レダ少年の受難

ニーナタウンで行われた涼大祭において、レダは似顔絵屋を開いていた。
昼頃のことであった。その似顔絵屋の前に人影が立ち止まった。
「いらっしゃい。」
「おおっ、”似顔絵屋”とは素晴らしい! ――君、この私の似顔絵を描いてくれ給え。本物と見紛うくらい、美しく愛らしくな。」
レダはコクリと頷くと、質問をひとつ口にする。
「飛び出すやつと、飛び出さないやつ……どっちが、いい?」
「ふむ? 『飛び出すやつ』とは?」
「描いたら、……絵、から、飛び出す。」
「なんと!!」
それを聞いたお客はさらに目を輝かせ、恍惚とした表情で両手を広げた。
「――素晴らしい!!!」
レダは嫌な予感がした。

ニーナ涼大祭、ステージ出演者の待合室のテント内。
「ローゼルさんはまだですか?」
ハトラは苛立たしげに呟く。独り言のつもりで言った言葉だったが、ニーナ住民達は律儀に頷いた。
夜のステージの時間が近いのだが、ローゼルが未だに現れないのだった。外が暗くなってもう随分立つ。隣のステージではオペラがジャズ調の歌を歌っている。予定では、あと二曲でローゼルとステージ交替の時間だ。
ソマリが、ステージ袖から「時間延長」の指示を出そうとした時だった。
「やあ! 待たせてしまってすまないね!」
テントの入り口を開けて、ローゼルが入ってきた。一同がほっと胸を撫で下ろす。
「ローゼルさん! 心配したんですよ!」
「いやあ、すまない。面白い店を見つけてね。ついつい熱中してしまったよ。」
口調は申し訳無さそうだが、ローゼルの表情はなんとなく嬉しそうな……。訝しんで眉間に皺を寄せるハトラを前に、ローゼルが「みんな、入ってくれ!」とテント入り口の布を大きく開ける。
その声を合図に、テントの入り口から――ローゼルがゾロゾロと現れた。

「「「ギャーーー?!」」」
テント内に居た全員が絶叫した。

「ろろろ、ローゼルさん?! それは一体?!」
「うむ。描いた絵を具現化させられるという少年が、似顔絵屋を営んでいたのでな。私の絵画と立体像を頼んだのだ。」
見ると、あとから入ってきたローゼル達の何人かは、色紙のような紙をいくつも重ねた束を捧げ持っている。
「いったいいくつ描かせたんですか……。」
「いやなに、ほんの数十枚程度だ。」
「数十枚っ?!」
「美しい私の立像と絵画だ。当然それだけの枚数は確保したいと思うだろう?」
ローゼル(本体)が、コピーローゼルの手から似顔絵を一枚取ってうっとりと眺める。斜め方向のアングルで、ローゼルが美麗な決めポーズをキメている絵画だ。おそらく、他の紙にもそれぞれ別のアングル別のポーズ別の表情で、ローゼルがこと細かに注文をつけた絵が描かれているのだろう。ニーナ住民たちは絵描きの少年に密かに同情した。
ニーナ住民達の遠い目には気付かず、ローゼルは両手を広げてハイテンションに叫ぶ。
「ふふふ……今宵のフィナーレは私たち全員でステージを盛り上げよう!」
「美しい私が、光に満ちたステージにずらり立ち並ぶという訳だな。まるで天国ではないか!」
「素晴らしい……ふふふ、素晴らしいぞ! 想像しただけで胸が打ち震えるな!」
「さすが私だ!」
「いやいや私たち全員があらばこそ!」
「「「愛しているぞ、私!!!」」」
「町長こいつら殴っていい?」
アスタが冷めた目でローゼルを指す。ローゼルズがずらりとステージに降り立った光景を想像した住民も口々に、
「わー! やめて下さい、祭りが台無しになるっ!」
「ローゼル、いくら私でもそれはマズいと分かるぞ。」
「わわわ、ローゼルさん、そのままステージに上がるのはやめた方が……。」
「ろぜさんダメだよぉー。ろぜさんがいっぱいいるなんてブキミだものー。」
「頼むからやめるんじゃ!」
と口々に止めたのだが、当のローゼルは興奮して周りの声が聞こえていない様子だ。
ローゼルは自分自身を愛している(LOVE的な意味で)。絶対に相対する事は叶わないと思っていた『自分自身』という恋人と、顔を合わせて出会って話までできているからハイになっているのだろう。
ハトラはふと目を細めて遠くを見やる。
「コピーされた自分は自分たり得るのかというのは面白いテーマですね……。
 切り離された時点では全く同じ存在だったとしても、そこからそれぞれが別の経験を積んでいった場合、それは果たして自分と呼べるものなのでしょうか?
 『自分』でないとしたら、同姓同名で全く同じ姿形で遺伝子すらも同一の『それ』は何と呼ばれるべきなのでしょうか?
 何にせよ一体どこからを自分と定義づけるべきか。思考が分割された時かそれとも」
「ああっ! 先生が妙な思考に嵌ってしまった!」
「今は現実を見て下さいハトラ町長!!」
住民たちがハトラを揺さぶる。
町長の目を覚まさんとする住民たちの叫びと、ローゼルズが発する愛の囁きで喧騒に包まれるテントの中に、ステージを終えたオペラが入ってきた。
「失礼するわね。ローゼル? 出番が……」
そしていきなり目の前に同じ顔がずらりと並んでいるのを目にした。
「きゃああああっ?!」
オペラが絶叫する。その場に居た全員が、驚きでワンテンポ遅れて耳を塞ぐほどの声量だ。
至近距離から大音声の『共鳴の声』を受けたローゼルの分身たちは、パチン!と音を立てて弾けて消えてしまった。
「うわあああ! 愛しの私があああああ!」
絶叫したローゼルが崩折れる。
「ご、ごめんなさい!」
オペラが口元を押さえておろおろと謝罪する。ニーナ住民たちは心の中でひっそりと拍手を送った。

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