【小説】夢夜にねがいを 第3話(トア編)

「はあ…はあ……」

「なんであたしがこんな目に……!!」

「そんなの分からないよ!!とにかく今は逃げるしか……」

あたしが息を切らせながらもどこかに隠れられる所がないか探していると、十字路の右斜め前に小さなくぼみがあるのを見つけた。

その事を後ろで一緒に逃げていたリリオちゃんに伝えると、2人で小さなくぼみの中へとダイブした。

「ここなら大丈夫…..かな」

「つ、疲れたわ……もう走れない!」

「とりあえずここで休もう。ね?」

「そうするわ……」

あたしとリリオちゃんはドスッと腰を下ろすと、瓦礫に寄りかかり今日の事を思い出し始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「うん、今日もいい天気!こんな日は一泳ぎしたくなっちゃうね!」

そんな事を呟きながらゴロンと寝返りをうつ。

青い空に美しい海。
それらを自宅の屋根の上から眺めるのが好きだったあたしは、今日も屋根の上で1人くつろいでいた。

ときおり見える変わった形の雲を見ては、あれはアイスクリームの形をしてるだとか、あれは浮輪に見えるなど、別の物に見立てて楽しんでいた。

「もう1時か〜」

そう言いながらゆっくりと起き上がると、ポールにしがみつき屋根下へと降りる。

玄関を潜り抜けキッチンに向かうと、押し入れの中にギュウギュウ詰めにされていた袋を1つ取り出し、雪崩が起きないように半ば強引に戸を閉める。

「えへへー!やっぱりこれがないとね」

あたしは麦チョコと書かれた袋を抱えると、元気よく玄関を飛び出した。

人工光源と呼ばれている球体がふわふわと浮かんでいるレンガ道を、軽くステップを踏みながら進んで行く。

ほんの2,3分ほどそうして進んでいると、建物が立ち並ぶ道が切れ、視界が一気に開いた。

キラキラと輝く砂浜に、透き通るほど青い綺麗な海。観光客にも大人気なカンパニュラのビーチに、今着いた。

あたしが海へと近づき水面へと手を伸ばすと、突然大量の水が降り注いできた。

「わわっ!な、何⁈」

「や、やあトアくん。海水浴か…い…….」

そう言いかけて砂浜にドサッと倒れ込んでしまう水色の魚人のアンコくん。

あれ、でも確かアンコくんって太陽の光は苦手じゃ…..

