【小説】夢夜にねがいを 第8話(アスタ編)

ボクは静かな空間が好きだ。

いや、好きという表現は違うかもしれない。どちらかというと、心が落ち着く……という方がしっくり来るような気がする。

薄暗い空間の中にポツンと灯るろうそくの火を眺めながら、ぱらりっ……と本のページをめくる。
「……」
黙々と灯りに照らされる文字を上から下へ、上から下へと繰り返し読んでいると、外から小鳥のさえずる声が聞こえてきた。
その声に反応して時計を見てみると、針はすでに6時を回っていた。
「もう……朝か」
そんなことを呟きながら、めくりかけていたページにしおりを挟み、そっと本を閉じる。

椅子から降りカーテンを開けると、部屋に朝日の光をめいいっぱい入れ込む。
今にも閉じそうな目をゴシゴシとしながら洗面台へと向かうと、蛇口を捻り顔を洗う。
「さてと…今日はどうするんだっけ」
濡れた顔を真新しいふわふわのタオルで拭くと、予定を確認するためにカレンダーのあるリビングへと移動する。

「あ そっか…町長に呼ばれてたんだった」
白紙のカレンダーを眺めてその事を思い出すと、冷蔵庫から冷えた牛乳を取り出しコップに注ぐ。

先ほどの椅子に座りなおしてビスケットの入ったバケットと手に持っていたコップを机の上にトンっと置くと、ビスケットを1枚…口へと運ぶ。
「昼くらいに来て欲しいって言われたから…まだ時間があるね」
そう呟くと、しおりを挟んだ本を開き再び文字をひたすらに追いかける作業に戻った……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…これでおしまい えっと今は……ちょうどよくお昼くらいか」
時計を確認してもうお昼を過ぎていた事に気がつくと、読み終えたばかりの本を本棚へと戻し身支度を始める。
一通りの支度を終え最後に鏡で自分の姿をチェックして問題なしと頷くと、玄関の扉を開き外へ出る。

だけど、外へ出た瞬間に感じた異変に思わず「えっ」と声をあげてしまった。
一睡もしてないし見間違えたんだろう…と、今度は気をしっかりと張って周りを見回してみるが……
「やっぱり誰もいない 誰1人見えない おかしいな……」
いつもながら住民が行ったり来たりしている石畳の回廊には誰の姿も見えず、ただ静寂の空気に包まれていた。
「……こんな事もある きっとそうだ…そうに違いない 1階の広場を見ればいつもと変わらないはず……」
回廊を少し歩いてフェンスへと近づき息を飲みながら下を覗くと、そこには誰もいなかった。……誰も。

どうして誰もいないんだろう。
今日って住民全員でどこかに旅行しに行くとかって話だったっけ?
いやいや、そんなわけない。それならボクに声がかからないわけが……
「あるかも……」
……とりあえず町長のところへ行こう。元々町長の元へ訪れるつもりだったのだし、そこで町長に聞けば分かるはず。
「町長…今日は地下二階の遺跡にいるって言ってたね……」
ボクはその事を思い返すと、地下へと続く中央階段へと移動し…階段を下り始める。
一歩一歩踏み外さないように気をつけながら地下一階まで下りきると、誰もいない回廊を移動する。

地下一階とはいえ点々と建ち並ぶお店の隙間にある窓ガラスから差し込む陽の光のおかげで、ここは地下に似つかわしくない明るさを保っている。
いつもならここに大勢の観光客が押し寄せ余計に明るい場所に見えるのだけど……今は違う。
視線をずらせば右も左もシャッターの閉まったお店だらけ。開いているお店なんて1つもない。ボクはその光景に寂しさよりも…ぞっとするような恐怖を感じた。
その恐怖を振り払うかのように急ぎ足で地下二階への階段まで向かうと、手すりのない…一段一段バラバラで歪な石レンガの階段を注意深く下りて行く。
徐々に真っ暗になってゆく空間へ淡々と足を踏み入れてゆくと、いつの間にか目的地へと辿り着いていた。

地下二階には滅多な事では来ないけど、相変わらずの薄暗さだ。
でもそれもそのはずで、灯りと言えるのは天井に点々とつるされた工事用のカンテラのみ。これじゃあ本当に足下を確認する程度の明るさにしかならない。
おかげさまで何度か石につまずきそうになったけど、それでも町長を探しながら奥を目指す。

そうしてしばらく進んでいると、おぼろげだけど見覚えのあるような人影が視界に映りこんできた。

でも倒れているような……?

そんな風に見えたので急いで駆けつけると遺跡の奥で町長は倒れていて、どうしてかその横で木刀を抱えたままベイが座り込んでいた。
とりあえず町長の名前を呼んでみるが、全く反応がない。そこで体を揺さぶってみたり、何度も町長の名前を呼んでみる……が、やっぱりピクリとも反応してくれない。
「町長……ハトラ町長!ベイもなんで黙ったままで……」
といいかけて…ある事に気がついた。

…もしかして町長もベイも寝てる?

