蜂蜜と魔法石【1】

ファンタスティックビーと魔法石使いの旅

 
 00  ――デゼヌエト、商業区から

「ふふーん、ふふふーん♪」
 鼻歌を歌いながら、雑貨屋の棚をハタキでトントンはたく。
 棚は高いけれど、アタシには羽があるから、梯子も使わずに手が届くのよ。
 だから、この仕事を任せられてるってわけ。
 雑貨屋の天井には、ガラスの張っていない、大きな窓があるの。
 そこから見えるのは、大きな大きな、綺麗なお月様。
「綺麗……」
 いつものように見とれていたとき、ふと、棚の一番上に、見慣れないものがあるのに気がついた。
「あら、これは何かしら?」
 それは手のひらほどの水晶玉で、月の光を反射して、不思議にキラキラと輝いている。
 まるで、いろんな色の光を閉じ込めたみたい……。
 手を伸ばし、その宝石で月を透かして覗いてみる。
 そうして色んな方向から覗いていたら、うっかり、手から滑り落ち、
「あっ!」
 ガシャン
 床にぶつかって、宝石が割れた。
「わわ、どうしよう……!」
 慌てて一階に降りるけれど、玉は既に跡形もなく、粉々になっていた。
 ……で、でも、元々あんなところにあったのが悪いのよっ!
「あっ、アタシのせいじゃないんだからっ!」
「へえ、じゃあ誰のせいなんだい?」
 突然上から降ってきた声に、ぱっと顔をあげる。
 そこには、月の光を後ろに、宙に浮く――、
「ろろろ、ロロイリスさまぁッ?!」
「やあ、ハニー。ところで私の『光のしずく』を知らないかい?この辺りに落としたはずなんだけど」
 ロロイリス様は枕に乗ったまま、すいーっとこちらに降りてくる。
 『光のしずく』? ……まさか、この宝石のこと?!
 ロロイリス様は、床の残骸に気がつき、ため息をついた。
「割れてしまったか……困ったな、大切なものだったのに」
「……ろ、ロロイリスさま、アタシ……アタシが……」
「…………君が壊したって?」
 その言葉に、慌てて首を横に振った。
「でっでも、違うのよっ!か、勝手に落ちて……」
「だとしても、この宝石は、もし君がいなかったら壊れなかったわけだ。……わかるね?」
「ううっ、ごめんなさい……」
 涙がこぼれそうになり、下を向く。
 ロロイリス様は、怒ったり悲しむ様子もなく、むしろ何だか楽しそうに言った。
「じゃあ、責任を取ってもらおうかな」
「……責任?」
「もう一度、この石を作るんだよ」
 そう言って渡されたのは、ひとつの羊皮紙。
 開くと、見慣れない地図がそこにあった。
「『光のしずく』を作るには、五つの『魔法石』が必要だ。ひとつは既に、私が持っている。……パラソルを貸して」
 言われた通り、持っていたパラソルを渡す。
 ロロイリス様は、パラソルに不思議な言葉を呟き、ひとなですると、アタシに返した。
「これで、パラソルは強化された。外の世界にも行けるよ」
「外の、世界……?」
「まずは、魔法石を作れるひとを探すんだ。それから四つの魔法石を集めて、再びこの町に戻っておいで」
「でっでも、アタシにそんなこと……!それに外って、」
「ほら、いいから、願って」
 その月のような瞳で見つめられ――魔法にかかったみたいに、思考が麻痺した。

