メビーくんのインガオーホー!?



今日はここ、ムーンホールが最も輝く満月の日。外堀が白く光を反射し、街に月光が満ち溢れる様はとても幻想的で。

これを見るために旅人が集まるのか、満月の日だけムーンホールは普段より人口が多くなるだとか、そんなことも囁かれている。

そして、この月光差す街に誘われた者がまた1人...





メビーは夜の森をあてもなく飛んでいた。ふと大きめの木の、太い枝に腰を下ろして、なんとなくひんやりとした夜空を見上げる。メビーはこの頬をくすぐるような、夜の風が好きだった。視線の先には、深い群青の空に、他の星を塗り潰すような白い真円の月。

「わあっ...」

思わず言葉を漏らす。はっと辺りを見回すが森の中には静寂と自分しか居ない。ほっと落ち着いて一息つくと、また月に目をやる。

メビーは元々遠い北の国の生まれだ。様々な綺麗な景色を見て各地を巡る間にここスタビレッジの森に居着いたが、今でも度々美しい景色を求めてはふらりと何処かに出掛けたりする。ーー今日も、何処かに出掛けてみようかな。月が綺麗なところ。等と、そんなことを考えて、メビーは枝を揺らして飛び立った。





満月のムーンホールは活気に満ちていた。それもその筈、ムーンホールでは月に一回満月の日には住人皆が参加する祭りが行われているのだ。これは、かつてカゲキが町長になった夜、その日の美しい満月に感激して定めたと言われている。派手好きで人望もあった町長は、あっという間に月一のフルムーン祭を、街の恒例行事にしたのだった。

実際、この祭りは住民の活性化の他、経済的にも出会いの場としても良い影響を街にもたらしているのだが、このことをカゲキ本人が狙ったかは謎ーーいや、おそらく偶然の産物である。



そんな賑やかな街の上空から、2階にあった適当な家の屋根にメビーは降り立つ。狭い通りを一杯に埋めた人々を見下ろして、再び満月を眺める。もうすでに満月は高く上っている時間だというのに、街はとても明るかった。『電灯は一つもついていないのにも関わらず』だ。つまりは満月の光が街を満たしていた。不思議なことだが、ムーンホールの満月とはこういうものなのだ。



神秘的な月光の輝きに満足したのか、ふと目線を下ろしてメビーは呟く。

「そろそろ月もいいかな...これだけ人がいれば楽しいことの一つや二つくらいー...あるでしょっ」

ふふ。と、悪戯っぽい笑みを浮かべて屋根から飛び降りーーいや、飛び立つ。

それから暫くして人混みから少し外れた通りに降り立った。見ると、通りにはいくつかぽつぽつと露店らしきものが出ており、流れる人が時折その前で立ち止まったりしていた。

その中の一つ...黒塗りに朱色で"よろず屋"と書かれた看板が掛けられた店の前の露店に目が止まる。『掘り出し物』と貼り紙がされた棚に、様々な装飾品が整然と並べられており、棚の端にはいくつかの瓶に入った飴玉のようなものが並べられていた。『コピーのもとキャンディ』と書いてあるそれに目を惹かれたメビーは一つの瓶に手を伸ばし、手に取る。

瓶の中を覗くと、色とりどりの飴玉飴玉一つ一つにコピーマークがうっすらと見える。

...ごくり。瓶の中から香る仄かに甘い香りの誘惑に負けて、飴を一つ、瓶から取り出す。幸い、今なら店には誰もいないようだ、人影は見えないし、取り敢えずボウシに....





「ーーお会計は此方ですよ?」

くすり、と含み笑いと共に透き通った声が店の奥から聞こえた。

「ーーッ!!?」

急に声をかけられて硬直する。声のした方を見ると棚の向こう側にある小さなソファーに、赤い2本の角を額に生やした中性的な顔つきの人物がゆったりと腰かけていた。手には何やら透明なクリスタルのようなものが収まっている。その相手の口が動き、先ほどと同様の声色で話す。

「コピーの素キャンディ、舐めている間だけコピー能力が使える。但し普通のコピーに比べて能力は劣る。」

淡々とした口調とにこやかな表情で続ける相手に、蛇睨みでもされたかのように、メビーは動けなかった。更に相手が続けて言う。

「ーー1つ、1200¥」

相手が言い終わるか終わらないかのうちに、駆けだす。速さには自信があった。今まで追い付かれたことなんて...!!飛び立てさえすれば追い付かれることはない!この距離なら飛び立つまでの時間で捕まることも...『ない』と。メビーは、そう思っていた。

しかし。足が離れーーるーかと思われたその時。がくん、と体が引っ張られた。恐る恐る振り替えるとそこには先ほどの相手が、赤い角を更に赤く光らせてにこりと笑っていた。

「つかまえました、よ?ふふ...」





暫く後。メビーはその相手ーー柊と言うらしいーーに連れられ、いや正しくは引きずられて店の奥の一室に連れてこられた。隙を見て逃げ出そう、という考えもない訳でも無かったが、これまでスピードに絶対の自信があったメビーは、先ほどの不可解な出来事に萎縮していた。それに、既に店の中に入ってしまっている以上、ここから逃げ出そうとすれば店の品物の一つ二つは何かの弾みに倒れてしまうかもしれない。そうなってしまえばそれこそどうなってしまうか...

