【小説】夢夜にねがいを 第16話(ラレイヴ編⑧)

「いよいよだね」
「ああ」
「これで…最後なんだよね?もう…」
「その通りだ。次で全ての夢のかけらが集まる」
「そっか…」
 吹き荒れる風に散らされる綿帽子を眺めながら、トア君は言葉を零す。その表情は柔らかかったが、大きく開かれたマリンブルーの瞳からはもの哀しさを感じた。
 そんな瞳が気になって、そっと問いかける。
「どうしたんだい?最後だと何かマズイ事でも…?」
「ううん、そうじゃないの。ただ…少し寂しいなって」
「寂しい?」
「うん。みんなを助けるために頑張ってきたけど、そんな旅も…もう終わっちゃうと思ってね」
「確かにそうだね…」
「あ、でも終わった方がいいんだよね⁈ごめんね、変な事言って!」
「いや、謝る必要はないよ。ボクもトア君と同じ気持ちだから」
 ボクはそう言いながらトア君に笑って見せる。
 確かにこの旅はダークマター達の陰謀を止めるために出た旅だから、終わらせなくてはいけない。だけど、そんな旅を終わらせたくないって気持ちも確かにある。
 ボクはこの旅の中で様々な事を学び、色々な人達と出会ってきた。辛い事もたくさんあったけど、楽しい事だってたくさん経験した。
 そんな旅だったからこそ、ここまで来れた。例えこの旅の結末が望まないものになったとしても、後悔だけはしない……そう強く思う。

「さてと、それじゃあそろそろ行こうか」
「うん!でも最後のダンジョンって空の上にあるんだよね?名前は確か…」
「ウッディクラメディフィス」
「そうそう、それそれ!そこにどうやって行くの?」
「それはだね…」
「俺が連れて行くのさ」
 背後から近づいてくる足音と共に声をかけてきたその男は、ボクらの前で立ち止まると軽く一礼する。
 そうか、この人が今回協力してくれるとウィッチが言っていた…
「スカーレット•ノヴァだね?ボクはラレイヴ」
「あたし、トア!」
「ノヴァでいい。お前さん達、あの天空に浮かぶ◯ピュタに行きたいんだろ?」
「ああ」
「なら急ごう。他に合流する予定のやつ2名は、すでにダンジョンにいるらしいからな」
 ノヴァはそう言いつつ空を見上げると、突然耳が張り裂けそうなほど大きな雄叫びを上げ始める。
 たまらず耳を塞ぎながらも様子を見ていると、ノヴァの体がメキメキと音を立てながら変化してゆく。
 まん丸の体からは凛々しい鱗が浮き出し、両手からは鋭利な爪が、背中からは立派な翼が生え、最後に全てを噛み砕かんとする強固な牙が顔を覗かせると、先程まで小さな球体だったその男は雄々しいドラゴンへと姿を変えた。
 そのフォルムからにじみ出る格好良さに心を打たれるあまり、思わず声が漏れる。
「かっ…かっこいい……!!」
「んー、そう?」
「だってトア君、ドラゴンだよ⁈男なら皆大好きであろうドラゴンだよ⁈こんなのカッコイイ以外の言葉が出るわけないじゃないか!」
「ふーん…あたし男の子じゃないから分かんないや、そういうの」
 まるで興味なしといった顔でそう答えると、ドラゴンへと化したノヴァの背中へと飛び移る。
 えええー…と思いながらもボクも遅れないよう続いて飛び乗ると、ノヴァは翼をはためかせ大空へと飛び立つ。
 ボクは決して振り下ろされないようにトア君を支えながら、懸命に背中にしがみつく。やがてある程度の高さまで上昇しきると、体にかかっていた圧力から解放され息をつく。
「おおー、雲が近いね」
「すごいすごい!まるで空を飛んでるみたい!」
「いやいや、本当に飛んでるんだけどね」
 と、ツッコミを入れながら2人で笑いあう。それにしても、本当に少し手を伸ばしただけで届きそうなほど雲が近くにあるのは…なんだか新鮮だな。ウィングさえコピーできれば同じ景色を拝めるかもしれないけど、コピーの素は高価で中々手が出せないし、かと言ってもボクは飛べないしね。
 そんな事を考えている間に、次第と目的の場所が見えてきた。
「どこからか湧き出る水、浮遊している大陸から伸びる巨木、そしてそれを包み込むように張っている水の壁…間違いない」
「あれがウッディクラメディフィス…!」
「ノヴァ、あそこだ!そのまま水の壁へと突っ込んでくれ!!」
 ボクの声を聞いたノヴァは分かったと言わんばかりに雄叫びを上げると、勢いを加速させ一直線に水球へと向かって行く。
「よし、あとは任せろ」
 風圧で飛ばされないように気をつけながら立ち上がりダークソードを生成すると、一点に向けて大きく振りかぶる。
 風を切る音と共に水の壁に亀裂が入ると、みるみるうちに覆われていた水の壁が亀裂へと吸い込まれてゆく。
「水の壁が…!」
 驚きでトア君が指を指した頃には、数秒前まで存在していたはずの水はぽっかりと穴を開けてなくなっていた。
 その様子を無事確認すると、戦闘状態を解除し突入する際の衝撃に備える。
 しかしボクが思っていたような強い衝撃はなく、すんなりと穴を潜り抜けるとノヴァは浮き島へと静かに着陸した。