いや、こんなところで普通寝るわけないと思うけど……でもベイは寝息を立ててるし、町長に至っては寝言を言い始めたのでこれは間違いない。
大方徹夜で遺跡の研究をしてる途中で寝落ちしてしまったというところだろうけど……町長はともかく住み込み警備のベイがこんな時間まで寝てるなんてありえない。
「とりあえず町長を移動させないと…… ん?何これ」
町長を運ぼうと体を持ち上げた際に、その右手に石板が握られているのが目に入り一旦町長を降ろす。

石板が気になり町長から引き剥がすと、そこに書かれている文章を見てそれが予言のような内容だという事に気づく。
「予言…… 確か少し前に町長と白黒の髪の毛が生えた人がそんなような事を話してたような……?」
以前回廊を歩いている時に見かけた光景を懸命に思い出す。記憶は掠れているけど、闇に覆われるとか7人の勇気ある者とか、そんな事を言ってたような……

あれ…そういえばこれにも同じようなことが記されてた気が。
そう思い改めて読んでみる。
えっと……

「かの瞳が見るは5人の刃向かった者たち その者たちを殲滅するべく…かの瞳は強く開かれる だがたった1人の少女が…かの瞳に予期せぬ事態を与えるだろう」

……か。何のことかは分からないけど、おそらく別の予言書なんだろう。
1つ気にかかるのは、刃向かった者たちが5人ということ。勇気ある者たちは確か7人と言っていたのに、何故5人なのだろう。それと、この少女は7人のうちに入るのだろうか?それとも……?
考えてもどうしようもないので、ひとまずは…と町長を背負い地下を後にした……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「これでよし 町長…まだ起きない……か」
未だ目を覚まさない町長に優しく布団をかけると、静かに町長の家から抜け出す。

あの後、地下から町長の家まで戻り町長をベットに寝かせると、ボクは大急ぎで知っている限りの住民の家へと出向いた。
幸いにもどこの家も鍵がかかっていなかったので、すんなりと入ることができた。どう考えても不用心だけど。
そして家の中を覗くと、そこにはぐっすりと寝ている住民の姿があった。
その瞬間、感じていた不信感が確信に変わり寝ている住民を必死に起こそうとした。でもダメだった。誰1人例外なく起きようとはしてくれなかった……
何が原因なのかも分からず、とぼとぼと町長の家へと戻って来ると、しばらくの間…頭を抱えてふさぎこんでいた……っと、そんなところである。

「今…この町で起きているのはボク1人……なの?」
そんな言葉を零しては、溢れそうになる涙を堪え回廊の壁にもたれかかる。
耳をすませば聞こえてくるのはしーんとした静寂だけ。まぶたを開けたって雲ひとつない青空しか映りやしない。
「……違う」
こんなのは、ボクの知ってるニーナタウンじゃない。
姿や形は似ていても、まるで全く違う町にいるみたいだ。好きだったこの町の景色も、今ではモノクロにしか見えない。
みんながいないこの町は、こんなにも寂しいものだったんだ。
でもそんな事に気がついたって、ボクには何もできない。今はみんなが何事もなかったかのように起きてくることを願うしか……
「そういえば……ユウスだけはどこにもいなかった またどこかで迷子にでもなってるのかな……」
1人彷徨いあっちこっちで頭を押さえて頑張るユウスの姿を思い出したら、なんだか可笑しくなって笑ってしまう。

そうだよね。
ユウスならこんな時諦めないよね。

「よし…ボクだって頑張らないと」
そう意気込み立ち上がった時だった。

急にとてつもない寒気が全身を駆け巡り、それと同時にぞっとするような感覚が襲ってきた。
この感覚……間違いない、あいつらだ。

でもなんでこんな時に限って……!!

「えっと……あれか!見たこともない数だな……」
遥か遠くを見渡せば、数十もの黒い点が徐々に近づいてくるのが見えた。だけど、どう考えてもあの数は異常だ。

今…ボク以外の人達は夢の中だ。なんとか守り抜きたいけど、空を覆い尽くすほどの数は正直倒し切れる自信がない。
だけど…やらないと。
この町を守れるのは、ボクしかいないんだから。

ボクは踵を返し一階の広場まで走ると、覚悟を決め戦闘の体制をとる。
「……来い。アンタ達はボクが1人残らず倒して……?!」

なに…あれ。

いざ戦おうと頭上を見上げると、そこには全長10mはある人型の〝黒い何かが〟佇んでいた。
そいつが閉じていた瞳をゆっくりと開き目と目が合った瞬間、その瞳に映る〝黒い自分〟と出逢った。

か、体が動かない。
心が……心が吸い込まれる……早く…早く視線を逸らさないと……

痛い。イタイイタイ。

なんだ……体が浮いてる…?
違う……これは……!!

「吹き飛ばされてるッ!!」

ハッと目を開くと数分前に見た青空が、過去の記憶と一致するように広がっていた。
「何を……された?あいつは……!!」
最後に見たのは心をぐしゃぐしゃにするような淀んだ瞳。それから……

…いや、そんな事今はいい。とりあえずは地面に引っ張られつつあるこの状況をどうにかしないと。
ボクはストーン能力を使い、いつもの感覚で石像化すると…ドゴォ!という音と共に地面へと着地した。
ストーン状態を解き被ってしまった砂埃を払うと、真っ直ぐに顔を上げ目の前に飛び込んできた建造物の塊を見て
「メカノ……か」
と呟いた。

つづく。

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