『あったかもしれない話』
ーーいつか、どこかの空
「…!!……!」
「……そっ………だ!」
「墜落する…ッ!!……クソがッ…」
「せめてその前に、あの糞ども数機を道ずれにっ…」
「チイッ!ダメか、もう機体がもたねぇ…離脱ッ……するしか……」
「畜生…」
空軍のパイロットになってからは、無敗無敵、フロカン連合軍の緑星とまで呼ばれた俺が、撤退、あまつさえ機体を残して空中離脱とは、屈辱だ……
この屈辱は、必ず晴らす……
「……とはいえ、まずは今の状況をどうにかしないとな……」
あの時。敵軍と接触し、不覚にも機体のメインエンジンをやられた俺は、敵機2機に突っ込み、道ずれにした後、緊急脱出してパラシュートで山間部に不時着した。
戦線が海上じゃなかったのは救いだったが、現状はあまり芳しくはない。
あれから一夜明け、現在の装備は、ナイフ二本、方位磁針、残りの食料として水一本、携帯食料が2個、それと包帯が二巻き。
着地の際に風に煽られ、挫いた足が痛む。
「敵兵に見つかったら……まずい。昨日は結局眠れなかったし、まずはキャンプを作らなきゃな…」
痛む足をかばいながら、方位磁針と勘をたよりに進みつつ、開けた場所を探す。
暫く歩くと、木々が途切れ、おあつらえ向きな場所に出る。
「……ある程度開けていて、少しあるけば木々もある。ここなら、キャンプを置けるか…次は水場だなーー
ーーッ、誰だ!」
突然、背中に寒気を感じ、ナイフを抜いて即座に振り向く。
「…おや、ばれてしまいましたカ?気配は隠していたつもりなんデスが……」
すると、木々の影から、一人の球体がスルリと音もなく表れた。
およそ戦場には似つかないような純白の体、機械のような冷ややかな視線、手には何も持たず、そして”M”のマーク。
しかし、なにより、背中から発する殺意と空気越しに伝わる圧倒的な技量差が、俺の肌をぴりぴりと刺した。
「アナタ、富嶽橘花サンですよね?……やはり生きていマシたか。」
俺の近接戦闘術はあくまでも護身用だ。加えて片足の怪我と、状況はかなりマズい。
どうするーーと考えていたその時、
ピロッ、という単調な機械音が静寂に響いた。
「ーーフフ、良かったデスね、橘花サン。どうやら、今回のボクの雇い主サン、負けちゃったみたいデス。」
つい一瞬前までは殺戮兵器のような様相を呈していたあの球体は、そう言ってこちらに微笑んだ。
そして気づけば、先程までこの場を支配していた重圧はなくなっていた。
余りの温度差に、理解が追いつかず、ナイフを握りしめたまま俺は呆然と立ち尽くす。
「おっと、もうボクのお仕事は終わりマシたから、アナタとやり合う気はありまセンよーーデスから、その物騒なものも、閉まってくれまセンか?」
にこり、と先程の冷徹な顔が嘘のように、やつは此方に笑いかける。俺ははっと我に返り、叫ぶ。
「…ッ、敵兵のそんな甘言が受け入れられると思うかッ!」
「うーん、ボクはもう敵兵じゃあないんデスけど……やっぱりそんなに簡単に信用してはもらえないデスよねぇ……」
では、と奴はさらに続ける
「橘花サン、どうやら足を怪我されてマスよね?先ずはそちらを治療してさしあげマス。もちろん、武器は出しておいて頂いて構いまセンよ?」
「なっ…」
これは罠に違いない……だが、先程感じたあの重圧が奴の実力ならば、こんな回りくどいことをする必要などあるのか?
いや、それすらも…
長く戦闘機に振り回されていた疲労に、まともに食事を食べられていないこともあいまって、俺の頭は混乱していた。
「ほら、ここに座って下サイね。」
そして、気づけば、俺の足には器用に包帯が巻かれ、足の痛みも消えたわけではないが、程よい圧迫感で固定され、かなりマシになった。
「……何故こんなことをする」
見知らぬ敵兵にせっせと処置を施す相手にぽつり、と呟く。
「だって、ボク、別に好きでセンソウやってる訳じゃないデスからね。そりゃあ、お仕事はしマスけど……それ以外で、人をどうこうだなんて。」
つい先程までの気配を肌で感じてもなお、こいつの言うことに嘘は感じなかった。
「……それで、これからどうするつもりだ。」
「橘花サンがよろしければ、ここから東の街まで、ご一緒しまショウか?」
それからーー
ーーーーーか!!
ーーろーっー!!
……
「起きろ!!橘花!!!」
「っぬぉわっ!!」
クラルに文字通りベッドからたたき起こされ、目が覚める。
「ーーー夢、か…」
「どうした、珍しく熟睡していたな。何か面白い夢でも見ていたか?」
「ああーー少し、懐かしい夢を見ていた気がする。」
この記憶が正しいものか、どうだったか……俺はもう覚えていないが。
もし今あいつにまた会ったら、あの頃と変わらない俺の姿を見て驚くだろうか。
…まあ、そもそもあいつがまだ生きているかも分からない訳だが……。
「おい!そんなことより、喜べ!!!軍曹のやつが休暇の土産にスイートストリートからロールケーキを買ってきた!はやく行かないと飢えた野郎どもに食らいつくされてしまうぞ。」
「うおっ、それは不味い!急いで向かおう!!」
「ああ、俺は既に一本まるごと頂いたからな!仮眠をとらせてもらう。」
「クソが!どうせなら俺の分も持ってきてくれよ!」
あの不覚が招いた出会いを
気の緩みが生んだ一時の信頼を
思い出すときは案外近いかもしれない。