その事に気が付いて、大急ぎで近くのビーチパラソルを起き、影を作る。

するとアンコくんは徐々に目を覚まし、ハッと意識を取り戻した。

「あー、危なかったー」

「大丈夫?」

「うん、なんとかねー。うっかり昼間なのに水面に出てきて、危うく干からびるところだったよー。ありがとね」

「どういたしまして!あ、麦チョコ食べる?」

「いただきまーす!」

ニコニコとしながらそう答えたアンコくんを横目に、あたしは麦チョコの袋を開ける。

その後しばらくお喋りをして、あたしはアンコ君に別れを告げると、元来た道を戻り始めた。

しばらく住宅街を歩いていると、前から見覚えのある人がこちらに向かって歩いてきていたので、軽く手を振る。

するとあちらもそれに気づいたみたいで、手を振り返してきてくれた。

「リリオちゃーん!こんにちは!」

「あら、トアちゃん。今日も町巡り?」

「ううん、今日はビーチへ行ってきた帰りなの」

「ビーチかぁ……そういえばしばらく行ってなかったわ」

「そうなの?じゃあ明日行こうよ!」

「え、明日?でもそれだとあなたは2日連続じゃ…..」

「本当に良いところって言うのは、何度行っても飽きないんだよ!」

「そういうものかしらね。まあ、あなたが誘ってくれるっていうなら……行ってもいいわ」

「本当に⁈やったー!」

つい嬉しくなってリリオちゃんの手を握りながら飛び跳ねると、リリオちゃんは恥ずかしそうにしながらも微笑んでくれた。

リリオちゃんっていつも忙しいイメージがあるから、2人きりで遊べるなんて本当に嬉しいなー……

そう思った時だった。

突然町中にガラン、ゴロンと鐘の音が鳴り響く。

あたしはその鐘の音を聞いてぞっとした。何故ならその鐘の音は……

「緊急避難警告……」

「トアちゃん……」

「い、移動しよう!とにかく避難区域に……」

そうだ、移動しなきゃ。
なんだか嫌な予感がする。とても嫌な予感が……

あたしはリリオちゃんの手を引いて見慣れた道を急ぎ足で歩き出した。

だけど……嫌な予感はほんの数秒もしないうちに目の前に現れてしまった。

「あ……」

「ひっ!」

赤い瞳に黒い体、そしてぞわぞわと寒気が止まらないドス黒いオーラ。

それらを全て持ったその黒い影は、あたし達の前で浮遊していた。

「だ、ダークマター……」

「あ…ああ……!!」

に、逃げなきゃ……
でも、足が動いてくれない……!!

ふと後ろを振り返ると、リリオちゃんも同じように恐怖で動けなくなっていた。

このままじゃ2人とも……

そうこうしている間に、黒い影の赤い瞳は光り始めていた。

や、やだ…..まだ死にたくなんて…..

誰か……誰か…….!!

「サラーキア!!!」

カコンッという音ともに大きな鏡が目の前に現れたかと思うと、粉々になりながらも赤い波状ビームを真上へと打ち上げた。

サラーキア…..ってことは!

「ノッテさん!!」

「あなたたち大丈夫⁈」

「うん!助かりました!!」

「それなら良かった…..!!危ないからあなたたちは早く逃げて!ここはわたしがなんとかするから!」

「分かりました!リリオちゃん、行こう!」

「た、立てない…..」

「え⁈ま、待って!今手を…..」

あたしはなんとかリリオちゃんを起こそうと手を引っ張るけど、震えのせいか上手く力が入らない。

そうこうしてる間に、ノッテさんとダークマターが激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。

手を引っ張りながらも音のする方へ視線を移すと、槍を持ったノッテさんがダークマターに向けてひたすら突きを放っていたのが見えた。

一見ノッテさんの方が優勢に見えた。でも、何か様子がおかしい。何か……

気がつくと押していたはずのノッテさんが、いつの間にか押され始めていた。

ノッテさんは「形態変化!ソード」と叫び槍を剣の形に変えて攻めるけど、先ほどよりも状況は悪化していた。

ついにはビームを喰らい吹き飛ばれてしまい、受け身を取りながらノッテさんは叫んだ。

「お、おかしい……いつもの力の1割程も出せない!な、なんで!!」

「ノッテさッ」

「まだいたの?!早く逃げて!今すぐにでも!!」

「で、でも!」

「いいから早く!!!」

ノッテさんは怖い顔をしながらそう叫んだ。あんな顔をしたノッテさんは見たことがない……

あたしは邪魔にならないようにと、なんとかリリオちゃんを立ち上がらせると、依然青ざめたままのリリオちゃんの手を引いて走り始めた。

お願いノッテさん。どうか無理だけはしないで…..!!

そう願いながら、誰もいないレンガ道をただひたすらに走り続けた……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「大丈夫かな、ノッテさん……」

