冷たい。
何が冷たいのかははっきりと分からないけど、なんだろう……体じゃない。
こころ……うん…..心が冷たくなってゆく……
どうしようもなく冷たくて、見るもの全てが嫌になってくる…..
もう……この心が冷え切ってしまったら戻れない気がする……もう…….このまま僕はっ
「……おい」
「…….っ⁈」
その声が聞こえた瞬間、冷たくなっていた心が元の温かさに戻ってゆく……何故かそんな気がした。
それと同時に、右頬に殴られたような痛みがドシンとのしかかる。
僕は痛む頬を手で押さえながらも起き上がると、目の前には僕のことを無表情で見つめるエルムさんの姿があった。
「大丈夫か、おい」
「え……はい…….」
「そうか。なら別にいい」
エルムさんは僕の頭上を飛び越えると、巨大な手のようなもので空中に浮遊する黒い影を殴りつけた。
殴られた黒い影が一瞬ブレるも、エルムさんは一向に殴るのをやめようとしない。
止むことなく繰り出される拳のラッシュを浴び続けた黒い影は、やがて霧となって消えていった。
僕がぽかんとしていると、エルムさんは「残り5体……」と呟いた。
呆気に取られていた僕は無意識に口を開いた。
「す、すごい…..」
「こうなるのがお前じゃなくて良かったな」
「それはどういう……」
「そんなことにも気づかなかったのか、クズが。お前はあのダークマターに体を乗っ取られそうになってたんだよ」
「僕が……ダークマターに……」
そっか。さっきまで心が冷たくなってゆく感覚に囚われていたのは、そういうことだったんだ…….
「とりあえず最初の一撃で奴が抜けきってラッキーだったな。私としても奴に隙ができたおかげで瞬殺できたわけだが」
「あの、ありがとうございます」
「そういうのは残りを全て片付けてからにしろ……ったく」
エルムさんはそう言うと、激しい音が鳴り響く方へと消えていった。
僕は安堵の息を吐こうとしたけど、それよりもこんなのがまだ5体もいるのかという不安感のが強くのしかかってくる。
体は震えて寒気がし、足を動かそうとしても動かすことができない。
動かなきゃ……
こんなところでいつまでも座り込んでなんていられない…..
頭ではそう思っていても、体は全く反応してくれない。
先生……僕はどうしたらいいのかな……
ふと浮かんだ先生の姿。
いつもいつも僕が迷子になっては迎えに来てくれる先生。
僕が原因を調べるため町を出ていったときも、先生は少し心配そうな顔をしながらも送り出してくれた。
今頃は僕のこと、町で待っててくれているのかな……待ってて……
「そうだ……」
待っててくれている……きっと今も先生は僕のことを待っててくれている…..
先生だけじゃない。
キーラさん、雪兎君、そしてジキルさんも僕のことを……
そう思うと体の震えが徐々に収まってきて、足も少しずつ動かせるようになってきた。
左手に付けられた紅いリングを右手でそっと触れる。
「僕は……こんなところで歩みを止めるわけにはいかない…..。たとえ迷子の時だって、歩みを止めることは絶対にしなかった……だから今回も!!」
瞬間、リングから光が溢れ出した……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「くっ、流石はダークマター!手強いな!!」
「そうだね……ボクの氷柱も全然当たらないよ!」
「それでも攻撃の手は緩めるなよ、コハク!雪兎さん!」
「「了解!!」」
コハクと雪兎は大きく返事をすると、再び目の前で浮遊している黒い影に向かって走り出してゆく。
一直線に飛んでくる紅い光線を2人はかわすと、コハクは何かを思いついたかのように叫ぶ。
「雪兎!空中にお前の氷を浮かす事ってできるか⁈」
「たぶんできると思う!でも長くは持たないよ!!」
「いや、それで大丈夫だ!一瞬でいい!オレが合図を出したら奴らの周りにできるだけ多くの氷を出してくれ!!」
「分かった!!」
雪兎は気を集中させ冷気を両手に密集させると、前方目掛けて巨大な氷石を撃ちだした。
撃ち出された氷石はゆっくりと弧を描きながら進んでゆく。
氷石がちょうど弧の頂点に達したのを見計らい、コハクが氷石へと飛び立つ。
当然黒い影がそれを黙って見ているわけがなく、紅い瞳はコハクへと向けられる。
コハクは氷石に足をつけると、その勢いのまま別の氷石へと飛び移る。
それを黒い影は黙って追いかけるが、氷石の上を次々と移動していくコハクに追いつけなくなってきたのか、途端に動きが鈍くなってきた。
その様子を見逃さず、待ってましたと言わんばかりにコハクが黒い影へと突っ込む。
「でやぁぁぁ!!!」
振りかざされたコハクの双剣が獲物を捕らえると、回転の勢いを加え一気に斬り裂いた。
真っ二つに斬られた黒い影は形を保とうとしたが、努力も虚しく霧となって消えていった。
「よっしゃあ!一体倒した……」
「コハク後ろだ!!」
「えっ⁈」
喜びも束の間、油断していたコハクはすぐ背後からの紅い光線を背中からまともにくらい、船のドアをぶち破りながら室内へと転がっていった。
「あっ!コハクさん!!」
「雪兎さん!上だ避けろ!!」
「……!!」
雪兎がコハクに気を取られた一瞬の隙に黒い影は雪兎のすぐ目の前まで迫り、直後気づいた雪兎が防ぐ間も無く至近距離で紅い光線が発射された。
「雪兎くん!」
「キーラ!貴方もよそ見してる場合じゃないわ!来るわよ!!」
「くっ!」
