「ミナノと不思議なおだやか⑥(最終話)」
緑生い茂る木々が連なる森の中、私は息を潜めて隠れていた。視線を少しばかり右にずらすと、すぐ隣には同じように息を潜めたトリアさんがいた。
「あの、トリアさん……」
「……何?」
「あ……えっと、その……や、やっぱりなんでもないです!」
「……そう」
トリアさんは視線を前方に戻すと、じっと前だけを見つめていた。
私は言葉が続かなかった自分に落胆しながらも、トリアさんの瞳を見つめる。
前こそ真っ直ぐ見つめているものの、その瞳は悲しそうな目をしていた。
もしかしたらトリアさんは、グレイさんが取り憑かれていたことに薄々気づいていたのかもしれない。
確信になることなんて何もなくて、これはただの推測になっちゃうけど、なんとなくそんな気がした。
しばらくすると、草花をミシミシと踏みしめる音が響いてきた。
極力顔を出さないようにしながら木々の間から音の鳴る方を向くと、あの恐ろしい顔をしたグレイさんがこちらに向かってきていた。
私はつい先ほどまで話し合っていた作戦を思い出すと、身を木々から乗り出し音を立てないようにしながらゆっくりとグレイさんに近づいていく。
「ま、まずは私とトリアさんで注意を引きつける……」
そう思い出すかのように呟くと、少し前から近づいていたグレイさんがこちらに気がついた。
それを見計らっていたかのようにトリアさんは自身を軸として竜巻を巻き起こす。
もちろん近くにいた私は、強制的に同じ動きをする。
巻き起こる竜巻の中で自分の帽子の先端についている結晶を見ると、案の定うっすらと空色に輝いていた。
私は能力に振り回されないようにしながら、極力グレイさんの周辺を回り続ける。
グレイさんはしばらくの間動き続ける2つの竜巻を黙視すると、突然右手を天高く振り上げ、そのまま地面へと叩きつけた。
すると地面から土の塊が勢いよく飛び出し、綺麗な弧を描きながら私とトリアさんの真下までやってきて、突然直角に曲がり私たちの身体を跳ね除けた。
「……真下から⁈」
「いたっ…..!!」
下から叩き上げられた私は頰にじんじんと伝わってくる痛みを必死に我慢して、なんとか地面に着地する。
咄嗟に前を向くとそこにグレイさんの姿はなく、気がつくと私の身体は奇妙に曲がりくねった草花に自由を奪われていた。
「な、何これ……とれ…..取れないよ…..!!」
「……くっ」
一瞬聞こえてきた小さな声に気がつき辺りを見回すと、トリアさんも私と同じように草花に捕まっていた。
私が必死に抜け出そうとしていると、真横からミシミシと近づいてくる足音が聞こえてきて、それがグレイさんとだとすぐに気がついた。
恐怖と焦りで頭が回らなくなってきた瞬間、風を切りながら何かが落ちくる音が聞こえてきた。
すぐさま真上を見上げると、これでもかというくらい巨大な岩石の塊のような物が「ストーンストーン!」と言いながらグレイさんめがけて落下した。
「ラレイヴさん!!」
「ミナノ君、トリア君、ギリギリだったネ」
「……別に。まだ大丈夫だった」
「そうカ。でもトリアエズは作戦の第二段階「グレイ君が君タチに気を取られてる間に大打撃を与える」は成功したみたいだネ」
体についた草を払いながら、ゆっくりとそう話した。
私はまだ引きずる痛みを堪えながらラレイヴさんの元に向かう途中で、あることに気が付いた。
「あ、あれ……草花がなくなってる……」
「さっき潰した時に能力が解除サレタのでは?」
「で、でもトリアさんはまだ巻き付かれたままですよ……?」
「あれ?本当だ」
そう言われてラレイヴさんが後ろを振り向くと、やっぱりトリアさんはまだ草花に巻き付かれたままだった。
「おかしい……ナっ!!」
ラレイヴさんがそう言いかけた刹那、バキィ!っという酷く鈍い音と共に近くの木が一本折れていた。
むせ返るような量の土埃の中折れた木の先を目を凝らして見てみると、ラレイヴさんが「うう……」と悲痛な声を漏らしながら倒れていた。
「ラレイヴさん!!」
「だ、大丈夫……。ダメージもそんなニないし、取り憑き型ハ一瞬触れただけでは乗り憑れなイ……」
そう言うラレイヴさんの顔が苦しそうなのを見て、ダメージが少ないというのが嘘だということはすぐに分かった。
「今のは危なかったよ。いやあ、おだやかじゃないねぇ」
「……今の、ミナノの草花を解いて、自分を守った……?」
「そうだよ。そこに気がつくとは流石だね(⌒︶⌒)」
「そ、それじゃあダメージは……ほ、ほとんどなし……?!」
「そういうことになる…..ね!」
「はぐっ!」
私はすっかり油断していたのか、グレイさんの急接近に反応が遅れて掴まれてしまった。
これは……すごくまずい…….!!
