「ミナノと不思議なおだやか①」
朝。
窓から差し込む日差しと小鳥たちがさえずる音が聞こえてくる。私はその音と暖かな光を全身に浴びると、ゆっくりと目を開く。
そして大きく背伸びをするとまだ眠い目をこすりながらもベットから飛び降りる。
「私がここに来て、もう随分と経ったなぁ……」
そう呟きながら、コップにたっぷりと水を注ぐとそれをゆっくりと飲み干す。
コップを片付け、お気に入りの大きな緑色のリボンを整えながら、今日はどうしようか考えていたが、特にやることがあるわけでもないのでぼんやりとしていた。
そんなこんなで2,3分、のほほんとした空気の中リボンを整え終わると、とりあえず外出しようという考えにいたった。
準備を終え家の扉を閉めると、私は木々の間からこぼれた光の中をゆっくりと歩きだした。
しばらく歩いていると、畑の中でせっせと動いている人影を見つけた。
声をかけるのに一瞬躊躇していると、あちらから声をかけられた。
「あらミナノ、おはよう」
「お、おはようございます!ハンナさん」
「ふふ、あなたのその喋り方は変わらないわね。まだ慣れない?」
「えっと……変えたいとは思ってるんですけど…..」
っと言うと、ハンナさんはいつもにましてニコニコしながら軽く笑う。
その空気に耐えかねなくなった私が何か喋ろうとすると、畑に奇妙なものを見つけた。
「あの、ハンナさん、それは……」
「え、これ?これはきせきの実。またアルナスルが勝手に植えて行っちゃったのよ……」
「大変ですね、ハンナさんも」
「まあそうね。でも気にしてないから」
流石ハンナさん。畑を荒らされると怒るけど、同じ植物なら……でもこれも荒らしてるような気がするけど……
そう考えていると、ハンナさんの方からまた声をかけられた。
「そういえば、今日は浮かない顔してるのね」
「……え?い、いつも通りだと思いますけど……」
「それになんだか落ち着きがないようにも見える。もっとおだやかにならないと」
「お、おだやかにって……」
「おーいミナノー!」
ふっと突然後ろから自分を呼ぶ声の方を振り返ると、少し疲れた顔をしながらもこちらに向かってくるジュウドさんの姿が見えた。
ジュウドさんは私の前まで来て息を整えると、言葉を発するべく口を開く。
「こんなところにいたのか、ミナノ!」
「じゅ、ジュウドさん⁈どうしたんですか?」
「どうしたも何も、今日は朝からりんご祭りをするから、その手伝いをするって言ってたろ?」
「……あっ‼︎」
っと声を漏らす。そう言われればすっかり忘れてしまっていた。
そういえば今日はりんこさん主催でりんご祭りをやろうということになっていて、自分はその手伝いをすると約束していたんだった。
私は「ご、ごめんなさい!」と言うと、すかさず頭を下げた。
その様子を見たジュウドさんは一瞬驚きながらも、「まあ今からでも間に合うし、とりあえず行こう」っと言ってくれたので、私は下げた頭を少しずつ戻した。
「じゃあハンナ。お前も後で来いよ」
「ええ、後でね」
「よし、じゃあ急いで戻るか」
「は、はい!」
私は返事をすると、皆が待っている祭り会場に向かうべく、ジュウドさんの後をついて行った……
「……もっとおだやかに行けばいいのに」
〜祭り会場〜
「みんなすまない!今ミナノを連れてきた」
「あー、やっと来たー!」
「遅いですヨー」
そう言ってりんごを剥く手を止めてやってきたのは、いつもと変わらない緑色の瞳をした…….
