「ユリカと不思議なおだやか④」
「着いたはいいが……なんかやけに中が静かだね」
「……はい」
メカノアートを出発してからおおよそ3時間。照りつける太陽の光を背中に浴びながらも、あたし達は堀に囲まれた中にぽつんと降りきっていた跳ね橋の前にいた。
ふと視線を堀の中へと向けると、流れる水流の中で元気に泳ぎ続ける魚達の群れがあった。
この魚達は釣れるのかな……っとじっと見つめていると、ふいにお腹の音が鳴りそうになったので魚から目線を離す。
そこで視線を跳ね橋の向こうへと向けてみるが、今いる位置からでは影で暗くなっている建物しか見えなかった。
「中がどうなっているのかはさっぱり分からないけど、とりあえず行ってみようか、ミナノ」
「そ、そうですね……ここにいても仕方ないですもんね…..」
そう言ってミナノの手を取ると、あたしはゆっくりと中に足を踏み入れていった……
「参ったなこれ……」
勇気を出して中に入ったはいいが、ものの10分もしないうちにあたし達はおだや化になった人々に囲まれていた。
隙を見て逃げ出そうにも、四方八方塞がれてしまってネズミ一匹すら逃げ出せない状況になっていた。
ジリジリと迫ってくるおだや化になった人達に怯えるミナノの手をぐっと握ると、あたしはいつ襲いかかってきてもいいように身構える。
溢れ出す汗を手で拭おうとした刹那、目の前にいたおだや化した一人が襲いかかってきた。
あたしが咄嗟に「アルペジオ!!」と叫ぶと、耳にあてていたヘッドホンが一瞬で空中に放り出され一回瞬きをする頃には2丁拳銃へと姿を変えていた。
あたしはそれを掴むと、目の前にいたおだや化をアルペジオで殴り飛ばし、その反動で後ろへと吹っ飛んでいったやつにすかさず詰め込んだゴム弾をお見舞いする。
すぐさまゴム弾を装填し直すと、後ろへと空中回転しながらあたしの背後にいたやつとミナノに襲いかかっていたやつを撃ち抜く。
こうして一定のリズムを崩すことなく撃ち続けていたあたしだったが、流石の数の多さに体力がそこを尽き始めてしまっていた。
「こ、このままじゃやばい……こうなったらミナノ、アンタだけでも……!!」
「そ、そんなの嫌です!ユリカさんもい、一緒に!!」
「でも本当にこのままじゃ……」
そう言って目を離した一瞬の隙に、やつらはあたし達の目と鼻の先まで近づいていた。
「しまっ……」
もうダメだと思った瞬間、突然激しい強風が吹き荒れたかと思うと、周りにいたやつらが一瞬にして吹き飛んでいた。
「こ、これは一体……?!」
「君達、こっちだ!」
「あ、アンタは!」
「いいから早く!!」
「わ、分かった」
あたしとミナノは今起きたことが全く分からないまま、とにかく声をかけてきた人にただひたすらについていった……
「あー、助かったよー!ありがとね、コーパル」
「あ、ありがとうございました!」
「いや、いいよ。それより無事で何よりだね」
そう言いつつコーヒーカップを手に取ると、ゆっくりと飲み始める。
目の前にいる丸メガネに紺色のコートを羽織った男の名はコーパル。以前にも何度かあっているけど、とにかく力が強い。
「悪りいな、こんな状況でなければオレ直々に出迎えに行ってやったんだが……」
そのすぐ隣で地図を広げながら呟く男はこの町の町長であるカゲキ。町長であるはずなのに、みんなからはボスと呼ばれている。何故かは分からないけど。
「チッ、めんどくせえことになったな…….」
「仕方ないよ、兄さ……君」
何やら不機嫌そうな顔して話している黒いニット帽を深々と被った男の名はグレイ。普段から怖い顔をしているが、今日はいつもに増して怖い顔をしている。
その隣でじっとグレイの顔を見つめる逆三角形のバッジをつけた子の名はトリア。さっきからずっとグレイの顔を見つめているけど、何かあったのかな……?