 言われるがまま、パラソルの中の星空を見つめ、強く願い――。

 
 01  ――バンバタ、鉱石発掘場から
 
「今日も暑いな。テスタ」
「そうですね~、ダスタ」
 くつくつと煮える溶岩の隣を、テスタ・メアと二人で歩く。
「そういや、俺たちの名前って似てるな」
「あ、確かに~、コンビでも組みますか?」
 テスタは笑って片手をあげ、誰もいない空間に向かって楽しそうに言う。
「はい、どうも~。ボクたち、テスタアンドダスタで――」
 ドカーン
 言いかけたテスタの頭に、何か降ってきた。
「うおっ?!何だ……蜂?」
 蜂の女の子?はハッと顔をあげ、
「もう、何これ、岩ぁ?!痛いじゃない!何なのよぉ!」
「それはこっちの台詞……」
 下敷きになったテスタが、うめく。
 蜂の娘は彼に気がついて、目を丸くして飛び退いた。
「きゃああ!ひ、人ぉ?!ごめんなさい!!」
 慌てて謝るその蜂の娘の服を、テスタは若干の黒さを含んだ微笑みを浮かべて掴む。
「何しに来たんですか~?キミ、バンバタの住民ではないですよね~?」
「ば、バンバタ…?聞いたことないわ」
「知らないで来たんですか……?ホシガタエリアの北西部の、火山ですよ~?」
「ほ、ほし……?火山……?」
 目をぱちぱちさせる蜂の娘に、これは妙だと、テスタと顔を見合わせる。
「ホシガタエリアも知らないのか? ならどうやってここへ来た」
「それは、ロロイリス様に頼まれて……この傘でワープしたら、ここへたどり着いたのよ」
 そう言って、蜂の娘は手に持っている傘を開いた。
 ろろいりす? は、知らないが、恐らくこの娘にとって、偉い人なんだろう。
「何を頼まれたんですか~?」
「ええと、魔宝石をつくれる人を探しに……」
「魔法石?つったらテス――」
 言いかけたオレを、テスタは前に出て阻止した。
 何なんだと思ってると、テスタはニコッと笑って、
「その人、ボク知っていますよ~。知りたいですか?」
「本当に!?どこにいるの?早く教えなさいっ!」
「なら、ボクたちの頼みごとを聞いてもらえません?そうしたら、教えてあげますよ~」
「頼みごと……?いいわよ、やってあげるわ!」
 蜂の娘は得意気に頷く。
 けれど、オレは嫌な予感がした。
「テスタ、まさか……」
「ええ、これはチャンスですよ、ダスタ」
 テスタはそう言って、いつものように微笑んだ。

『はいはーい、バンバタの皆さんっ、こんにちはー!!』
 マイクで拡声された高い声が、広間に響く。
『第三回バンバタスイーツ大会!司会は私、プロットがお送りいたしまーす!』
 プロットがウインクすると、見物人の方から「プロットちゃーん!!」と歓声があがる。
 その中で蜂の娘・ハニーは、違う驚きの声をあげた。
「これに出場するの?!アタシが?!」
「そうです~。道中で車が故障してしまったみたいで、出場予定だった一組が来られなくなっちゃったんですよ~」
 テスタは相変わらずニコニコしながら、話を続ける。
「それで、もし出このまま場者がいなかったら、ボクたちが出ることになってしまって」
「それなら、アタシは出なくてもいいじゃない……!」
「いや~、ボクもダスタも九曜も、お菓子とか作れなくて~」
 テスタがえへへ~と笑って言ったとき、九曜がこちらを見つけて、走ってきた。
「あっ、代わりの方、見つかったんですか?よかった!」
「えっ!ア、アタシまだ良いって言った訳じゃ、」
「本当に助かりました!石とか星とかメカ担当の僕たちじゃ、かないませんもん」
 周りのざわめきに掻き消され、ハニーの声は聞こえないようで、九曜はにこやかに言葉を続けた。
「……どうすんだ、ハニー。やれるのか?」
 聞くと、ハニーは少し黙る。
 しかし次には、決心したように顔をあげた
「別に、優勝しなくても良いのよね?なら、やるだけやってみるわ! ロロイリス様のためだものっ!」

