【小説】ツキウガチ 第2話(ver.麗)

「つめたい」
 透明なビンから口を離して、呟く。
 ビンの中では同じように透明な石ころがカラコロと音を立てながら、窮屈そうな空間の中で遊んでる。
「どうや、麗ちゃん。美味しいやろ〜?」
 真っ赤な着物を着た女の人が、あたしに問いかけて、また、同じビンに口をつける。
「…うん、おいしい」
 飲んだ感想を正直に喋る。
 初めて飲んだ飲み物だけど、お口の中でしゅわしゅわはじけて、つめたくて、とてもおいしい。こんなの、飲んだ事ない。
「これ、なんていうの?」
 さっきの着物の人に話しかけると、その隣でぷかぷかと、泡を浮かばせて座っていた男の子が代わりに口を開いた。
「ラムネっていう飲み物だよ。知らない?」
「うん、分からない」
「そっかー。そこにいる色葉ちゃんから事前に聞いてたと思うけど」
「ううん、聞いてないの」
「え?」
「あ、ごめんな〜。今さっき偶然見かけて連れてきたんや。詩飴さんの駄菓子屋、知らなかったみたいやから〜」
 残っていた飲み物を流し込んで、色葉さんは次の食べ物に手を伸ばす。
「今度は、それ、何なの?」
「これ〜?これはな、ノワードヨーグルっていう駄菓子なんや。食べてみるかえ〜?」
 差し出された食べ物を受け取ってフタをめくり、木の棒ですくって口に運んでみると、口いっぱいにあまいのが広がる。
「…なんか、あまい」
「そうでしょそうでしょ!この甘さがいいんやよねぇ〜。あ、フタは…ハズレかぁ〜。詩飴さん、もう1つお願いどすえ〜」
 すごく小さな銀色の円盤みたいな物を詩飴さんに渡すと、それを確認した詩飴さんはお店の奥から同じものを持ってきて、色葉さんは「ありがとうなぁ〜」と受け取った。
 フタを開けて一瞬だけ渋い顔をすると、色葉さんは木の棒を動かしながら詩飴さんに話しかける。
「ああ、そうや。いつもの豆知識やってえな〜」
「ん、また?好きだね、豆知識」
「そりゃあもうなぁ〜。それでそれで、このヨーグルにはどんな豆知識があるんや?」
「そうだなぁ…」
 また泡をぷかぷかと浮かばせて、ヨーグルって食べ物を手に取る。
「このお菓子、ノワードヨーグルは生産はメカノアートなんだけど、発祥はノワードグライドっていう砂漠の広がるエリアなんだ」
「あ、だからノワードヨーグルなんやね」
「そうそう。なんでもノワードグライドでは大人気のお菓子のようで、そのエリアのどこかにあるお国の国王様が、夜な夜なこっそり食べてるっていう噂があるくらいらしいよ」
「なんか可愛い国王様やなぁ〜」
「だねぇ」
 そのお話を聞いた色葉さんは、クスッと笑う。でも、詩飴さんの方は無表情だった。
 残りのお菓子も全部食べちゃうと、色葉さんがメンコをやろうって言い出した。
「メンコ…?」
 また、何かおいしい食べ物なのかな。今度はどんな味がするんだろう。
 でも詩飴さんが棚から下ろしてきたのは、四角くて厚い紙がたくさん入った箱だった。
「食べ物じゃ、なかった…」
「これはメンコっていう遊びに使うものなんよ〜」
「やるのはいいけど、少しは手加減してくれ」
「え〜?」
「いや、色葉ちゃんこの前何人か集めてメンコをやった時、1人で全部取ったじゃないか。しかも何回も」
「すごいやろ〜?」
「凄いのは凄いが、やられる側としては…まあいいや。外に出すから手伝ってくれ」

 そう言ってみんな、外に出ると聞いた事のない音が聞こえてきた。
「何の音…?」
 分からないままジッとしていたら、音がどんどん大きくなってきて、キィィィと嫌な音に変わっていく。
「ヒュルエイだーッ!!避けろーッ!!!」
 どこからか知らない大人の声がして、音のする方を見ると大きな塊があたし達に迫ってきていた。
「あぶない…!」
 あたしはどうすればいいか分からなくて、自分でも気づかないうちにそんな声を出していた。
 ふっと気がつくと、あたしは宙に浮かんでいて、2人をリボンで抱えて…いて……?
「リボン…?あ、アア……」
 擬態ガ、トケテル…ドウシテ……
「麗ちゃん………?」
「え、きみが……⁈」
「!!!!」
 ミ、ミラレタ……
 2人ガ、アタシをミツメテル……ヤ、ダ、ミナイデ、ミナイデ……!