「まあ、私は楽しいから全然いいのだけどね!」
そう言ってくるりと周りながら、優雅に空中を踊っている女の人はルルイ。楽しいことが大好きだという話は前に聞いていたけど、こんな状況でも楽しいのね……
他にもちらほらと人はいたが、この部屋にいた人の数をざっと数えても20人いるかいないかという数だ。
隣を見ると案の定ミナノがかちこちになっていた。以前にもムーンホールの人達には会っていると言っていたけど、やっぱり実際に会うとダメだったみたいだ。
そうしている間に、突然町長が大声で喋り始めた。
「だがそれにしてもよ、コーパルお前いつの間に武器をスイングするだけで人を吹き飛ばすような強風を起こせるようになったんだよ!すげえな、おい!」
「なんか素直に喜べないけど……まあ、その気持ちはありがたく受け取っとくよ」
「私も見て見たかったわー、貴方が強風を巻き起こすところ!」
「や、やめてくれそんなことで褒め称えるのは!ちっとも嬉しくなんてない……」
「まあそうよねー。貴方が喜ぶ時なんて言ったら、魔法が使えるようになった時くらいよねぇ……ね、鈍器マスター?」
「う、うわあぁぁぁぁ!!頼むからそれ以上何も言わないでくれぇえ!!」
「あーもう、うるせえ!!そんなに騒ぎてえなら、お前ら外に行ってやれ!!」
「落ち着いて兄さ……君」
……黙って会話を聞いていたのはいいけど、なんか収集がつかなくなってきたよ、これ……
そう思っていると、やれやれといった顔をした町長がこちらに話しかけてきた。
「すまねえな、うるさくてよ。少し騒がしいが、我慢できるか?」
「あたしは構わないけど……ミナノは?」
「わ、私も大丈夫です」
「そうか、なら早速だが今のこの状況を簡単にだが説明するから、きちんと聞いとけよ?」
町長はテーブルに広げたこの町の地図を見つめながら近くのペンを持つと、そのペンで地図に色々と描きながら口を開く。
「まず、今いるこの部屋はオレの部屋……つまりは町長の部屋だ」
ペンを走らせ印をつけると、そこからいくつかの矢印を描き加えていく。
「そしてこれが非常用の脱出ルートだ。オレはこの町の町長だから逃げ出すわけには行かねえが、他のやつらにはもしもの時ここを通って逃げろと言ってある」
「あ、あのー、1ついいですか?」
「お、なんだ?」
珍しく自分から質問をしたミナノは、顔を赤らめながらも再び口を開く。
「こ、ここには少ししか人がいないように見えるんですが、あの、他の方々はどこにいるのですか……?」
「おう…….」
その質問を受けた町長は少し俯くと、ゆっくりと顔を上げて告げた。
「他のやつらは……全員おだや化になっちまった。戦線をはり、丸一日あいつらからの攻撃を防いでいたが、クドのやつがあいつらに襲われた瞬間……一気に形勢が変わった」
「そ、それで……どうなったんですか?」
「首輪を外したクドの攻撃によって、大勢のやつらが犠牲になっちまった……やがてねずみ算のように増え続けるやつらを止める術はなく、今では住民の約9割がおだや化しここにいるやつらだけになっちまった」
「そう……だったのですか……」
町長が話し終わる頃には、さっきまでの騒がしさが嘘のように消え、しーんとした空気が流れていた。
今の状況が分かったのはいいけど、最悪な状態だ。これではスタビ、ムンホ、メカノの3つの場所は壊滅したも同然……どうしよう……
不穏な空気に包まれる中、突然背後から大きな音が聞こえてくる。
何かと思ってドアの方へと近づいていくと、大きな音がいくつも聞こえてくる。まるで足音のような……
「……はっ‼︎みんなドアから離れて!!」
そう叫びバックステップで後ろへと下がった瞬間、ガゴォッという音と共にドアが吹っ飛ばされた。
「これは砲弾⁈ルノウの仕業ね……」
鳴り響く爆音と共にもう1,2発砲弾が飛んできたかと思うと、今度は何かが入ったビンが宙を舞いながら地面へと着地し、直後怪しげな煙が部屋を立ち込め始めた。
「なんだ、これは⁈」
「煙たいよ、兄さ…..!!」
そう言いかけたトリアは突然ふらつき、そのまま地面へと吸い込まれるように倒れてしまった。
「あっ、トリア!くっ、これは睡眠ガス……今度は柊のやつだね……!!」
「仕方ねえ!残ってるやつでまだ走れるやつは非常用ルートから脱出しろ!!」
その言葉を聞いたあたしは眠そうに目をこするミナノを見つけると、手を掴みさっき教えられたルートを必死に思い出しながら走る。
外に出てシャッターが閉まっている店が並ぶ道を走っていると、真上からすごい勢いでハンマーが飛んできたのを確認し、咄嗟に避ける。
「あらら〜、避けられちゃったかいな」