「着いた…?」
「そう…みたいだね。トア君、手を」
「う、うん!」
 トア君の手を引き共にノヴァの背中から飛び降りると、前方からゆっくりと近づいてくる2つの影に気がつく。
 敵という可能性も考え警戒の目を光らせたが、徐々に露わになってゆくシルエットを見て警戒を解いた。
「やれやれ、君たちだったか」
「もしかしてきみらがあたし達に協力してくれる人ー?」
 トア君の問いかけに空色のニット帽を被った女の子が首を振る。
「私はねー、白緋っていうんだ。トアさんとラレイヴさん…だったよね?よろしくー」
「よろしくね!」
「それで、こっちの刀を背負ってる方がクロイツさん」
「クロイツだ。よろしく頼む」
「こちらこそ。とりあえず今回はこれで全員かな?」
「そうみたいだね。あ、ノヴァさんこっちこっち!」
 白緋がボクらの後方に向かって手を振ると、いつの間にか球体の姿へと戻っていたノヴァがやってきて手頃なサイズの岩の上に座り込む。
「ちょいと探すのに手間取ってしまったが、無事2人を連れてきたぞ」
「お疲れ様ー」
「それでどうだった?夢のかけらってやつは見つかったのか?」
「いやー、それが見つからなくて…」
「おいおいマジかよ!もう2,3日は探してるんじゃなかったのか?」
「「えッ?!!」」
 ノヴァの口から出た衝撃的な発言に思わずトア君と声を揃えて驚く。
 今…なんて言った?
「2,3日前って…⁈」
「あれ?ウィッチさんから聞いてないの?私たちは君らが来る少し前からここに来て、夢のかけらを探してるんだよ?」
「は、初耳なんだけど…」
 そんな事微塵も聞いてないぞ。ウィッチのやつ…また大事な事を言わずに隠してたな……!
「そうなのか?まあお前さん達が来る前に見つけて時間短縮…とかじゃねえか?」
「それは十分あり得る話だけど…事あるごとに必要な情報を言わないんだ、ウィッチのやつ」
「嫌われてるんじゃないのー?」
「それもあり得るかもね。でも手を組んだ以上、そういう事はしっかりして欲しいけどね」
「確かにな」
 うんうんと頷きながら愚痴を零すと、周囲を見渡す。

