「ん…..?ここは…..」
凍えるような寒さで、ふと目が覚めた。全身には冷たくて、でも柔らかいクッションのような感覚が伝わってくる。
やがてそれが雪だということに気がつくと、凍てつく感覚を我慢しながらゆっくりと起き上がる。
「寒いな……それに真っ白だ」
見渡す限り一面銀世界。
ただ1つ周りと違う点と言えば、目の前にある大きな泉だった。
「泉に囲まれた孤島…..か。ずいぶんと変なところに出ちゃったな……」
「意外とそうでもないぞ?」
「ん……?」
ふっと視線を声の主の方へと向けると、そこには黒いマントを身に纏ったいかにも怪しそうなやつが、ふよふよと浮いていた。
その姿は大きく、おそらくボクら球体9体分くらいのサイズはある。
姿形は人間に類似し、黒い瞳からは全てを飲み込んでしまうような、そんなものを感じた。
そいつはふふっと笑うと、見下したような態度で話しかけてきた。
「まさかここに球体が来るとは思わなかったぞ」
「ボクは別にここに来たくて来たわけじゃないんだけどね」
「いや、そうだとしてもこちらには好都合だ」
「好都合?ボクがここに来たことが?」
「そうだ。我にとってはな」
そう言うとそいつはくるりと背を向け、コツコツと音を立てながら歩き始めた。
ついてこいということだろうか。だけど油断はできない。
ボクは警戒の目を光らせながら、ゆっくりとその後をついてゆく。
すると200歩くらい歩いたところで、そいつは突然歩みを止めた。
「見ろ、これを」
「これって……?」
見ろと指差した先を見つめると、そこには小さな泉があった。
中央にはグラスのような台座から水が流れ落ちており、その中心には小さな台座がそびえ立っていた。
この不思議でいて神秘的な感じ、どこかで……
「どうだ、この星の〝夢の泉〟は。いい感じの目障りさだろう?」
「夢の…..?!」
そ、そうか。
どこかで見たことがあると思ったら、昔本で見たものにそっくりだったからだ……
だけどこれ、夢の泉って言うのか…..知らなかった。
そういえば、夢の泉でもう1つ思い出したことがある。確か夢の泉って、ダー…..
「どこを見ている」
「⁈」
なんだ?星⁈
考え事に没頭していたボクは突然流れ落ちてきた星の回避が間に合わず、それをもろに喰らった。
ドシンっと響きわたる痛みに耐えながら受け身をとると、さっきのやつが不敵な笑みを浮かべながらこちらの様子を伺っていた。
そいつはこちらに指さしをしながら、大声で叫んだ。
「ふふふ、こんな不意打ちすらかわせないとはのう」
「どういうことダ。なぜこちらニ向かって攻撃してキた!!」
「なあに、ほんの余興だ」
「余興だトっ⁈」
「そうだ。我の名はナイトメアウィッチ。人々の見る夢を悪夢へと変え、それを監視する者」
「ナイトメア……?ぐっ、やっぱリいいやつじゃナかったな!!」
「おやおや、最初からそんな風に見られていたのか。流石の我も傷ついたぞ」
「本当に傷ついたのハこっちダ!!」
「ふーん、そうか。なら仕方ないな」
「「春が来るまで、永遠の眠りにつかせてやる!!!」」
そう叫んだ瞬間、ボクは力を集中させる。
すると背中の輪から4本の赤い羽状エネルギー体が発生し、体の周りを浮遊し始めた。
ボクはそのうちの1本を手に取ると、剣の形へと形状を変化させ構えた。
「ほう、その眼といいその剣といい…..お前、ただの愚民ではないな?」
「……」
「答えぬか。それならば体に聞くだけだ!!」
ウィッチはこちらに向かって指差すと、指先から無数の星を撃ち出してきた。
真っ直ぐに飛んでくる星を避けると、ウィッチ目掛けて一直線に駆け出す。
それを見たウィッチは頭上に星の塊を作り出すと、それを真上へと打ち上げた。
すると星の塊は空中で小さな爆発を起こし、まるで豪雨のように降り出してきた。
「この数ハ流石に避けきれナいな……」
そう呟きながら剣を振りかざすと、次々と星を飲み込んでゆく。
頭上と前方、2方向からの星をさばきながらウィッチとの距離を詰めると、助走をつけて大きく飛んだ。
それを見たウィッチはニヤリと笑いながら声を上げる。
「ほうっ、あれを全て避けるか!中々やるのう」
「そりゃドウも!」
「だが、調子に乗るのもここまでだ」
「!!」
な、なんだ⁈
突然体が重く……!!
何が起きたのか分からないけど、このままだと地面へ衝突してしまう!くそ、何か手は……
ボクがどうするかを考えた瞬間、何やら周りがチカチカと光り始めた。
嫌な予感がしながらも周りを見渡すと、自分を取り囲むようにオレンジ色の星がぐるぐると回っていた。
これは…..?!
