【小説】永久凍土あるいは食宴

ヲヲッカの久しぶりの連休一日目。
それは荒れている部屋の片付けからはじまろうとしていた。
立ち上げたままのタブレットにディミヌが映り込む。
「掃除なんかより、webコミック更新されてるから見ましょうよ~」
「誘惑やめてよお」
散らばったコードと薬瓶をひとまずまとめる。
「ええ~!?何と、今回は主人公があんなコピーを…!?」
「やめてよぉ」
ネタバレから逃げるようにタブレットの電源に手を掛けた時、金の目に映り込むのは現在時刻。
「12時か…お昼にしようかな」
「あっ!これ、片付けやめるパターンですね!」
「腹が減っては戦ができないんだよ」
「ふーん。ディミヌは電子の存在なのでご飯を食べる必要はないんですけどねぇ」
「そうなの」
そうしてタブレットを持ったままキッチンに移動する。
「消費期限切れ、消費期限切れ、消費期限切れ…」
ヲヲッカは落胆した。
「最近、職場にこもりっぱなしだったからなぁ」
「ソウですよ!」
冷蔵庫が喋った。
正確には、冷蔵庫につけられたパネルからデコの声。
「デコ、あんなに警告したのニ、ヲヲッカサン、いないカラ!」
冷蔵庫内の在庫管理システムだ。
入れた時に日数を記録しておけば、期限が近づいた時にアラームで教えてくれる。
「ごめんねデコくん」
「もうやってあげナイです!」
「さみしいなぁ」
元々はただの電子アラームのみなのだが、ハヤトに頼んで出張アラームを頼んでいたのだ。
「冷凍庫の中はまだ大丈夫?」
「冷凍庫は管理外デス!」
むくれるデコとタブレットの中で笑うディミヌ。
ヲヲッカは冷凍庫をあけてため息をついた。
「これはひどいな」
そこには凍土が広がっていた。
「放置しすぎデス」
「ズボラですね~!」
「ズボラじゃないよ。ちゃんとカテゴライズして収納してるよ。隙間ひとつない完璧な入れ方だ。ただ、買ったはいいけど食べる機会を逃してただけだよ。」
まとめ買いした肉、ちょっといいアイスクリーム、業務用のトマト、安物のアイスクリーム、衝動買いしたピラフ、醤油漬けをしたからあげ、お弁当にピッタリサイズのはるまき、お徳用のコロッケ、半分ほど消費しているたいやき、無駄に買い込んだ山芋入りのたこやき…
「これはひとりでは食べられないな」
諦めて冷凍庫を閉じると、今度は冷蔵庫の方に詰め込んでいた消費期限切れの食材を取り出す。
「えっそれ食べるんデスか!?」
「食べるよ」
「おなかこわしますよ~?」
「薬があるから平気さ」
出来上がった具だくさんオムライスをみて電子姫ふたりは苦い笑みを浮かべた。