そう呟きながら、瓦礫の上からそっと立ち上がる。

震えもだいぶ落ち着いたし、現実も飲み込めてきた。とにかく避難区域に急がなきゃ。

「リリオちゃん、大丈夫?少しは落ち着いた?」

「ええ……ごめんなさい、あたしのせいで足を引っ張ってしまって」

「気にしないでよ。あたしだって怖かったんだし、困った時はお互い様だよ!」

「……ありがとう」

虚ろな目を地面へと向けながらも、リリオちゃんはそう答えた。

さて、ここからどうやってダークマターに気付かれずに移動しようかな……うーん、何かいいルートは……

「おや、トア君じゃないか。どうしたんだい、こんなところで」

「え!ヨハネスさん⁈でもどうして……」

「いやー、研究に夢中になってたら逃げ遅れてしまってね。あと、変なのにつけられてしまって」

「そ、それって……ダ」

「ダークマターだと思った?残念、シーヴァでした!」

「げげ!もう追いついてきた!!」

ジリジリと背後に下がるヨハネスさんの前には、茶色の帽子にコート?を羽織ったシーヴァという人が迫ってきていた。

シーヴァさんは虫眼鏡をヨハネスさんに突きつけると、満面のドヤ顔で口を開く。

「ふふふ、もう逃げられませんよ?さあ、白状してもらおうか!」

「な、何をだい⁈」

「とぼけてもムダですよ!僕は貴方がダークマターに向かって話しかけていたのを見たんです!ずばり、貴方が彼らを呼んだのでしょう?」

「それは誤解だ!私はただ、ダークマターなんて珍しいものに会ったから、サンプルをもらおうと思っただけだ!!」

「言い訳無用だ!さ、事務所まで来てもらおうか!!」

「い、嫌だー!!離せー!私は無実だァーーーー!!!!」

手枷をつけられ、ずりずりと引きずられていくヨハネスさん。

そんな姿を見て、思わず笑ってしまった。ふと横を見ると、隣ではリリオちゃんもつられてくすくすと笑っている。

「なんだか落ち込んでるのがバカみたいに思えてきちゃったね」

「ふふ……本当ね」

「いこっか。避難区域に」

「そうね」

すっかり笑顔を取り戻したリリオちゃんと一緒に立ち上がると、2人で大通りへと抜け出す。

だけど、それがいけなかった。

「え……?!そんなっ!」

「何……?この数……」

「あ、あそこに2人が!!」

目の前には10体という数のダークマターと、それに囲まれて身動き一つ取れずに固まるヨハネスさんとシーヴァさんの姿があった。

2人は青ざめているという様子はなく、むしろ騒ぎ立てているのが聞こえてきた。

「ちょっとそこの君!ほんの少しでいいんだ!サンプルをッ」

「そんなことしてる場合じゃないでしょ!!貴方の疑いは晴らしますから、今は逃げ」

といいかけた途中、ドゴォっという爆音と共に2人は吹き飛ばされてしまった。

「あっ!ヨハネスさん、シーヴァさん!!」

「やあ……トア君。悪いけど君もこの暗黒物質君達にサンプルをお願いしてもらえないか……」

そう言いかけて2発目のビームを喰らい、ヨハネスさんと近くにいたシーヴァさんは遥か遠くへと吹き飛ばされていってしまった。

「ふ、2人が…..でもなんでだろ。あの2人なら心配しなくても大丈夫そうな気が……」

「ねえ、あの2人の事は別に構わないんだけど、こっちが……」

「……え?あっ」

ハッと気がつくと、目の前にいた標的がいなくなったダークマター達が、次の標的はお前達だと言わんばかりの様子であたし達を取り囲んでいた。

ダークマター達は、あたし達の周りをグルグルと回り始めると、一斉に襲いかかってきた。

「嘘っ⁈ぐっ!!」

突然焼きつくような痛みと共に体が宙を舞う感覚に囚われたかと思うと、背中にズシンとした痛みが伝わってきた。

猛烈な痛みを感じたあたしは、反射的に起き上がる。

「いったぁー!!一体何が……」

「やめて!こっちに来ないで!!それ以上近づいたら許さないわよ!!!」

「あっ!リリオちゃん!!」

視線を向けた先には、強気な態度でダークマター達に叫び続けるリリオちゃんと、それを嘲笑うかのように迫る影達の姿がはっきりと見えた。

た、助けなきゃ!

あたしは精一杯の力で地を蹴り、リリオちゃんに向かって手を伸ばす。

お願い、届いて……!!

「リリオちゃん!!」

「トア……」

必死に伸ばし合う手と手。

あと少しで届く。
あともう数センチで……

だけど、その頑張りは無惨にも引きちぎられた。

「リリオ……ちゃん?」

掴むはずだった手は何もない宙を空振り、あたしは何が起こったのか分からなかった。

いたんだ、さっきまで。
すぐそこに、目の前に、助けを求めて手を伸ばしていたはずのリリオちゃんが……

でも……

「ど……どこ?ねえ、返事をしてよ、リリオちゃん……」

ギョロリと向いた赤い目が、一斉にあたしを見つめる。

分からない、分からないよ……

もう、何も……

途切れていく意識の中で、連続する破裂音の響きがただただ頭の中で鳴り響いた……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「……あれ、あたし……」

