ぜろはちいちぜろ!ECC

ぜろはちいちぜろ!Eccは、

少年と空中図書館
幽霊屋敷の悲劇
神様の雑談
の3本でお送りします。

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【少年と空中図書館】
1.少年と図書館

移動図書館リュートダビィの室内は、珍しく静まり返っていた。いつもは常に聞こえているジェットのエンジン音やウイリー達の走行音も無い。聞こえるのは本のページを捲る音だけ。ぱらり。

本を読んでいた少年――リュラが本を閉じ、伸びをする。テーブル上の写真に視線をやり、表情を和らげる。
「目当ての情報は見つかったかい少年!」背後からぴょこりと誰かが顔を出し、リュラは座っていたソファから転げ落ちそうになった。
リュラの背後から顔を覗かせたのは、リュートダビィの操縦士カーシェだった。リュラが口を尖らせる。
「カーシェさん、操縦はしなくていいの?」
「自動操縦だから大丈夫〜!」
「……それってカーシェさんがいる意義、「ストップ!それ以上は禁句だ少年!」
リュラ少年の前に両手を突き出す。カーシェの目が泳ぐ。
「そ、そんな事より!一体何を調べているんだい?」アセアセとした表情で、リュラの背後からテーブルを覗き込む。

並んでいるのは、おとぎ話の絵本からページじゅうに字がぎっしりと詰まっている学術書までと幅広い。共通事項は「魔物関連の本ばかり」という事である。
「魔物が好きなのかい?」
「いや、それは」
「じゃあなぜ魔物の本ばかり読んでるんだい。」
「うん、まあ……。」
リュラは歯切れの悪い返事を返す。それにますます興味を持って、カーシェはソファの背もたれに体重を乗せて身を乗りだす。

体重をかけすぎた。

背もたれがミシリと鳴って、次の瞬間ソファが二人ごとひっくり返る。テーブルも巻き込まれて、本がバラバラと床に散らばる。
部屋の隅で目を閉じていた台車ウイリーと踏み台ウイリーが迷惑そうに二人を見つめる。
「ぷはっ!」
先に起きあがったのはカーシェだ。
「大丈夫かいリュラさん!」
「な、なんとか」
リュラも頭をさすりつつ起きあがるが、テーブルの惨状を見て顔を真っ青にした。
「写真が!」

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……リュラの両親は、魔物に殺された。

ソファの下を覗きながら、リュラは先ほどの問いに関する回答を訥々と語った。

それまで平和だった生活は一変した。姉と命からがら逃げたリュラはヒュルエイに転がり込んで、以降、姉の経営するパン屋を手伝いながら魔物に関する情報を集めている。
ヒュルエイがちょうど故障停車中の時にたまたま現れたリュートダビィを慌てて止めて図書を閲覧させて貰ったのも、両親の仇の情報を集める為だ。

本棚の隙間を覗いていたカーシェが振り返り、何か声を掛けようとして口を開き、何も言えずに口を閉じた。

先程テーブル上に乗っていた写真は、残っているうちでいちばん写りのいい家族写真だった。健在な両親が笑い、姉と父の間で幼いリュラがニコニコ笑っていたそれは、リュラにとっては宝物でありお守りのような物でもあったのだ。
「うわああ!それは見つけないと!」
カーシェが慌てて本の山を掻き出す。ウイリー達も足元に注目しながら部屋の中を走り回っている。
「大丈夫だよ」とリュラが言おうとした瞬間、地鳴りのようなエンジン音が響き、部屋の中に居た全員が一斉に窓の外を向いた。

修理が終了したのだろう、エンジンに火の入ったヒュルエイがアイドリングをしている。
カーシェもリュラも、手にしていた本をばさりと取り落とした。
リュラがリュードダビィで調べ物をする時間は、「ヒュルエイの修理が終わるまで」と伝えていた。いつまでも本を読んでいる訳にはいかなかったし、リュラが写真を無くしたという事情は誰も知らないから仕方ないのだけれど。

カーシェがリュラに困ったような視線を向ける。事情を説明して、エンジンを止めて貰おうか?
しかしリュラは床を睨んで、「これくらいの事で迷惑をかける訳にはいかない……。」
リュラを急かすように、ヒュルエイの汽笛が鳴った。
「あんな大きな機体が温まるにはそれなりに時間がかかるだろう?! 急いで写真を探そう!」
カーシェの大声でリュラも我に返り、二人は超特急で部屋の中を改めていく。
しかしテーブルをひっくり返しても、本のページとページの隙間を覗いても、リュラの家族写真は発見出来なかった。

