Fall into the Midnight #01

2/25 16:00 >Loid_

「くそっ……駄目だ」
 もう何度目だろうか、ユリカや他の連中に連絡しようとしても全く繋がらない。
 例のバトルフェスタのダミー騒動から約一週間、メカノアートは相変わらず混乱に陥ったままだ。
 なんでも、そのダミーとやらがイベント用のシステムのみならず、街中のあらゆるシステムにまで浸食し影響を及ぼしているらしい。お陰で最近、機械や通信機器が頻繁におかしくなったり、ポリツィアやヴ・ルーマー、ましてや私営のCSGまでもが機能しなくなったりして、今まで機械やシステムに頼りっぱなしだったメカノアート市民がもっぱら大騒ぎなのである。
 機械が動かせないのでは俺の修理の仕事も成り立たない。当然ここ一週間は依頼も無く、誰かに付き合わされることもなく、ただいつも通りに独り工房に引き篭もっていた。
 いや、そんなのはどうでもいいんだ。何よりも心配なのはイベントの参加者だ。どうやらダミー騒動の所為でたくさんの参加者が一週間も仮想世界に閉じ込められているという噂が流れているらしい。連絡のつかないユリカ達もそれに巻き込まれてなければいいが……。そういえば、いつものバカ集団も一週間見ていない気がする。彼らの無事を願うばかりだ。
 ……そろそろ日没か。いくらメカノアートとは言えど、システムが機能していない中で夜の街に繰り出すのは危険だろう。幸いにも携帯食はまだ残っているし、外出は控えておこう……。

2/25 21:00 >Larave_

 ここに閉じ込められてからどのくらい経ったのだろう。
 もう一ヶ月経ったのか、まだ半日も経ってないのか……生身の身体じゃないからなのか、時間の感覚が狂ってしまっている。
 突如バトルフェスタに現れたダミープログラム。彼らは我々と同じ姿に変身し、対戦相手とすり替わり襲いかかって来る。その目的は不明だが、何やらイベントのシステムに侵入し、内側からプログラムを破壊していくらしい。現実世界と仮想世界の出入りができなくなったのもその影響である。
 運営がシステムの修復を試みているが、ダミーの侵食のほうが圧倒的に速いので埒があかない。そこで参加者が直接ダミーと戦い修復の時間稼ぎを、あわよくば勝利しダミープログラムの破壊をする必要がある。
 だが肝心の要である参加者の大半は、度重なるダミー戦による疲労と現実世界に戻れない不安でかなりのストレスが溜まっていた。エントランスは相変わらずたくさんの参加者でごった返してるが、そのほとんどが疲れ切った表情をしていて、中には壁にもたれ掛かっている者、バトルから帰還して卒倒する者、大声で文句や愚痴を叫ぶ者……以前の一大イベントらしい活気など微塵も無く、むしろ静かで、殺伐とした雰囲気で満たされていた。当然ボクもその一人だ。倒しても倒しても復活して自分と同じ姿同じ戦法で襲ってくるダミーには正直飽き飽きするばかりで、そもそもあの真っ黒な自分自身を何度も見なきゃいけないのはーーまるで幽体離脱でもしているかのような気妙な感覚に襲われるのでーーどうも気が滅入ってしまう。……とにかく様々な要因が重なったことで、既にボクは心身共に限界が近付いていた。
 おそらくこれはボクだけの話じゃない。誰だってこの無限地獄から逃げ出したいと思っているはずだ。しかし、それでもダミーを放ったままでいるとシステムが完全に破壊されて参加者の精神ごと仮想世界が消滅してしまう。即ちそれは死そのものだ。そんな最悪の事態を避けるためにも、ボク達はただただダミーを狩り続けることを必然的に強いられなければならないのだ。
 果たしてこの戦いに終わりは来るのだろうかーーせめてRPGのボスキャラのようなものが用意されていればわかりやすくて好感を持てるのだが。

