ノワグラ民が合宿する話。
00
「白い服の、怪しい人?」
聞き返すと、すすはうなずいた。
「おう。ここ数日、そういう格好で町をうろうろしてる不審者がいるんだって。ひまりは聞いてないのか?」
「不審者、って……今はお祭り前で客が多いし、そういうヤツだっているでしょ。普通じゃない?」
「うーん、けど話によると、温泉の水を持っていったり、洞窟の方を行ったり来たりしたりとか……ちょっと普通じゃないって話だ」
すすはほうきを棚にしまい、扉を閉じる。掃除は終わったらしい。
うちも、布団を押し入れに運ぶ。
今、午後三時。うちらはいつも働いている旅館で、お客さんの帰った部屋の片付けをしていた。
「だからさ、気を付けろよ」
何気なく言われた言葉に、持っていた枕を落としそうになった。
「……は、はあ?! 心配してんの!? べっ別にそんなことされても嬉しく……」
「ほら、ひまりってよく抜けてるところあるしさ。バカなことするんじゃないかって」
続けてそんな風に言われて、言葉が止まる。
投げつけるように、すすに枕を押し付けた。
「うわっ」
「何それ! すすに言われたくないし! ばーかばーか! もー、知らないっ!」
ロッカのところに行ってくる、と残し、客室の部屋を出て行く。
「え、あれ? 仕事は?! ――って速いっすね!」
すすのそんな声が聞こえたときにはもう、うちは旅館の外に出ていた。
01
「なんなのあいつ!ほんとムカつく!」
ぷんすかしながら、三本のしっぽを揺らして、薄暗いヒネモストバリの道を歩く。
お祭りの前だからか、人通りは多く、町は活気づいた。
全くもー、誰が間抜けよ! 誰がバカよ! すすのあほ!
……べ、別に、心配してくれるのを期待したわけじゃないけど?! 全然そんなことないし!!
そんなことを一人で考えながらしばらく歩いて、ロッカのお店に着いた。
ガラガラッと戸を開け、
「ねぇ、聞いてよロッカぁー」
「おっと」
瞬間、ふわっと、少し冷たい感覚がした。
正面には、うちを見て目を丸くしたロッカが立っていて、疑問に思い後ろを振り返る。
そこには、驚いてこっちを見ている水色の人が、浮いて――……浮いて?
「きゃあああ!! お、オバケーーーッ!!!!」
悲鳴を上げて、ロッカにすがり付いた。あ、ひんやりしてる……じゃなくて!
「うわわっ、ひまりさん!」
「どどどうしようロッカ、うちオバケすり抜けちゃったあああ!!!呪われちゃうーーー!!!!」
「だ、大丈夫だよ、シェラードさんはオバケじゃないよ」
「そうだよ、魔人くんは魔人くんだよぉ~!」
別の声がして振り向くと、そこにはオレンジの人がいた。
白い布をヒラヒラさせている。
それを見て、すすが言っていたことを思い出した。
「……不審者?」
「ん~? 何それ?」
不思議そうな顔をする彼に、うちが疑いの目を向けていると、見かねたロッカが説明を始めた。
「ロトファさんと、シェラードさん。いつも遥々イフェルタルから来てくれる常連さんだよ」
「そーだよロトファさんだよ~!どもども~!!」
ロトファは、ニコニコしながらそう挨拶する。あ、悪い人じゃなさそう。
シェラードは隣で呆れたように笑って、
「私はオバケではないですよ。ランプの精です」
「ランプの精?」
思わず聞き返す。そして、あっと思い出した。
「聞いたことある。何でも願いを叶えてくれるランプの精が南の方にいるとか……」
「たぶんそれ私ですね」
「へえー、ほんとにいたんだぁ」
すすから聞いたときは、そんなことあるわけないって、笑い飛ばしたんだけどね。
ロッカは頷き、
「うん、だからオバケじゃないよ。大丈夫」
「まあ化け物って言ったら、化け物かもしれないですけどねぇ」
「……大丈夫だよ」
そう言って微笑むロッカは、決して彼と目を合わせようとしない。
……あ、うちも名前を言わないと。
「うちはひまり。ロッカの友達でね、この町の旅館で働いてんだ」
「ひまり……じゃあひまりんだ!! ヨロシクね~☆」
ロトファはキラキラした目で、うちの手を取り握手をする。
ひ、ひまりんなんてそんな……なんだ、可愛いぞ。
