蜂蜜と魔法石【2】

 前回
 

 04 ――蒼の遺跡、入口から

 その一歩を、わたしは迷っていた。
 目の前にあるのは、重く閉ざされた青い扉……憧れの蒼の遺跡の入り口。
 奥にはきっと、わたしのこの帽子の発光水晶より綺麗な水晶が、たくさんあるに違いないけれど……。
 気温とは違う、寒さをおぼえるほどの、神聖な雰囲気。
 わたしはそれに気圧されていた。
「やっぱり一人で行くの、怖いなあ……」
 首を振り、引き返そうとしたそのとき。
「うわあああ?!ど、どいてえええ!!!」
「へ?」
 悲鳴が聞こえて、そして、ガンッと頭に衝撃!
 重いものが体にのっかかった。
「うわっ、何?!つ、冷たいわっ!!」
「いッー?!な、なんだこれー!?どけぇーっ!!」
 思わず口調が荒くなりながら叫ぶと、「ご、ごめんなさい!!」と慌てたような声が聞こえて、体が軽くなった。
「も~、ハニーさん、羽で飛べるんじゃなかったでしたっけ?」
「だ、だって咄嗟で……ってなんでアンタはゆっくり降りてきてるのよ!?ずるいわ、魔法?!」
 見上げると、そこには羽のついた黄色い体の子と、石をもってふわりと着地した紫の子がいた。
 紫の子はわたしにへらっと笑って、
「すみません、ワープの先に偶然あなたが居たもので~。怪我、してないですか?」
「ワープ……?ああ、ありがとう、大丈夫よ」
 差し出された彼の手を取って、無理矢理微笑み、立ち上がる。
 ……というと、さっきの魔法?みたいなので、ここへ来たのかしら?
「ボクはテスタ、彼女はハニー。この蒼の遺跡の石が必要でここまで来たんです~。あなたはこの近くに住んでいる人ですか?」
「いいえ、今日はたまたまここに用があっただけで、いつもはヒネモストバリに住んでいるの。名前はロッカよ」
「ひねもすとばり?」
 ハニーさんが、首をかしげて聞き返す。あれ、知らないのかな。
「大きな洞穴にある、温泉の町よ。水晶もキラキラしてて、とても良いところ!」
「おんせん……? ふーん、良いところなら、行ってみたいわね」
 ハニーさんはそう言って、ニコニコ可愛らしい笑みを浮かべる。
「この旅が終わって、行けば良いですよ~。早く洞窟に行って、済ませてしまいましょう。ね?」
 テスタさんはそう言って、ハニーと、そしてわたしにも微笑んだ。
 ……ん?わたしにも?
「あ、えっと、わたしはその……」
 クリスタルケイプの氷屋さんに用があって、ここにはどんなものかと来てみただけで……とか言う前に、ハニーさんが不思議そうな顔をして言った。
「あら、ロッカもここに入りたかったんじゃないの?」
「そ、それは……」
 そう言われて、返すことばが思い付かなくなる。
(……そうだ、そうだよ、わたしはこの場所に、ずっと……!)
 勇気を出そう! それに、誰かと一緒なら!
「……うん! わたしも入る! 二人についていっても良い?」
 どきどきする胸をおさえて、顔を上げる。
 二人はすぐに、微笑んだ。
 