ヒュルエイの汽笛は、ますます二人を急かすように甲高く響く。
ついにリュラが諦めたように唇を噛み、「色々ありがとう、カーシェさん。僕もう帰るよ。」と頭を下げる。
カーシェはリュラを引き留めるべきかどうか迷った。常に大陸を移動しているヒュルエイとリュートダビィは、次にいつ遭遇できるか分からないのだから。

結局何も言えずにリュラを出入口まで見送って、「写真が見つかったら渡すから。」と言い訳がましく呟いた。
こくりと頷いたリュラだが、落ち込んでいるのが傍目にもハッキリとわかる。
リュラがヒュルエイに乗り込むまで見送ってから、カーシェも重い足取りでリュートダビィに引っ込んだ。とぼとぼと歩くカーシェの背中を踏み台ウイリーが気遣わしげに見上げて、しばし固まる。
次の瞬間、踏み台ウイリーはジャンプしてカーシェに体当たりした。
「ど、どうしたのさ踏み台くん!」
狼狽えるカーシェの目の前で、踏み台ウイリーは何かを訴えるようにしきりにジャンプしている。
不思議に思いながら、カーシェがコートの背中側を手探りで探ると、なにか固い紙片にぶつかった――取り出して目をむく。リュラの家族写真ではないか!
慌てて窓から外を覗くが、ヒュルエイはもう出発してしまっている!
「やばーい!」
出入口から外に飛び出したカーシェは、喉も破れんとばかりに号令を出した。

「台車ウィリぃぃ助けてー!」

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ヒュルエイのデッキから顔を出したリュラは、流れる景色をボンヤリと眺めていた。はぁ、と溜息をつく。
そこに「リューラーさーん!」とどこか間延びした叫び声が響いた。

あたりを見回すと、ものすごいスピードで走ってくるウイリーと、それに乗るカーシェ。ウイリーには羽が生えている。目をこするリュラ。もう一回見る。やっぱり羽が生えている。
「えいっ!」
カーシェの掛け声でウイリーが羽ばたき、リュラの居る高さで並走する。
「写真、見つかったよ!」
カーシェの差し出す写真を受け取り、カーシェを見て、写真に目を落とし、もう一度カーシェを見る。驚く気持ちが勝って、言葉を紡ぎ出せない。
やっとの思いで息をひとつ吸い込んだ瞬間に、エンジンがノッてきたのかヒュルエイのスピードが上がる。
引き離されるリュラとカーシェ。

「カーシェさん!ありがとーっ!」
写真を握りしめ、リュラは大きく手を振った。
ウイリーを止めたカーシェも、ヒュルエイが見えなくなるまでずっと手を降っていた。

【幽霊屋敷の悲劇】
2.幽霊屋敷の悲劇

久々の獲物だ!

ルーナ・エ・マーレ・イゾレの海岸線にぽつりと佇む不気味な屋敷、そこに住まう魑魅魍魎がケケケと悪魔的な笑いを上げた――そう、何を隠そうこのポルターストール、本物の幽霊屋敷なのである。

哀れ、何も知らない旅人風の男――青いマフラーを巻いた獣風のカービィは、幽霊屋敷に一人ぼっちで宿を明かす準備を進めている。
「屋根のある所が見つかって助かったよ。」などと脳天気に呟く男を、幽霊達があざ笑う。さあ、怖がらせてやるぞ!
一斉に飛びかかろうとした瞬間。凍りついたのは男ではなく幽霊達だった。慌ててうしろに飛び退る幽霊達。な、なんだこの禍々しい気配はっ?!

旅人の男の目の前には、携帯用のカセットコンロと干し肉、びん詰の野菜と穀物の袋が置かれていた。それはまあ良かった。
問題は、コンロの上でぐつぐつ煮えている、正体不明の、ダークマターもかくやと思しき物体だった。
醜悪な臭気、泥と毒キノコを煮詰めたような色合いで、常人ならばそれを目の前にしただけで吐き気を催しそうなシロモノである。立ち上る湯気すらどす黒い。薄暗い幽霊屋敷内においてなお、「黒さ」を認識できる程だ。もはや瘴気が見える。あまりのおぞましさに怯える幽霊達。

「みんな、落ち着いてぇ〜。」
のびやかな声が響き渡り(幽霊専用の周波数なので旅人の男には聞こえていない)、幽霊達は一斉に振り返った。
視線の先に居たのは、枕を抱えてふわふわの雲に乗って浮かぶ、一見人畜無害そうな幽霊だ。
「僕が行くよぉ。」
と言うが早いか、返事も聞かずにフワフワと、旅人の居る方向に向かって飛んでいく。
「ル……ルナ様!」
「ルナ様が出るぞー!!」
幽霊たちがざわつき、道を開ける。
ルナ・レナード。普段はマシュマロ食べつつ惰眠を貪るような昼行灯を装っているが、実はポルターストールで1番偉く1番実力のある幽霊である。後半は今いる幽霊達の勝手な憶測だが。