 今のところあたりに異常はない…
 だけど何故だろう。とても嫌な予感がする。

 ふっと横へ振り向くと、トア君が小刻みに震えていた。
 心配になって小声で「どうした?」と聞くと、トア君は無言で空いていたボクの手をグッと握りながら「分からない…でも、嫌な感じがするの」と呟いた。
 どうやらトア君も同じ様に何かを感じ取っているらしい。何事もなければいいが…
「さてさて、それじゃあもう一回探しに行こうか!みんな準備はいい?」
「あ、うん…」
「あたしも大丈夫…」
「んー?なんだか2人とも元気ないねー?ま、いっか。クロイツとノヴァは?」
「俺は構わないぞ」
「悪いが俺はパスだ」
「えー、クロイツノリ悪い〜!仕方ない、4人で行こっか。さ、建物の入り口はこっちだよ!」
 人数が増えた事が嬉しかったのか、浮かれた顔の白緋は先頭をきってボクらをダンジョン内部へと案内する。
 途中途中で地面から剥き出しになっている古い根っこや、樹木に躓かないように気をつけながら移動していると、3,4階建てくらいの建物が目に付いた。
 目の前まで辿り着き早速ドアを開けようと試みてみるが、固く閉ざされた扉はビクともしない。
「どうなってんのこれ⁈全く動かないぞ…!」
「あ、入り口はそこじゃないよ。こっちこっち」
 ピョンピョンと軽快な動きで近くにあった大樹を登った白緋は、ボクらに向かって手招きをする。
 ボクがトア君を抱えてノヴァの後に続き白緋の元へと近寄ると、白緋は「ここから入るんだ」と言いつつ外れかけの窓へと飛び込む。
 その様子を見てなるほどと納得しながら同じ様に窓からダンジョン内部へと侵入する。
「ここがダンジョンの内部か…」
 中はあちこちに絡み合った植物が張り巡らされており、建物の中だというのに木々が生い茂り足元から半分くらいの高さまでは水で水没していた。
「うむむ、毎回ダンジョンというのには驚かされるね。建物の内部とは思えない景色だ」
「ここは2階だからね。1番不思議に見えるかも」
「どういうことー?」
「んーとね、ここは4階建てのダンジョンでね、1階は完全に水没しきってて、2階は半分水没、3階と4階は入り組んだ構造になっているんだ」
「へええー!凄いね!」
「お前さん…分かってないだろ」
「わ、分かってるよ!なんとなくだけど!」
 ほっぺをプクッとさせたトア君に睨まれたノヴァは、そっと目をそらす。
「さてと、それじゃあ丁度4人いるし1人1エリアで捜索しようか。一応敵がいない事は確認済みだから、トアさんも単独で行動させちゃうけど…大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよー」
「良かった。ならどこを誰が捜索するかはジャンケンで決めよう!」
「へへへ、俺はこの帽子を濡らしたくはないからな。絶対に1階だけはパスさせてもらうぜ」
「ボクはどこでもいいけど…」
「よーし、頑張っちゃうよー!」
「それじゃあいくよ!ジャンケンー」

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「うーん、見つからないなぁ…」
 窓から吹き込む冷たい風に当たりながら、そう呟く。
 結局ボクは4階を捜索する事になったけど、1階に割り当てられてしまったノヴァはちゃんと探しているだろうか…
 枯れた植物をパキパキと踏み折りながらそんな事を考えていると、通路の曲がり角に黒いもやのようなものが浮遊しているのが目に付いた。
 あれは…間違いなくダークマター…やっぱりここにも来ていたのか…!
 ボクは一気にケリをつけるべく全速力で駆け出すと、その足音に反応して振り返ったダークマターの瞳の色を見て思わず足を止める。
 キョトンとしたその瞳は以前会った時とは違い、哀しそうな目をしていた。
「グリーン…なのか?」
「ラレイヴ……」
 か細い声でボクの名前を呼んだグリーンは、ゆっくりと近寄るとぶつかる寸前のところで止まる。
「ラレイヴ…お願いがあるんだけど…」
「お願い…?なんだい、いったい」
 ぐっと迫ってきたグリーンは今にも泣き出しそうな目をして訴える。
「ボクの…友達を助けて欲しい」
「友…達?」
「ううん、友達…だった」
「だった?」
 なんだろう、全く話が見えてこない。
「グリーンの友達?ってことは、ダークマターなのか…?」
「なんていうんだろう…君と同じっていう方が近いかも」
「ボクと同じ…?ハーフってこと?」
「うん…そんな感じ」
 なるほど…だんだんと話が読めてきたぞ。ということは…
「助けて欲しいのはそのハーフの子だね。何か…あったのか?」
「話すと少し長くなっちゃうんだけど…」
「別に構わないよ。というより、逆に話してくれないと協力のしようがないし」
「ありがとう、ラレイヴ…!そ、それじゃあ話すね。えーっと…」
 そう言うとグリーンはゆっくりと真実の物語を語り始めた–

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 時は遡ること数年前のこと。
 とある星のとある町に、どこにでもいそうな、ごく一般的な球体の少年がいました。

 その少年は周りの子供達と比べて飛び抜けた才能があるわけではありませんでしたが、他の子供達とは違う点が1つだけありました。
 それは、決して球体とは相反しない事はないと言われていたダークマターと仲良くなりたいという想いを持っていた事です。
 でもそれは叶わぬ願いだと、少年自身も分かっていました。周りにさりげなく聞いても首を横に振られ、何よりもダークマターとは話をする事ができないのですから。