 05 ――蒼の遺跡、第一階層から

 テスタとロッカに続き、『蒼の遺跡』に入る。 「ふぅん。空気が少し、アタシの住んでいたところに似てるわね……」
「空気? ハニーさんは、洞窟に住んでいたの?」
「えっ?」
 歩きながらなんとなく呟くと、ロッカが振り向いて聞き返してきて、途端に恥ずかしくなった。
 だって……なんて答えればいいの!?
 さっきのバンバタもそうよ、そもそもこんな地域があるなんて、初めて知ったわ!
「ええと、まあ、雰囲気? って言えばいいかしら……」
 しかし、しどろもどろにそう答えたときにはもう、ロッカの注意は前を向いていた。
「うわあ……!」
「え、なに?……まあ!」
 つられて前を向くと、そこには青い壁に、青く輝く水晶が壁からつき出していた。
「すごく綺麗……!」
 ロッカは、その水晶に負けないくらい目を輝かせている。
 一人で奥の方へ歩くロッカを見送り、アタシとテスタも辺りを見渡した。
「青い水晶……ああ、だから蒼の遺跡、なのね……」
「そのようですね~……」
 けれど、アタシは素直に感動できない、そしてテスタも微妙な表情を浮かべていた。
 理由は、ただひとつ。
「……寒いわ!!」
「……寒いですね!!」
 テスタと一緒にガタガタと震える。
 さっきのテスタの説明によると、ここは極寒の地。
 しかも季節は冬。寒くないわけがないわ!
「そ、そうだ、ハニーさん、これを」
「ななななに?」
 テスタは赤い石をひとつ取りだし、アタシに押し付けた。
 さっき見た、『炎』の石ににている。けれど形は違った。
「いくつか持ってきたんです、ボクの魔法石。これは暖かくなりますよ」
「そうなのね! たまにはやるじゃない、褒めてあげてもいいわ!」
 そう言って、石に手を当てた。
 ……しーん。
 しかし、なにも起こらない。
「あれ、おかしいな……」
「ちょっとぉ、壊れてるんじゃないの?」
「いや~、そんなはずは……」
「あら、ここじゃ能力は使えないわよ。そういう力があるみたい」
 戸惑うアタシたちに、ロッカとは違う声がかかった。
 振り向くと、そこには青いバンダナした女の人が微笑んでいる。
「あなたは……」
 名前を尋ねようとしたそのとき、後ろで多数の足音が聞こえてきた。
「――いやほんと、帰りましょうよ。確かにミネルヴァ様が企画された『学びを深めるための教員合宿』は良いアイデアだと思いますよ。けどさ、何もここじゃなくたっていいでしょ。寒いし。何の用があるんですか?」
「馬鹿者!確かに歴史や地理を専門とするお前には、この洞窟の謎の尊さがわからんだろう。だか、だからこそ!ここへ新たな知を深めれば良いのではないか?!」
「えぇ……そういえば、フリジェシュ君も来てないじゃないですか。どうしたんですか?」
「ん? 幼馴染みと旅行って言ってたよ~」
「うむ、しょうがないな。旧縁は大切だ」
「いや、縁切れてるんじゃなかったっけ?うわ、ばっくれやがったな、あいつ……」
「……あれ、シノラー、なにかあったの?」
 声はだんだん近くなり、その三人は姿を現した。
 シノラ、と呼ばれた青いバンダナの女の人は、その三人に微笑む。
「先に訪問者の方がいたみたいで」
「何!そうか、君たちはこの洞窟の神聖さがわかるのだな。良いことだ」
「そ、それより寒くて凍えそうなの! ねえ、ここに詳しいなら、何か体を温められる方法を知らない?!」
 そう尋ねると、ゴーグルの男の人が「ああ、」と笑って、
「そういうことなら、スペリカ君、まだあれ余ってたよね? 分けてあげない?」
「ん? あれってなに、火龍君?」
「あれだよあれ、君が調合して作った、振ると温かくなる……」
「ああ! あれね! いいよいいよ~!」
 スペリカ、と呼ばれた女の人は、アタシとテスタに何かを渡した。
「はい、あげる! これ、カイロっていうの。持ってたらあったかくなるよ~!」
 そう言って、スペリカはニコッと笑う。
「そうなんですか? 不思議ですね~」
「あ、ありがとう……?」
 半信半疑で、カイロを握ってみた。
 …………。
「なによ、冷たいじゃない」
「もう少し待っててね~」
 スペリカに可愛くそう言われたので、とりあえず手袋の中に入れておいた。
「この洞窟、能力が使えないんですか?どうしましょう、魔法石が作れないじゃないですか~」
「そ、そうよ! 大変だわ、どうするのよ!!」
 まだ二つ目なのに、ここで詰むわけ?!ロロイリス様に顔向けできないわ……!
「魔法石?」
 テスタとアタシの会話に、ミネルヴァと呼ばれていた、羽を持つひとがそう聞き返した。
「はい、ボクたち、この洞窟の水晶で魔法石を作らなければならないんです~」
「ふむ、なるほど。だがそれは、簡単に解決する問題ではないか?」
 ミネルヴァは、ばさりと羽を翻し、
「必要なのは水晶だけだろう? ならば外に持ち出し、そこで能力を発揮すれば良い」
 ……な、なるほどー!!
「良いこと言うじゃない! テスタ、そうするのよ!」
「うーん、それはそうなんですけれど……どうやって持ち出せばいいのやら」
「あら、持ち出すのは簡単ですよ」 
 シノラさんがニコッと笑い――素手で水晶を折った。
「?!」
「?!」
「はい、どうぞ」
 ……シノラさんの笑顔がちょっと怖く見えたのは、内緒よ。
 テスタは笑みを崩さず、その水晶を受け取った。そこは偉いわ。
 とにかく、水晶はもらったから、ここはもう良いわね。
「早くいきましょう、寒いし……あら?」
 すると、自分の手袋が温かくなっていることに気がついた。
 これは、そうだわ、スペリカからもらったカイロ。
「温かくなってる……」
「魔法……ではないですね」
 テスタも白い袋を見て、首をかしげていた。
「もしかしてカイロ、知らないの?」
「有名なものなんですか? ボクは暑いところに住んでいるもので~」
「アタシも初めて見たわ」
 そういうと、スペリカは眼鏡をかけ直し、アタシたちを見つめた。
「この袋の中身は、ほとんど鉄の粉なの。濡れた鉄が錆びるのは知っているでしょう? あれは酸化……つまり、空気中にある酸素が鉄と化学反応して起こるんです。実はそのとき、熱が発生するの」
「熱? 熱くなるの?」
「ええ、カイロはこの中の濡れた鉄粉が、空気中の酸素と化学反応して、こうして温まるんですよ」
 さっきの子供っぽい振る舞いが嘘みたいに、スペリカはきちんとした説明をした。
「へえ、ほんとに魔法じゃないのね。すごいわ」
「そうよ。……あら、私……えへへ、いつのまにか授業みたいになっちゃった~」
 説明が終わると、スペリカはいつもの様子に戻った。この人も結構不思議ね。
「まあ、化学はフリジェシュくんが専門なんだけどね~……」
「今はいないからな~。そうだ、君、もっと学びたかったら、ベルクバッハに来ればいいよ」
「ベルクバッハ?」
 火龍の言葉に聞き返すと、変わりにミネルヴァが答えた。
「私の町は、学生街として有名だ。歴史ある古い学校がある」
「学校……」
 ふぅん、こういう面白いこと、沢山教えてもらえるのね?
 ……ちょっと楽しそうだな、なんて。
 洞窟を出たあとも、しばらくカイロは温かかった。
 

