【捏造SS】非公式計画

本日もメカノアートは青天だ。
正しくは機械による制御で極力安定するよう気象改変されている。
電子ネットワークと機械で構成された建築物にわずかな水分は致命的であり、また、住民が快適に暮らせるよう配慮するためだ。
『ヒトのために、ヒトに奉仕する街』を理念として作られたこの街は、住む者たちを限りなく幸せにするためにシステムを以て自律制御している。
素晴らしいコンセプトだ。そして興味深い。少なくとも自分はそう思う。
街のシステムは、先に挙げた天候制御の他にも、独自の基準で取捨選択すべき事柄を判断しているようだ。その基準は基本的に「メカノアートの住民を優先し、不要なものは排除する。」ここで一つ重要なのは、”必要なものを与えることはしない”点だ。
システム開発者は過度な干渉しないことによって、ある程度の自立を促したかったのではないか、と思われる。
だがまあ、どのような設計思想なのかは、システムの全貌を暴かなければ確実には言えない。システムから各制御機械に送られる信号は一般用のネットワークから独立したチャンネルを持っていて、覗くことは未だに誰もできていない。
もう一つ興味深いことは、ネットワーク上の― 仮想電子世界の中に住む”電子体”が放置されていることだ。
通常不要な情報は容量を食うためシステムによって直ちに削除される。プログラムであるシステムにとって”電子生体”は実体を持たない、ただのプログラムとしてしか映らないはずだし、実際公式には生命体と認識されていない。システム側にとって有用なソフトであれば審査と承認を経てシステムと一部を同期できる<半公式>となれるが、そうでもない、ただのAIや果てはウイルスもどきのようなものまで、半ば黙認の形で存在しているのだ。「不要なものは排除する」はずではないのか?それとも彼らはなんらかの形で大いに貢献していて、不要なものではないのだろうか。
気になった自分は、―Dから始まる名前の―あるAIを観察することにした。所有者に許可を取って端末ごと借りる。彼女は大人しいし、彼女自身もあらゆるデーターを集めることに興味を持っている。「電子生命体に対する判断条件の詳細を知りたい」自分と彼女の趣味は一致した。

それから数日経ったある日、端末に匿名でのメールが送られていた。うまいこと暗号を紐解くと、現れたのは規則的な線形。この形はなんとなく知っている、と端末の中のAIは探し始める。出た検索結果を見て、自分も思い出す。
これは裏街だけを抜き出した地図だ。このメールが正しければ、もしかすれば裏街にヒントがあるのかもしれない。
裏街はシステムの目が届かない、立地としては街の内であるものの”街の外”扱いの場所だ。電子的なインフラはなく電波も妨害されているので、この場所に入れない電子体と裏街が結びつくとは考えもしなかった。
メールの発信者はどう調べてもアノニマスだった。ここまで徹底的ならむしろ信用における。自分はその地図に隠されてたしるしを、この足で確かめることにした。

件の場所は、ここではあまり詳細に書くことはできない。灰色の入口だった。メールにあった図形の一部をかざすと、自動で開き、物言わず閉まる。あまりの静かさに、息を飲みながら密かに進み、地図のしるしと目の前の座標を重ねた。
等間隔に並べられた、チューブがいくつも繋がっている奇妙な箱。棺のようにも見える― それの中を除く。
とんでもないものを見てしまった。
「表の住民かい?名前は…」背後から声をかけられ、咄嗟に振り向く。呆気にとられて気配に気づかなかった。この場所の職員か、管理者のようで、情報(おそらくローカルだろう)端末を手に持っている。
勝手に立ち入ったことを問い詰められるのかと覚悟したが、そうではなかった。
「見たのか、君は。別に知られて困ることじゃあない。そう固くならなくてもいい」
少し驚いた。”死体の薬品漬け”が知られても困らないことなのか?そしてその棺に印された、識別コードは― あるAIの彼女の名だった。
職員はこちらの不思議そうな顔を察してか、柔和な表情を崩さず喋りだす。
「メカノアートでの死後の扱いは知っているかい?最近の子は、ヒトは死んだらすぐに消えてしまうと思っているのもいるみたいだがね。そう誤信されるくらい、遺体は専用の棺によって速やかに回収される。お察しの通り、君の目の前にあるこの箱だ。薬品は我々の方で用意しているが……」
続けて説明がなされる。
「……もちろん、倫理面を考慮して、合意の上で体を提供してもらっているんだ。未成年の場合は親御さんの判断によるね。また、システム面でもクリアーなんだ。生体反応のないものは住民とは見做さなれないからね。これがこの”非”公式プロジェクトの全容だ。理解してくれたね?ルトロ君」
不安ながらも、自分はこくこくとうなずいた。
「そうか。それはよかった。すべての住人を説得できるとは限らないから、公表はしていないんだが。これ以上引き留めるつもりはないから、安心してお帰りなさい」そして出口まで案内してもらい、裏街へ出る。
表へ戻るまでにすっかり自分の気分は高揚していた。こんな面白いことは誰かに教えなきゃ!
そう思って、まず街を歩く若者に声をかけてみた。ついはしゃいで大声を出してしまう。
「この街はね、住人の死体を…」
突如、目の前を閃光が走る。
一体何が起きたのかわからないが、ブラックアウトする前に覚えているのは、「秩序攪乱罪よ…」と言う合成音声と、遠くで鳴るサイレンの音だった。

end.

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