「まず一人目……」
「ミナノを……離しなよ!!」
その瞬間空気が小さく破裂したような音が2回ほど鳴り響き、音が響くと同時にグレイさんは大きく後ろに仰け反り私はグレイさんの手から解放された。
それと同時にドタバタと大きな音を立てながら破裂音を起こした本人……のユリカさんがやってきて「大丈夫?」と聞いてきたので、「なんとか……」と返事をした。
「た……助かりました。もう乗っ取られるかと……」
「それはあたしの台詞だよ!でも間に合って良かった……」
「す、すいません…..最後の作戦が…..」
「気にしないでよ。「最後は隠れてたあたしがアルペジオで長距離射撃する」で終わりのはずだったけど、別にこれが成功しなかったからって負けたわけじゃないじゃん!」
「ユリカさん……」
そうだ、まだ私たちは負けたわけじゃない。今ならまだ……
「あ、ラレイヴ戻ってきたね!どう、まだ戦える?」
「ああ、まだ大丈夫。ソれよりどうする?」
ラレイヴさんがそう言いながら指差す先には、ニコニコしながら起き上がるグレイさんの姿があった。
ユリカさんは一瞬考えた素振りを見せたあと、何かを決心した顔つきで答える。
「あたしとラレイヴの2人で接近戦を挑もう」
「え?ちょっと待つんダ。取り憑き型に接近戦ハ…..」
「手数だよ手数!相手に乗っ取らせる余裕を与えないんだ。それで隙ができたところでトリアにトドメを刺してもらう!」
「ウーン、まあいけなくモないか…..?トリア君はそれでイイカイ?」
「僕は……かまわない」
「よし、それじゃそれで…..」
「ま、待ってください!!」
私は咄嗟に会話を止める。
「ミナノ…..?」
「それじゃあ私はどうすればいいんですか⁈」
「ミナノはここで待ってて。すぐに終わらせてくるから」
「え、でも……!!」
「ミナノ君、申し訳ないけど君は戦闘には向いていなイ。今回はモウ休んでてくれ」
「そんな話をしてた間にきたよ!いくよ、ラレイヴ!!」
「リョウカイ!」
そう言うと2人はすぐ近くまで迫って来ていたグレイさんに向かって突っ込んでいった。
その向かい側ではいつの間にか巻きついていた草花から解放されていたトリアさんが、技を出す準備をしている。
私は何をするわけでもなく、ただただ呆然と2人が戦う姿を見ていることしかできなかった。
どれくらい経ったか……早かったようでもあるし、遅かったようでもある。
気がつくと2人はグレイさんに押されていた。ラレイヴさんは能力を使う暇さえなく殴られ、運動神経抜群だったユリカさんは一撃も入れることなく傷跡だけを増やしていた。
トリアさんはその様子を見ていながらも、うかつに近づけずにいつでも技を出せる構えをしていた。
けど……
「もう……こんなの見ていられないよ……!!」
溢れ出る涙を止めることもできずにそう呟いた……
鳴り響く衝撃音が消え、突然静寂に包まれると、私は恐る恐る顔を上げた。
目に映り込んできたのは、ピクリとも動かないラレイヴさんと、ズタボロになりながらも銃だけを構えて倒れているユリカさんの姿だった。
「そん…….な……..」
私は目の前の光景が嘘だとしか思えなかった。きっと酷い夢なんだと、そう思うことしかできなかった。
「うーん、なかなか強かったけどここまでだったようだね(⌒︶⌒)」
「兄さっ」
「おっと、動かない方がいい。君が傷つくだけだよ?」
「くそ……⁈」
「ん?君は……」
「やめてください……」
そう呟きながら前だけを見る。
私はなんでここに立っているのか分からなかった。だけど……必死に叫ぶ。
「もうこれ以上2人を傷つけるのはやめてください!!もう……」
「そうだね。確かにこれ以上はおだやかじゃないね。なら……」
あの悪夢の顔は私に向かって告げる。
「君からおだやかにしてあげるよ(⌒︶⌒)」
その瞬間、私はグイッと体を持ち上げられる。
私はもう助からないと思った。でもこの人たちだけでも助けたい。戦闘には向いてなくても、守ることくらいなら…..できる。
徐々に意識が薄れていく。遠くからユリカさんの声が聞こえたような気もする。騒がしい音もする。
騒が…….騒がしい……音?