 壁際で思いに更けつつエントランスを眺めていると、見慣れた少女がフラフラとこちらへ歩いてくるのが見えた。その子はボクの傍らまで来て立ち止まると、「ラレさ~ん……」と弱々しくボクの名前を呼び、そのまま仰向けに倒れこんだ。
 ボクを「ラレさん」と呼ぶ少女、名はユリカ。元々は半年前のスタビレッジ・ムーンホール合同運動会で司会をしていたくらいの印象しかなかったが、最近SNSで偶然知り合い(ユリカはその時グレイのアカウントを無断で使っていた)、ここバトルフェスタで再会した。
「どうしたんだい?」
 普段こそ天真爛漫というか、無邪気というか、とにかくその明るさが持ち前の彼女なのだが、
「……ダミーに負けた」
 流石の彼女も、今回は応えたようである。
「あたしに負けるなんて……まだまだ弱いってことなのかな……」
「そんなことないよ」
 察するに、ユリカの場合は単に相性が悪かっただけなのだ。彼女の武器は二丁拳銃と狙撃銃、遠距離武器だ。当然ダミーも同様である。遠距離武器同士の戦闘となると、互いが互いを牽制し合い泥沼試合と化してしまう。それに相手は疲れを知らないダミープログラム。長時間戦闘によって生身のオリジナルは疲弊し、最終的にダミーに押し負けてしまうのが定石だ。
 そして何よりも、ユリカはその若さしてレートランキングの上位に食い込むほどの実力の持ち主なのである。決して弱くなどないのだ。
 ……と、物悲しげな表情で天井を見上げているユリカをフォローしてみた。
 するとユリカは顔をこちらに向け「ふふ、ありがと」とだけ言い微笑んだ。いかにも彼女らしくない振る舞いだ。自身のダミーに負けたことが相当ショックだったようである。
 エントランスの重々しい空気の中、ユリカまでもがテンション低めでいられるとこちらまでもが希望を失いかねないので、ここでチームの結成を提案してみることにした。因みに先程までチームを組んでいたリエンとアリスさんは、偶然にもここが閉鎖になる直前にたまたまログアウトしていたようだ。
「ねえユリカちゃん、よかったらボクと組まないかい?ダミー戦に限った話じゃないけど、チームで行動したほうが良さそうだしね」
「へ?うん、いいけど……足手纏いにならないかな」
「大丈夫大丈夫」
 ユリカは遠距離、ボクは近距離。バランスも良いし、ダミー戦の泥沼化を防ぐこともできるだろう。
「んーっ、なら頑張っちゃおうかな。よろしくねラレさん」
「よろしく」
 にっこりと笑ってくれた。元気を取り戻したようで何よりである。
「それじゃあさっそくバトルしに行かない?」
「休憩しなくても大丈夫なのかい」
「へーきへーき。ノープロブレムだよ」
 ユリカはすっくと立ち上がるとニカリとこちらへ笑いかけ、ポータル(エントランスの床に設置された照明のような転送装置だ)へと軽い歩調で向かって行った。ボクは彼女の後ろ姿を追いかけ、二人でポータルの上に立つ。
 すると目の前に半透明な画面のようなものがポップアップされ、どこからともなく機械的な音声が流れる。
『ID:YURICA=サン、ID:LARAVE=サンノでーたガ認証サレマシタ。2人ちーむデノ挑戦トナリマス。ヨロシイデスカ?』
 慣れた手付きで画面に手を乗せ、返事をする。
「「OK」」
『デハ、ぷれぱれーしょんるーむニ転送シマス』
 視界は瞬く間に眩くなり、ボクとユリカはエントランスから姿を消した。

2/25 21:30 >Diminu_

 おかしい。明らかにおかしい。
 確かに私はルトロさんと、バトルフェスタにちょっとした ”サプライズ”を仕込もうと計画しダミープログラムを忍ばせた。でもそれはあくまで「参加者のデータを複製して乱入させる」だけのものであって、別に見た目が真っ黒だったり、対戦相手を突然入れ替えたり、参加者を閉じ込めたり、ましてやメカノアートのシステムそのものを攻撃したり……今まさに起きている状況を作り出してしまうほどのプログラムを作った覚えは断じて無いのだ。まさかここまで大事になってしまうとは当然考えておらず、私は大焦りだし、特に発案者であるルトロさんなんてあまりの責任の重さに自宅に引きこもって日夜ずっとメソメソ泣き続ける始末だし、もう散々。
 とにかく今は、事態を飲み込んだ私は急いでルトロさんの携帯端末から飛び出し、バトルフェスタのアドレスに向かって全速力で電子の海を飛んでいる最中である。現実世界での数々のシステム異常がこの世界では視認することができるが、普段は真っ白なメカノアート区画は既に無数の黒い触手のようなものに侵され、汚れていた。おそらくこの触手を辿っていけば、いずれその核がある場所ーーバトルフェスタの仮想空間に着けるはずだ。

