イタズラは、程々に。

お昼前、世間的には朝のおやつの時間帯。エーリは自身の店に
『店主、出かけています。もうしばらく後にお越しください。』
という貼り紙を出すと、隣の店に顔を出した。
「柊さん!」
商品を磨いていた柊が振り返る。カウンターの側に座って柊と談笑していたロットーも微笑しながら手をふった。エーリも会釈を返し、柊に向き直る。
「僕、食べ歩きに行ってきます。しばらくの間、店を見て貰ってもいいですか?」
「貼り紙に気付かないお客さんや、不遜な輩に声をかけたらいいんですね。お任せ下さい。」
「はい。ご迷惑おかけします。」
「いえいえ、私も後でお世話になりますし。お気をつけて。」
「はい!」
少しだけ準備体操して、エーリは意気揚々と駆け出した。

屋台巡りのために朝食を控え目にしてきたエーリは、瞳を輝かせて屋台の群れの中を泳ぐ。
目についた物を全て食べていたらきりがない、という事を彼は経験でよく知っていた。
食べたいものを全て網羅するため、いちど屋台の並ぶ通りを端まで歩いてみて、引き返すときに好きな屋台で品物を買う事にしていた。

たこ焼きの丸い姿がコロコロとエーリを誘惑する。
焼きそばが鉄板の上で立てる香ばしい音と少し焦げたソースの香りは殺人的だ。
氷の上に乗せられた冷やしトマトの涼しげな表情。
たい焼き屋には名物のピーチデニッシュがメニューに加えられていて、甘酸っぱい匂いが漂う。
ベビーカステラのフワリと甘い香りは砂糖とバターのデュエットだ。
りんごあめは大粒のルビーのようだ。かき氷店のシロップ達は液体になった宝石みたいだ!
クレープ屋が鮮やかな手つきで生地を焼くのに見惚れる。
串焼き類は鉄板の上で「上から下までガッツリ肉だよ!」という香りを立てているだけで充分なパンチ力だ。
スパイスがたっぷり効いた唐揚げも捨てがたい。
お好み焼き屋はそれぞれの屋台が別々なトッピングと具の組み合わせでエーリを誘惑してきた……!

もう我慢できない! エーリは舌なめずりしてツールボックスの蓋を開けた。

「あっ、財布忘れた……。」

・・・・・・。

「あれー?」
メビーは頓狂な声を上げた。往来の端に、見慣れた人影を見つけたからだ。
「エーリさん? どうしてこんな所で寝ているんです?」
返事はない。
メビーがエーリの頬をつついてみると、返事は無いが体はピクリと微動した。
死んでいるのでも怪我をしているのでも無さそうだ。どうやら空腹か何で気絶しているらしかった。
数秒間、エーリをじっと見つめて、メビーは目をキラリと輝かせて口角を上げた。

エーリは夢と現実の間をフワフワと漂っていた。
周りに雑踏が流れるような、昨日の夢の続きを見たような、誰かに顔を撫でられたような、背中のストーンボックスがぐにゃぐにゃ曲がりながら踊っているような。
曖昧な感覚は彼のコントロールを離れ、少し離れたところで自由に揺らめいている。
這い上がろうという考えはとうの昔に捨てていた。彼がどんなに頑張っても、体は足の先から頭のてっぺんまで微動だにしなかった。

ふと。

闇の中で、フワリとバニラの香りが漂ったかと思うと、やわらかいスポンジ生地が口の中に溶けた。
一つめ、二つめあたりは夢かと思ったが、十個、二十個と続いたあたりでエーリはうっすらと目を開けた。
メビーがベビーカステラの袋を手に持ってこちらを覗き込んでいた。「あっ、起きた!」と無邪気に笑う。
「食べます?」
そう言って露店の食べ物がたっぷり入った袋を差し出す。
礼を返す余裕は無く、エーリは幽鬼のような手つきでそれを受けとると、貪るように食べ出した。その間にメビーは、エーリを見つけて助けるまでの経緯を語った。

・・・・・・。

「ごちそうさまでした。」
「お粗末さまー。」
さっきまでの様子とは打ってかわって、礼儀正しく両手を合わせて一礼するエーリ。メビーがそれを見てケラケラ笑う。
「いやあ、助かったよ。屋台に目移りしていたら行き倒れちゃって。」
「腹ぺこキャラだって聞いてたんですけど、本当だったんですねえ。」
メビーが面白そうにニコリと笑う。エーリは照れくさそうに笑って、ようやく立ち上がった。体の埃を払って、屋台通りの向こうを見やる。
「いま財布が手元に無いから、僕の店まで着いてきてくれるかい?」
「別に気にしなくていいのに。――と言いたいところですが、僕もさっきのでお小遣いが無くなっちゃったので、じゃあ遠慮なく……」
瞬間。エーリがメビーの方に視線を戻し、ふとエーリと目が合う。
メビーが吹き出した。
「え!? えっ、何!?」
「ふ……っ、くくっ、っっ……! な、何でもないです……っ。」
メビーが笑いを堪えてひきつった息を洩らす。
エーリは「わけがわからない」といった表情で首をひねっていたが、彼以外の周囲の人々から見れば理由は一目瞭然だった。もしくは、エーリが鏡でも覗きこめば。

マジックで顔中が真っ黒になるほどに落書きがされているのだ。

エーリが気絶している間にメビーが仕掛けたイタズラである。もちろんメビーはエーリに話していない。
「まあ、また倒れても安心して下さいよ。その時はまた僕が食べ物を口に突っ込みますから。」
誤魔化すようにそう言うと、「さあ早く。」とエーリを急かした。「良い子だなあ。」と感心しながら、エーリは歩き出す。 その後ろについて、メビーも足を踏み出した。後ろ手には手鏡。
(さあ、いつ明かそうかな!)
種明かしした時の驚き顔を想像してワクワクしながら、ふふふ、とエーリに気付かれない程度の声量で笑むのだった。

ちなみに十数分後。エーリの店に付いたメビーは柊と嬉しくない再会を果たし、その場に居たロットーと二人がかりでネチネチ叱られる事になる。
教訓。イタズラは、程々に。

赤い悪夢 【目次】 →

関連作品:メビーくんのインガオーホー!?(まいせるふさん作) ※1期サイトに飛びます。

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