連休2日目。
「っていうことがあったんだ」
「ふーん」
ヴィオのキッチンカーは珍しくすいている。
遅いランチのカルボナーラを食べながらヲヲッカは顔なじみのシェフ相手に雑談をしていた。
「腐らせるなら買うなよ」
「休みの前の日だと食べるかなって思って買うんだよ。結局、出勤要請がきて無駄になる」
音を立てながらカルボナーラを吸い込むようにして食べるとヴィオは嫌そうな顔をした。
ヲヲッカはそんな彼を見てあることを思いつく。
「そうだヴィオ。うちの凍った食材使って何かつくってよ」
「何で俺がそんなことを」
「このまま永久凍土にするよりは、おいしく食べてもらった方が食材も喜ぶんじゃないかな」
俺は食べ物の救世主じゃねぇしそんな暇はねぇぞ」
「じゃあこうしよう。ヴィオのキッチンカーを明日貸切にしてパーティを開くんだ」
「高くつくぜ?」
「お金なら余ってるからね」
「ケッ…」
そのふたりのやりとりをじっ…と見ていたひとりの女の子がいた。
しかしその視線には気づかず、男ふたりは話を進める。
「食材の量はどれくらいだ?」
「そうだなぁ、おれとあと数人で運び出すくらいかなぁ」
「多いな。それなら他のやつも呼ぶか」
「ごはん無料(タダ)って言ったら、みんな来るかな」
ぼやくヲヲッカの背を女の子がつつく。
「ご飯タダなの?」
テトラくん」
ヲヲッカは彼女を知っている。
こうしてヴィオのキッチンカーで食事をする時間がかぶることがあったし、別経路で…彼女のデータを見たことがある。
彼女は自分の名前が知られていることを疑問には思わない。
「お前も来たらどうだ」
ヲヲッカの代わりにヴィオが誘う。彼女は頷くと店を出ていった。
テトラの背をしばらく見送り、時間を決めて(明日の午後3時から!)、ヲヲッカはヴィオに貸切料を先払いして店を出た。
その矢先、ルーカスカルノに鉢合わせをした。
「「明日はごちになります!!」」
「きみたち聞いてたの!?」
「俺が食ってやるってんだからありがたく思えよ」
オフモードのルーカスに詰め寄られヲヲッカは頷くしかない。
「寂しいおっさんのパーティに清涼剤として参加してやるからよ~!」
カルノが明るくちゃかして空気を誤魔化す。
「オレもアイスシーザーサラダくらいならつくって持ってくるからさぁ」
「ああ、それはおいしそうだね」
明日の3時にキッチンカーで、そう言ってふたりと別れた。
「さてと」
ヲヲッカはタブレットを取り出す。今度はサギッタが待機していた。
「ごはんパーティするの?」
「うん、うん、そうだよ」
寂しがりやのヲヲッカは、たまに紛れ込んでくるはぐれAIのサギッタを育成ゲームのように可愛がっている。
「ボクもいいー?」
「え、ごはん食べるの?」
「げんじつかんしょう!」
「なるほど」

連休3日目。
あの後連絡を入れたロイドハヤト、そしてロクロクがヲヲッカの部屋にやってきた。
「何でおれがこんなことを…帰って研究したいんだけど」
「まあまあ、ロイドさんの電力が必要なんだから!」
「そうそう、ハヤトくんの発明とロイドくんの電力があって『化石発掘』は成功するんだ」
ヲヲッカに押されしぶしぶ頷くロイド。
ハヤトが2対の半田ごてのようなものを取り出し冷凍庫の『永久凍土』に押し付ける。
ロイドが電力を解放すると、ハヤトが器用に食材と食材の間の氷を溶かしていった。
その様子をロクロクがじっと見つめている。何かを学習しているようだ。
ほどなくして次々と『化石』が発掘されていった。
「多いな…」
「こんなに入るなんて、いい冷蔵庫だね!」
「ムフフ、高かったからね…それじゃあ、これをキッチンカーに運ぼうか」
そうして皆で分担して食材を運ぼうとした所で何かがヲヲッカ達の前を遮った。ポリツィアだ。
「異常な熱反応を探知しました」
互いに顔を見合わせる。
「半田ごてのこと?」とハヤトが尋ねた。
「危ないものじゃないよ」
「この街の人は皆はじめはそう言います」
「冷凍庫の氷をとかしてただけだよ」
「許可を出していない家屋での実験はやめてください」
ポリツィアの説教がはじまりそう、やむなくハヤトとロイドとロクロクを先に行かせた。
「責任者はおれだから」
「道案内は本機にお任せ下さい」
「それじゃ、先に行ってるね!」
「早く来ないと料理が全滅するぞ」
「その時は残しておいて!」