そんな事を考えているうちに、小さな部屋にはカギがかけられ、柊はテーブルを挟んで一対になった小さなソファの向こう側に座った。柊はメビーにソファに座るように促す。

「それで、」

柊が何か言い出す前に、観念したメビーが言葉を発する。

「ご、ごめんなさいっ!こ、これ...とても綺麗で...でも今持ち合わせがなくて...つい、そんな高いものだなんて...」

ふう、と一息ついて柊は構わず続ける。

「コピーの素キャンディ、値段はそのコピーの種類によって様々、なんだけど。」

と、そこまで言って柊は先ほどメビーが飴玉を取り出した瓶をテーブルに置く。

「よりによって、最高値の1200¥コピーの瓶から盗るなんて、貴方もツいてないですねぇ...。どうやら、そのことは知らなかったようですし。」

柊は同情するような口調で言う。メビーは少しだけ期待して柊の顔色を伺った。

「ですが、それとこれとは別ですよねぇ...貴方、持ち合わせが無いんでしょう?じゃあ....」

が、甘かった。そりゃあ飴玉一つとはいえ、盗みは盗みだ。それに、それこそただの飴玉ならまだ笑って済まされたかもしれないが、事情が違う。何だよ、1200¥の飴玉って...と、メビーは内心でやり場のない悪態をついた。

「ですが、まあ、安心してください。警察につきだしたりはしませんよ。」

柊は何処から取り出したのか朱塗りに金をあしらった煙管を吹かしてにこりと笑った。煙管の中には香草でも入っているのだろうか、仄かにすっとする香りが漂う。言われて初めて気付いたが、そういう可能性だってあったのだ。金額がそれなりなだけに少し冷や汗をかく。柊は構わず続ける。

「但し....貴方には簡単なバイトをして貰います。何、明日指定された場所に行って1日働いてもらうだけです。」

...バイト?メビーの頭に疑問符が浮かぶ。

「ああ、身構えなくてもいいですよ?ただ普通のお店で普通にお手伝いして頂くだけですから。」

ふふ、と柊はまた口元に笑みを浮かべる。なんというか、よくわからない奴だな、とメビーは思った。

「それで、えっと、明日からって...」

と、メビーが質問をする。

「ああ、今日はもう遅いですからね。仕事は明日です。今日はここに泊まっていきなさい...というより、返しませんけど。大丈夫ですよ、シャワーくらいならありますから、ハイ。」

言い終わると柊はぽかんとした顔のメビーにカギを一つ放る。慌てて取り落としそうになりながらも受けとる。

「そちらの扉の向こうに個室があるので...まあ、小さいですが我慢してくださいね?シャワー、使いたかったらこの扉を3回ノックして下さい。」

それだけ言うと柊はまた別の扉をあけてその中に入っていってしまった。

「は、はあ....」

残されたメビーは何だか一気に身体から力が抜けたような感じで、そのままソファに身を預けて天井を見上げる。何だかとんでもないことになってしまった...と大きなため息をついた。





翌日、メビーは柊に連れられて、とある飲食店の前にいた。

「さあ、着きましたよ。ここはムーンホールでも有数の人気店でしてね、ここならあれくらいの額あっという間に稼げますよ〜」

柊は相変わらずのにこやかな笑みでそう告げる。どうやら昨日のうちに話を通してあるらしく、その後簡単な説明をされて裏口から中に入れられた。裏口から従業員部屋に入ると、一人の女性がいた。

「じゃあ、ルフナさん後は宜しくお願いしますね。」

そう言って柊はにこりと笑って、そのルフナという女性に手を振りつつ部屋から出ていった。





「えーっと、キミがバイトの子?」

柊にルフナ、と呼ばれた女性が話しかけてくる。どうやら自分の担当者のようなので、挨拶をしておく。

「僕はメビー...って、いいます。」

「そう、宜しくね、メビー!柊さんから話は伺ってるから、その辺は大丈夫。ところで早速仕事の説明なんだけど...」

挨拶を終えると、ルフナさんは早口で今日の仕事の説明を始めた。要するに、今日1日この店でウェイトレスをすれば良いらしい、ということだった。さらにルフナは続けて言う。

「それで....はい!これ、うちの制服ねっ」

差し出されたものにメビーは、思わず目を丸くする。

「え、これって...?」

「はい!メイド服ですよ!」





『...エエエエエエエッ!!?』





「お帰りなさいませ!ご主人様っ!」

「お、お帰りなさいませ....ご主人サマ...」

誰かが店に入る度に、ルフナ他従業員...もといメイド達の黄色い声がこだまする。

「こらこら、メビー、声が小さいですよっ!はい、これ5番テーブルに!」

挨拶をルフナに注意されてしまった。それはそうだ、こんなところに放り込まれて、直ぐに適応できる方が可笑しいと思う。なによりも...

