【小説】ツキウガチ 第7話(最終話)

 …あれ、動かないな。力尽きたか………?
 絶好の機会を前にして、固まったまま動かなくなった主を疑惑の目で伺っていると、インクごと真っ二つにちぎれる。
「た、助かっ…」
 と安心するのもつかの間、重力に引っ張られみるみる空が遠くなってゆく。
 ボードは一足先に麗と一緒に地上へ落ちてしまったし…はてはて困ったなと頭を抱えていると、いきなりマフラーが重力に抗い息がつまる。
「やれやれ、倒しきるまでは気を抜かないようにしないとね」
「その声は…ラレイヴ!」
 やあ。と気の抜けた声で挨拶をするラレイヴは、背中に翼を生やしてゆっくりと下降していく。
 なるほど、ラレイヴのおかげで助かったのか。九死に一生を得たと感じだが、掴むところは考えて欲しかったなあ…贅沢は言えないけど。
「ネロー!!」
 先に無事降りられていた麗に抱きつかれると、ドサっと背中から倒れこむ。
「麗……」
 まるで母親にあやされた直後の赤ん坊のように安らかな顔を見せる麗の背中に、そっと手を伸ばす。
 ふっと視線をそらすと、俺たちの事を見つめるラレイヴが一瞬だけ哀しげな表情を見せるが、すぐに優しい笑顔を浮かばせる。
 ラレイヴ…?と考えていると、コツンコツンと足音が鳴り響く。
「よお、せっかく美味しいところをくれてやったのに、情けねえ面しやがって」
「あはは…」
 そんな酷い顔してるのか、今の自分は。否定は…できないが。
「それよりもよ、主が消えた場所からこんなもん拾ったんだが、貴様は何か知らねえか?」
「んんーー?」
 依然抱きついたまま離れない麗を抱えたまま、なんとか起き上がると天照が握りしめていた物を見て頭を横に振る。
 これは…万年筆か?そういえば主の武器や攻撃に使っていたものは全て万年筆だったけど、何か関係あるのかな?
 さっぱり分からず「うーん」と唸り声を上げていると、隣にいたラレイヴが口を開いた。
「それ、このダンジョンを攻略すると貰える報酬アイテムだね」
「報酬アイテム?」
「そそ。その万年筆で物語を描くと、一つだけこのダンジョンにお話を追加できるんだ」
「お話が追加されるとどうなる?」
「知らないのかい?お話が追加される」
「え、いや、だから…」
「ごめんごめん、分かりづらかったね。実はね、現実にもそのお話が再現されるんだよ。あまりにも現実離れしたものでなければね」
「へええ…」
 現実にも反映される…か。そうしたら俺が住んでいる街も昔のように戻るのかな。明るかったあの頃に……
 …ううん、違うな。そういうのは自分の手で変えるものだ。それに、パッと解決しちゃ腑に落ちないよな。
「天照、そいつはお前にやるよ」
「あ?いいのか?」
「ああ。俺には使い道がないしな。すまねえ麗、あげてもいいか?」
「…うん。大丈夫」
「だってさ」
「なら有り難く貰うとするか。しっかし、どんな話にしてやろうか……」
 万年筆を譲り受けた天照は腕を組んで難しい顔で考え始める。
 そんな天照の顔を見て、やっと全部終わったんだなって実感した。

「さてと、君たち。この絵本は終演を迎えた。劇が終わればカーテンコールも閉じる。その前に舞台に飛び出してしまった観客のボクたちは、帰路に着かなきゃね」
 ラレイヴが指差す先に、ぽっかりと空いたエメラルド色のゲートがぐるぐると回っていた。
 どこで見つけて助けてきたのか、ラレイヴが連れてきたであろう他の何十人もの遭難者がぞろぞろとゲートを潜り抜けていく。
「おっしゃあ!できたァ!!こりゃ戻った後が楽しみだな」
 声高らかに笑う天照の手から、万年筆が消えてゆく。一体何を描いたのかは分からないが…ま、深く考えないでおこう。
「ささ、ボクらも戻ろう。先に戻ってるから、君らもすぐにここから出なよ?」
 そう言ってラレイヴは一足先にゲートの向こうに姿を消した。
「それじゃあ俺らも」
「あ、待って」
 ゲートに手を突っ込みかけた天照を止めて、スケートボードを取り出すと霊魂の姿になったしろがボードから抜け落ちる。
「しろ、ありがとう。お前がいてくれたから、このお話に終わりを迎える事ができた。本当に……」
 熱くなる目頭をぎゅっと手で押さえる。
「お礼を言うのはこちらです。あなたのおかげで、いい夢を見る事ができました」
「しろ……」
「僕は、ここの住人です。劇が終わりましたから、また準備をしないとですね。ですがその前に……もう一度だけ、あなたの名前を聞いてもいいですか?」
 今にも消えそうなしろを前にして、不恰好な笑顔で答える。
「ネロ…ネロだ」
「ネロさん…忘れません、その名前。絶対に……」
 その言葉を最後に、しろは光となって散開した。
 しろ…俺も忘れないよ。お前といた、この時間を……
 小さく聞こえた「大丈夫?」という声に、コクリと頷く。

