【小説】夢夜にねがいを 第1話(プロローグ)

〝世界が平穏な時を刻む中、その時は突然訪れしけり。空が真っ赤に染まり、淀んだ瞳が民を襲い世界は不穏な空気に包まれる。そんな時、どこからか七色の光と共に7人の勇気ある者が現れ、世界を平和へと導くであろう……〟

「なんですか、それ」

「古い伝承だよ。つい最近ニーナタウンで見つかったみたいなんだ」

「へえー、そうなんですか」

「でもこれ、伝承とは言ったけど予言でもあるみたいなんだよね。他の石版にそう書いてあったらしい」

「予言……ですか」

「そうそう。それで、君は何か心当たりはないかな?なんでもいいんだ」

「そうですね….申し訳ないですが、私には分からないです」

「そっか……」

知らないかー。
まあダメ元で聞いているのだから、運がなかったと諦めるしかないかな。

ボクはテーブルの上に置かれたクッキーを一枚取ると、口の中へと運んでゆく。

それにしても……

「このクッキー、すごく美味しいね。こんなクッキーは食べたことないよ」

「本当ですか?これ、私の知人が好きだったクッキーなんですよ。気に入ってもらえて何よりです」

テーブルの向かい側に座っている男の人はそう言うと、少し笑ってみせる。

その笑顔を見ていると、なんだかこちらもにこやかな気持ちになってきた。

その後もボクらがたわいもない会話をしていると、すぐ横にあった扉がキィィィと小さな音を立てながら開いた。

音に反応して扉の方を見てみると、白兎のような人がこちらに向かって軽く一礼してきた。

その人は「おや、お茶会ですか?」と尋ねてくると、向かいの席に座っていた男の人にも一礼をする。

一礼された男は「あなたもどうですか?」と聞くと、白兎のような人は慌てて首を横に振る。

「いえ、私は…..」

「遠慮することはないでしょう?それに人数が多い方が盛り上がりますし」

「……そうですね。では、お言葉に甘えて」

そう言うと白兎のような人は席に着き、空のティーポッドに新しいお茶を作り始めた。

お茶の葉を用意し始めると、それを見ていた向かい側の席の男の人……レフベルが声をかける。

「あ、それは新しいお茶の葉ですか?」

「はい。最近ここに来た旅人さんから購入したもので、スッキリとしていて飲みやすいとのことです」

「へえー、そうなんだ」

ボクが適当に相槌をうつと、紅茶を注ぐいい匂いが漂ってきた。

あ、そうだ。
せっかくだからこの人にも聞いておこう。

「あの、白兎さん」

「はい……あ、すいません!自己紹介がまだでしたね。私はルシアスといいます。以後、お見知りおきを」

「ルシアス、だね。うん、じゃあルシアス。1つ聞きたいんだけどいいかな?」

「はい、なんでしょう?」

「えっと….だね」

ボクは先ほどレフベルに話した伝承を同じように伝えると、ルシアスは少し首を傾げながら口を開いた。

「申し訳ないですが、伝承の意味は分かりません。ですが……」

「ですが?」

「伝承の一節にあった〝七色の光〟というのは、もしかして虹の剣の事じゃないでしょうか?」

「虹の剣…..」

「かの有名な星の戦士が使ったとされる伝説の剣のことですよね?確かにあの剣は七色に輝くと聞いたことがありますが……」

「まあ、1つの仮説ですので違うかもしれません。すいません、力になれなくて」

「いやいや、そんなことないよ。これで答えに一歩進んだ。ありがとう」

頭を下げお礼を告げると、ルシアスは少し照れたような顔で入れたばかりの紅茶を一口飲み込んだ。

それはそうと、虹の剣…..か。
名前を聞いたことはあるものの、実物を見たことは一度もないな。

聞いた話では、星の戦士はその剣でダークマターを滅多打ちにしたとかなんとか。

あくまで噂だから、それが本当なのかは分からないけど、それだけの力がある剣っていうのは見てみたい気もするね。

そんなことを考えていると、ルシアスから唐突に声をかけられた。

「すいません、1ついいですか?」

「ん、何かな?」

「貴方は何故ここに?この部屋は一般の方は入れないはずなのですが」

「ああ、それなら……」

「私が招待したんですよ」

「レフベル様が?」

「ええ」

「ですが、レフベル様には扉を開閉するという役目が……」

「それは分かっています。ですからこの話が終わり次第すぐに戻る予定です。それと……」

レフベルは持っていたティーカップをコトリッと置くと、キッとした目つきで話を続ける。

「普段ならば一般の方をこの応接室に入れるということはしません。ただ、この方の持ちかけてきた話が気がかりでして」

「話……?それは先ほどの伝承の事……」

「はい、もちろんそれもあります。しかしそれとは別の話です。でしたよね?」

レフベルの目線がこちらに向き、「続きをお願いします」と言わんばかりの目で見つめてきたので、仕方なくボクが話を続ける。

「うん。えっとね…..」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ダークマターの動きが活発化しつつあるという話を聞いた時は、私も正直驚きました」