シェラードは隣で、この町のグルメガイドブックを開きながら、
「国王様、行きましょう。まだ回るお店が沢山ありますよ」
「そだね! じゃあね、ロッカちゃん、ひまりん!!」
「はい、また来てくださいね」
ロッカは二人を微笑んで見送る。
パシャ、と引き戸が閉じられた後、今の言葉を思い返した。
「……え、国王?」
「ロトファさんのこと? そうだよ、言ってなかったっけ?」
「……聞いてないよ……お、王様と握手してしまった……」
02
帰りたい。率直にそう思う。
「ねえ、ロッソ~、旅館と言えばテーブルゲームだよ! ね、一緒に花札やろ? UNOでもいいよ? ね? ほら、ねーってば!」
赤い帽子の神様が、ゆさゆさと俺をゆする。
あーもうやだ、これだから神様はやだ。なんでも自分の言い分が通ると思ってるんだから。
この広い旅館の部屋に今、俺はトルテルと二人でいた。
ほんとは六人で来たのに、リバリーは布きょ……武器を売りに行っちゃうし、バレットは旅館の人から不審者出没の情報を聞いた途端「俺の出番だ!」とか言って出てっちゃうし。
……町の迷惑になっても、俺の責任じゃないからね! 知ーらない!
それに「一緒にヒネモス旅行行こ~☆」なんて誘った当本人の国王は、護衛と甘味巡りに出掛けてるしさ。
あー、あっちに着いてった方が良かったかな。けどあっちはあっちで、疲れそう……。
「ねー、じゃあ、トランプ! トランプにしよ!ね? ほら――」
「っあーー!!もうわかりましたよ、一回だけですからね?!」
心が折れてトルテルの方に向き直ると、彼女は目を輝かせた。
「やったー!じゃあババ抜きと7並べとポーカーと……」
「僕一回だけって言いましたよね?!」
03
――パァン!
「うおっ?! なんだ?」
「What? 花火でも打ち上げてんのか?」
近くで聞こえた爆音に、アタイと、今日も食い逃げをしようとしてアタイに捕まえられているレイズは、揃って窓の方を見た。
レイズは喜んで、しっぽで軽くトルネイドを起こしながら、
「やっべー、たっのしそーー!! あ、ロープウェイ燃えてんじゃね?! 姉さん行ってみようぜLet’s g――」
「あんたはまず飲食代3780¥を払うのが先だよ」
とりあえずレイズを店の柱に縛ってから、居酒屋の外に出る。
店の向かい側には、朝には見当たらなかった変な屋台があった。
怪しく思って近づいてみると、そこに二つの人影を見つけた。
「なるほどなぁ、これなら派手だし、強ぇなあ!」
「はい。これで個性も磨けますよ、小石――じゃなかった陶芸家のお兄さん」
とりあえず、カルクスと、武器商人らしき人が話しているのがわかった。
「何してるんだい? ……まあだいたい察しはつくけどさ」
「なんだ、トモエか」
振り返ったカルクスの、手元の珍しい形状の銃を一瞥する。
「今、リバリーってやつに、この銃を売ってもらってるんだ」
カルクスはそう言ってから、屋台に用意されていた的を、またパァン!と射抜く。
リバリーというらしい武器商人は、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま、
「お兄さん、銃を気に入られたようですね。もっと試してみますか?」
そう言って、ジャラジャラと何十本もの銃を袖から出す。
目を輝かせるカルクスに、彼は続けて、
「それから、私たちの『会』に入ると、もっと個性の溢れる人物になることができますよ」
「ほ、本当か?! そ、それは一体どんな――」
「やめときな、カルクス。これ多分、気がついたら変な宗教とかに入会させられてるやつだよ」
アタイの忠告に、リバリーの笑みはひきつった。
やっぱりな、この前テレビで見たよ、こういうの。
町長に知らせた方がいいか考えていると、隣のカルクスは呟く。
「宗教? いや、それはそれで個性的で、アリなんじゃないか?」
「どうしよう手遅れかもしれない」
04
「ごちそうさま! 美味しかった~」
からん、空のガラスの器にスプーンを置く。
ロッカのお店のかき氷、やっぱサイコー!