 リボンヲホドイテ、ヒッシニハシル。ジョウズにマケナイリボンをジブンにマキナガラ、トオクヘ、トオクヘ……
「キャッ」
 マエニフミダシタアシガ、ナニカにツマヅク。
 フリカエッテ、アシモトヲ、ミテミルト、ホンがヒトツ、オチテイタ。
 ドウシテかノバシタ、テデ、ホンをヒラクト、メノマエガマックラに、ナッタ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「どこ?ここ……」
 目がさめると、知らないお家の中で仰向けになっていた。
「あ、擬態が、戻ってる」
 いつの間にかリボンが、きちんと巻かれているのを確認して、ゆっくり起き上がる。
 周りは…なんだか薄暗くて、よく見えない。たぶん木でできているお家、だとは思う。
「う…まぶしい。月?」
 月あかりに誘われて縁側に顔を出すと、まんまるのお月様があたしの事を覗いていた。
 月っていつも見ているはずなのに、なんだか…少し違う。あの月を見ていると、心がひかれちゃう…そんな気持ちに、なる。
 ジーッと見ていると、動けなくなりそうだったから、一度目をそらして縁側を進んでみる。
 歩くたびにミシミシと乾いた音がして、壊れないかちょっと心配になるけど、それでもくねくねと曲がりながら進むと行き止まりについた。
「ここで終わり…なの?」
 白い壁が邪魔して進めないから、右手のふすまに手をかける。
「たしか…」
 思い出しながら、横に引くとふすまが動いて中に入れるようになる。
 やっぱり。前に、ルリって人のお家にお呼ばれされた時に、いっぱい教えてもらったから分かるよ。ここ、ルリのお家にそっくり。形も、色も、みんな、みんな。
 まだ真っ暗な部屋の中に入ると、ゆっくり、ゆっくりと奥へ足を運ぶ。
 中はシーンとしてるから、お家の人は寝ているのかな。それとも誰もいないのかな。
 何も分からないまま進んでいると、いつの間にか広いところに出てしまった。大きな大きな、門があって、外には出られそうにない。

「あなた、何をしているの?」
「う、え……?」
 あたしを呼ぶ声に振り返ると、色葉さんみたいな着物を着た女の人が、ジッと見つめていた。
「…見かけない顔ね。ここの家の者じゃない事は確か」
「えっと……」
「いいわ、何も言わなくて。どうやって入ったかは分からないけど、どうせまた放浪者でしょ?朝ごはんくらいはご馳走してあげる。ついてきて」
 話をどんどん進められてしまって、何も言えないまま手を引かれると、小さなドアをくぐってさっきの縁側に連れて行かれる。
「ここで座って待ってて」
 そう言うと、その人はどこかへ消えてしまう。よく分からないから、言われた通りに座っていると、さっきの人がお盆を抱えて戻ってきた。
「はい、これ。私が握ったおにぎり。昨日のご飯の余りだけど、食べていいわ」
 お皿に乗った温かそうなおにぎりを差し出されたから、1つ取ってかじってみる。
 中身は何もなくて、でも、少ししょっぱい。そんなおにぎりを食べていると、女の人が隣に座って呟く。
「綺麗よね、あの月。いつ見ても素敵」
「……」
「私ね、あの月に恋しちゃったの。毎夜姿を変えてくれる彼が、とても眩しくて」
「………」
 おにぎりを口の中でもごもごさせながら、静かにこの人のお話を聞く。
 横目で見たその顔は、にっこりとしていた。
「そして今日、ついにあの月に行けるの!ああ…楽しみだなぁ……」
「あの、お月様に……」
 お月様…ってどんなところなんだろう。美味しい食べ物はあるのかな?お友達に、なってくれる人は?
 行くのはあたしじゃないのに、どうしてかドキドキしちゃってる。まるで、自分の事のように。
「行こう…かなぁ」
「え?」
「ううん、なんでもないの」
 思わず口から出た言葉に、ブンブンと首を振る。あたしにはお友達がいる、場所があるの。でも、もう会えない。戻れない。
 なら、あたしもあそこへ……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「おめでとう」
「気をつけてね」
「元気にやるんだよ」
 次々と聞こえてくる見送りの言葉を、あたしはただ、聞き流していた。
 あれから時間が経って、このお家の人達が目を覚まして起きてきた。追い出されちゃうかなって思ったけど、あの女の人のおかげで、あたしは、今ここであの女の人の見送りができてる。
 その時聞いた話だと、あの女の人は今日お月様へ行くのが、決まっていたみたい。
 周りを見れば、みんな笑顔で溢れていて、女の人も笑顔だった。みんな、幸せそう。