「オラオラオラオラァ!!!」
ドゴォ!という轟音と共に何かが目の前でぶつかる音がしたかと思うと、体は宙を舞い薄れていた意識も徐々に戻ってきた。
地面に吸い寄せられるかのように落ちていく途中で、誰かにしっかりと体を抱きかかえる感覚が伝わってきた。
ゆっくりと目を開くと、目の前には自転車をまたダメにしちまったと口走る男の人の姿があった。
「あ、あの……」
「お、意識はあるみてえだな!」
「町長……?」
「おうユリカ…..だったか?オマエもとりあえずは大丈夫そうだな!急ぎで来たが遅れてすまねえ!!それで今はどういう状況……」
っと言いかけたとき、突然吹き飛ばされるのではないかというくらいの強い風が目の前で巻き起こった。
何かが弾ける音がして上を見上げると、グレイさんが遥か上空に打ち上げられているのが微かに見えた。
「今のは……トリアの竜巻……?」
「おいおい、なんだありゃ!グレイの体から黒いモヤみてえのが出てるぞ!」
「あ、あれが…..今回の騒動の原因…..なんです」
私はなんとかその事を伝える。もう声を出すのも精一杯だった。
「町長……お願いがある…… 」
「なんだ!なんでも言え!」
「今すぐあたしとミナノをそれの近くまで投げて……」
「あれのか⁈だがなぜ……」
「は、早く…..!!」
「よく分からないがそういうことなら投げるぜ!おらよっと!!」
その瞬間私はユリカさんの言葉の意味も分からぬまま再び宙に放り出された。
張り裂けそうな感覚の中必死に手を伸ばすと、ユリカさんの手に触れた。
触れては離れ、触れては離れるということを幾度か繰り返しながらも、私はなんとかユリカさんの手を掴んだ。
気がつくと体は宙を舞っていた状態から落下していく状態へと変化していた。
ふと真下を覗くと、真っ黒な単眼の存在がこちらに向かって一直線に飛んできていた。
私が目を逸らそうとすると、ユリカさんが手を強く握ってきて…..微かな声で呟いた。
「ミナノ……これを握って……」
「こ、これはアルペジオ……?でも私には……」
「今……あたしは目を開くことすらできない…….構えることしか……」
「わ、私には無理です!長距離狙撃なんて……できません!」
「大丈夫……きっと今はあいつとの距離は……ほぼゼロ距離……だよね…..?なら引き金を引くだけでいい……」
「引き金を……ひ、引くだけ…….」
そう言いながら引き金に手を添える。呼吸は荒いし視界も霞んで見える…….でも真っ黒な存在はもうそれでもはっきりと見える距離にいた。
やるしかない…….これで全部終わりに…….!!
「引いてぇぇぇぇ!!ミナノォォォォーー!!!!」
その声を最後に、私は…….
力強く引き金を引いたー
「でさー、本当に死ぬかと思ったよ〜」
「えー、ユリカちゃん私が意識失ってる間にそんなことしてたのー?」
「あはは、悪いねニコ。あの時はアンタを見つける暇もなかったんだ」
「うぬぬ〜」
「あ、ミナノ来たね!こっちこっちー!」
「すいません、遅くなりました!」
「いいよいいよー。まだ集まったばっかりだったし!」
「ミナノちゃん……だっけ?君も今回は大変だったねー」
「は、はい……そ、そうですね」
あの事件から一週間後。私たちは無事元の生活に戻っていた。
皆の意識は元に戻り、あのダークマターも綺麗さっぱり消えた。
その後、ホシガタエリア内でこの事件の事は「おだや化事件」と呼ばれるようになって、多くの人は何があったか知らないものの、とりあえず何かから解放されたという記憶だけは残った。
私はあの後ユリカさんにお茶に誘われるようになった。少し戸惑いはあったものの、今日も無事参加できている。
「それでね〜」
「うんうん。あ、ミナノどうしたの?そんな俯いて」
「あ、いえ!なんでもないです!」
「なら良かった!」
そう笑いながら話すユリカさんの笑顔を見ながら、私もくすっと笑った……
ームーンホールのとある病院ー
「兄さん……」
「あ?なんだ」
「…….ありがとう」
「なんだよ急に」
「…..あの時、兄さんはいくらでも、僕たちを襲うことができた」
「…….」
「でも、僕たちは無事だった。それは、兄さんがあれを、抑えててくれたから……だよね?」
「…….さあな」
なぜ取り憑き型のダークマターがホシガタエリアを襲ったのかは謎である。
偶然だったのかもしれないし、必然だったのかもしれない。
だけど、このお話はこれでおしまい。
この先のことは……誰にも分からない。誰にも……
おわり。
※6話にも及ぶお話のご閲覧、ありがとございました!