小春日和【後編】

前編

□07 side麗

 まぶしい空を、木陰から見あげた。
 この間まで冬だったのに、今日は暖かくていい天気。
 そう思いながら、影をぬうようにして、ふわふわと進む。

 今日は、だがし屋さんに、借りていた本を返しに行くの。
 あのお店の店主は、大人だけど、わたしの姿がずっと変わらないこと、全然怪しまない。きっとにぶいの。
 この本も、気に入ったなら持っていっていいよ、って言われたの。……男のひとなのに、少女まんがが家にあるのは、なぞなの。

 そんなことを考えなが、人通りの少ない道にある、だがしやさんにつく。
 けれど、
「あれ? いないの?」
 お店には、お客さんも、詩飴の姿も見当たらなかった。
 どうして? おやすみなら、お店は開いていないはず……。
 考えていたとき、どこからか人の声が近づいてきた。
「!」
 思わず、棚の影に身を隠す。

 店の前を通りかかったのは、二人の男だった。
 そのうち、黒い帽子の男は、黄色いハート型の鞄をくるくると回しながら、
「あーあ、大したもん入ってねーじゃん、このバッグ」
「そりゃあ、持ち主は子供だろ? せっかくヤガスリまできたんだから、もっと金持ってそうな奴から盗らないと」
「まあまあ。また盗めばいいじゃん」

 ……盗む?
 その言葉を聞いて、はっとした。
 このひとたち、悪いひとだ!
 誰かに、このこと、知らせないと……!
 ……けれど、誰に?
 なかなか、棚の影から動けないでいたとき、二人の男は、店の前で足を止めた。
「あれ、店員いないじゃん、この店」
「ほんとだ。この町って、ほんと無防備だな~」

 二人はそう言って、店に踏み込む。
 た、大変なの……!
(誰か、呼ばなきゃ……!)
 ……そうだ、詩飴なら、家の方にいるかもしれない……!
 慌てて、だがしやさんの壁をすり抜ける。
 彼の姿は、探さなくても、すぐに見つかった。

「あ、いた! ね、起きて」
 居間で、布団を敷いて寝ていた詩飴を、ゆする。
「……ん、麗ちゃん? どうしたの?」
 詩飴はあくびをしながら、ふと、
「あれ、僕の顔戻ってる……?」
「なに、寝ぼけてるの? あのね、外にへんなひとがいるの……!」
「変なひと? 逆に変じゃない人なんてこの世界にいないでしょ」
「ちがうの! でも、否定はできない……あっ、二度寝したらだめなの! お布団、かぶらないの! 起きてなの……!」
「えー? ……うーん、あと五時間……」
「寝過ぎなの! のんびりしてたら、お店が……」

 そのとき、突然。
 ドカン! と大きな音が、お店の方から響いた。

 詩飴はぱちりと目を開け、わたしもびっくりして、後ろを振り返った。
「え? なに?」
「な、なんなの……?」
 詩飴が襖を開ける。
 そこにいたのは――。
 

□08 sideルリ

 昼食の買い出しついでに、街を散歩することにした。
「いい天気じゃのう」
 ついでに可愛いおなごがいれば、言うことなしなのじゃが……。
 そう思いながら、角を曲がったら、

「きゃっ?!」 「うにゃっ?!」

 ドンッと、走ってきた誰かにぶつかった。
「ご、ごめんなさい!」
 ぶつかったその子は、慌てたように謝って……そして、何故かじっとこちらを見つめてきた。
「あ、あなたは、アクセサリーショップの……!」
「お主は……ああ、さっき二人で来ておった」
 午前中、お店に訪れてきた姉妹の片方だ。どちらも可愛いから覚えておる。
 その子は、潤んだ瞳でこちらを見上げ、
「あのね、どうしよう、妹のバッグが悪いひとに盗られちゃったの! 追いかけていたんだけれど、見失っちゃって……!」
「なんじゃと!」
 盗人とな?! それに、こんな可愛いおなごを泣かせるなど、許せぬ……!
 そう拳を握りしめていたら、また角からひとが現れた。
「あれ、ルリ?」
「む、司ちゃんか? それに色葉ちゃんも」
「あらルリはん、奇遇やね。立ち止まってどないしたん?」
 二人は不思議そうに、我と少女を見た。今日も可愛い。
 それに良い子じゃなあ……。
「……そうじゃ!」
 そこでふと、良い案をひらめいた。

