前話:柊「鈍器マスターと行く」~ムンホ編~
次話:柊「鈍器マスターと行く」~スタビ編②~
【スタビレッジ】
ホシガタエリアのほぼ中央に位置する自然豊かで小さな村。ムーンホールから歩いて数時間もかからない距離にある。良く言えば昔ながらの手法で自然と共に生きる村であり、歯に衣着せずに言えば昨今の若者にとっては暮らしづらいであろう不便な田舎の村である。場所によっては電波も届かないので注意が必要。
日用品や家具雑貨等は行商人から買ったり、ムーンホールまで買いに出掛けたりして賄っている模様。かく言う私も時折スタビレッジに出向き、物品の販売をする。
また、いくつかの文献には、この村を『始まりの地』とする記述が散見されるが…詳細はよく分かっていない。
余談だが、メカノアートに本店を構えるヴィオのレストランは、スタビレッジの農家の作るトマトを使っているらしい。スタビレッジの自然の中、無農薬で育てられたトマトはこの村の特産品でもあり、その味はまさに絶品である。このトマトを食べる為だけにスタビレッジにまでわざわざ足を運ぶものも多いと言う。
※スタビレッジ産トマトは農園から直接の取り寄せを行っておりません。どうしても食べたい!という方は是非ムーンホールの「よろずや柊」までご連絡下さいまし。
ーー『柊の旅行手記-起-』より
~~明けて翌日
「…いや、しかしまさか一回目で金の玉が出るとはね…」
ムーンホールの街角で一人佇む青年ーーコーパルは思い出すように一人ごちる。
先日、柊の店で引いた福引きだったが、まさか一人目の自分が大当たりを出すとは思ってもいなかった。
「しかもその景品が…」
と、言いかけたところで彼の前にもう一人の人影が現れた。
「出発のご準備は出来ましたか?…コーパルさん」
普段は行商で使っているのであろう荷物を手に、にこやかに声を掛けたのは柊である。
「まあ、元々そんなに持ってくような物もないしね…。ところで、一等賞の”ホシガタエリア一周旅行”だけど…」
柊の言葉に返事をしながら、コーパルはきょろきょろと辺りを不思議そうに見回す。
「…見たところ、ガイドとかはいないみたいね。遅刻かなにか?」
そう、昨日の福引きで引き当てた金の玉、一等賞の内容は『ガイド付ホシガタエリア一周旅行』だったのだ。
日頃柊に一杯食わされがちなコーパルは意気揚々と家に帰り、早速荷物をまとめて準備をして来たのだが…
「はは、何をおっしゃってるんですか。ガイドならもう来てますよ?……今回の旅道中、宜しくお願いしますね。」
そういってにこりと微笑む柊。それとは対象的にコーパルは鳩が豆鉄砲をくったように唖然としている。
「…えっ…もしかして、柊がガイド…?」
「そうですよ、さあ行きましょう。」
未だに状況が飲み込めていないコーパルを尻目に、歩き出した柊に、あわててついていくコーパル。
「ちょ、ちょっと待ってよ!ガイド付ってそういう…専門家とかがついてくるもんじゃないの普通!?」
「いやあ、ほんとはそのつもりだったんですが…まさか初日から当てられるとは想定外でして…」
柊は先ほどまでの笑みをやや崩して、苦笑いで返す。
「…まだ、依頼相手が見つかってなかったってこと?」
「そういうことです。…まあ、私も元は行商人ですから、ガイドくらいなら勤まると思いますが…どうしますか?」
ムーンホールの門まで歩いて、柊は足を止める。
「…まあ、顔見知りの方が気は楽だし…もちろん追加料金、何てことにはならないよね?」
「…今回は、特別大サービスですからね。」
お互い顔を会わせて笑みを交わし、二人は長い旅の一歩目を踏み出した。
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「それで、最初の目的地はどこなのさ。」
ムーンホールの跳ね橋を渡りきり、地図も見ずに先を歩く柊に、コーパルは訝しげに尋ねる。
「ホシガタエリアで、旅の始めといったら……お分かりでしょう?」
閉じたままの地図を目の前に振りかざし、にこにこと歩きながら柊はコーパルを振り返る。
「あー…、なるほど。そういうことね……まずは『スタビレッジ』(ご近所)ってこと。」
「そういうことです♪」
その後も慣れた足取りですいすいと歩き続け、二人は程なくしてスタビレッジに着いたのだった。
「ーーはいっ!ホシガタエリア一周ツアーその1!スタビレッジに到着しましたよ。」
「ここスタビレッジは、豊かな自然と澄んだ空気で美味しい作物が育つーー」
「ごめん、柊、僕もうそれ知ってる。」
「デスヨネー」
「流石に隣村だしね…」
解説を案の定潰され、やや不服そうな表情を浮かべつつ柊は続ける。
「そのくらい分かってます、全く、コーパルさんはせっかちなんですから……ちゃあんと、旅の楽しみは用意してあるんですよ!」
「…そういう所はしっかりしてるんだね…それで、何があるっていうのさ?」
自慢げな柊に相槌を打ちつつ、コーパルは興味ありげに尋ねる。
「ご存知の通り、スタビレッジにはトマンチさんが経営するトマト農園があるんですが……先日、お伺いした際に継続的に私の店で仕入れさせて頂くことになりまして。ついでに、今回の旅の中でトマト料理を振る舞って貰えることになったんですよ。」
と、言いつつ柊はトマト農園の方へと前を歩き出す。コーパルもその後に続く。
「へー、トマト料理かあ、それは確かに楽しみかも……って、いうか、柊の店ってトマトも扱うの…?」
「いやあ、ついこないだメカノアートの方でヴィオさんがスタビレッジ産のトマトを使った新メニューを開発しましてね……今のうちに買い占…いえ、目をつけておこうかなーと。」
「……なんか、聞いててグレーな香りがするんだけど…」
にこにこと楽しげに話す柊に苦笑いしつつ相槌を打つ。
「全く、知力1との交渉は楽でしたよ♪」
「ちょっ、その発言はもはやブラックだよ!?」
「ふふふ、なんのことやら。ほら、そんなことよりそろそろトマト農園が見えてきまし、た……よ?」
「…え、何、どうしたの、ひいら…」
二人が見やった先にあったのは、赤い液体にまみれた農場の看板と、一面赤く染まった大地に際立つ、緑色の球体であった。
「…ぎ」
To be continued…