【小説】ツキウガチ 第6話

「うおおおおらぁぁぁ!!!」
 甲高い雄叫びと共に鏡面反射する硝子天井を突き破る。
「着いたぞ!!」
 キィィィ…と地面をこすりながらブレーキをかけると、あの一面何もない空間に降り立つ。
 あの2人はどこだ…?
「あらあら、まさかもう一度その顔を拝むことになるなんて…予想外の事もあるものね」
 っと探そうと思ったが、どうやらその必要はなさそうだ。
 声のする方へ振り返ると、艶やかに微笑んだ主が麗と手を繋ぎ優雅に舞い降りてきた。
 俺はごちゃごちゃと混ざり合う感情を胸の内にしまい込むと、一歩前に出て口を開く。
「地獄から戻って来たぞ…主!」
「生きてっ」
「お前をぶっ飛ばす!!」
「ちょっ?!」
 主が言葉を言い切る前にスケートボードのアクセルを全開にして、フルスロットルでやつの懐へと突っ走る。
 会話の途中で突然攻撃に移るのはレギュレーション違反な気もするが、こいつに対しては関係ない!!
「ぐっ!!!」
 そんな俺の行動を予測できていなかった主の体にボードをめり込ませ、そのまま浮上してゆく。
 グングン上昇していく高度に比例するかのように体にGがかかる。吐きそうになる体の重みに歯を食いしばって耐え、高度が頂点に達したところで懐から金属バットを取り出し力いっぱいに振り落とした。
 ゴンッ!!っと鈍い衝撃音を響かせて主は地面に吸い込まれるように衝突する。
 真下の足場が土で形成されているわけではないので土埃は起きないが、仰向けに倒れこんだ主を中心とした数メートルが凹んでいるのが確認できた。なるほどなるほど、いくら非力な自分でもこれだけの高さから叩き落せば相当な威力になるんだな。
 くるりと半回転し天照の元へと戻ると、互いの武器をカチッと合わせる。
「あれくらいじゃ主は倒せてないと思う。あとは頼んでいいか?」
 天照は少し歯をむき出しにしながらニヤリと笑うと、口を開く。
「任せな。前の借りはきっちりと返してやるぜ」
「ありがとう、助かるよ」
「礼なんてすんじゃねえ!!俺はあいつをぶっ潰してえから相手をするだけだ。それに、あんな棒立ちをしてる小娘の相手をするのは御免だしなァ!」
 そう叫んで地を蹴ると、天照は鎌を片手に俺の元を離れていく。
 天照はあれだけの大怪我を負っておきながら、数ミリたりとも闘志の炎を絶やしていない。脳細胞が単純だからというのもありそうだが、あの何事も一直線な姿勢は見習わなきゃな。

 帽子のツバを手でつまみ深く被り直すと、1人この場に取り残された麗へと一歩一歩近づいていく。
 激しい衝突音をバックに麗との距離を縮めていくが、俺の接近に気がついた麗は
「来ないで!!!」
と目を潤ませて叫ぶ。
 それでも俺が歩みを止めない事に気持ちの歯止めが効かなくなったのか、シュルシュルと幼い姿を模っていたリボンを解きほどき警戒の意思を見せる。
 俺は、麗に不安を与えないよう穏やかな口調で「大丈夫だ、何もしない。話をしたいだけだ」と呟く。
 麗は一瞬ピクリと反応するが、すぐさま首を振り殺気のこもった目で俺を威圧し、鋭利なリボンをシュンッと伸ばしてきた。
 迫り来る攻撃の豪雨を目の当たりにして、俺は目を逸らす事もせず、逃げようとも避けようともせず…ただ眼前のそれを、真正面から受け止める。
 ズタズタに引き裂かれる体から、飛び散る何かが視界いっぱいに広がる。傷が増えるたびに、叫びたくなるほどの激痛に襲われる。
 でも、俺は…決して声を上げたりはしない。こんなのは、痛いうちに入らない。あいつは…麗は今、もっと痛いはずなんだ……
 やがて体にガタがきて膝をついてしまった頃には、麗の攻撃の手は止まっていた。
 耳をすませば聞こえてくるか細い呼吸音が、徐々に荒々しくなってゆく。
「どう…した?それで…そ、それでも…う……おしまい…か?」
 もっと撃って来いと言わんばかりに麗に問いかけると、麗は何も言わずに空へと飛び逃げてゆく。
「しろ…俺に、もう一度力を貸してくれ」
 言うことを聞かない足に鞭を打ちながらそう言うと、スケートボードから再び翼が生え、イエスの意思表示を受け取る。

 ありがとう、しろ。
 俺は、俺は……!