突如迫ってきた別の2体がキーラとズィスに紅い光線を撃ち出す。
ドォォォ…..という音と共に煙が巻き起こり、甲板が粉々になって吹き飛ばされる。
「今だ……ッ!!」
それを見ていた光が2丁拳銃を取り出すと、先ほど2人に向かって攻撃した2体に向かって銃弾を撃ち出す。
銃弾を撃ち出す発砲音に気づいた2つの影は、咄嗟にかわす。
が、奥にいた黒い影は銃弾をかわしたものの、手前にいた黒い影は間に合わず銃弾をもろに喰らい、霧となって吹き飛んだ。
間一髪避けた黒い影は光の方を向くと、一直線に光の方へと突っ込んでゆく。
「ぐうっ!!リロードが間に合わなっ」
「おらおらおらおら!!行くぞおい!!」
「了解!そのまま突っ込むでござる!!」
「お前ら⁈」
光が視線を声の方へとずらすと、バイク姿のアーレイドとそれに乗ったジキルがこちらへと突っ込んでくるのが見えた。
その声に気がつき動きを止める黒い影。
その一瞬を見逃さなかった暴走組は、黒い影に炎と水の小太刀を向けると、雄叫びを上げながら黒い影の上を取った。
「ダイビングホイィィィラァァァァ!!!!!」
「小太刀斬り!!!!」
ズザァァ!!
と斬り裂けるような音を立てながら黒い影を跡形もなく消し飛ばすと、そのまま甲板へと着地する。
……が。
「ちょ、何やってるでござるかアーレイド殿!!ストップ!ストップでござるよ!!」
「ぬあああああああ!と、止まれねえええ!!!」
「えええ?!!おち、落ちる……」
うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
と叫び声を上げながら、2人は地上へと放り出された。
「ああ!ジキルさん!」
「……あのバカ2人なら放っておいて大丈夫よ」
「で、でもあんな高さから落ちたら流石に……」
「落ち着きなさいよ、キーラ。そんな心配しなくていいわ。アーレイドが飛べるから」
「え、そうなの?」
「ええ。だからそのうち戻ってくるわよ」
ズィスのその話を聞いて、ほっと息をつくキーラ。
2人が周囲を警戒していると、ウィスタリアが慌てた表情をし大きな声を上げながら2人の方へと向かってきた。
そのただならぬ様子に気がついたズィスが近くまで寄ってきたウィスタリアに声をかける。
「どうしたのよウィスタリア。そんなに慌てて」
「そ、それが大変なんです!あちらにいたダークマターのうち1体はギルドの人たちと協力して倒したんですが…..」
「それならいいじゃない。こちらは3体倒したし、これで残り2体…..」
「いえ、エルムさんが別で1体倒したので残りは1体なんです!でもその1体がっ」
そうウィスタリアが言いかけた時だった。
突如ゴオンッという衝撃音と共に、ウィスタリアに何かが衝突し、ウィスタリアが倒れこむ。
ズィスはウィスタリアを心配し近寄るが、打ち所が悪かったのか緊急停止の文字が表示されていた。
悲しむ間もなく飛んできたものを見ると、驚きでズィスは思わず彼女らしくない声を上げてしまった。
「エルム⁈どうして貴方が⁈」
「……」
「なんとか言いなさいよ!ねえ!!」
「どうしたズィス!」
「光様……エルムが……」
「エルム……?!ま、待て!何かくる!!」
光がそう言うと同時に、壁の向こうから黒い影が顔を出す。
それがダークマターだとすぐに気がつき構える3人だったが、その異様な大きさに目を疑った。
「……は?」
そこには先ほどまで相手にしていたダークマター達の数倍の大きさの黒い影が、光達を見下すかのように浮遊していた。
その黒い影が光達に気がつくと、巨大な瞳を光らせ始める。
攻撃が来ると察知したズィスは、キーラに向かって叫ぶ。
「キーラ!」
「分かったわー!」
「お願いエイジス!!」
「貝殻……耐えてーッ!!」
2人はお互いの防御技を使うと、放たれた紅い光線を迎え撃つ。
「さっきの紅い光線もこのガードで守りきった!だから今回も効かないわよ!!!」
エイジスで押し寄せる攻撃を防ぎながら、ズィスはそう叫ぶ。
だが、その時は一瞬だった。
瞬間、2人の防御技にヒビが入ったかと思うと、そのまま大破され無情にも紅い光線は3人を襲った。
小さな爆発と共に煙が巻き上がり、その様子を紅い瞳はジッと見つめていた。
やがて煙が離散し始めると、中の様子が薄っすらとだが見え始める。
そこに立っていたのは……
「光……様……」
黒焦げになり、それでも立ったまま前方を見つめる光だった。
「そんな…..私達を助けるために光さんが……」
倒れこんでいた体を辛うじて起こしたキーラはそう呟く。
3人が攻撃を受ける瞬間、光は2人を左右へと投げ飛ばした。
そのおかげで2人は助かったが、代わりに光は攻撃を真正面から受けてしまった。
そのことに気がついたキーラは、真っ黒になってしまった光から目を逸らすことができずに、ただ光を見つめていた。
その向こうでは、すべてが終わってしまったような顔をしたズィスが、顔を俯かせていた。
もうだめ……
そうキーラは思った。
あんな奴らに勝てるわけがない。
そう思った。
そう思ったんだ。初めて会った時、そして意識を乗っ取られそうになった時も。
だけど今はもうそんなことは言わない。いつだって僕の帰りを待ってくれている人たちがいるから。守りたい人たちが出来たから。
だから今は……
「戦う!!!」
僕は巨大なスプーンを振り上げると、そのまま全く気がついていない巨大な黒い影目掛けて振り落とした。
バコォォォォン!!
