す。

逃げ出す機会を伺っていたりんこだったが、
「街のいろんなところに、白いカトレアや逆十字があるでしょう? あれはこの街のシンボルで……」
「あそこが住居群です。りんこさんの家もあの辺りに建てましょうね。水路の近くと大通りの近く、どちらが良いですか?」
「あの家はバラが見事でしょう? カルティーさんという方が、バラがお好きだそうでしてね。一緒に暮らしているローズラブリーも可愛らしくて……」
「あれは最近住み着いた天照さんが初めたお菓子の店で……味は、まあ、独特ですが。店主の天照さんが愉快な方なので退屈はしませんよ」
町長はりんこの手を離さず、りんこの後ろからは天城が油断なく着いてくる。逃げ出す機会など見つかる筈もなかった。
(それにしても、ところどころにかかっている霧みたいなものはいったい……?)
視界が少し霞む状態に疲れたりんこが、軽くため息をつき「っ?!」息を吸い込んだ瞬間、視界がぐらりと傾いた。足元がおぼつかない。
りんこがフラフラとしている事に気付き、アディスが足を止める。
「あぁ、地上の民にはここの空気は毒なんでしたね。
 天城。私の家からガスマスクを取ってきて頂けますか」
天城が頷き、踵を返す。りんこはそれを止めようとして盛大に毒を吸い込んでしまい、涙目になって咳き込んだ。アディスがりんこの背中をさする。
「もうすぐに楽になりますからね」
アディスがりんこに優しげな微笑みを向ける。最初の邂逅の際の態度とのあまりの落差に、りんこは薄ら寒さを覚えた。
そうこうしているうちに天城がガスマスク手に戻ってきて、
「装着の方法はわかりますか?」
アディスがりんこにマスクを着ける。
「窮屈でしょうが、しばらくこの町に住めば体が毒に慣れますからね。少しの間の辛抱ですよ」
ガスマスクを嵌めて、アディスに手を繋がれて、逃げる機会は見つからない。
どんどん逃げづらくなる状況に、りんこは
(ボク、ちゃんと帰れるのかな)
と怖くなった。

>>後編に つづく

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4件のフィードバック

  1. ミツコア より:

    情報量が多すぎて書ききれなさそうなので箇条書きにしました。

    ・リリトアキマシタワー
    ・>速さ3って嘘だろお前と言いたくなるような速度
    ・翼ある球体は自分で扇げて便利だなあ…
    ・オフでも丁寧語カイレさんかわいい
    ・バイトが増えている
    ・ドツボにはまるりんこちゃん!拘束寸前のりんこちゃん!お手々つなぎのりんこちゃん!行き先不安なりんこちゃん!あありんこちゃん!どうなるんだ、続きはいったいどうなるんだ!!これはもう待機するしかない!楽しみにしています!!

    以上です。

    • より:

      わああ情報量いっぱいなご感想ありがとう御座います!速さ3って嘘だろお前を拾って頂けて嬉しいです!!
      どんどん追い詰められていくりんこちゃんが楽しくてどんどん可哀想にしてしまいそうになりますね?!
      楽しみと言って頂けて冥利に尽きます!後編の執筆頑張ります…!

  2. より:

    前半の賑やかさとは打って変わって、後半の読み進めていく度に不穏と不安を感じるストーリー構成に俺氏続きが気になりすぎてアンハデ住民になっちゃいそうです!

    • より:

      >>アンハデ住民になっちゃう<<
      コメントの流れが面白くて二度見してしまいました!
      ストーリー構成をお褒め頂き光栄です…!ご満足頂けるように頑張ります!

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