「俺はあの子に伝えたい事があるんだッ……!!」
 

 
 叫び、強い意志をもって立ち上がると、しろと共に大空へと昇っていく。
 目に移る一点の黒い影まで一気に迫り詰めると、ボードから飛び降りて麗を抱えるようにして抱きつく。
 不意にやってきた俺を見た麗は、全力で振り払おうとするが、必死に耐える。
「麗、俺はお前の敵じゃない!!別に受け入れなくたっていい!だけどッ」
 今にも離れそうな手に力を込める。
「俺はお前の事は離さないからなッ!!絶対に!!!!」
「……!」
 左右に揺れていた体が、徐々に落ち着きを見せ始める。
「…な、離さなかっただろ……?」
「………ア、アッ……」
 微かに聞こえる嗚咽が、小さくその場に響き渡る。いつの間にか、腕には綺麗な涙で水たまりができていた。
 そんな彼女の目をしっかりと見つめながら、言葉を続ける。
「今まで…気づいてやれなくて、その姿を見た時に嫌な気持ちにさせる顔をしてしまって……本当にすまなかった。お前は…寂しかったんだよな。1人でいるのが寂しくて、怖かった。だから、ただ一緒にいる人が欲しかっただけ…なんだよな?」
「……ウ…ウヴ……ン」
「種族が違うのに、嫌われる存在なのに、それでも誰かといるために出したその勇気…俺はすごいと思う。だからこそ、もう一度だけ頑張ってみないか?」
「もウ…いちど?」
「ああ!お前には、帰る場所があって、帰りを待ってくれてる人がいるんだろ?」
「ウン……デも、あたシ、この姿ヲ見らレテ…」
 萎れた声に、明るく微笑む。
「大丈夫さ。きっと、大丈夫。本当に心を通いあわせているなら、何も心配はいらないよ。それに、もし…お前を知る全ての者が拒絶して、俺たちの世界から除け者扱いにされる事になってしまったとしても……俺だけはお前の味方でいる。ずっと」
「ほんト…?」
「うん」
「ずっと、一緒にイテくれル…?」
「もちろんだ」
「……ウッ……ウヴヴ……!」
 真っ黒な少女は俺の胸に顔を寄せて息短くすすり泣き始める。
 俺は、その少女の頭に手を乗せて、何も言わずにただ…それを受け止めた。

 2、3分経った頃、やっと気持ちが落ち着いてきたのか、麗がそっと俺の側から離れる。
 俺はずっと待機してくれていたボードに着地すると、球体の姿に戻った麗の手を引いて後部に乗せる。
「麗、もう…いいのか?」
「うん。ありがと……」
 照れ臭そうにしながらも送ってくれた感謝の言葉に対して笑顔で返事を返す。
「よし、それじゃあ主を倒して元の世界に戻るとするか。大丈夫か、主を倒してしまっても?」
「…大丈夫。ネロがいてくれるなら……」
「……そっか。なら行こうか。偽りなんかじゃない、本当に俺たちが望む世界へ…!」
 互いに手を繋ぎあって、天照が戦ってくれている戦場へとボードで翔ける。
 飛び散る火花でチカチカと光る刃のやりとりを目視できる距離まで近づくと、スピードを更に加速させ隙だらけな主の背中目掛けて突っ込み轢き飛ばす。
「おう、遅かったじゃねえか!!」
「ああ!すまない、遅れた!」
 そんなやりとりをしたあと、互いにハイタッチを交わす。
「おっしゃあ!あとはあいつをぶっ飛ばして終わりだな!!」
「そういう事だ。気を引き締めていくぞ!」
 意気揚々にそれぞれの武器を構え戦闘態勢を取ると、もぞもぞと動く主をキッと睨みつける。
 主は槍状の武器で体をゆっくりと起こすと、驚愕の表情で口をガクガクと震わせる。
「麗ちゃん…どうしてそんな人たちと一緒にいるの……?」
 ガチガチと歯を噛む音が次第に大きくなってゆく。
「あたし、ネロと一緒に帰るの。もう…決めたから」
「そんなこと言わないで、私と一緒に暮らしましょう?ね?」
「ごめん……」
 麗の言葉に、主は絶望で顔が歪むが、すぐにその形相を変え鬼のような顔で殺気立つ。
「私は誰かといたかっただけなのに!!それだけだったのに!!!」
「主……」
「……それならいいわ!!あなたたちの住む世界の住民を、全てこの世界に誘い込んでやる!!!」
「なに…ッ?!」
 凄まじい殺気と共に放たれた衝撃波に、俺たちはなすすべなく吹き飛ばされる。
 咄嗟に受け身を取って顔を上げると、主の姿が徐々に変貌を遂げる。
 凛々しくも美しかった体からは真っ黒なインクがドロドロに溢れ噴き出し、二対のツインテールは羽根に見えなくもない形状に変わり、体全体が漆黒に染まる頃にはエメラルド色の目と口だけが顔を覗かせていた。
 どう見ても最終形態に姿を変えたラスボスってところだな…悪くない!
「麗、後ろに乗れ!天照、コンボを頼むぞ!これで本当におしまいにしよう!!」
「うん」
「おうよ!!」

 このお話に蹴りをつけて俺たちは自分達の世界に帰る!あの幻惑の月をぶっ壊してな……!!