「あ、アルナスルさん。ごめんなさい、私すっかり忘れてて……」
「大丈夫ですよミナノさん。ワタシ達気にしてませんかラ」
「でもなんか申し訳ないです……み、みなさん!ごめんなさい!!」
そう私が大声で叫ぶと、その場にいたみなさんはにっこり笑って許してくれた。
私がほっと息をつくと、突然地面を引きずるような音ともに大量の砂ぼこりが巻き起こった。
慌てて砂ぼこりが巻き起こった方を振り向くと、そこにはうつ伏せのまま倒れていたライさんの姿があった。
私が咄嗟に近づいて声をかけると、ライさんは「また失敗しちゃったー」っとニコニコしながら呟いた。
それを見かねたりんこさんがこちらへと近づいてきた。
「ま、まずくないですか、ライさん。まさかりんこさん怒ってるんじゃ……」
周りを見渡すと、さっき発生した砂ぼこりのせいで会場のりんごのほとんどが砂だらけになっていた。
洗えば食べられると思うけど、ここから川までは距離があるし、そこまで運んで洗うとなると、結構な運動量になる……
どうしようと考えていると、もうすでにりんこさんは私達の隣に立っていた。
りんこさんはすっと手を伸ばすと、ライさんの手を掴み引っ張り上げ言った。
「大丈夫ライちゃん?また失敗しちゃったの?」
「うーん、そうみたい」
「そっか。でも次は成功するよ!」
「そうだよね。次こそは成功させてみせるよ……フライングおだやか!」
「え?」
りんこさんがライさんのことを怒ることなどせず心配していたのでほっとしたのもつかの間、最後の一言を聞いて思わず声が出てしまった。
ライさんって確か空を飛ぶために崖から飛び降りては失敗して、それを生かしてフライングずつきアタックというのを作ったって聞いたことがあるけど、フライングおだやかなんて聞いたことない。
私がはっと前を向くと、そこにはいつも以上にニコニコしている2人の顔がこれでもかと言うくらいに近づいていた。
驚いた私が「わわっ!」っと後ろへ体を引きずりながら下がると、2人はニコニコ顏のまま私に近づいてきた。
「だめだよミナノちゃんー!そんな怯えた顏しちゃー」
「そうそう、ミナノちゃんもそんな顏してないで、もっとおだやかになろうよー!」
そう言いながら近づいてくる2人を見ていた私の頭はもうすでにパニックになっていた。
わけも分からず周りを見渡すと、そこにいた全員が皆ニコニコしながら私の方へ近づいていた。
「ああ…..アルナスルさん、ロットーさん、ななかさん……モースさんまで……」
『さあ!おだやかに!!』
もうだめだと思った瞬間、突然手を引かれて私の体は後方へと引っ張られた。
咄嗟に後ろを振り向くと、ジュウドさんが真剣な目つきで前を見つめていた。
「どうしたんだお前ら。なんか様子が変だぞ……」
「じゅ、ジュウドさん!わ、私もそう思います……」
「うーん…..」
ジュウドさんは一瞬塞ぎ込み何かを考え始めたかと思うと、すぐに頭を上げ、私の方へ振り向き言った。
「ミナノ、頼みがある」
「な、なんですか⁈」
「ここから少し離れたやや西方面にメカノアートという都市がある。そこでヲヲッカという科学者にこの状況を話して、薬を作ってきてもらってくれ」
「くっ、薬ですか⁈でも、な…なんで薬を……?」
私がそう聞くと、ジュウドさんは「おそらくこれは一種の病気かなんかだろうから、薬で治せるはずだ」とだけ答えた。
でもこれって病気なのかな…..っと疑問に思っていると、ジュウドさんは話を続ける。
「とにかく、そういうことだからよろしく頼む!」
「待ってください!じゅ、ジュウドさんはどうするんですか……」
「俺か?俺はこいつらをそれまでなんとかする」
「そ、そんな……ジュウドさんも一緒に」
「それはだめだ。俺はこいつらの……気は進まないが世話をしなきゃならねえからな。だから…頼む」
「……はい」
その言葉を聞いたが最後、私は踵を返し、ただひたすらに走り続けた。
まだ見ぬ都市、メカノアートを目指して……
つづく。