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鍋をかき回していた旅人の目の前に、空中から滲み出るように幽霊が姿を表した。
「どうもぉ、お晩です。」
旅人の男は耳と体毛を垂直に立たせ、ぴくりとも動かない。いきなり現れたルナにびっくりしているようだ。ルナは気にせず、へらへら笑う。
「館を荒らすなんて悪い人だねぇ。そんなお鍋なんて、こうだっ。」
いたずらっぽく宣言。帽子の中から宵色の腕を伸ばし、これがポルターガイストだ!とばかりにコンロの上で煮えたぎる鍋を勢い良く持ち上げた。
それがいけなかった。

傾けられた鍋から中身が溢れ、ルナの帽子から伸びた細腕をジュワァァァと溶かし、バランスを失った鍋はルナの頭へ豪快にその中身をぶち撒けたのである。
「うにゃああああぁああぁぁぁああぁあ!!!」
普段のルナからは考えられないような絶叫を残し、ルナはふっつりと男の視界からかき消えた。
幽霊達が慌ててルナに駆け寄る。
直前で顕現状態が解けたのが良かった。帽子から伸びる腕以外にルナに外傷は無く、その腕もジリジリを回復しつつあった。
しかし幽霊達の間には、いぜん緊張した空気が張り詰めていた。
「ルナ様がやられた……。」
「ダメだ、あんな奴にかないっこない!」
恐れおののく幽霊共は、旅人に怯えきった視線を向けた。

旅人――ウノは、ひっくり返った鍋と、さっきまで誰かが居たような気がする空中を見比べて首を捻っていた。
そんなウノの背中に、ぼすん。何かがぶつけられた。
背後を振り返るウノの視界に、たくさんの投擲物がドカドカと飛んでくるのが目に入る。
「うわあー!」
ウノは慌てて地面にしゃがみ込む。耳や体にボスボスと何かがぶち当たるが、あまり固い物体では無いようで、まったく痛くない。
やがて攻撃(?)が止んだので、おそるおそる目を開ける……と、足元に転がっているのは大量の食べ物であった。これまた驚いて、周りを見回すウノ。姿は見えないが、そこはかとなく、怯えた気配が充満しているような。

周囲を見回したウノの足元に、そろそろと、おまんじゅうの袋がひとつ追加される。なんとなく、その佇まいは「お供え物」のようで――。
少し考えた後、ウノは周囲の空気に向かって手招きした。
「……お前らも一緒に食わんかいの?」

その日ポルターストールでは、これまでに無いくらい大規模な宴会が開かれた。
ウノに供えられた食べ物は次々と封が開けられ、幽霊屋敷に住まう様々な魑魅魍魎の口に消える。実体を持たない幽霊達は食べ物に残されたわずかな生気を吸ってご満悦。
誰が持っていたのか酒の瓶まで開封され、顔を真っ赤にして倒れる者、呑んでいないのに場酔いしてケラケラ笑う者。おぼつかない足取りで空中をデタラメに浮遊する幽霊達。賑やかな雰囲気にウノも愉快そうに笑う。

「あんなに濃い瘴気を作れるなんてすごいよー!君もここで暮らさないかい。」というルナの言葉には、苦笑しながら首を横に振った。

【神様の雑談】
3.神様の雑談
ポルタオロロージは空に浮かぶ神殿の街だ。
今日の天気はあいにくの曇り。濃霧のような雲に周りを覆われ、うすく灰がかった雲に頭上を蓋されている。ただし、太陽のあるあたりに雲の切れ目があり、白く新鮮な光が放射状に降り注いでいた。
天使でも降りてきそうな空だった。

そんな静謐な空間の中を、一人の少女が駆けていく。
少女の名はレウシー。腕がイルカのヒレのようになっている以外はごく普通の少女だ。
レウシーはとある古めかしい扉の前で立ち止まり、子供ひとり分の細さに扉を開ける。何度も周囲を見回してから、その水色の体を扉の中に滑り込ませた。

扉の内側は神殿だった。
ほとんど何も聞こえない、静寂が部屋いっぱいに満ちている。冷たくて古めかしい空気。神話の一場面を模したステンドグラスが壁に嵌め込まれている。神殿を支える石造りの柱は、見上げていくと後ろに転びそうになるくらいに高い。壁や床に目を凝らせば、いくつもの歯車が小さな軋みを上げてくるくると回っている。柱時計の中みたいだ、とレウシーは思った。
レウシーは数十秒間すっかり見とれてしまってから、慌てて首を振った。音を立てないよう慎重に、そーっと足を踏み出す。
ここは「時の神殿」の本堂。本来は選ばれた者しか入る事を許されない場所である。
レウシーは本堂の最深部で足を止める。ご神体が、少し高い位置から彼女を迎えた。