 ギュインギュインとボードのローラーを回し、ある程度加速しきったところで重心を後方に傾け再び宙に浮く。
 俺に標的を定めた主は羽根からズズズとペン先を生成すると、こちらに向かってインクの塊を吐き出す。
 その攻撃を目視で右へ左へと回避し、主の周囲をぐるぐると回り始める。
 乗り物に酔いやすいやつなら根を上げそうなくらい俊敏に動き続け、やつの注意をこちらに引きつけたところで、大きく旋回し一気に主に詰め寄る。
 懐に入り込もうとする俺に対して標準を合わせようとする主だが、その背後からチラリと見える鎌にザシュッと斬り裂かれる。
 天照の不意打ちに体制を崩したところで、強烈な体当たりを喰らわせて再び上昇し、俺が頭上に戻ったところですかさず天照がもう一撃喰らわせる。
 そして、その攻撃でまた体制を崩した主に対して同じ攻撃を繰り返す。このえげつないコンボを数回行っていると、主が雄叫びを上げて何もない空間にペンで何かを描き始めた。
 何かやばそうだな…と思い主から一旦離れようとするが、それがまずかった。
 急な旋回を試みたせいでうっかり足を滑らせ、ボードの上から無様にも落下してゆく。
 やばっ…と着地する体制を取ろうとした瞬間、目の前に現れた数発のミサイルに体を焼かれる。
「ぐふっ!!」
「「ネロ!!!」」
 頭からドスッと地面に落ち、一回バウンドしてからうつ伏せの状態で倒れこむ。
 くそ、最後の最後までついてないな。こんな時に思い出したかのように不幸が訪れなくてもいいだろ……
 ジリジリと焼きつく痛みを振り払い、主が続けて何かを描いている様子を確認して大声で叫ぶ。
「天照!今だ、いけ!!!」
 俺の叫びを受け取った天照は、爆走しつつ謎の言葉を唱え始める。
「不浄の魂よ。この世に渦巻く怨念と連鎖の憎しみよ。不動なる我に宿り、その漆黒の力を振るえ」
 天高く掲げた大鎌に浮き彫りしていた真紅の球が、一つ一つ消化され持ち主に紅いオーラを纏わせるのを無数のミサイルを懸命にかわしながら横目に見る。
「冥界を支配せし邪神である我の刃となり、眼前の敵を穿て」
 言ってることは凄く痛いのだが、ますます体に纏うオーラが燃え盛り、やがて…絶頂を迎えた。
「解放!!!!」
 その声が鳴り響くと同時に、天照の姿が見えなくなり代わりに主が強烈な衝撃音に合わせて一人で宙を踊り始める。

「ネロ…!」
 名前を呼ぶ声に振り返り、飛んできたボードに飛び乗ると遥か上空目掛けて飛び立つ。
「麗、頼めるか?…フィニッシュ」
「……まかせて」
 俺の背中を掴んでいた手がそっと離れると、頭上で幾重にも重なったリボンが螺旋状に巻かれて巨大なドリルへと姿を変えた。
「オラァァァァァァ!!!」
 っと地上から、雄叫びと主がセットで俺たちの更に上へ通り過ぎて行く。
「とどめだ!!ウオォォォォォ!!!!」
 負けじと声を張り上げ、急上昇で主を捉えると麗がドリルを顔面に突き刺し、回転の勢いをもつけながら最後の力を振り絞り視界に映る満月に向かって突っ込む。

「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
 月に主を貼り付けミシミシと亀裂音を立てる月面に、めり込んだ主ごと勢いを止めることなく加速し続け…月と共にバラバラに粉砕する。
 衝突の勢いで俺と麗としろの宿ったボードもまばらに空中へ放り出されるが、両手を上げて喜びの声をお腹の底から出す。
「やっ……」
 た。と続けようとした口が突然塞がれ、目を疑うものを目の当たりにする。
「……?!」
 そこには体が完全に消し飛んだはずの主が、唯一残っていた片羽で俺を押さえ深緑の口から凄まじい勢いで高密度のインクの塊を目と鼻の先で構えていた。

 嘘……だろ?悪あがきにもほどがありすぎる………
 身動きが取れずどうする事も出来ないこの光景に、俺は目を逸らさず…ただジッと死ぬ覚悟を決めた。

次回、最終回。

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