という音と共に黒い影は一瞬形を崩しそうになるが、なんとかその場で踏みとどまる。
その直後、紅い瞳を光らせ始めると、僕に向かって撃ち出してきた。
僕はスプーンを正面から斜めに構えると、紅い光線を掬う部分で上空へと受け流す。
止むことなく撃ち出され続ける紅い光線を流し続けると、流石に堪え切れなくなってきた。
だけど……
ここで諦めるわけには……!!
「うおおおおおおお!!!これでどうだぁぁぁぁ!!!!」
体をねじりスプーンと共に時計回りに回転すると、紅い光線はその回転の衝撃で打ち消された。
そして……!!
「この紅い光線は……あなたに返す!!!」
僕はスプーンですくった紅い光線を回転しながら振り飛ばした。
黒い影は自分の攻撃が飛んでくるとは思っていなかったのか、跳ね返ってきた光線をもろに喰らい、物凄い勢いで甲板へと叩きつけられ消えていった……
僕はスプーンで反動を和らげながら甲板に着地すると、ぽかんとしていたキーラさんの元へと歩み寄り、
「終わりましたよ、キーラさん……」
と少し微笑みながら言った……
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「そろそろムーンホールだぜ。降りる準備はいいか?」
「はい、大丈夫です。それよりすいません。こんなに船をボロボロにしてしまって……」
「気にすんなって!お前らがいなかったらもっと酷くなっていたさ。ま、光がなんと言うかは分からないけどな!」
アーレイドさんはそう言うと、冷たく冷えきった黒い炭酸飲料を口へと流し込む。
「ぷはーっ!やっぱこの飲みモンは美味えな!!仕事終わりだと格別だ!!」
「そ、そうですか…..」
「ところでお前、いつまでその魔法少女?の格好してんだ?最初は嫌がってたじゃねえか」
「そうですね…..でも今はこの原因を作ったかもしれない人に性別を戻してもらうまでは……このままでいようと思います」
「ふーん。ま、俺には関係ないがな!」
アーレイドさんは新しい飲み物を冷蔵庫から取り出すと、瓶の蓋を開け豪快に飲み始めた。
その様子を眺めていると、突然瓶をドンッとテーブルに置き、突如真面目な顔でアーレイドさんが口を開いた。
「そーだ、お前に渡しとくもんがあったんだった」
そう言いながら、アーレイドさんは懐から何かを取り出すとテーブルの上にそっと置いた。
「これは……」
「お前んとこの雪兎ってやつが完全に気絶する前に受け取った氷柱と、あの魔法忍者から預かった炎のクナイだ。2人ともお前に渡すようにと」
「僕に……」
「魔法忍者は今、ここの修理を手伝って貰っていて動けないし、雪兎はまだ意識が戻ってない。まあ安心しな!2人ともここで預かるからよ、問題が全て解決したらまたここに戻ってこいよ!待ってるからよ」
「……分かりました。2人をよろしくお願いします」
僕はアーレイドさんに頭を下げると、2人から受け取った物を手に取る。
雪兎君、ジキルさん……2人の想い、しっかりと受け取りました。待っててください。必ず終わらせてきますから……
僕は大事な預かり物をしまうと、背後のドアへと手をかける。
「頑張れよ、お前」
「分かってますって!」
そう返事をすると、ドアノブをひねり外へと出て行く。
眩しい太陽の光に一瞬目を閉じると、目の前にはキーラさんが立っていた。
僕は今までの事を思い返しながら一呼吸つくと、キーラさんに声をかける。
「行こう、キーラさん」
「ええ…..行きましょう〜!」
次回、ついに最終回です!
つづく。