蜂蜜と魔法石【3】

前回

 07 ――デドリップデザート、砂漠の真ん中から

 じりじりと焼けるような、強い日差しの中。
 アタシは手元の地図を確認して、次にテスタとロッカを見た。
「次の魔法石が作れる場所は、イリスティアにある。そう言ったわよね?」
「そうですね……」
 テスタは、力ない声で答える。
 あたしは息を吸って、雲ひとつない青空に向かって、叫んだ。
「まず、そのイリスティアが、どこにもないんだけどぉー?!」
 見えるのは、ただの砂漠。砂と砂と、砂。それから砂。
 地図に乗っているはずの町が、どこにもない。
「暑いわ!もういやー!帰りたいー!」
「は、ハニーさん、落ち着いて!ほら、ワープする場所を間違えたのかも……!」
 ひんやりしているロッカにくっつきながら喚くと、ロッカが慰めるようにアタシに言う。
 そんな、ちゃんとこの場所を願ったもの! 間違えるわけないわ!
 そう言おうとしたけれど、ロッカの吐息に冷たい空気が混ざっていることに気づいて、返す言葉を忘れた。
「あれ? 冷たい……」
「あっ?!ご、ごめんなさい、わたし、息が冷気になってしまって、その……」
 指摘したことに、ロッカはおろおろし始める。
 息が、冷気? 涼しくなるってこと?
「あら、それ良いじゃない!ロッカ、もっと話して」
「え?……あっ、じゃあ、それなら」
 あたしがそう頼むと、ロッカは慌てるのをやめて、ふーっと息を吐いた。
 周囲に冷たい空気が広がり、辺りがキラキラと輝く。
「わあ、涼しい!ロッカ、すごいわ!」
「えへへ……そうかなぁ」
「そうよ。ほら、テスタ、ロッカのお陰で涼しいわよ。これで元気になりなさいよ」
「あ……暑いのは慣れてるんですがぼく……」
 テスタは蚊の鳴くような声で言って、帽子を深く被りながら、地面を見つめた。
「た、太陽が……アレルギー……で……あうう」
「えっ? て、テスタさん?!」
「ちょっ、大丈夫なの?!」
 ふらりと倒れそうになるテスタを、慌ててロッカと一緒に支えた。
「太陽……えっと、この日差しがダメなのね?! じゃあ早く陰に……ってないじゃないー!?」
「ハニーさん、とりあえずその傘を!」
「ハッ! それだわ!」
 わたしは傘を開き、テスタを日陰に入れた。
「ありがとうございます……すみません……」
「しっかりなさいよ。アンタがここで倒れたら、旅が続けられないじゃない」
「とにかく、早く室内に入らないとだね……」
 どうする?と三人で顔を見合わせた、そのとき。
 どこからか、ブゥーンと、何か変わった音が近づいてきた。
 それは次第に大きくなり、こちらに近づいてくる。
「何の音……?」
「何か乗り物かな?」
 ロッカと顔を見合わせていると、その音の主が、砂山の影から姿を現した。
「おやっ、こんなところでどうしたんだ?」
 それは緑の帽子を被った、変わった乗り物に乗ったひとだった。
 その人はかっこよく乗り物から降りて、アタシたちに笑いかける。
「可愛いお嬢さんたちが、こんな砂漠の真ん中にいるなんて。道でも迷ったのか?」
 か、可愛いお嬢さん……? 照れるわねえ。
「えと、あのね、アタシたち、イリスティアに行こうとしたんだけど……」
「イリスティア? ああ、それなら、」
「ん……?バレット、さん?」
 緑の帽子の人が言いかけたとき、テスタが顔をあげた。
 二人の目が合う。
 緑の帽子の人は、目を見開き、こう叫んだ。
「てっ……てっちゃん?!」

 
 08 ――イリスティア、ある一室から

「街が、沈んだですって?!」
 アタシの声が、部屋に大きく響いた。
 イリスティアの街の中、とある一室。
 アタシたちはバレットの案内でイリスティアにたどり着き、住人の家に来ていた。
 テスタを休ませるためと、三つ目の魔法石を作るための場所を尋ねるため、だったのだけど……。
 この部屋の主であり、街の研究をしていると名乗る、ユッカという女の子が頷く。
「そうなの。すっごく昔は城下町があって、この城ももっと大きかったのだけど……」
 ――ある日、水不足に悩んだ人々が、『雨を降らせる魔術式』を完成させた。
 しかしその雨は激しく、何十年降り続いて地面がゆるんで、王城の下半分と城下町全てが沈んでしまった。
「……非科学的だけど、史実よ。街と王城の一階は砂と水の中。今は、残っているこの王城が街そのものなの」
 街が、この地面の下にあるわけね。道理で、パラソルのワープが狂うわけだわ。
「それじゃあ、この『陽』の魔法石が得られる、『太陽の宝玉』のある場所は……」
 まさか、街と一緒に沈んだとか言うんじゃないでしょうね?
 しかしそれには、ユッカは首を振った。
「わからないわ。恐らくそれは昔の王族の所有物ね。知ってるとしたら、フェン王子かしら……」
「フェン王子?」
「そう。今このイリスティアを治めている王子。それに優しいから、力になってくれるはずよ」
 そこまで言って、ユッカはにっこり笑った。
「あたしもその魔法のことが気になるし、王子の居そうなところに案内するわ。……バレット、留守番頼んでもいい?」
「おう。てっちゃんの様子見とくよ」
「すみませんねぇ……少し寝たら大丈夫だと思うので……」
 テスタはソファに寝たまま、アタシたちに手を振った。