「やるだけ、やってみたわ」
「その結果がこちらですか~」
 目の前に置かれたシュークリーム、らしき真っ黒な物体を、ハニーとテスタと九曜と並んで見つめる。
 別に誰も何も言っていないのに、ハニーはワッと泣き出した。
「しょ、しょうがないじゃない!これでも一生懸命やったのぉ!頼んだアンタ達が悪いのよぉ!!」
「泣かないでくださいよ~。ほら、黒いのって、目立っていいじゃないですか~」
 テスタがそうフォローすると、ハニーは「そうかしら……?」とチラッと顔をあげた。
「えっ?どう見てもただのす」
「九曜ストップ」
 み、と言いかけた九曜を踏み止ませたところで、カンカンカーン!という時間切れのアナウンスが響いた。
『はい!時刻になりましたー!それでは試食へと移りましょうー!』
 プロットがそう言って、試食席の方へ移動する。
『審査員はバンバタの女子の皆さんです!では、ルイナさん、試食の前に一言お願いします!』
「はい!どんな美味しいスイーツが食べれるか、とっても楽しみですっ!」
 ルイナはキラキラした笑みを浮かべて、そう答えた。
 ハニーが「うーあー」と言葉になってない声をあげ、顔をおおう。
『では一組目、スタビレッジからお越しのチーム”ベジタブル”さんです!』
「ハイ!ワタシたちは宇宙の力を使って、野菜を使ったケーキを作りました!」
 二人のうちの一人、ナスみたいなやつがそう答えた。
『野菜ケーキ!すごく珍しいですね!一体どんな野菜を使っているんですか?』
「トマトトマトトマトォォォォ!!!!!」
『こちらの言葉でお願いします!』
「トマトやカボチャやナスだよ」
 質問された、猫耳のやつがそう答える。
 彼は、野菜を使ったとは思えない、綺麗なケーキを持っていた。
『ベジタブルさんはそちらの台にケーキをおいてくださいね! ではでは二組目、ラ・メルセントロからお越しのチーム”女子力”さん!』
「アタシたちは、冷たいフルーツタルトを作ったよ!」
「え、トカゼはなにもしてな」
「トカゼとリズとトレントの三人で作ったよ!」
 青い帽子のやつの隣で、鳥っぽいやつがはきはきと答える。
『フルーツタルト!とても彩りが綺麗ですね!トレントさん、ポイントはなんですか?』
「メルセン産の柑橘類を使ったところだな! 冷たくて美味しいぜ!」
『なるほど!男の子なのにスイーツに詳しいなんて、かっこいいですね~!」
「エッ?!?!そうか?!?!じゃあオレと付き合っ」
『では、他の女の子お二人は、あちらの台の上にスイーツをのせてくださいね!』
「まって俺おと」
『最後、三組目行ってみましょう!』
 プロットの司会裁きに、スムーズに進行していく。

 
 02  ――バンバタ、スイーツ大会開場から

『――では審査員の皆様にご試食していただきましょう!』
 ステージの端で、参加者のボクらは行く末を見守っていた。
 隣のハニーさんは心配そうにため息をつく。
「うう、大丈夫かしら……」
「そんなに心配しないでくださいよ~、プロットさんも『真っ黒なシュークリームなんて斬新!』ってほめていたじゃないですか~」
「けど、まずいって言われるかも……」
「レシピの通りに作っているなら、味はなんとかなりますよ~」
 不安がるハニーさんに、適当に相づちをうっていく。
 …………ボクが必要だかなんだか知らないけれど、彼女は所詮、不法侵入者だ。
 例え彼女のケーキで何かあっても、その責任を押し付けれることに躊躇はない。
 それに、ピンポイントでボクの場所を見つけて、現れるとは……彼女の言っていたロロイリス、という人は、強い魔法を持っているのか……?
(要するに、怪しいから、これ以降は関わりたくないんですよね~……)
『――審査員の皆様、一つ目のケーキ、お味はいかがですか?』
 ステージの上で、プロットさんが尋ねる。
「野菜のケーキって聞いてびっくりしたけど、ちゃんとケーキの味がするよ!」
「美味しいです」
「けどもう少し濃い味が良いなあ」
 ステージの上で、ルイナさん、ロヴィーナさん、蜜柑さんは、スイーツを口に運びながら、それぞれの感想を口にする。
『では、二つめのタルト、お召し上がりください!』
「フルーツがおいしいね!見た目もすごく可愛いよ!」
「これも美味しいです」
「うーん、もう少し刺激がほしいなあ」
『最後に、三つめのシュークリーム、どうぞ!』
 プロットの言葉に、三人はハニーのシュークリームを手に取った。
「ああ、お願い……」
 ハニーさんは目をつむり、手を合わせている。
 ボクも、一体どうなるだろうと三人を見ていると、
「……こ、これは……」
 一口食べた蜜柑が、目を見開いた。
「私が求めていた、刺激的な味……!!」
「え?」
 予想外の言葉に、ハニーさんと顔を合わせる。
 続けてルイナさんとロヴィーナさんも、目を輝かせた。
「甘くてしょっぱくて酸っぱくて苦い?!すごいよ!!」
「斬新な味がします!」
 三人が歓声をあげ、ギャラリーにもどよめきが広がる。
「え、えぇ? な、何があったのかよくわからないけど……とにかく、やったわー!喜んでもらえた!」
 ハニーは驚き、そして嬉しそうに、涙をぽろぽろさせながら、そう叫んだ。
 ……あれ、もしかして、ほんとに悪い人じゃないのかな。
 そう思い直していると、プロットさんはにっこり笑って、
『おっと、これは意外な結果が……?!さて、審査員の皆様、一番好きだと思ったスイーツの札をあげてください!』
 それはまあ、全員一致で、③。
『というわけで優勝は、チーム”テスタアンドハニー”さんの、お二人です!』
 意外な結果にみんながどよめきながらも、会場は拍手に包まれた。

