おいしし小噺④あったかもしれない話

『あったかもしれない話』

ーーいつか、どこかの空

「…!!……!」

「……そっ………だ!」

「墜落する…ッ!!……クソがッ…」

「せめてその前に、あの糞ども数機を道ずれにっ…」

「チイッ!ダメか、もう機体がもたねぇ…離脱ッ……するしか……」

「畜生…」

空軍のパイロットになってからは、無敗無敵、フロカン連合軍の緑星とまで呼ばれた俺が、撤退、あまつさえ機体を残して空中離脱とは、屈辱だ……

この屈辱は、必ず晴らす……

「……とはいえ、まずは今の状況をどうにかしないとな……」

あの時。敵軍と接触し、不覚にも機体のメインエンジンをやられた俺は、敵機2機に突っ込み、道ずれにした後、緊急脱出してパラシュートで山間部に不時着した。

戦線が海上じゃなかったのは救いだったが、現状はあまり芳しくはない。

あれから一夜明け、現在の装備は、ナイフ二本、方位磁針、残りの食料として水一本、携帯食料が2個、それと包帯が二巻き。

着地の際に風に煽られ、挫いた足が痛む。

「敵兵に見つかったら……まずい。昨日は結局眠れなかったし、まずはキャンプを作らなきゃな…」

痛む足をかばいながら、方位磁針と勘をたよりに進みつつ、開けた場所を探す。

暫く歩くと、木々が途切れ、おあつらえ向きな場所に出る。

「……ある程度開けていて、少しあるけば木々もある。ここなら、キャンプを置けるか…次は水場だなーー

ーーッ、誰だ!」

突然、背中に寒気を感じ、ナイフを抜いて即座に振り向く。

「…おや、ばれてしまいましたカ?気配は隠していたつもりなんデスが……」

すると、木々の影から、一人の球体がスルリと音もなく表れた。

およそ戦場には似つかないような純白の体、機械のような冷ややかな視線、手には何も持たず、そして”M”のマーク。

しかし、なにより、背中から発する殺意と空気越しに伝わる圧倒的な技量差が、俺の肌をぴりぴりと刺した。

「アナタ、富嶽橘花サンですよね?……やはり生きていマシたか。」

俺の近接戦闘術はあくまでも護身用だ。加えて片足の怪我と、状況はかなりマズい。

どうするーーと考えていたその時、

ピロッ、という単調な機械音が静寂に響いた。

「ーーフフ、良かったデスね、橘花サン。どうやら、今回のボクの雇い主サン、負けちゃったみたいデス。」

つい一瞬前までは殺戮兵器のような様相を呈していたあの球体は、そう言ってこちらに微笑んだ。

そして気づけば、先程までこの場を支配していた重圧はなくなっていた。

余りの温度差に、理解が追いつかず、ナイフを握りしめたまま俺は呆然と立ち尽くす。

「おっと、もうボクのお仕事は終わりマシたから、アナタとやり合う気はありまセンよーーデスから、その物騒なものも、閉まってくれまセンか?」

にこり、と先程の冷徹な顔が嘘のように、やつは此方に笑いかける。俺ははっと我に返り、叫ぶ。

「…ッ、敵兵のそんな甘言が受け入れられると思うかッ!」

「うーん、ボクはもう敵兵じゃあないんデスけど……やっぱりそんなに簡単に信用してはもらえないデスよねぇ……」

では、と奴はさらに続ける

「橘花サン、どうやら足を怪我されてマスよね?先ずはそちらを治療してさしあげマス。もちろん、武器は出しておいて頂いて構いまセンよ?」

「なっ…」

これは罠に違いない……だが、先程感じたあの重圧が奴の実力ならば、こんな回りくどいことをする必要などあるのか?

いや、それすらも…

長く戦闘機に振り回されていた疲労に、まともに食事を食べられていないこともあいまって、俺の頭は混乱していた。

「ほら、ここに座って下サイね。」

そして、気づけば、俺の足には器用に包帯が巻かれ、足の痛みも消えたわけではないが、程よい圧迫感で固定され、かなりマシになった。

「……何故こんなことをする」

見知らぬ敵兵にせっせと処置を施す相手にぽつり、と呟く。

「だって、ボク、別に好きでセンソウやってる訳じゃないデスからね。そりゃあ、お仕事はしマスけど……それ以外で、人をどうこうだなんて。」

つい先程までの気配を肌で感じてもなお、こいつの言うことに嘘は感じなかった。

「……それで、これからどうするつもりだ。」

「橘花サンがよろしければ、ここから東の街まで、ご一緒しまショウか?」

それからーー

ーーーーーか!!

ーーろーっー!!

……

「起きろ!!橘花!!!」

「っぬぉわっ!!」

クラルに文字通りベッドからたたき起こされ、目が覚める。

「ーーー夢、か…」

「どうした、珍しく熟睡していたな。何か面白い夢でも見ていたか?」

「ああーー少し、懐かしい夢を見ていた気がする。」

この記憶が正しいものか、どうだったか……俺はもう覚えていないが。

もし今あいつにまた会ったら、あの頃と変わらない俺の姿を見て驚くだろうか。

…まあ、そもそもあいつがまだ生きているかも分からない訳だが……。

「おい!そんなことより、喜べ!!!軍曹のやつが休暇の土産にスイートストリートからロールケーキを買ってきた!はやく行かないと飢えた野郎どもに食らいつくされてしまうぞ。」

「うおっ、それは不味い!急いで向かおう!!」

「ああ、俺は既に一本まるごと頂いたからな!仮眠をとらせてもらう。」

「クソが!どうせなら俺の分も持ってきてくれよ!」

あの不覚が招いた出会いを
気の緩みが生んだ一時の信頼を
思い出すときは案外近いかもしれない。

Twitterでこのページを宣伝!Share on twitter
Twitter

コメントを残す