 06 ――蒼の遺跡、入口から

 ハニーさんたちに着いて、洞窟から出る。
 蒼の遺跡、やっと行くことができた……。
 まだ、勇気がでなくて、一階しか行ってないけど……!
(次は、下にも降りてみよう!)
 目標、一歩前進ね!
「そういえばロッカ、洞窟に何の用があったの?」
「ええ?!」
 一人でガッツポーズを決めていたら、突然ハニーさんに話しかけられ、びっくりした。
「え、えっと~」
 なんていうか……一人で入る勇気がなかったとか、そういう話が……ど、どうしよう、言いづらい!!
「――はい、できましたよ、『蒼』の魔法石~」
 迷っていたら、隣でテスタさんが魔法石を完成させ、ハニーさんがそっちを向いたので、こっそりほっとした。
「よくやったわ!次の町は……?」
「……乾燥地帯ですね~。ボクの知り合いに会えるかも……」
「……ええっ、暑いのはイヤよ……」
 二人は地図を見つめて、話し合っていた。
 ……二人の旅と私は、全然関係ないけれど……この優しい二人がいてくれたから、ここに入れたよね……。
 お礼、したいな。
「あの、私も何か手伝えること、ありませんか?」
 わたしがそう言うと、二人は地図から顔をあげた。
「ヒネモストバリにも水晶が沢山あるの。案内しようか?」
「いえ、必要なのは、ヒネモストバリの水晶ではないんですよ~」
「あっ……」
 そう返され、続きの言葉が迷子になる。
「そ、そっか! ごめんね、変なこと言って! じゃあ、またうちのお店に来たときに、割引でも――」
「待って、あるわよ! 手伝えること!」
 急いで立ち去ろうと思ったそのとき、ハニーさんが立ち上がった。
 そしてわたしの方へ近づき、手をつかむ。
「わ、わ?!何?!」
 驚くわたしに、ハニーさんはフフフと、何やら企んでいる笑みを見せた。
「最初にぶつかったとき、思ったんだけど……ロッカって、ひんやりしてるわよね?」
「えっ?」
 

「ほんとに、来てくれて良いんですか~?」
「ええ、わたしにできることなら……」
 ハニーさんと手を繋いだテスタさんと、手を繋ぎ答える。……ちょっと不思議な状況。
「行くわよ、ちゃんと手は繋いだわね?」
「はい」
「だ、大丈夫よ」
 ハニーさんはわたしたちを確認すると、傘を開き、内側を見つめた。
「では、次の目的地へ!」

 ――ノワードグライド、イリスティア!
 

(続く)

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