バレンタイン掌編

【とある神様の祈り】
蘇った過去の英雄達が住まうブリュンヒルデ。少々特殊なこの町にも、もちろんバレンタインはある。
街全体を包む、平時とは少し違うソワソワとした雰囲気と、愛をささやきあう恋人達を見て、ピュセルはふんわりとした笑みを浮かべる。
知識と戦を司る神であり、凄惨な過去を持つ彼女ではあるが、だからこそ住民たちにはどうか幸せに過ごしてほしいと思うのだ。
どうか皆に愛と幸福を。およそ知識と戦を司る神らしからぬことを、ブリュンヒルデを満たすマナにこめて祈った。

    
     
     
     
【ちょっとした出来心】
「おい紅鳶! ムーンホールの人たちからチョコレートが届いたんだ。お前の分もあるってよ! ほい!」
「おっ! サンキュー!」
何が入ってるんだろうな? にこにこしつつ開けた紅鳶だが、箱の中身はスッカラカン。
エクスはドヤ顔で
「俺の能力で、お前の箱と俺の箱(開封済)の中身は入れ替えておいたぜ!!!」
「なにか言い残すことは?」
「ごめんなさい」

    
     
     
   
【そりゃそうだ。】  
「ようし、頑張るぞ!」
【アートアンサンブル芸術祭 バレンタイン展】と書かれたチラシを手に意気込んでいるのは、エクレ・アクセラレーター・エキセント。新進気鋭のアーティストである彼は、もちろん自分の街で主催される展覧会に出品する予定なのだ!
いつもどおりに、まずはモニターを起動させる。エクレの作る芸術は、アナログとデジタルを組み合わせたアート。芸術の街アートアンサンブルのなかでも更に芸術に精通した者の多い区画【ボールモノーディア】でも珍しい類のものだ。
かちり、とマウスを操作するエクレは、まるでもうそこに完成品が見えているかのように、淀みなくアートを作り上げていく。
そうして発表会当日。壇上に立ったエクレが持っていたのは、小さなリモコンひとつきり。観客たちは不思議そうに視線をかわす。
ふいに照明が消されてどよめきが湧き起こる。どよめきが収まらないまま、エクレがリモコンを操作し、会場内に設置された映像機とスピーカーを起動させた。会場内に光があふれる。
会場の4方の壁にプロジェクションマッピングが映し出され、ブルースクリーンのモニターの映像にプログラム言語がざーっと流れる。0と1の奔流は画面を飛び出し、会場中を飛び回る。それは機械語(0と1の組み合わせ)で綴られた色々な愛の言葉だったが、プログラムに触れたことのないアートアンサンブルの住民達にはちんぷんかんぷんだった。ブルースクリーンであった背景色もいつの間にかピンクに変わっていて、それもまたすぐ燃えるような赤になり、また青に戻り、とめまぐるしく色が変わる。激しい光の明滅が0と1を飲み込み、しかしそれすら破った色とりどりの0と1は、命を持っているかのように力強く跳ね、舞い、そこらじゅうを飛び交う。爆発音。原色の光の本流。ハートマーク。滝のような光の流れ。どんどん早くなる!映像を盛り上げるように流れていたBGM「運命」のオーケストラもキュルキュルとした音しか聞き取れないくらいに早く、早く、早く!!!ふいに一瞬暗くなったかと思うと、まぶたの裏さえ焼くような強い光! 鼓膜を破かんばかりの愛の賛美歌!
映像を終えて、どうだ! とばかりに胸を張るエクレ。
光酔いした観客たちは青い顔で床に這いつくばりつつ、深いため息をついていた。
とはいえ結局バレンタインモチーフの展覧会に飾られたそれは、それはそれで町長から高い評価を得たという。

    
     
     
     

【タイミング逃しちゃった系】
カラシ入りのロシアンルーレットボンボンを作ったメビー!
皆さんに食べさせて、びっくりさせちゃいましょー! と、いたずらっぽい笑顔で笑う。
「メビー!」と聞こえた声に振り向けば、ちょうど向こうからライとりんこが走ってくる! ふふふ、最初の被害者発見です!
箱を構えるメビーの前に、ずずい、と小箱が2つ差し出される。
「「ハッピーバレンタイン!」」
にこにこ、という満面の笑みと、かわいらしくラッピングがほどこされた箱がふたつ。「あれ?」とりんこが不思議そうな顔をして「メビー君の持ってる箱はなあに?」……不思議そうに見つめられた、メビーは。
「い、いえ、なんでもありません……」
そっと箱を後ろ手に隠し、ぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。

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