「おぬしら、魔法少女になってくれぬか?」
 

□09 side八重桜

 めそめそと泣き止まないななはちゃんに、どうしようかと、黒鳶を見る。
 黒鳶は「まかせて」というように微笑み、ななはちゃんに話しかけた。
「ねえ、ななはちゃん、お菓子とか好き?」
「お菓子、です?」
 ななはちゃんは一度泣き止み、手の間から黒鳶を見た。
 ……なるほど、黒鳶の考えていることがわかったよ。
 私も笑みを浮かべて、ななはちゃんに言った。
「この近くに駄菓子屋さんがあるの。お姉ちゃんが帰ってくるまで、私と一緒に行ってみない?」
「駄菓子屋さん……です?」
 声がはっきりしてきたななはちゃんに、黒鳶は頷いた。
「そうだね。まだ連絡は来ていないし、それまで行ってきたらどうかな。お姉さんの分のお菓子も買ってくるといいよ」
 そう言って黒鳶は、ひとつの硬貨をななはちゃんに握らせた。
 

「町長さん、優しいのです……」
「でしょう? 私たちの自慢の町長よ」
 ななはちゃんと一緒に、駄菓子屋さんへの道を歩きながら、話す。
「この角を曲がったらすぐよ」
 そういいながら、右折する。
 最初に目に留まったのは、男性の二人組だった。
「ふふ、大人でも駄菓子屋さんくるんだねぇ」
 そんなことを言っていたら、ななはちゃんが私の袖をつかんだ。
「あ、あの人……!」
「ん?」
「バッグとったの、あの人です!」
「……え?!」
 私たちの声に気づいたのか、その二人組はこちらを振り返った。
 そして瞬時に、私たちとは逆の方向に走り出す。
 その手にはいくつかのお菓子が見えた。
「万引?!ちょ、ちょっと貴方たち、待ちなさぁいっ!!」
 ひしゃくを振り、ウィングの風を巻き起こす。
 足元をとられた二人は、簡単にすっ転んだ。
 さて、ここからどうしようか。取っ組み合いは苦手だし――。

「八重姐さん!」
「あとは任せて!」

 すると突然、そんな声が降ってきた。
 上を見ると、司ちゃんと色葉ちゃんが、刀とコマを振りかざし、

「鏡月ッ!」「トップ斬り!」
 
 斬撃波とコマが、男たちにぶつかる。

 ドカン!と、すごい音がして、もくもくと砂ぼこりが上がった。

「無事かお主ら!」
「ルリ?」
 別の角から、ルリと、そして橙色の帽子の女の子が、こちらに駆けてきた。
「ななは!!」
「あっ、ななかお姉ちゃん……!」
 ななはちゃんは、その子見た途端、そっちへ走り出した。
 よかった、お姉ちゃんが見つかったのね。
 また泣き出したななはちゃんが、ななかちゃんに優しく慰められる。
 仲良しの姉妹に、ほっと一息ついた。

「よしよし、気絶してるな」
「悪いことするからやね」
 お店の前で、司ちゃんと色葉ちゃんが、目を回している男二人を見下ろしていた。
 ふふ、強いなあ、最近の女の子は。
「司ちゃん、色葉ちゃん、ありがとね。あとその服可愛いわね」
 それと、二人は何故か、ふりふりのレースがついた和服を着ていた。
 司ちゃんは慌てたように、
「あ、いや、これは……」
「ありがとう、魔法少女のお姉さんたち!」
 なにか言いかけられたところで、ななかちゃんが笑顔でそう言った。
「おかげでバック、取り戻せたです!」
 ななはちゃんは黄色のハートのバッグを抱え、そして姉妹はぺこりと、お辞儀をした。