「麗。天照。もちろんお前らにも感謝している。あっちでまた会おうな」
「おうよ!」
「うん。まってる」
「よし、それじゃあ帰ろう」
 3人でくすりと笑うと、俺たちはそれぞれのいるべき場所へと帰っていった……

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「なんだか騒がしいですね…」
 デスクワークの疲れを癒すためジメジメした街の通路を散歩していたアディスは、街の様子が普段と違うことに気がつく。
 疑問を胸に声のする方へ足を運んでみると、アディスはギョッとする。何故なら、見慣れたはずのケーキ屋が大勢の地上の民で賑わっていたからだ。
 怒りが湧き上がるのは火を見るよりも明らかなアディスであったが、それ以上にこの珍妙な光景に目を疑っていた。
「あの不味くて不人気な店が、なぜ…」
 その謎を解くべく人混みを強引にかき分けお店の前まで近づくと、怒り混じりに大声で店主の名前を呼び出す。
「天照!いるのでしょう!これはどういう事か説明してもらいますよ!!」
 ドンッとテーブルを叩く音に、周囲がびくついていると、不気味な笑みを浮かべた天照がニコニコしながら姿を現した。
「お、アディスじゃねえか!俺は今忙しいんだ。それとも何か?俺のケーキでも食べにきたか?」
「違いますよ!ここにいる者たちはなんですか?!」
「なにって…客だよ客!見りゃ分かんだろッ!!食わねえならさっさとどいてくれ。後がつっかえてんだ」
「……ブチッ」
 このやりとりの直後、天照の態度にアディスがブチ切れ、激怒したのは言うまでもない。
 その後天照に反省の色は全く見られずアディスは1人大量の地上の民を帰す作業に頭を抱えることになるのだが、翌日にはその問題も解決し今度は閑古鳥が鳴く店の前で、天照が頭を抱えることになる。

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「はい、これハーフ&ハーフのピザね。お金は…」
「ほらよ」
「えっと…丁度だな」
「じゃあな」
「ああ」
 もう何十回も繰り返したやりとりを終えると、緑色のパーカーを羽織ったそいつはクルリと背を向け淡々とドアの鍵を閉めた。
「さて、次に行くか」
 そう小さく呟きいつもお世話になっているスケートボードに残りの配達物がしっかりと固定されているのを確認し勢いよく蹴りだすと、高い高い高層住居を後にする。
 あまりスピードを出しすぎると人にぶつかる恐れがあるため、ほどほどの速度で右へ左へと駆け抜けていると、曲がり角から急に飛び出してきた子供を避けようとして派手に電柱に激突した。
 その子供は「あ、ボウジビガヂュヴだ!!」と走り去って行く。あの野郎、またか。次会ったら轢いてやろうか……
 容赦無くぶん殴ってきた不幸に愚痴をこぼしながら、
「あのやたら眩しいつきも、いつかぶっ壊してやる……」
 と空を見上げた。

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「うんうん、ええ感じやなぁ〜」
 復旧した駄菓子屋を眺めて、色葉は満足そうに頷く。
「あの時は焦ったけど、まあ…元どおりになって良かった」
 ぷくぷくとシャボン玉を膨らませながら、店主の詩飴は小さく呟く。
「ところで、あの汽車の人達ってどうしたの?」
「んー、なんか、泣く泣く街の復興作業に従事しているらしいよー。今日もここに来るまでに見たわ〜」
「ふーん。そりゃお気の毒に。あ、気の毒なのは自分か」
 渾身の自虐ギャグに色葉がお腹を抱えて笑っていると「あの…」と2人に声がかかる。
 笑い涙を流しながら色葉が振り返ると、そこでは麗がもじもじとしながら2人をジッと見つめていた。
 暫しの沈黙に麗が背を向けようとしたその時、色葉が麗に飛びつく。
「麗ちゃん!!」
 溢れ出る涙は先ほどとは色を変えて、色葉の頬を伝ってゆく。
「心配したんよ!あれから長い間顔を見せてくれなくて、いなくなって…ここからいなくなっちゃったんじゃないかって……!」
「…ごめん。でも、あたしは……」
「いいの、いいんだよ…どんな姿で、どんな嫌われる種族だって、麗ちゃんは麗ちゃんだよ。だから…助けてくれてありがとう……!」
「僕からも言っておくよ。ありがとう」
「……!」
 2人の言葉を受け取った麗は、抑えきれなくなった涙を流して「うゔ…」と泣き始める。

 暖かな冬風に揺れる榛の葉に隠れていた1人の白髪の男は、少女達が涙を流しあう光景にふっと笑うと、背を向けてその場を去っていく。
 今日は小春日和。いつもと変わらない時間が、ただただ穏やかに流れていった。

おわり。

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