「お、起きたか」

「なんで…..?」

「ああ?何がだ?ま、いいや。おい、お前んとこの住民が起きたぞ」

聞き覚えのない声がそう言うと、足跡を鳴り響かせながら「本当⁈」という聞き覚えのある声が聞こえてきた。

この……声は……

「ノッテさん……?」

「そうよ。無事で良かったわ」

ほっとしたような息を吐くノッテさん。

あたしは痛む身体を起こしながら、なんとか見知らぬ人の方へと視線を向けると、ゆっくりと口を開く。

「あの、ありがとう。きみがいなかったら……あたし……」

「おっと、気にすんなって。偶然にも通りかかっただけ……と言いたいところだが、実のところこの人に頼まれてな」

「ノッテさんに?」

「ええ……。実はわたしも危ないところをこの方、リゼさんに助けられたんです」

「いやー、だから偶然だって!」

そう言いつつも、照れ臭そうに笑うリゼさん。

でもすぐに顔色を変えると、真面目な口調で話し始めた。

「さてと、実はあたしはここの住民じゃないんでね。元いた場所に戻らせてもらうよ」

「やっぱりここの住民ではありませんでしたか」

「ああ。ふと目を覚ましたらここにいてな。ダークマターに襲われているあんたらを見つけたんだ」

「あの、他の住民の方々を見ませんでしたか?おそらく避難区域に向かっていたと思うのですが……」

「避難区域?それってもしかしてあいつら(ダークマター)がウジャウジャいたところか?」

「…..え⁈ダークマターが……」

「たぶんそうだと思うぜ。もし助けに行こうと思ってるならやめときな。どうあがいても……消されるだけだ」

「そ、そんな……」

ここの住民の人達が……ダークマターに……

それじゃあ、もう残っている住民ってあたし達だけ……?

そんな考えたくもない最悪の事態を想像していると、ノッテさんが声を上げた。

「リゼさん!あなたにお願いがッ」

「お断りだ。言っただろ?消されるだけだって」

「で、でも!力がいつもの1割も出せないわたしならともかく、10体近くを一気に倒したあなたなら!」

「悪いな、無理だ。流石に数十体を1人で相手にするのは無謀ってものがある。気持ちは分かるが諦めてくれ」

そんな言葉を突き立てられたノッテさんは、泣きじゃくりながら崩れ落ちてしまう。

無理はないよ……
ノッテさんはここの市長で、誰よりもこの町と住民を愛してるんだもん……

ふとリゼさんの方を向くと、少し困った顔をしながらも、背を向けて歩き出す。

「悪いがあたしはもう行く。後をどうするかはあんた達次第だ。じゃあな」

そう言い残すと、リゼさんは一歩、また一歩とその歩みを進めてゆく。

あたしはどうしたらいい?

このままここに残るの?残ってどうするの?みんなを……助けられるの?

そんな時、ふっとあの時のあの光景が脳裏に浮かんだ。

リリオちゃん……

「待って!!」

そう、大声で叫ぶ。

伝えるんだ、あたしの覚悟を。

「……なんだ?」

「あたしも……連れて行って!!」

「……本気で言ってるのか?」

「うん!!」

「帰って来れないかも知れないぞ?」

「分かってる……。だけどあたしはここで何もしないままなんて嫌だ!もう、あんな思いは……」

あたしの思いを、隠さず全部ぶつける。

例えこれがダメだったとしたら、あたし1人だけでも……!!

「いいぞ」

「……え?」

「ただし、手間かけさせないでくれよ?」

「う…..うん!!」

「……それならわたしも行くわ」

「ノッテさん⁈」

「トアさん1人に行かせるわけにはいかないもの。この町をこんな状態で離れたくはないけど……」

「なら、決まりだな」

リゼさんは片手をグッと前に突き出すと、目であたし達の手も出すように促す。

あたしはノッテさんと一緒に右手を突き出すと、リゼさんはニヤリと笑いながら叫ぶ。

「よし!それじゃ今からあたし達はチームだ!これからこの町を救うためにも、頑張っていこうぜ!!」

「「おー!!」」

「それじゃまずはあたしの住んでたビルレスト大橋に行くぞ!あそこならあたしの知り合いがダークマターの弱点とかを知ってるかもしれないしな!!」

「了解!」

あたしは元気に返事を返す。

待っててねリリオちゃん、みんな。

あたしはあたしなりに頑張って、必ずみんなを……助けるから。

そう強く決心し、リゼさんの後を追いかけた。

つづく。

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