「僕は男なんだけど...はあ...」

「あら、そういう需要もあるんですよ?ほら早く早くっ。」

...いらん情報を聞いてしまった、と苦い顔をする。周りではフリフリのメイド服を揺らして従業員が忙しく動いている。自分も同じものを着ていると思うと陰鬱な気持ちになってくるので、出来る限りそういう考えを頭から排除してさっさと商品を運ぶ。

「エ、エーット、お待たせ致しました、ご主人様。此方ご注文の『愛情たっぷり!萌えストロベリーパフェ』になります。ごゆっくりお召し上がり下さい...」 ことり、とパフェをテーブルに置き、ぎこちない笑みで業務的に述べる。顔がひきつっているとかそんなのはもうどうでもいい。兎に角早く時間が過ぎろと思いながらくるりと踵を返す。

「ねぇ、キミ可愛いねえ?新人の子?」

「なー、もっと笑ってくれよーっ。」

「てかlineやってる?」

厨房に戻るまでの間もそんな言葉があちこちから飛ぶが、営業スマイルで笑って誤魔化す。もうどうにでもなれ。そもそも何故皆自分の性別に気づかないのか、多少苛立ちながらも仕事を続けているとふと店の壁に立て掛けてある鏡が目に入る。その中に写っていたのはーー







夕方、もう時間は18時を回っていた。無心で働いていたメビーに、不意にルフナから声がかかる。

「メビーさん、お迎えが来てますよ、お疲れ様でした。」

その声を聞いてはっと我に帰る。もはや現実から目を背け過ぎて何故こんなことをしているのかすら忘れかけていたところだった。ふらふらと、よろめきながらゆっくり従業員部屋に入ると、柊が何時ものにこにことした笑みでそこにいた。

「お疲れ様でした、いや、いい働きぶりでしたねえ、これでやっと自由に...」

と、そこまで聞いて床に座り込む。正直、慣れない格好でこれだけの時間働いたからかとても疲れた。...主に精神的に。

「あら、大丈夫ですか?まあ、急にこれだけ働いたなら順当かもしれませんね...今日は私の家に泊めてあげますから、明日まではゆっくりと寛いでいって下さい。」

...柊が言い終わる頃には、既にメビーは眠ってしまっていた。

「おや...寝てしまいましたか。まあ、いいでしょう。きっちり代金分は返してもらいましたしね。」

柊は床に座って微睡むメビーを抱き抱えると、彼のボウシを持って歩きだした。

「しかし...やはりここを選んで正解でしたね。よく似合ってますよ?...メビーくん。」

既にすやすやと小さな寝息をたて始めた相手に向かって語りかける。

そしてそのまま赤く角を光らせると、そのまま夜のムーンホールに飛び立った。





次の朝、

「んぅ...。...は!え、あれ、ここは?」

メビーは昨日と同じベッドで目を覚ました。目を擦りながらふらふらと扉を開けると、そこには柊がソファに腰かけていた。部屋には柊の煙管から出ているのであろう爽やかな香りが溢れており、寝起きの頭がすっきりする。

「おはようございます。昨日は結局あの後寝てしまったようなのでここで一泊して貰いましたよ。」

柊が笑って言う。あのまま寝てしまったのか、と思うとメビーは少し顔が青くなった気がした。

「へ、変なことしてないだろうなっ!」

「はは、流石にそんなことしませんよ。それにもう貴方に貸しはないですから。今はただのお客様です。」

服は戻っていたが、それ以外は特になにも違和感はない。取り敢えずは柊の言葉を信用することにする。そもそもの落ち度は此方にあるだけにやたら反論するのも難しい。

「...で、もう今はなにもないですから、どうぞお好きに。朝食くらいなら出しますよ?勿論お代は貰いませんーー」

「か、帰るよっ!」

もうこりごりだ、と言わんばかりに立ち上がって、メビーは外への扉を開ける。早く森に帰って、ゆっくりしよう...早足で店を出て素早く飛び立った。今度は何の障害もなく、何時ものようにばさり、と空へ飛び立った。







柊は、店から飛び出したメビーを目で追って、ふふ、と小さく笑って、それから静かに呟いた。





「またお越し下さいませ。」





》》 to be continued






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