「美味しいシュークリームをありがとね!ハニーさん!」
「ふふん!アタシの手にかかれば、これくらい軽いわ!」
 ルイナさんに笑顔で言われて、ハニーさんは得意気に胸をはる。
「あれ、誰かさん、さっき不安で死にそうでしたけど~」
「き、気のせいよっ!うるさいわね!!」
 ボクが呟くと、誰かさんは羽をパタパタさせて怒った。
「そうだわ、それで、魔法石を作れる人っていうのは、どこにいるの?」
「あ、それは……」
「ん?てっちゃんのこと?」
 止めようとしたところで、ルイナさんの隣の蜜柑さんが言った。
「てっちゃん?」
「テスタのことですよ、あなたの隣の」
「えっ」
 ロヴィーナさんの言葉に、ハニーさんは、急いでボクを振り返る。
 ボクは、曖昧に微笑んだ。
 ハニーさんは、目をつり上げ、叫んだ。
「あ、アナタ、最初からああああ!!!」
「いや~だって怪しかったんですもん~」
 傘を振りかぶって追いかけられ、暫く逃げた。

 
 03  ――バンバタ、テスタの家から

「なるほど、その『光のしずく』をつくるのに、魔法石が必要なんですね~」
 テスタは、アタシがテーブルに広げた羊皮紙を見て言った。
「……にしても、宝石を落として壊してしまうなんて、おっちょこちょいですね~」
「う、うるさいわねっ!アンタは黙ってアタシの言う通りにやればいいのっ!」
「はいはい」
 厳しく言っても、テスタは相変わらずニコニコしている。
 もー、何なのよ、その余裕な微笑みは!!それに『はい』は一回でしょっ!?
「ふんふん、各エリアに一つずつ……あ、一つは既に家にありますね」
「えっ、本当?」
 テスタはうなずき、棚の引き出しから赤い石を持ってきた。
「……これが、魔法石?」
「はい。一つめ目、『炎』です」
 それは、中でちらちらと炎が燃えているような、不思議な石。
 触ってみると、少し温かかった。
「『月』は、その魔女が持っているんですね?それなら、あと三つか……」
 羊皮紙を見つめるテスタに、おそるおそる聞いた。
「それで、その……アタシと一緒に、行ってくれるの……?」
「ん?急におとなしくなってどうしたんですか?面白いですね~」
「刺すわよ」
「あはは、一緒に行きますよ。ハニーさん、活躍してくれたじゃないですか。それにボクもこの地図に描かれた場所、行ってみたいですし~」
 そう、ニコッとして言われて、ほっとした。

「――というわけで、暫く出掛けてきますね~」
「ああ、気を付けてな」
「お土産待ってるね!」
 テスタに、ダスタとルイナが手を振る。
 アタシと旅をすると言ったら、ここのみんなが見送りに着いてきたの。友達がたくさんいるのね。いいなぁ。
 ……それにしても、
「こんなに高い山……ほんとに、ここはどこなのかしら……」
「バンバダですよ。火山の町、バンバタ!」
「味付けが濃い町、バンバタです」
「暑くて乾燥している町、バンバタ。覚えてね。」
「バンバタ……うん、わかったわ!」
 九曜とロヴィーナと蜜柑にうなずき、テスタの隣に並ぶ。
「アタシの傘、強化されて、数人運べるみたい」
「じゃあ、目的地までひとっとびですか~。便利ですね」
 テスタの言葉に、うなずいて、
「……じゃあ、行くわよ。いいかしら?」
「大丈夫です~」
 傘を広げて、手を繋ぎ、そして次の目的地を願った。

 ――フローズカンティネント、蒼の遺跡!

(続く)

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