こうして部屋にひとり残り、くどくどと長い警告を受ける。
電子デバイスからディミヌとサギッタが交互に顔を出してクスクス笑った。
そこにデコがやってくる。
「マスターから伝言デス」
光学ウインドウを開くとそこには不機嫌そうなヴィオの顔。
「あれ?ハヤトくんじゃないじゃん」
デコに問いかけるヲヲッカを無視して画面の向こうのヴィオが続ける。
「『追加でこれ買ってこい』」
続いて送られた電子メールには食材の数々。画面の奥ではロイドとテトラがピースをしている。
(ロイドもテトラも無表情だ。誰かにピースしろと指示されているのだろうか…)
「やっぱりこのお代は、おれもち?」
「『当たり前だ』」
それだけ言って通信が切れた。
「ふうん、サイドメニューと、デザートの材料か…ん?デザートといえば」
「…とにかく、今後はこのような危険行為は控えて下さい」
ポリツィアが消えて、部屋にはヲヲッカだけが取り残された。
「はーい」
空中に向かってそうぼやくと、急いで家をあとにした。
速くない足で、それでもがんばって走る。
その目的は「ついでに差し入れとして持って行こう」と考えたホールケーキだ。
「そのケーキは、じかんげんていこすうげんていのセールだよー」
「ほらほら、早く走らないと売り切れちゃいますよ~!!」
片手に持ったタブレットからディミヌとサギッタが茶々を入れる。
「わかってるよぉ」
「ナビいりますか~?」
「不要っ」
毎週2回は通ってるスイーツショップ、ヲヲッカは駆け込みアウトだ。
「今日も私の勝ちだね~!」
白いパーカーを身につけた球体、ニコがどす黒い笑みを浮かべる。
その少女はたまにヲヲッカと限定ケーキの争奪戦を繰り広げるのだ。
そしてヲヲッカはたいてい競り負ける。
「ああ…このケーキの美味しさを皆に伝えたかったのに…」
「なになに?レポーターでもするの?」
ニコの後ろにいたピンクの帽子の少女が顔を出す。ユリカだ。
「えーこのおっさんには無理でしょっ!」
ニコがケラケラと笑って一蹴。
「レポーターはしないよ。ランチパーティに持って行こうって思ってたんだ」
「ランチ?遅くない?」
「まあ、遅いね」
「どこでやるの?ダレとやるの?」
「ヴィオのキッチンカーで…」
「「あたし達も行っていい!?」」
ヴィオのキッチンカー、という名を出すだけでこの食付きっぷり。
「ああ…うん、いいよ。そのケーキ、皆に分けてもらえる?」
「いいよー。半分くらいはこのニコちゃんが食べちゃうけどね!」
「ダレとやるかは聞かなくていいのかい」
「うん!ぶっちゃけどうでもいい!」
率直すぎる少女達の回答にヲヲッカは軽く息をついた。
「それじゃあ、おれは材料の買い出しがあるから先にキッチンカーに向かっていてよ」
「「ラジャー!」」
「キッチンカーの場所は自分で探してね」
ヲヲッカが言い残した言葉にふたりの少女は不満の声をあげたが、それを気にすることなく遅い足で先を急いだ。