 しかし、転機は突然やってきました。
 ある日いつもとは違う寄り道をしていた少年は、崖下の洞くつにうずくまる2つの影を見つけます。
 それが何なのか気になった少年が好奇心につられて近づいてみると、そこには2体のダークマターが佇んでいました。
 生まれて初めてダークマターを見た少年は、溢れ落ちる瘴気に一瞬ゾクッと冷や汗をかきましたが、それもすぐに「願いが叶うかも!」という想いに押し返されいても立ってもいられなくなり、すぐさま声をかけます。
「君たちはダークマター…だよね?どこから来たの?僕の言葉が分かる?」
 少年の問いかけを聞いたダークマター達は、ゆっくりと少年の方へと振り向くと、それを見た少年は驚きで声を上げる。
「あ、青と緑の瞳…⁈絵本で読んだ色と違う…!どうして赤じゃないの…⁈」
 そんな純粋無垢な言葉に対し、2体のダークマターは互いに頷き合うと、青色の瞳を持った方が声を発する。
「我らに話しかける球体とは…変わった子だな」
「おおー!喋った!!言葉が分かるんだね!!」
「ま、まあな…」
 少年の気迫に押された青色の瞳のダークマターは、予想だにしていなかった態度を目の当たりにして返答に戸惑いますが、少年はそんな事は御構い無しといった様子で話を続けます。
「ねえねえ、どうして瞳の色が違うのー?」
「わ、我らは他のダークマター達とは少し違うのだ」
「違う…?どこが違うの?」
「ボク達は君たち球体と同じ思考を持っているんだよ。だから君ともお話ができる」
「そうなんだー」
「(分かっているのかな…?)」
 そんな異質な存在のダークマターの心配も他所に、いまいち理解できてない少年は更に話を続けます。
「ねえ、もっとお話しようよ!僕は君たちの事をもっと知りたい!それでそれで、もしよければ…友達にもなって欲しい!」
「……」
 ダークマター達は互いに顔を見つめ合うと、少年へと返事を返します。
「いいだろう。我としても君には興味がある」
「ボクもいいよー」
「ありがとう!」
 2体のダークマター達は快く受け入れると、3人は他愛もない話をし始めました。
 それからというものの、少年はこっそりとダークマター達に会いに行っては色々な話をしました。お互いの事、好きなもの、嫌いなもの…などなど。
 一月経つ頃には3人は互いを信用し合う良き友達へと変わっていました。
 少年はいつまでも笑っていられるこんな時がずっと続いて欲しい…そう願いました。