「まあ突然こんな話をしたら驚くよね」

「それでどうでしたか?ルシアス様のご様子は」

「やっぱり少し驚いてたよ。いや、だいぶ驚いてたな。だって椅子から転げ落ちてたし」

「そうですか」

「まあ、ボクは少しでも心構えができるようにと思ってきただけ……」
「おーい、門番さーん!」

「ん?」

叫び声に少し驚きながらも声の方へと振り向くと、こちらに向かって走ってくる1人の青年?の姿が見えた。

その青年は緑色の瞳にもふもふした尻尾をつけていて、何故か息を切らすことなく目の前でピタリと止まった。

そのまま青年はこちらには目もくれず、門番と呼んだ人の方へ向き直る。

「門番さん、今日もお疲れ様!」

「いや、まてまて。だから何度も言ってますけど、私は門番ではなく騎士ですよ、エドワード殿」

「え?そうだっけ?いつもここの門見張ってるから、てっきり門番かと思ってたよ、シャトール」

エドワードと呼ばれた青年は、苦笑しながらそう答えた。

その様子を見ていたシャトールは、少し呆れたような顔で口を開く。

「とりあえず私は仕事に戻ります。エドワード殿は、このお客様の道案内をお願いします」

「えー。俺今日は仕事休みなんだけどー」

「それは承知してます。ですがメル様からも、そう言われておりますので」

「はあ……それなら仕方ないな。じゃあお客さん、俺についてきてくれ」

「分かった。よろしく頼むよ、もふワード」

「ち、違うッ!!俺はエドワード!もふワードじゃねえ!!!」

「え、違った?まあいいや。とにかくよろしく……もふワード」

「だから違うってば!!!」

何を気にしているのかは分からないけど、何故か赤面しながら必死に否定するエドワード。

ふと横を見ると、その様子を見ていたシャトールが少し苦笑していた。

エドワードは大声で「もう行くよ!!」と叫ぶと、ボクの手を無理やり掴み、その場を後にした……

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「もう!なんであんな名前で呼んだんだよ!!もう散々だよ!!」

「あー、ごめんごめん。でも君だってあの騎士の事を門番って呼んでたじゃないか」

「そりゃそうだけどさ…..」

「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけ……ってやつさ」

「はー……分かったよ。ほら、着いたぞ」

「へー、ここか」

エドワードに案内されて数分程度。エドワードに「この国に来たなら、ぜひ食べさせたい物がある」と言われてやってきたけど……

そのお店にはずらりと人の列ができていて、お店の入り口前の看板には〝Triple Role〟と英語で書かれていた。

店内をちらりと覗くと、中は人だかりで混み合っていた。

「えーと……なんか凄い混んでるみたいなんだけど」

「だな。このロールケーキのお店はその人気ゆえに、いつもこんな感じなんだ」

「へえ。でもまさかとは思うけど……これ、並ぶの?」

「まっさかー!今日は偶然にも予約してあるから、並ばずとも食べられるよ。さ、行こう行こう」

そう言うとエドワードは店内へと足を踏み入れてゆく。

その後に続いて店内へと入り込むと、白い体色にクルリと巻かれた巻き毛のようなものを頭から生やした人が、店の奥から顔を出してきた。

その人はこちらに気がつくと、笑顔で声をかけてきた。

「いらっしゃいマセ!予約してた方デスカ?」

「ああ。エドワードだ」

「エドワードサン……デスネ!そちらの方ハ?」

「お客さんだよ。お国の」

「そうでしたカ。では、こちらへドウゾ!」

そう言われて案内された席に着くと、白い体色の人は「それでは、少々お待ちくだサイ」と残して店の奥へと消えていった。

ロールケーキを待っている間、エドワードと様々な話をしていると、店の奥から白いロールケーキを持ったさっきの人……Mロボが姿を現した。

「お待たせしまシタ。当店オリジナルのロールケーキデス」

「うはー!美味しそう!」

「確かに美味しそうだね」

「それでは、ボクはコレデ」

「うん、ありがと」

Mロボが席を離れるのを確認すると、早速ロールケーキを口へと運んだ。

すると口の中でスッととろけてきれいさっぱりなくなった。

こ、このロールケーキ…..

「お、美味しい!なんだこれ⁈口の中で溶けた⁈」

「そうだろそうだろ!ここのロールケーキは柔らかくて甘くて……とにかく美味しいんだよ!」

「うんうん、これはいける!」

あまりの美味しさにフォークが進む。

そして、3切れ目を口へと運ぼうとした時だった。

ふと目にした飴窓に、黒い影のようなものが映り込んだ。

気になったので目を凝らしてよく見てみるも、やはりそこには黒い影のようなものがポツリと浮いていた。

そんなわけはないと思った。
ここにはいるわけがないと。

だがその影を見つめていると、疑惑だったものが確信へと変わってしまった。

ま、まさか…..

「ん、どうしたんだ?」

「す、すまない!ボクはこれで失礼するよ!!」

「え⁈じゃあこのロールケーキどうするんだ!」

「君にあげるよ!ロールケーキ、美味しかったよ!!」

「ええー?!」

驚愕したまま動けないエドワードを置き、急いで店の外へと飛び出す。

どこだ…..?
確かこの近くに……!!