「アンタは……肉球ハンマーのお姉さん……!!」
「覚えててくれたのかぁ〜。嬉しいなぁ!」
「今はアンタの相手をしてる暇はないの!どいてくれないなら……」
っと、あたしはアルペジオの銃口をこのはに向ける。
「ありゃりゃ〜、そんなもの向けたら危ないやろ!もっとおだやかにいこうや〜……」
このはがその言葉を言い終わった瞬間、あたしはアルペジオの片方を空中に放り投げ、もう片方の銃でこのはに向けて一発放った。
走りながら銃を放ったあたしを見たこのはは、ハンマーでまっすぐに飛んできた銃弾を弾き、その勢いのままハンマーをあたしに向かって投げ飛ばした。
あたしはスライディングでそれをかわし、このはとの間合いを詰めるとスライディングのまま足払いを試みる。
……が、ジャンプでかわされてしまい、その直後後ろから戻ってきたハンマーを喰らい前方へと吹っ飛ばされた。
「……っ!! 」
「よーし、じゃあおねーさんがあんたもおだやかにしてあげるやんな……」
「今だ!!」
あたしは吹っ飛ばれながらもバク転しながら体制を立て直し、真上から落ちてきたアルペジオを掴むと同時にこのはに向かって素早く撃ち込んだ。
流石にこの状況を予期していなかったこのははゴム弾を避けきれず、まっすぐに飛んでいったゴム弾を真っ正面から受け、そのまま倒れた。
「あー、危なかったー。最初にアルペジオの片方を投げてなかったらやられてたね……!!」
「だ、大丈夫ですかユリカさぁん……」
「行くよミナノ!」
目を回し気絶しているこのはを横目に、あたしは再びミナノの手を引いて走りだす。
しかし、走って5分もしないうちに今度はお祓い棒を持った女の子……マジュコにゆく手を阻まれてしまった。
「あ、まだおだやかになってない人がいたんですねー!ダメですよー、おだやかにならないと神様に失礼です!!」
「神様はそんなの受け入れないと思うんだけど……」
「あ、今神様を馬鹿にしましたね!そんな悪い子にはマジュパンチで……」
「……だから僕は神様なんて信じないって言ってるだろ!」
「⁈」
後ろから聞こえてきた声に反応して振り向くと、そこには埃まみれのコーパルの姿があった。
「コーパル、アンタも無事だったの⁈」
「ああ、なんとか。それよりも君達は先に行っててくれ。僕はマジュコに用がある」
「え?わ、分かった!じゃあ先に行ってるよ!」
「む、マジュを無視するなんて酷いのです!まだ話は終わってないのです!」
「それはこっちも同じだよ、マジュコ。おだや化になっているのは関係ない。いつぞやの借りを返させてもらうよ!!」
「そういうことならマジュも容赦はしないのです!さあ、神様の洗礼を浴びさせてあげるのです!!」
背後に鳴り響く衝撃音を聞きながら、あたしとミナノは再び出口に向かって走りだした……
「こ、これだけ……?たったの?」
「ああ、オレとしたことが申し訳ねえ……!!」
出口の跳ね橋を直前にして再び集結できたあたし達だったけど、この場に無事集まったのはあたし、ミナノ、グレイ、トリア、ルルイ、そして町長の6人だけだった。
しかもトリアとミナノは完全に眠っているため動くのは不可能で、その2人を背負っているあたしとグレイを除くと実質フルで動けるのは町長とルルイという状況になっていた。
そして……
「え、ここに残る⁈何を言ってんの、町長!」
「最初に言った通りだ。オレはこの街から逃げることはできねえ。それに誰かがこの跳ね橋を内側から閉めなきゃならねえしな」
「町長、お前……」
そう言ったグレイの目はさっき以上に鋭くなっていた。
その様子を見ていたルルイは、やれやれといった様子で口を開く。
「なら私も残るわ」
「何⁈お前は残らなくてもいいんだぞ?なぜ……」
「あら、私だって貴方と同じようなものだもの。それに一人だけ残ったって、寂しいでしょ?」
「……へっ‼︎」
町長がニヤリと笑うと、突然あたし達を掴み跳ね橋の向こう側へと放り投げる。
かろうじて受け身をとったあたしが跳ね橋の方を咄嗟に振り向くと、跳ね橋はすでに閉まり始めており奥にはおだや化の集団がうっすらと見えた。
それを見たあたしが思い切り「町長ー!!」っと叫ぶと、町長はこちらを振り向き大きく息を吸い込み大声で叫んだ。
「後でチャリでそっちまで追いつく!それまで待ってな!!!」
「町長っ!」
その言葉を最後に、町長の姿は見えなくなってしまった。
疲労と心が崩れたのが重なったのか、何の抵抗もないままガクンと倒れてしまう。
零れ落ちる涙を止めることもできず、ただ「そう言うのを死亡フラグって言うんだよ、町長……」っと呟いた……
つづく。