「気になるだろう、その星が。それが他の星とは違うということが」
「ぐっ…..!!」
「我は優しいからな、特別に教えてやろう。その星は爆破性の性質を持つ星……つまりは爆弾だ。それもかなり高威力のな」
「なっ、ナんて事を思いつくンだ…..!!」
「さらばだ、暇つぶしにもならぬ愚民よ」
次の瞬間、凄まじい轟音と共に巨大な大爆発が起こった。
爆発は一瞬でその役目を終えると、次はと言わんばかりに煙が立ち込める。
その様子を見ていたウィッチは、笑う事もなく呟いた。
「ふっ、こんなものか。期待するだけ無駄だったな。さて、どうする……」
「だッたらボクがやることをオシエテあげるよ!!」
「なにッ⁈」
ボクは煙の中から姿を見せると、握っていた剣を振り下ろす。
すると、斬り裂いた空間から無数の星が顔を出し、ウィッチ目掛けて降り注いだ。
ウィッチは星に驚きながらも受け止めるが、その隙をボクは見逃さなかった。
「これモ返すよ!!」
「なっ……ぐふっ!!これはさっきの⁈」
「そうだ、それは君ガ今さっきボクの背中ニ突き刺した巨大星ダ!!」
「ぐうううう!!!まさか、こんな……!!」
「そして、コレで…..!!」
落下の勢いを更に深め、剣を一気に振り上げると、ウィッチに向かって思い切り叩きつけた。
苦しそうなウィッチの顔が見えるも、一切躊躇することなく突き放すと、ウィッチは地面へと吸い込まれるように落ちていった。
ドシンッ!!
という大きな衝撃音が鳴り響くのと同時に地面へと着地すると、すばやくウィッチの元へと近寄り剣を突き立てた。
「勝負あり……だね。ボクの勝ちだ」
「……ふふっ」
「……?!なんで笑う!」
「いや、すまない。予想以上の強さだったものでな。これなら任せられそうだ」
「何の話だ…..?」
「試していたんだよ、お前を。あいつらを倒せるだけの実力があるかどうかの」
「あいつら……?」
「ふむ、順に説明してやる必要があるな」
ウィッチがそう言いながら起き上がろうとしたので、話が気になったボクは仕方なくウィッチの上から降り、剣は依然構えたままウィッチを見つめる。
ウィッチはゆっくりと起き上がると、体に着いた雪を払いながら口を開いた。
「お前、ダークマターがこの星に攻めてきた…..ということには気づいているのか?」
「……やっぱりそうなんだね」
「ああ、その通りだ。今やつらはこの星のほぼ全ての町を襲撃し、支配しようとしている」
「それは分かってる。だからあいつらを倒せるだけの実力があるか、試したってこと?」
「そうだ。今のあいつらには誰一人勝てないだろう。このままでは犠牲は増すばかりだ」
「だったらどうしろって……」
「急かすな、話はまだ終わりではない」
ウィッチは組んでいた足を組み直すと、話を続ける。
「今回攻めてきたダークマターの数は数え切れないほどの数だ。だが、そんな数が一斉に1つの星に現れるとは思えない」
「……というと?」
「やつらを束ねているリーダーのようなやつがいるということだ。確実にな」
「なるほどね。つまりそのリーダーというのを倒せば他はどうとでもなる。でもそれには実力のある者が必要不可欠……か」
「そういうことだ」
なるほどね。そういうことか。
確かにあいつら一体一体も十分強いけど、頭さえ叩いてしまえば動揺して引き上げるかもしれないな……
だけど…..それだけの数を束ねることができるリーダーというやつに、ボクは勝てるだろうか……
不安と疑問で心が押し潰されそうになっていると、突然ウィッチから声をかけられた。
「お前…..名前はなんという?」
「え…..?名前?ボクはラレイヴ。どこにでもいる球体の1人だ」
「ラレイヴ……か。お前、今やつらのリーダーに勝てないと考えていただろう?」
「……!!」
「やはりか。まあ気持ちは分からなくもない。だが、心配することはない。あいつにも効くであろう武器がある」
「武器……?」
「ああ。夢の剣と言ってな、夢のかけらというのをそうだな……7つくらいあればできる剣だ」
「じゃあ、その夢のかけらっていうのを集めてくればいいんだね?」
「そうだな」
夢の剣……
ダメだと思っていた不安が、嘘のように晴れていく。
その剣があれば勝てるかもしれないんだ。よーし……
あ、でも待てよ?
その剣を作るための〝夢のかけら〟というのはどこにあるのだろうか……?
その疑問を解くため、ボクはウィッチに声をかける。
「ねえ、ウィッチ。思ったんだけどさ、その夢のかけらっていうのはどこにあるんだい?」
「え?そうだな……人のいないところに発生しやすいから……ダンジョンなんかに行けばあると思うが」
「ダンジョンか……よし、じゃあ早速出発しようか」
「……?我は行かぬぞ?」
「え?なんだよそれ」
「ちとここから離れられぬものでな……代わりに手が空いてそうなやつらに声をかけておいてやろう」
「そんなことできるのか?」
「我は悪夢を操るナイトメアだぞ?寝てるやつらにメッセージを伝えることなど、造作もないことだ」
「そうか……なら、よろしく頼むよ」
「分かった」
ボクはくるりとウィッチに背中を見せると、そのまま前に向かって歩き出す。
具体的な敵も見つかって、やるべきこともできた。後は精一杯やれることをやるだけだ。
きっと長い戦いになるだろう。
でも、それでもやらなきゃいけない。だってボクは……
「あいつらと同じだもんね……」
「ん?何か言ったか?」
「何も!それよりも、まだ君のこと許した訳じゃないからね!!」
「ああ、許してくれなくて構わない。どうせこの件が片付けば、我とお前は敵同士なのだからな」
「…….そうなるといいね」
「そうだな……」
ボクは地面を強く踏みつけると、その場を後にした……
つづく!