辺りを必死に見回すが、さっき見た黒い影はどこにも見当たらない。

「ぐっ、一体どこに…..」

落ち着け、落ち着くんだ。

この一瞬のうちに消えるなんてのは不可能だ。この人混みの中、誰にも見つからずというならなおさらだ。

だとしたら…..

ボクは近くにあった店と店の間にあった狭く暗い通路に入り込むと、一歩一歩辺りを警戒しながら進む。

やがて行き止まりに辿り着くと、そこには浮遊したまま動かない黒い影の姿があった。

ボクは軽く深呼吸をして息を整えると、その影に向かって声をかける。

「君……ダークマターだよね?」

「……」

「何故この国に入れたのかは分からないけど、痛い目に遭いたくなければ今すぐここから出て行くんだ」

「……そ…」

「……?」

「そうやって君も、ボクらを攻撃するの?」

「……?!」

しゃ、喋った……?!

あまりにも驚きすぎて、声すら出てこない。いやでも、きっと聞き間違いか何かだ…..そうに違いない!

ボクがそう結論づけると、その黒い影はゆっくりと瞳を開いた。

しかし、その瞳はいつも見る赤色ではなく……緑色だった。

これまたいつもとは違う奇妙な光景を前に、思わず声をあげる。

「緑眼……?!そんな瞳は見たことがない!君は一体……」

「ボクはダークマター。他の子たちと何も変わらないよ」

「いや、そんなわけがない!そんな風に喋るダークマターなんて…..」

「いたらダメなの?喋ったらダメなの?」

「そ、そんなことは言ってないけど……」

「そう。でもショックだった。君はボクらと球体のハーフなんでしょ?だからボクの事、もう少し分かってくれると思ったのに…..」

「なんでその事を…..?!」

「同じダークマターだもん。分かるよ。でも……さよならだね」

「あ、待て!まだ君には聞きたい事がっ」

そう言いかけたが、緑眼のダークマターはその場から突如姿を消していった。

「消えた?!一体どうなって……」

その時だった。
突如轟音と共に人々の悲鳴が一斉に鳴り響いた。

嫌な予感が脳裏をよぎりながらも外に出ると、信じられないような光景が目の前に広がっていた。

あれほどまでに淡いピンク色だった空は真っ赤に染まり、建物は壊れ、人々は悲鳴と怒声を響かせながら入り混じり、頭上には黒い影が大量に浮遊していた。

あれは間違いなく……ダークマター……

でもなんでだ…..
この国はたった1つのドアからしか入り込むことは不可能で、そのドアはレフベルが管理している。

それならばダークマターが入り込むなんて事は絶対にあり得ない。この数ならなおさらだ。

だとしたら……まさか!!

ボクは踵を返し、全速力で人混みの中を走り抜ける。

おそらくこの状況……レフベルに何かあったんだ。急がないと…..!!

やがて人混みが多くなり通り抜けるのがきつくなってくると、建物の上まで飛び上がり、建物の上を飛びながら移動する。

しかし扉まであと少しというところで、いつの間にか黒い影に囲まれて
いた。

「はあ、はあ……なんで君たちはボクについてくるんだい?」

ボクはそう質問するが、当然ながらその答えは返ってこない。

こうなったら戦うしかない。
そう思った時だった。

突然煩かった音がピタリと止まり、迫ってきていた黒い影たちもピクリとも動かなくなった。

「な、どうなって…..」

「大丈夫ですかー?!」

「その声は……レフベル!無事だったのか!!」

「貴方も無事で何よりです!」

ボクらは互いに安堵の息を漏らすと、レフベルが思い出したかのように口を開いた。

「あ、時間がないんでした!あと8秒ほどしかありません!!」

「え、何が?!」

「時を止められる時間です!残り7秒!とにかく、今のうちに貴方だけでも外へ出てください!!」

「ボクだけって……他の人たちは!」

「この国の人たちなら大丈夫です!それよりも、貴方の脱出が先決です!!」

レフベルはそう言いながら、急いで扉を開く。

ガチャリっと鍵の開く音がすると、レフベルはこちらに振り向きそっと口を開いた。

「ドアは開けました。あとはここを通るだけです!」

「……何故ボクだけなんだい?」

「それは……貴方が話した予言が、今まさに起こっているからです」

「予言が?」

「はい。空は真っ赤に染まってますし、淀んだ瞳というのはおそらくダークマターの事です。そして、その予言を持ちかけてきた貴方も……」

「……」

「ですから、行ってください!行って、その予言の勇気ある者たちを探して、平和な世界を取り戻してきてください!!」

「平和な…世界……」

ふと後ろを振り返れば、きっと地獄のような光景が目に映るだろう。でも、そんな光景は見たくない。

ボクは扉へと足を踏み入れると、レフベルにそっと微笑んだ。

「あとはお願いします……ラレイヴ様!」

「ああ、行ってくる」

ボクはまだこの時、これが終止符への第一歩ということを知らなかった−

つづく。

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