幸せ……

「ありがとうみんな!それじゃあ私はもう行くね!」
 手を振って口を開こうとした時、あたしは「待って!」と呼び止める。
「ど、どうしたの?」
「えっと、その、あたしも…」
 連れて行ってと言いたい。

 でも、それで、本当にいいのかな。
 あたしは、幸せなのかな。

 あの場所に戻れば、友達に戻れるかもしれない。でも、このままあの人とお月様に行って、あの人といれば、寂しくはきっと…ない。
「何か言い忘れ?」と迫る顔に何も言えない。声をかけたのはあたしなのに、どうしたらいいのか分からなく、なった。
 どうしたら……

「うわぁぁぁ!!」
 突然上からさけび声が聞こえると、ドスッと何かが目の前に、落ちてきた。
 砂ほこりを吸ってしまって、コホコホと咳をしていると、落ちてきた何かから「いたた…」と声がした。
 周りがざわざわしてきて落ち着かないから、「あの…」と声をかけてみると、長い布を体にぐるぐる巻きにしたその人は、あたしに気がつく。
「なんだ、お前は。えーっとここは…なんだかまだ絵本の世界っぽいな。別のお話ってところか」
「お話…?」
 よく分からない事を話すこの人に聞くと、この人は面倒そうな顔をして、答える。
「つまりここは現実世界じゃないって事だよ。まあ、この世界の住民に言っても分かりはしないだろうが…」
「あたし、ここ、知らない。少し前に来たの」
「なにィ?!じゃあお前も迷い込んだやつの1人ってことか!!丁度いいや、探してたんだお前を」
「え……?」
 あたしを、探してた?名前も、顔も、ぜんぜん知らない人が、あたしを……?
「とりあえずここから出よ…」
「ちょっと!いつまで私の上にいる気?!」
「あ!ごめん!!悪い、気づかなかった」
「まったくもう…それで、そこの貴女は特に用はないの?なければ私はもう行くわよ」
「……」
 女の人は早く行きたいのか、あたしの事を睨みつける。えっと、えっと、えっと……!
「…なんでもないの」
「そう。それじゃあね」
 そうキッパリと言うと、女の人は知らない言葉を呟いて、消えてしまった。

 周りの人達は女の人が行ったのを確認すると、みんなここから離れていく。
 少しすると、あたしだけが取り残されて、なんだかもやもやした気持ちになる。
 やっぱり、あたしは1人で……
「おーい、何してるんだ?なんかもうこの世界のお話は終わったみたいだし、次のお話に行こうぜ」
「…あ、あたしに言ってるの…?」
「いやいや、お前以外いないだろ?俺はネロ。お前は?」
 名前を教えてくれたその人は、少しだけ微笑んで、手を差し出す。
 あたしは、元のあの場所へ戻りたいとは、今はまだ、思わない。でも、ここにはもう、いたくないから……
「……麗。それが、あたしの名前」
「麗か。ここから出る短い間だけど、よろしくな!」
「うん…」
 握り返した手は温かくて、なんだか少し安心する。
 でも、きっとこの人だって本当のあたしを見たら……

 自分でも自分が分からなくなったあたしは、ひとまず、この人について行く事に…した。

つづく。

Twitterでこのページを宣伝!Share on twitter
Twitter

コメントを残す