【小説】ツキウガチ 第4話

「さてさてさーて、どうしたものかなこりゃあ」
 延々と続く先の見えない空間を、ただひたすらに進む。
「おい、本当にこっちであってんのかァ?どうも俺には景色が変わっているように見えないんだがよォ」
 一向に変わることのない見飽きた風景に、天照が文句を吐く。
「…でも、きれい。とっても」
 麗は辺りをキョロキョロと見渡しながら、薄っすらとだが目を輝かせる。
「とりあえず進むしかない。このお話?で終わって元の世界に戻れるかも知れないしな」
 気休めにもならない事を言いながら、まるで砂漠のど真ん中でオアシスを探すかのように周囲に目を配る。
 とは言えどこに視線を移しても、見えてくるのは真っ暗な空間にキラキラと輝く何かが無数に広がっているだけの景色。例えるなら宇宙の中で散歩しているかのような気分だ。せっかく前のお話から空間の穴を見つけたかと思えば…このざまか。
「それにしても…今までのように誰か出てくるわけでもなく、何もない空間がただ広がっているっていうのは、それはそれで不気味だよな」
「言われてみらァそうだな。まさか閉じ込められたってことはねえ…よなァ?」
「それは……ないと信じたい」
 天照の発言に、俺は少し凍りつく。

「ねえ、あれ…みて」
「ん?」
 さっきまでこの奇妙な風景に気を惹かれていたはずの麗が、唐突に指を指す。
 刺された方角を言われるがままに見てみると、大きなまん丸の満月が天高く輝いていた。
「おい、麗。今は満月なんて見てる場合じゃ…」
「いやまて!なんかいるぞ、あの月!!」
「?!!」
 天照の叫び声に押されもう一度よく目を凝らして見てみると、確かに何か人影のようなものが薄っすらとだが見える。
 その人影は俺たちが見ている事に気がついたのか、ふわふわと宙を舞いながらゆっくりと下降すると、俺たちの前に降り立った。
「お前は…?」
 警戒しながら問いかけると、そいつは嬉しそうに口を開く。
「あなた達…やっときたわね♪待ちくたびれちゃうところだったわ」
「待ちくたびれた…?」
 言葉の意味が分からず呆然と立ち尽くしていると、そいつは再び口を開く。
「私ね、あなた達をずっと待っていたの。いや、あなた達というよりは、そこにいる女の子…かな」
「あたし…?」
「そうそう、あなた。名前は確か…麗だっけ?あなた、ここで私と一緒に暮らさない?」
「は?!いきなり何を言い出すんだ!!こんな所で暮らすわけないよな、麗?」
 おかしな発言をするこいつに対し、きっと嫌そうな顔をしているだろうと麗に振り向くが、麗は俺の予想に反し悩んでるような顔で俯いていた。
 まさかな…残るなんて事、言わない……よな?
「うーん、お悩み中みたいね。それじゃあ、あなた達にも一応聞いておいてあげる♪あたしとここで楽しく暮らさ…」
「やなこった」
「俺もここで暮らす気はねえな」
「あら、そう……」
 俺と天照は目の前のおかしな発言をする野郎が言葉を言い切る前に断りをビシッと決める。それを聞いたそいつは、めちゃくちゃ不機嫌そうに頬を膨らませると、俺たちの頭上に飛び上がり叫ぶ。