 テスタをバレットに任せて、そうしてユッカに連れられて来たのは、街の公共施設の中の、武道場の入り口。
 扉を開けると、広い部屋で鎧の騎士が二人、剣をぶつけ合っていた。
 ガキンッ、ガキンッ!
 重い金属音が、辺りに響く。
 赤羽根をつけた黒と金の鎧の騎士の、強い斬り。
 それを銀の鎧の騎士がハラリと避け、回転斬り。
 しかしそれも、金の騎士が盾で受け止めた。
 す、すごい……! 本物の騎士同士の戦いなんて、始めて見たわ! 
「あっ、ユッカだ! どうしたのー?」
「あら、ムニ」
 ムニ、と呼ばれた、何だかカエルっぽい緑色の女の子がアタシたちに気が付き、こちらに手を振った。
「フェン王子を探しにきたのだけど……」
「いるよ、そこだよ! なんかね、ほーろうの騎士? が来てて、手合わせしてるんだって! あたしはおもしろいから、二人が戦ってるのここで見てたの!」
 ムニはそう言って、二人を指さす。
 間もなくして、金の騎士の重い斬りに、銀の騎士の剣が弾き飛ばされ、ガシャンと落ちた。
 金の騎士は剣を下げ、二人の動きはそこで止まった。
 銀の騎士は、仮面を上げる。優しげな茶色の瞳が覗いた。
「やはり、強いですね。国の護衛として雇いたいくらいです」
「私は放浪の騎士だ、そんなことは頼まれてもやらん。それに、護衛等なくとも貴国は平和であろう」
「まあ、それもそうですね。お手合わせありがとうございました、ルームガーダーさん」
「フェン王子ー! ちょっといい?」
 ユッカの声に、フェンとルームガーダーが振り返った。
「ならば、私はこれにて。新たな戦士を探すとしよう」
「はい。またリベンジさせてくださいね」
 フェンの言葉にルームガーダーは頷き、別の扉から外へ出ていった。

「『太陽の宝玉』……あった、これだ」
 王城の図書館。
 ムニもついてきて、アタシたち五人は、昔の国宝が書かれていると言う資料の本を覗いていた。
 フェンはページの中の、ある項目を指さす。
「やっぱり、この王城の地下室の、宝箱の中に取り残されたままみたいだ」
「宝箱?! この城の地下にあるの?! あたし見たい!」
「ムニ、地下室ってことはつまり、砂と水の中、ってことよ」
 ユッカの言葉に、ロッカが一度顔を上げる。……名前似てるわね、この二人。
「地下に行く方法はあるの?」
 尋ねると、三人は一斉に難しい顔をした。
「問題はそこ! ただの水中ならともかく、砂と水が混ざっているから、魚人でも泳ぐのは困難ね……」
「そうだね。砂で視界が悪いから、水中ゴーグルをつけていてもとても危険だと思う」
「うーん……あたしはカエルだけど、地下まで長く潜るのは、ちょっと無理かなー!」
「そ、そんなあ……」
 三人の言葉に、アタシはがっくりと膝をつく。
「ロロイリス様との約束が果たせないわ……!」
「ハ、ハニーさん……!」
 心配そうなロッカの声。
 ユッカはぽんぽんと、アタシの肩を叩いた。
「とりあえず、あたしの部屋に戻りましょう。バレットたちに意見を聞いたら、何か閃くかも」

 ムニとフェンと一度別れ、ユッカの部屋に戻って来た。
 テスタの寝ているソファの側の椅子に、バレットが座っている。
「テスタの具合はどうなの?」
「だいぶ良さそうだから、心配ないぜ。今は寝てるよ。そっちはどうなった?」
「それが……」
 これまでの経緯を話すと、バレットも難しそうな顔をした。
「……俺には何も思いつかねぇ。潜水艦はデカすぎて使えないだろ? 霊体の奴でも、視界が悪いと動けないだろうし……テレポート系の能力で飛んだとしても、そこから宝箱を探すのは無理だし……」
「そうよね?! 砂と水の中を潜って探すなんて、不可能よ! そんなこと、できるわけ――」
「うーん……」
 そう言いかけたとき、テスタが寝返りをうった。
 皆でそちらを向くと、テスタはむにゃむにゃとこう言った。
「アイス、クリーム……」
「……アイスクリーム?」
 聞き返すけれど、テスタは目をつむったまま頷いただけで、再び寝息を立てた。
「……食べたいのかしら?」
 バレットに聞いてみるけど、「さあ」と首を傾げる。
「けどお嬢さんたちも、少し休憩したらどうだ? ずっと動きっぱなしじゃないか」
「バレットの言うとおりね。イリスティアには冷たいスイーツのお店も沢山あるわ。下に降りるだけだし、気分転換にちょっと寄ってみたら?」
「冷たいスイーツ? わあ、わたし行ってみたい……!」
 ユッカの言葉を聞き、ロッカが目を輝かせる。
 ……ううーん、仕方ないわねぇ。
「そこまで言うなら、行ってみても良くってよ」

 けれど……このまま解決策が見つからなかったら、『光のしずく』の材料が集められなかったら、どうしましょう?
 アタシ、デゼヌエトに帰れないわ!

 
(続く)

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