「……ほらの、やっぱり悪を倒すってなったら、魔法少女になるしかないじゃろ?」
「はあ……なるほど、貴女ね」
 なんだか別のことで満足そうなルリに、適当に相づちをうつ。
 まあ、無事に事がすんだことだし、多目に見ましょう。
 そう思っていると、店の方から、「どうしたの?」と詩飴の声が聞こえた。
 

□10 side黒鳶

 悪党を見つけた連絡を受け、警察に連れていったあと、再び皆のいる駄菓子屋へと戻ってきた。

「わるいひと、つれていったの?」
「うん。最近ルーナを徘徊していた悪党だったんだって」
 心配そうな麗ちゃんに頷く。
 そういえば、さっきの姉妹はどこに行ったのかな。
「ななはちゃんと、ななかちゃんは?」
 ああいうことがあったし、この町が嫌いになっていたりしたら、悲しいんだけど。
 すると八重さんが微笑み、
「まだ観光を続けるって。魔法少女が助けてくれる町なら安心!だってさ」
 そう言って、ラムネをあおる。
 魔法少女? 何の話だろう。
 疑問に思いつつ、店の外のイスに座っている二人へ向き直った。

「町のためにありがとう。君たちの協力に感謝するよ」
「そんな、かしこまらなくていいって!」
「そうそう」
 司ちゃんと色葉ちゃんは笑顔で答えた。
 あれ、二人ともなんだか服がいつもと違う?
「可愛いじゃろう? 可愛いじゃろう? の?」
 僕の視線に気がついたのか、ルリがにやにやしながら近づいてきた。
 ああ、なるほどね、魔法少女ってこれか。
「うん、二人とも可愛いよ」
「じゃろ? 黒鳶もなるか?」
「いやそれはいいかな」
 ふと見ると、彼女たちの手にはお菓子があった。
 キャラメルと、カラフルなおもちのやつ。
「良いね、僕も買おう。詩飴は?」
「ん、呼んだ?」
 聞いたところで、本人が店の奥の方から戻ってきた。
「どこか行ってたの?」
「うん、ちょっと賃金を、ね」
 そう不思議なことを言って詩飴は、何食わぬ顔でぷかぷかとしゃぼん玉を吹き始める。

「おや、皆さんお揃いで」
 お菓子を選んでいると、トラマルがやって来た。
「やあ。色々あってね」
「ほうほう、後程でもゆっくり聞かせてください」
 トラマルはそう言って、ふと、詩飴がふいてるシャボン玉を見た。
「店主、今は本物みたいですね」
「何の話かな」
「またしらばっくれて。次またああいうことがあれば、連絡してください。彼には聞きたいことがあるんです!」
「へえ。黒鳶、何買うか決まった?」
「あーもう店主ー?!」
 話題を反らされて不服そうなトラマルを横に、笑ってお菓子を詩飴に差し出した。

「つい最近まで冬だったのに、今日は暖かいねえ」
「うん。ぽかぽか……」
 八重さんと麗ちゃんは、空を見上げる。
 司ちゃんはキャラメルを食べながら、
「ほんとだな。小春日和、だっけ? こういうの」
「『小春日和』は秋とか冬に言うんよ。今は春日和」
「おや色葉さん、詳しいですね。最近はわりと誤用されますから」
 訂正する色葉ちゃんに、トラマルは感心する。
「でもいいんじゃない、小春日和でも。言葉はうつろうものだよ」
 詩飴は、ちゃんと考えたことなのか、適当なのか、そう言ってシャボン玉をふかす。
 青い空に、浮かんだ泡が光った。

「そうだね。今日は小さな春日和」

 おわり

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