「私はこの絵本の主!人々を本の中に誘い込み、惑わせる者!私の言葉に惑わされなかったあなた達は、この世界には不要なもの。よって、ここで一生一人きりで彷徨ってもらうわ!!」
 主と名乗った少女は、まばゆい光に包まれると徐々に姿を変えてゆく。髪の毛のようなツインテールは少し伸び、足についていた宝飾はより輝きを増して立派になり、全体的な雰囲気も少女から大人の女性へと変わっていく。腕には万年筆のような槍を抱え、戦闘態勢に入った。
「どうやら、あいつがこの絵本ダンジョンのボスみたいだな」
「つうことは、あの野郎を倒せば元の世界に戻れるって事だな?」
「おそらくはな。麗はそこにいてくれ。いくぞ、天照!」
「おう!!」
 金属バットを片手に主をキッと睨みつけると、強く地面を踏み込み飛び上がる。
「へえ、この高さまで来てしまいそうなジャンプ力ね。でも、簡単に私の元まで来させると思って?」
 そう言うと槍の先端から黒いインクをにじみ出し、思い切りなぎ払って俺に向かってインクを噴出する。
 噴き出されたインクをバットで弾くと、主の上を取り重たい一撃を振り落とす。
 キンッ…と金属のぶつかり合う音が鳴り響き俺のバットと主の槍が交差するが、俺はバットを軸に前方へと宙返りすると、主を勢いに任せて蹴り飛ばす。
「お、いいコースじゃねえか!!」
 主はそのまま下にいた天照の方へと飛ばされてゆくと、邪悪な笑みを浮かべた天照に大鎌で斬り飛ばされる。
 地面に引きずられながら数十メートル先まで主は進むと、なんとか勢いが止まる。しかしすでにその姿はボロボロだった。
「…なんだか呆気なかったな」
「ふん、手ごたえのねえやつだ」
 俺と天照は顔を見合わせながら、そんなやりとりをする。思っていたよりあっさりした勝利になってしまったが、早く終わる事に越したことはないだろう。
 ふっと息を吐き金属バットをしまい麗の元へと戻る。
「麗、終わったぞ。さあ、帰ろ…」
「……逃がさないわよ?」
「なっ……?!」
 麗へと差し出した右手をとんでもない力でグッと握り締められ、思わず悲鳴を上げる。
「ぐああああ!!!!」
「ネロ…?!」
 自分の名前を呼ぶ声が聞こえたのと同時に、顔面を思い切り殴られる。どっしりとした痛みに襲われ、頭の整理がつかずにいると、再び同じ痛みを味わう。何度も、何度も。
 くそっ、腕を振りほどかないと…意識が……
「調子に乗んなてめぇ!!!」
 意識が途切れかけたその時、怒声が鳴り響き腕を掴まれていた感覚がスッと消える。
「おい、大丈夫かネロ」
「ありがとう…助かったよ、天照……」
 ふらふらとふらつく足でなんとか立ち上がると、天照にお礼の言葉をかける。今のは危なかった…天照が助けてくれなかったら危うく倒されていた。
「主は…?」
 顔を上げ前を見ると、主は何も言わずに俺たちの事を睨みつけていた。遠くからでも伝わってくるその気迫に、少し圧されそうになる。
 だけど、俺だって引くつもりはまっさらないんだ!
 自慢のスピードで一気に主との距離を詰めると、バットを振りかぶる。それを見た主はジャンプして避けると、槍を真っ直ぐ俺に向けて突き刺す。
「うぐっ!」
 伸びてきた槍をギリギリかすめながらも前方に転がり回避すると、バク転終わりのモーションに近い姿勢で腕に力を入れて踏ん張り、後方に向けて両足蹴りを喰らわせる。
 流石にそんな回避をするとは思わなかったのか、主はもろに攻撃を喰らい上空へと撃ち上げられる。
「またまたいいコースだ!!やるじゃねえ…」
「……調子に乗らないで」
 主が飛ばされた先にいた天照が大鎌を振りかざす。しかし、振りかざされた大鎌に槍を引っ掛け、主は避けるどころか天照の上を取った。
 あいつ、さっきの俺と同じ避け方を…!そう思った時には天照は槍で右腕を突き刺され、そのまま地面へと突き落とされた。
「天照ッ!!!」
 激しい衝撃波が体へとかかり吹き飛ばされそうになるが、グッとこらえて天照の元へと向かう。
 天照は一瞬苦しそうな表情を浮かべながらもニカッと笑うと、自身の上に乗っかっていた主へ重い頭突きを喰らわせる。
 すると主が「うがっ」と悲鳴を上げてよろめいたのを見計らって、俺は主に体当たりを浴びせ天照から引き剥がした。
「大丈夫か、天照!」
「これくらい、どうってことねぇよ…うつつ……」
 どう見ても強がっているようにしか見えない天照の右腕を見てみると、何故腕がもげないか不思議なくらいの大きさの穴が空けられていた。
 これじゃあ、右腕はもう……
「おい、ネロ。こっちを見ている余裕があるなら敵をみやがれ!まだ戦いの最中だぞ!!」
「そ、そうだな…」
 天照に怒鳴られながら主を飛ばした方向に視線を移すと、そこに主の姿はなかった。
「どこに行った…?!」
 辺りを見渡し主を懸命に探すが、どこにもその姿を確認する事ができない。何故だ…?こんな隠れるようなところなんてないところでどうやって姿を消して……はっ!まさか!!
 嫌な予感がして上を見上げると、鋭利に尖った槍先が目前まで迫っていた。
 無理だ、避けるのが間に合わな……
「………?」
 あれ、痛く…ない?
 瞑っていた目をゆっくりと開いてみると、鋼鉄の鉄板のようなものが俺のことを守るように槍を防いでいた。
「…ウッグ……」
「この声は…麗……?」