 しかし…そんな日々は突然終わりを迎えることになります。
 ある日の朝、少年がいつもと同じように目覚めると、両親の姿がありませんでした。
 家中をくまなく探しても見つからない両親が心配になり、外へ出てみると目の前に広がっていた光景に少年は声を失います。
 空は真っ黒に染まり、周囲からは悲鳴が上がり、自然豊かだった木々や草花は燃え焦げて炭となっていました。
 そして…少年は見てしまったのです。無数の赤い瞳を輝かせた暗黒物質たちが無差別に周囲を焼き払い、住民たちを襲っている姿を。
 少年は何が起こっているのかも理解できないまま、一歩、また一歩と歩みを進めます。
 やがて何かに躓き転んでしまい、放心状態のまま顔を上げると…そこに転がっていたものを見て我を取り戻します。
「父さん…母さん…!」
 転がっていたものは、真っ黒に黒焦げた少年の両親の姿でした。
「嘘だ…こんなの嘘だ…‼︎」
 少年はこれは何かの間違いだと目を背け、ただガムシャラに走り始めます。
 聞こえてくる断末魔と衝撃音に耳を押さえながら走り続けていると、突然何かにぶつかりひっくり返る少年。
 恐る恐る目蓋を開いてみると、そこには先ほどまで映っていた色とは違う色の瞳を持った黒い影2つが浮遊していました。
 少年は無言でその影に抱きつくと、涙を浮かべながら必死に訴えます。
「2人とも”!!これは一体どういうごとな”の”?!どうじてごんな…!!」
「それは…」
 2体の影は少年の涙を見て何も言えず、ただただ見つめます。
「ごだえてよ”!!ねえ”!!!2人も同じよう”に…?!」
「そ、それは違う!違う…が……」
 少年の目に追い詰められ、何も言い返せなくなった青色の瞳の影は、観念した様子で本当の事を語ります。
「これが…ダークマター達の本質なんだ。球体はあくまでも害を成す敵であり宿命。そう…運命づけられているんだ」
「き…君だちも…?」
「ボク達は違う!言ったじゃない、ボク達は他のダークマター達とは違うんだって」
「な、なら!それな”ら今すぐ彼らをどめてよ!!仲間なんでしょ!!」
「それは…できない」
「なんで!!!」
 青色の瞳の影は周囲を見渡し、もう一度少年へと語ります。
「我らは…彼らからは異質な存在として、仲間外れにされているのだ。それ故に同種ということで攻撃はしてこないが、反抗などすれば…ただちに消されてしまうだろう」
「そんな……‼︎」
「だが…この悪夢を終わらせたいというのなら、方法がないわけではない」
「…!方法があるんだね!なら早くそれを…」
「しかしこの方法を取れば…2度と君は球体には戻れない。だからこの方法は…」
「…やるよ」
 少年は目から溢れていた涙を手で拭うと、覚悟した目つきで口を開きます。
「それがどんな方法であっても…この光景をいつまでも見ていたくなんてない!!」
「……そうか」
 決死の言葉を聞いた青色の瞳の影はそう呟くと、言葉を続けます。
「方法は至ってシンプルだ。我と君が合体しハーフとなり、ここにいるダークマター達を1体も残さず一掃する」
「一掃って…殺しちゃうの⁈」
「今はそれしかない。君が和解を強く求めているのは分かるが、もはや事態は進みすぎた。今からでは…これしかない」
「……分かったよ」
「では、我の瞳へと手を伸ばせ」
 多少の迷いがあるものの、今は仕方ないと割り切った少年は手を伸ばすと、瞳の中へと進めて行きます。
 すると真っ黒なオーラに包まれたかと思うと、全てを吹き飛ばすかの如き風圧と共にその姿を現しました。
 青い瞳をジッと見開いたまま自身の姿を確認した少年だったものは、自らを〝覚嘘眼(めざめ)〟と名乗ったのち、両手の近くでふわふわと浮遊していた巨大な拳をグッと握り締め黒い影の群衆へと飛び立って行きます。

 そこからはあっという間の出来事でした。住民達を襲っていたダークマター達は覚嘘眼によって次々と倒され、気がついた時には空は晴れ、全てが終わっていました。
 覚嘘眼は緑眼と共にもう大丈夫だということを生き残った住民達へと伝えに行きます。
 2人は思いました。住民達のダークマターへ対する意識は変わらなくても、いいダークマターもいるという事を分かってくれると。
 しかし現実は違いました。2人は住民達から罵声を浴びせられ、憎しみに我を失った者達は武器を手に取り襲いかかってきたのです。
 2人はなんとか説得しようとするも住民は聞く耳を持ってはくれず、仕方なく住んでいた星を離れる事にしました。

 それからの数年間は、和解を結ぶための旅の物語となります。
 覚嘘眼と緑眼は様々な星を渡り、球体とダークマターは互いに分かり合い、共存できると声をかけ続けました。
 しかしいくら声をかけても、どの星の住民にもその声が届く事はありませんでした。
 やがてそんな日々を繰り返していた覚嘘眼の心の中には、ドス黒い気持ちが芽生え始めます。
 そして約2ヶ月前くらいに訪れた星で、見慣れた住民達の態度を見て…ついにその気持ちが抑えきれなくなり、心がプツンと音を立てて爆発してしまいます。
 覚嘘眼は衝動のままに住民達を次々とその手にかけていき…数時間後には、命あるものが存在しない星へと変えてしまいました。
 緑眼は変わり果ててしまった覚嘘眼を元に戻そうと必死に呼びかけますが、その努力も虚しく目を背けられてしまいます。

 そうして「和解を結ぶ」という目的を果たす事しか考えられなくなった哀れなモンスターは、ダークマター達を使えて次なる星へと目標を定めました。
 その星こそが、ラレイヴ達の住む星だったのです。