「お祭りでも出店も出すんだよね? 絶対大盛況だよ!」
肩を叩くと、ロッカは照れたように微笑んだ。
「ありがとう! ひまりさんも、よかったら来てね」
ロッカのおかげで、気分がとても良くなった。
そろそろ仕事に戻ってやるかと、来た道を引き返していたとき、ふと目に留まった人影に足を止めた。
「あ、さっきのオバケ」
「違いますよ、失礼ですね。どうしてこの町の人たちはこう……」
シェラードは前にもそういうことがあったのか、ブツブツと小言を言う。
しかし、彼は何故かその甘味処に一人きりでいた。
「ロトファはどうしたの?」
「知らないですよ。ふと目を離した隙に、姿が見えなくなって……今、どうするか考えていたところです」
「中にもいないみたいですよ。さっきまでいたのに、おかしいですね」
そう言いながら店から出てきたのは、鞍馬だった。
あ、ここ、鞍馬の店だっけ。看板を見ると、確かに『彩』の文字があった。
鞍馬もこちらに気がついて、「こんにちは」と、可愛らしい笑みを浮かべて挨拶してくれた。
一方、シェラードは空を仰ぎ、
「どうしましょう。国王様アホですし、変なところに行ってないといいんですけど……怪我したり、悪い人に拐われたりしたら……」
「そうだね、心配だよね」
「いえ私に責任が問われたら困りますし」
淡々と返ってきた自己中心的な答えにガクッとなる。それでいいのか。
彼はため息をついて、独り言のように呟く。
「はぁ、国王様が私のランプを持っていれば、すぐに場所がわかるのに……荷物も全部置いていってるからなあ」
「ランプ?」
興味の引く言葉に、思わす聞き返す。
うちの好奇の目に気づいたのか、シェラードは鞄の中を見せた。
そこには、ピカピカ光る金色のランプが入っていた。
「へえ、これが魔法のランプってやつね」
「あっ、勝手に」
鞄から取り出して、蓋を開けたり閉めたりすると、迷惑そうに見られた。
「……とにかく、私は上から国王様を探してきます。それはちゃんと元の場所にしまってくださいね」
そう言ってシェラードは、空に向かってすいーっと上昇する。
「あ、待って」
「お荷物、預かってますね」という鞍馬の声を後ろに、ランプを持ったまま、『空中散歩』で追いかける。
シェラードは、うちが飛べると思っていなかったのか、ちょっとびっくりして振り返った。
ヒネモストバリ上空五メートル、キラキラと輝く町を真下にして、
「ねえ、今ロトファは居ないから、うちがランプの所有者なんじゃない? ランプを持ったら、何でも願いを叶えてくれるんでしょ?」
「いいですけど、それなりの報酬は要求しますよ」
「えーただじゃないの」
文句を言っても、シェラードは無視。
うーん、報酬ねぇ……。
何かいいアイデアは……あ、そういえばさっき、この町のガイド本を持ってなかったっけ?
「……そうだ、甘味処巡りしてるんでしょ? 裏通りにある美味しいお店教えてあげるから、それでいい?」
「美味しいお店?」
すぐに反応したシェラードに、しめたと思って言葉を続ける。
「そ。住民しか知らないようなところにあるんだ。 冷たい和菓子がいっぱいあるよ」
「冷たい和菓子……」
「すごく美味しいんだよね~。裏通りだし、ガイドブックにも載ってないと思うけど?」
「………………」
まだ迷いがあるのか、目を泳がせてる彼に、留目をさす。
「ロトファのことなら、大丈夫だと思うよ? この町の人はみんな優しいから、迷ってもなんとかなるさ!」
「……わかりました、良いでしょう。そのお店、絶対教えてくださいね?」
シェラードはそう付け加えてから、深く礼をした。
「では、ご主人様。願い事をどうぞ」
よーし、待ってました、その言葉!
「オッケー! うちの願いは――」
【――続く】
→後編
みんな可愛くて可愛くて……続き、楽しみにしてます!