 背後から聞こえた麗の小刻みに吐く呼吸音に振り返ると、俺は目を疑う光景を目にした。
 麗がいると思い振り返った先にいたのは麗ではなく、一体の黒い…ダークマターだった。
 見間違い…かな?そう思って目をこすりもう一度見てみるが、やはり目の前にいたのは口をあんぐりと開けたダークマターに変わりはなかった。
「お前は…誰だ?麗は……?!」
「……」
 俺の呟きにそのダークマターは一瞬悲しそうな顔を見せると、鋼鉄の鉄板が長く伸びた…リボン?を収縮させ自身へと纏わせ始める。
 スルスルと巻きつき始めたリボンが身体全体を包み込み、黒い帽子に茶色の手袋や靴を形作り、最後には見慣れた顔がジグソーパズルのように繋ぎ合わさり現れた。
 嘘…だよな?いや、いやいや…信じられない。そんな…まさか麗の正体がダークマターだったなんて……
 口をぽかんと開けてその場に突っ立っていると、右頬に強烈な痛みが走り地面へと倒れこむ。
 痛みを受けてもなお信じられず麗の方を見つめるが、そこにいたのは俺の見てきた麗ではなく3本のリボンの矛先を俺に向け、険悪な顔をした一体のダークマターだった。
「あらあら、面白い状況になっているじゃない」
「……!」
 この状況を楽しげな顔で見つめながら主が麗の元に近寄ると、うっとりした表情を浮かべて麗に呟く。
「ねえ、さっきの質問の答えをまだ聞いてないのだけど……答えは出たのかしら?」
 さっきの質問…そして主のあの顔……まずい!!
「待て!!ダメだ麗!そいつの声に耳を傾けるな!!!」
 俺は精一杯の声を張り上げ麗に訴える。だけど…
「……アタシ、ココに…すム」
「うふふ……決まりね」
 必死の叫びも虚しく、麗は聞きたくなかった言葉を呟いた。地に手をつき塞ぎ込む俺を、主が高らかに嘲笑う。

「それじゃあ、不要になったそこのうざったいハエ達を掃除しちゃいましょうか♪」
「………ウン」
 主の言葉に麗はこくりと頷き、俺と動けない天照に向けて風を切る速度でリボンを伸ばしグルグルに巻きつける。
「麗、やめてくれ!俺はともかく天照は重症なんだ!これ以上ダメージを負ったら……!!」
 俺は再び叫ぶが、麗は御構い無しに俺たちを持ち上げると勢いよく地面へと叩き落とす。
 強烈な痛みに耐え兼ね悲痛な声を上げるが、俺はやめてくれと叫び続ける。しかし、何事もなかったように再び持ち上げられると、繰り返し同じ場所に叩きつけられる。
 繰り返される自分の叫び声と激しい痛みの応酬が続いた。いつか麗が俺の声に反応してくれることを願って…
 それからどれくらい経ったか…おそらく長く感じていただけで数十秒の出来事だったと思う。自分では出せていたと思っていた声はいつの間にか出せなくなっていて、何度も叩きつけられ凹んだクレーターの中心でゴミのように転がっていた。
 開けようとするだけで刺されるような痛みを伴う瞼をギリギリと開くと、すぐ隣で同じ大きさのクレーターを作っていた天照が無残な姿で横たわっていた。
「あま…てらす……」
 震える手をなんとか伸ばそうとするが、自分の意識に反して全く動こうとしない。
 視界に映る彼の体からは見たくもない色の液体がどろどろと溢れ出し、坂を下り俺の体へと流れてくる。動けない体に触れたその液体は、嫌な温かさを保っていた。

 どうしてこんな事に…
 どこかで選択を間違えたのか……?俺が、誤った選択をしたから…麗に対して、俺が……

「あははは、動かなくなっちゃったね。ご苦労様、麗ちゃん♪」
「……」
「それじゃあ、不要になった玩具は捨てちゃいましょうか。ゴミ箱なんかよりも、もっと酷いところへ…そしたら2人でずーっと、ここで暮らしましょうね♪大丈夫、私はあなたのどんな姿だって大好きだから!」
「…うん。2人で………」
「ということで、あなた達とは永遠にお別れね。彷徨い続けるといいわ、地の底で。じゃ、ばいばーい♪」
 主がそう言い終えると、突然背中から感覚が失せて浮遊感と共にグングンと天が遠くなってゆく。

 天照…すまない。俺のせいで怪我をさせてしまって。
 セロ……ごめんな、もうお前とは会えないかもしれない。
 …麗。どうして………

 悔やんでも悔やみきれない思いと共に、俺は深い深い闇の底へと落ちていった……

つづく。

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