 彼は手始めに一体の感染とり憑き型ダークマターに様子を見させに行かせましたが、戻っては来ませんでした。
 それならと今度は各地に数体のダークマター達を送り込みますが、それも戻っては来ませんでした。
 とうとう痺れを切らした覚嘘眼は、自ら攻め込み最初に出会ったナイトメアウィッチを襲います。
 激しい戦闘の末、彼女を倒した覚嘘眼は彼女の体を乗っ取り、夢の泉の力を使って住民達を悪夢の世界に縛りつけ、支配することを思いつきます。

 そう、全ては球体とダークマターが分かり合える世界を作るために……

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「これで、お話はおしまい。そしてこれが、真実なんだ」
「そういう…ことだったのか……」
 なんだか信じがたい話だけど、筋は通っている気がする。
「でも…それじゃ覚嘘眼は圧倒的な力でボク達をねじ伏せて、無理矢理分かり合おうって言ってるようなものだ。そんなのは…間違ってる」
 ボクの正直な意見に、グリーンも頷きながら
「それはボクも同じ気持ちだよ。こんなの、本当の和解とは言えない」
 と答える。
 グリーンも同じ気持ち…か。だとしたら…
「助けて欲しいハーフの子って…」
「うん…その覚嘘眼のこと…」
「…君の話が本当なら、ボクらは今…」
「夢の中…だよ。覚嘘眼に支配され、ダークマターの力を持たないものは普段の1割も力が出せず、ボクらダークマター以外は自力で夢から覚める事はできない。でもみんな、その事にすら気づかないでいつもと同じ日々を繰り返している…」
「やっぱりそうか…」
 話の流れでそんな気はしていたけど、まさか本当に夢の中とは…
「こんな事をお願いするのが図々しい事は分かってる。でも…もう一度お願い。覚嘘眼を助けてあげて…!」
「……」

 助けて…か。
 確かに都合のいい話だ。ボク達を悪夢の中へと閉じ込めておいて、それを見て見ぬフリして黙っていたあげく、協力をお願いしてくるなんてさ。

 だけど……

「いいよ。助けよう」
「……!!」
「ボクは君を信じる。ここまで素直に話してくれたし、君はボク達を襲ってくるような事は一度たりともしてこなかったし…」
 そう言いかけて一呼吸おき、再び口を開く。
「それにその涙を見たら放ってなんかおけないよ」
「ラ、ラレイヴ…!」
「やろう!この悪夢の世界から抜け出し、ボク達で今回の事件の元凶の…覚嘘眼を助けるんだ!」
「う、うん!ありがとう!!」
 今なお涙を流し続けるグリーンに向けて笑顔を作ると、グリーンも涙を浮かべながら笑ってみせてくれた。
 きっと、この出会いには意味があるんだ。誰が決めた運命かは分からないけどね。

「さてと、それじゃあボクは最後の夢のかけらを見つけてから行くとするよ。だからグリーンは先に夢の泉へ向かってて」
「うん、分かった。じゃあまた後でね」
「ああ!」
 ボクは元気よく返事をすると、開いていた窓から身を投げ出す。
 地面へと吸い込まれながらも懐からナイフを取り出すと、近くの大樹に突き刺し勢いを殺す。すると地面へと足が着く頃には落下する勢いは完全に止まっていた。
 体に削れた木の幹がかかっていたので手で払いながら最初に全員が集まった場所へと向かうと、クロイツが鞘に収めたままの剣を構えてジッと立っていた。
 ただならぬ気迫に押されそうになりながらも近づくと、クロイツの間合いに入ったところで気迫が更に強くなり足を止める。
「来たか、ラレイヴ」
「これは一体何事だい?敵でも見つけたのか…?」
「いや、そうではない」
「なら何故…」
「俺と戦え」
「……へ?」
 聞き間違え…かな?そ、そうに違いない。そうじゃなきゃ戦えなんて…
「俺と…1対1で戦え、ラレイヴ。お前の覚悟、今ここで見極めてやる」
「クロイツ……」
 この感じ、あの目つき…冗談なんかじゃない。本気なんだ、彼は。
 覚悟…とはボクの事だろうか?どちらにせよ、今はその姿勢に応えるべく戦闘態勢へと姿を変えていった。

つづく。

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2件のフィードバック

  1. 零黒 より:

    タタリンとクロイツがペアを組んでておったまげましたね…ここでタイトル回収ってことはいよいよクライマックスが近いのかな?
    ノヴァ君の鱗のサンプル採らなきゃ…

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