「こんなもんかな」
巨大な紙袋を抱えてよろよろと歩くヲヲッカ。
「前が見えない…ちょっと買いすぎたかな…でも人数多いし…」
ぶつぶつとひとりごとを呟きながら角を曲がる。
「キャ!」
「えっ!?」
何者かにぶつかり盛大に転ぶ。その拍子に食材が散らばってしまう。
「やだ!ごめんなさい!ポリィ、ちょっとぼーっとしてたみたい!」
慌てて食材を拾うポリィ…もとい、ポリマ。
その時、通りかかったウィリーバイクが道に転がったトマトの上を通過しようとした。
「危ない!」
ポリマの帽子の下から触手が伸び、すんでの所でトマトを拾い上げる。
触手はすぐに帽子の中に隠れるように格納され…
ポリマは何事もなかったかのように、ヲヲッカの目の前にトマトを差し出した。
「はい、どうぞ!」
極上の乙女スマイル。
「ありがとう…あれは何のコピー能力なんだい?」
職業病に侵されているヲヲッカはつ触手について訪ねてしまった。
「これはポリィのじ・ま・え!でも、内緒にしててね。あんまり見られたくないから」
「そうなんだ…ごめんね、トマトを守るためにそんな大事な触手を。そうだ、きみ、おなかすいてない?」
「おなかならいつでもすいてるよ!」
「だったら、これからヴィオの…」
「キッチンカーね!先に行って待ってるから!」
ヲヲッカが最後まで言うのを待たずに、ポリマは駆けだして行った。
「…あのこ、これが目的で…!?」
「落シ物デス」
「わっ!?」
呆然としている暇はない。ヴ・ルーマーがヲヲッカの頬にパン粉を押し付けていた。
「ああ、拾ってくれたんだ。ありがとう」
口から伸びた手にパン粉の袋が握られていたので少々面食らったが、平常心を装って受け取る。
「オ気ヲツケクダサイ」
「そうだね、気をつけないと。割れ物がなくて良かったよ」
「割レタ卵ハゴミトシテ扱イマス。ゴ留意クダサイ」
「覚えておくよ」
ヲヲッカが紙袋を抱え直すのを確認すると、ヴ・ルーマーは次の清掃区画へ向かっていった。
思ったより時間をくってしまった。時間を確認したいが両手が塞がっているのでタブレットが確認できない。
ヴィオに怒られる前にキッチンカーに向かおうとした矢先、路地裏から声が飛んできた。
「おーい、おっさん!」
「おっさんじゃないよ!?」
思わずツッコミを入れつつ振り向くと、そこには緑色の球体と白い球体。
「なんだ、ルトロアークか」
まれに『メカノアート裏町』に赴くことがあるヲヲッカはふたりと顔なじみであった。
「ツナ缶こっちに転がってきたよ!」
「オリーブオイルの瓶もねー!」
「ああ、拾ってくれたの…わざわざありがとう」
「当然!勧善懲悪ってやつだよ!」
得意気にするサイボーグ少年。
「使い方が違うよアークん!」
ノリツッコミを入れる白衣のカービィ。
「で、ヲッさん急いでるんじゃないのか?」
「あれ…何で知ってるの。おれ、口に出してたかな」
「ううん、ヲッさんが遅いってSNSで皆つぶやいてる」
「特にルーカスさんが1分置きに…」
「きゃー!それは恥ずかしい!おれ、急がなくちゃ」
「「それなら裏町組に任せてよ!」」
「え?」
アークがさっと手をあげると、遠くから何者かが勢いよく滑りこんできた。
逆光を受けながらかっこよく登場し、ぼそりと呟く。
「ケーキの為なら仕方ありませんね」
「か、カイレくん?」
現れたのは脚がタイヤと化した少女だった。
彼女は片手で紙袋を奪い取ると頭の上に載せ、もう片方の手でヲヲッカを掴み上げる。
「うわっ!?」
「キッチンカーまでひとっ走りします」
「ひええ、このままで!?」
「あなたが走るより早いです」
「それじゃあ、キッチンカーまで出発進行!」
「おいしいご飯食べるぞー!」
「まったく、きみ達もそれが目的かあ…!いいよ、タクシー代として沢山食べていってくれ」
「やったー!ヴィオさんの手料理!」
「ヲッさん太っ腹ー!」
「ごちそうになります」
軽快に道路を滑るカイレ、その後ろを少しだけ遅れて着いて行くルトロとアーク。
「ああ、速さ4は違うなぁ…」
「何の話ですか?」
「データベースの話だから気にしないで」
「カイレちゃん!急がないと夕暮れになるぞ!」
「もうごはんパーティ始まってるってカルノがつぶやいてるよ!」
「でもこれが安全を確保できる最高速度ですから」

結局、キッチンカーには街中の人が集まって、
ヴィオは目が回るほど忙しく、ヲヲッカのボーナスは底を尽き、
メカノアートの皆は十分に満足したという話。
ヲヲッカの久しぶりの連休は、珍しく賑やかな形で終了した。
「また皆でご飯たべられるといいなあ、次のボーナスが出た時とかさ」
「俺は嫌だね、もうクタクタだ」
「おれが開発した元気ドリンク飲む?」
「結構だ」

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