赤い悪夢

レオナルドは、道の往来で緑色になって倒れていた。
死んでいる訳ではない。彼は、トマトを定期的に摂取しないと体が緑色になってしまうのだ。
しかし、先ほどなななな姉妹のかき氷店でしっかりトマト分を補給した彼が何故緑色になって倒れているのかというと……それは、彼の正面に位置する出店に原因があった。
「りんごあめ」
鮮やかな紅色に輝くりんご飴が並ぶ店頭には、りんご以外の果実を使った飴も置いている。問題はそこの店頭の中央あたり、人気の商品がずらりと並べられている所にあった。

そう、大ぶりのトマトを使ったトマト飴と、看板商品のりんごあめが並べられているカウンターに。

レオナルドはりんごが嫌いだ。それはもう、一目見ただけで拒否反応の言葉を叫んでしまうくらいに嫌いだ。
その原因は昔別れた女に原因があるらしいが、今回の話には関係ないので割愛する。
とにかく、りんごあめとトマト飴が隣同士に並んでいる光景を前にして、彼は固まってしまったのである。

りんごは嫌だ。しかし、トマトは食べたい。

まったく等しい大きさの欲望の板挟みに会い、激しいジレンマから抜け出せず、思考がオーバーヒートを起こしたレオナルドはその場に倒れ込んでしまった。そこに至るまでのストレスから、体が緑になる速度が早まったのであった。
ふと、その緑色の体に影がかかる。
「何しているのかしら、レオナルド。」
ハンナだった。うつ伏せに倒れているレオナルドの体をつついて首をひねる。
「なぜ緑色になって倒れているの。」
レオナルドは説明する気力すら沸き上がらず、「ト、トマトォ……。」と力なく呟いた。ハンナは首を傾げると、レオナルドを放置して、どこかへ歩き去ってしまう。

(あー、これはオレサマ死ぬのかも……。)

レオナルドは静かに目を瞑る。
(トマトをお腹一杯食べたかった人生だった……。)
柄にもなくレオナルドが覚悟を決めた瞬間だった。レオナルドの体が何者かによって蹴り転がされ、「げふっ!?」仰向けになったところで、口のなかになにか丸い物体を突っ込まれた。喉の奥に突っ込まれすぎて、レオナルドは咳き込んだ。
やや朦朧とする意識の中で、口の中の物体を賞味する。この味は飴。そして、中に包まれているこの物体は――

「トマトォォォォォォォ!」
レオナルドが跳ね起きる。その体色がみるみるうちに健康的なオレンジに戻ってゆく。
目の前に居るのはハンナ。トマト飴を差し出したままの格好で、レオナルドの復活っぷりを面白そうに眺めていた。
「グラーツィエ、ハンナ! ちょうどいい所に通りかかってくれたぜ。」
「ななはに聞いたのよ。心配だから見てきて欲しいって。」
瞬きもせずにハンナが答える。レオナルドは軽くウインクし、
「恩に着るぜ! そんじゃあチャオー!」
と言って、勢いよく駆け出そうとした所でつんのめった。振り返ると、ハンナがレオナルドの帽子の端を掴んでいて、「どこへ行くのかしら。」と首を傾げる。
トマトの摂取により完全回復したレオナルドは、先ほどのナーバスな雰囲気はどこへやら。
「次のトマトを求めて走ってくるぜ!」
元気いっぱいな様子で胸をはった。
「そう。」
ハンナは表情を変えることなく頷き、ミナノに目配せする。ミナノが紙袋の中なら、トマト飴と一緒に買っておいたもうひとつのアイテムを取り出した。
「ぴっ」
短い悲鳴を上げてレオナルドが固まる。
「そう、大人しくしなさい。いい子ね……。」
レオナルドの鼻先にりんごあめを突きつけてクールにそう言うハンナの姿は、傍目に見るとギャグ以外の何物でもなかったという。

レダ少年の受難← 【目次】 →イタズラは、程々に。

Twitterでこのページを宣伝!Share on twitter
Twitter

コメントを残す