「あの」

思った以上に声が響いて、少女は飛び上がった。 足元に縮こまって出入口を睨む。たっぷり時間をかけて、「誰にも気付かれてない」と判断し、ほっと息をついた。ご神体に向き直る。
レウシーは少しもじもじとためらってから、決意を決めて祈りのポーズに手を組み、そっと囁いた。
ちょうどその瞬間、少女とご神体のある位置に雲の切れ目が流れ、ステンドグラスから色とりどりの光が溢れて少女を照らした。
「友達ができますように!」

「ムリムリ、だって私いま省エネモード中なのですよ?」

「えっ?」
「んん?」

レウシーはきょろきょろと辺りを見回す。レウシー以外には誰も居ない。間違いない。もし誰かが居たら、レウシーはとっくにつまみ出されて大目玉をくらっている。
「驚きました~。貴方、私の声が聞こえるんですか?」
再び聞こえた声は、間違いなく、レウシーの目の前にあるご神体から聞こえてきた。すっかり混乱しながら、レウシーは尋ねる。
「あなたの名前は?」
「クロノス。」
レウシーはすっかり目をまるくした。それはまぎれもなく「クロノスさま」であり、ポルタオロロージで信仰されている神様であり、この神殿に祀られている主であった。

「君は新しい神官かなにか?」クロノスの言葉に、レウシーは首を振る。
「へー、そっかー。そんな簡単には聞こえない筈なんだけどねえ。タイミングかな。」思っていたよりもフランクな口調で語る神様に、レウシーはふと不審を覚えた。もしかしたらこの声は本物の神様ではなく、勝手に教会に入ったひとを懲らしめる為の罠かもしれないとレウシーは思った。

「ねえ、あなた本当に神様なの?」
「本物ですよ。失礼ですねー。」
「神様だっていう証拠はある? ……あ、そうだ。あたしがさっき言った願いを叶えるとか」
「だからそれは無理なんですって、今わたし省エネモードなんですもん」
「どうしてそんな事になってるの?」
「気になります? いいですよー、特別に教えてあげちゃいます。」

そしてレウシーはクロノスの話を聞いた。それは人に願われて創られたクロノスの過去、一人ぼっちで”刻の狭間”から世界を観察し続け、現在は力の一部を封じながら過ごしているという話だった。クロノスの口が閉じた時、レウシーは口を尖らせて呟いた。
「むーっ、なんかそれってひどいよ。」
「そうですか? 封印して~と頼んだのは私なので軋轢は無いのですよ。こんな事になっているのも私が『全知無能』なせいですし。」
クロノスの声があっけらかんとしすぎていて、レウシーは何も言えなくなってしまう。クロノスはマイペースに言葉を続ける。
「君の願いを叶えてあげられないのは残念ですけれど。」
「ううん、それはもういいよ。」
本当にひとりぼっちの神様に、両親や友達が居なくても施設の職員さんが居るレウシーの願いを叶えてもらうのは気が引けた。
もう、この声の主が本物の神様かどうかなんてレウシーにはどうでもよくなっていた。声が語った身の上話は、淡々としているようで切実な思いが込められているのが感じられて、声の主が過去に本当にそういう経験をしていると分かったからだ。

声の主はそんなレウシーの心の機微もおかまいなしに、
「ふっふっふー、それでは折角ですし、私の知ってる昔話色々を語るのですよ。なんせ神官でもない話し相手は貴重です、たっぷり24時間――」
ふいに、陽が陰る。
神様の声が急に遠くなった。レウシーはびっくりして、ご神体をまじまじと見つめた。
たっぷり20秒くらい経ってから少しだけ陽の射した神殿に、神様の残念そうな声が聞こえた。
「どうやらそろそろ特別な時間も終わりのようなのです。」
そう告げた神様の声も、先ほどまでと違ってどこか遠い。
驚く事の連続だったけれど、この声と話す事は楽しかったのだ。残念に思い、顔を伏せるレウシーにしかし、神様の声が掛かる。
「そうだ。さっきの君の願いなのですが、簡単に叶える方法があるですよ!」
その声にレウシーは驚いて顔を上げる。

「私と友達になれば良いのです!」
いいアイデアでしょう!と言いたげに宣言する声。レウシーが何か言う前に、
「あっもう保たないのです!じゃあまたそのうち!なのですよ!」
軽い口調で一方的な挨拶をされ、ラジオの電源を捻ったみたいに、声はぶつりと途切れた。ステンドグラスの外には濃い雲海が流れている。もう陽はすっかり陰っている。

薄暗い神殿の中。掃除当番の神官が本堂の中に入ってくるまで、レウシーはぽかんとしたまま立ち尽くしていた。

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