【捏造SS】月光の下

パパがすっかり私のもとに帰らなくなってから数か月。
一体どうしたのかしら。でも仕方ないわ、この世界の救世主であり統治者、魔女様のご命令だもの。
元は私も上流貴族、でも今は下流。内職して今までなんとか生きてこられたものの、このままではいつどうなるかわからないわ。
それでもみっともない姿は見せないわ!なんたって私は貴族だもの。今日も今日とて街の小高い場所に立って月の素晴らしさと誇りを説くの。
「この世界を照らしたるお月様はこの世ユイイツの光。希望の光なのです。…」
めいっぱいの知っている単語を使ってお月様を讃えていると、不意に野次が。
「あ!あんた×××じゃん。なんでハニーなんて名乗っているのさ」
本名を知っている人がいるなんて!慌てて私は逃げ出したけれど、体力のなさがたたっていつの間にか追いつかれてしまった。
「久々だねえ。でもあんたは覚えちゃいないか」
気づくと、小さな人だかりができている。裏路地ではちょっと狭いくらいだ。
「へぇ、これが×××か」
「ねぇ、その右目、見せてごらんよ」
そう言いながら一人が私の眼帯に手をかけようとする。ちょっとちょっと、やめなさいよ!私をなんだと思っているの!
「こいつが実験体、×××か」
ゲラゲラ笑いながら取り囲む集団の中心に、ボロボロになった格好の、私。
眼帯は乱暴に外されてちぎれ落ち、コンプレックスの右目が露出していた。
しばらく放心したまま、奴らの声が耳を通り抜ける。
「こいつのせいでさ、〇〇様が左遷されたんだって?」
「しばらく隠していたらしいな。じゃなきゃここまで大きくならんだろう」
「あいつもバカをやったな」
また笑いの渦。
バカな私でもわかったわ。この人たち、パパを馬鹿にしているんだ。
「っるっさい…」
泣きそうな声でなんとか言葉を絞り出す。
「パパをバカにするなぁ!」
「なんだよコイツ…」
睨みつける男を、私が涙目で睨み返す。
それでも泣かない。だって私は誇り高き蜂の子だもの。
泣いちゃ…だめ、涙がこぼれてしまう。
その瞬間、狭い空に影が。…ロロイリス様だわ!なぜここに?
混乱している間に、ロロイリス様の足元から淡い蒼の粒が地面に広がっていき、路地裏が眩むほどの光に包まれた。
蒼い光の中、かすむ目でちらりと見たあのロロイリス様の横顔は、とても美しかったわ…。
気が付くと、人だかりは消えていて、そこには私とロロイリス様だけが残っていた。
現状がわからずに呆然としていると、ロロイリス様が語りかけた。
「あなた、〇〇の娘ね」
私はふと、眼帯が外れていることに気付いて慌てて右目を隠そうとする。
そんな様子を見て、ロロイリス様は微笑んで言った。
「あなたの目、とても綺麗よ」
唐突にまた、大粒の涙がこぼれだして、今度は止まらない。
嗚咽を上げて大泣きする私をロロイリス様がそっと抱き寄せた。
「かわいそうに。大勢にひどいことを言われて、悔しいのね」
違う。
「自分がみじめで、哀れで、泣いているのね。かわいそうな子。」
ああ、違う。
パパをバカにされたのが悔しくて。
パパがくれたこの目を綺麗だって言ってくれたのが…。
しゃくりあげててまともに言葉も言えないまま、泣き疲れてロロイリス様の腕の中で眠ってしまったの。
「あなたのこと、いつでも見守っているわ」

気が付くと、自宅のベッドの上だったわ。起き上がった私は、ちょっとした夢みたいな出来事に、つい頬をつねって確かめてしまったわ。もう起きているのに、ちょっとおバカさんだったわね。
ふと窓の外を覗けば相も変わらず、お月様の浮かぶ空。この空がある限り、誰かに見守られているような気がして。
「さぁアピス、今日も月の素晴らしさを説きに行くわよ!」
そうやって己を奮い立たせて、勢いよく家から飛び出していく。

お月様はいつだって綺麗ね。この世界を照らす唯一の光、希望の光よ。
そう、お月様が永劫輝く限り、私が絶望することはない…。
絶対にね。

end.

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