 しかし、こんなことを、世界随一のセキュリティを誇るメカノアートシステムにまで侵食してしまうほどのことを仕出かしたのは一体何者なんだろう。少なくとも私が作ったダミープログラムの仕業ではない。プログラムはコードとして書かれた”命令”通りにしか動けないからだ。「システムを壊せ」という命令さえしない限りは、コードの書き間違いによるバグであろうと起こり得ないのだ。
 もしかしたら、誰か別の第三者が私のダミープログラムを書き替えて利用しているのかもしれない。いや、それでもメカノアートシステムを攻撃できるほどの超膨大なプログラムを、一週間前に私がダミーを忍ばせたあの瞬間に書き替えられるほどの実力者がいるなんてとても考えられない。現実世界からの干渉なんて論外、バトルフェスタの参加者はただのアバターだから有り得ないし、私やサギッタさんのようなAIですら不可能だ。
 もっと複雑で高次元的な……魂そのものが電子化し、データやプログラムを介する作業を物理的にやってのけてしまうような存在でなければ、こんなことは……。

「ふむ……ここが例の場所ですか」
 あれこれ考えてるうちに、バトルフェスタの仮想空間があるはずのアドレスに到着した。しかしそこにはバトルフェスタの面影など微塵も無く、蜘蛛の巣のような、或いはグチャグチャに混ざった毛糸玉のような、とてつもなく巨大な黒い塊が目の前に立ちはだかっていた。システムを侵食しているらしい無数の触手は間違いなくこの塊から伸びている。間違いない、ここが目的地だ。
 周囲を巡回し、どこかに内部へ侵入できそうな場所が無いか探索してみるが、触手がかなり頑丈に絡み付いていて隙間ひとつ見つからないし、そもそも塊が大きすぎて気が遠くなりそうだ。でも今回の騒動の元凶が私であることに変わりはなく、その責任を晴らす為にもここで諦めるわけにはいかないので、このまま探索を続行する。
 すると、何かが巣食ったようなぽっかりと空いた穴を見つけた。その穴は奥まで深く深く続いていて、覗き込むだけで吸い込まれそうなほど真っ黒だ。これがどこに繋がっているか判らないが、ここからなら内部に侵入できそうだ。少々の不安はあるが、意を決して深い穴に飛び込んだ。

2/25 21:50 >Larave_

 プレパレーションルーム。エントランスをそのまま狭くしたような小さな部屋に転送されたボク達は、次の対戦相手(まあどうせダミーだろうけど)のマッチングまでの待機がてらここで準備をすることになっている。準備と言っても主に精神面の話であって、そんな大それたものではない。
 ……だがユリカにとってこれはリベンジマッチでもあるわけで、ふと彼女の顔を見てみたが、案の定やや強張った表情をしていた。
「大丈夫だよユリカちゃん、リラックスリラックス」
「う……うんっ」
 ユリカは彼女のヘッドフォンをぎゅっと握りしめていた。そのメタリックな光沢に、彼女の手汗が付いているのが見てとれた。よほど緊張しているようである。
 そういえば確認しておきたいことがあったのだった。
「そういえばユリカちゃん、チームでのダミー戦は経験したかい?」
「ん、いやないけど」
「ふむ、観戦してるから知ってるだろうけど、チーム戦の場合はダミーも同数で襲ってくる。」
「うん」
「で、聞いた噂によると、チーム戦でのダミーはどうやら自分のオリジナルにしか攻撃しないらしいんだ。だから、それだけを頭に入れて立ち回ってほしい。だからと言って一人で突っ走って個人戦に持ち込まないように。さっきの二の舞になっちゃうからね。わかったかい?」
「わかった、頑張る」
 こくりと頷いてくれた。そう、これは何よりもチーム戦なのだ。ちゃんと協力して、確実に攻めていこう。
『対戦相手ガ見ツカリマシタ。間モナク戦闘開始トナリマス』
 おっと、そうこうしているうちに対戦相手が確定したようだ。向こうの人たちには気の毒だが、おそらくダミーと戦うことになるだろう。
「準備はいいね?ユリカちゃん」
「おっけー。任せてよねラレさん」
 10秒間のカウントダウンが開始され、プレパレーションルームの白い空間は暗転、同時に仮想バトルフィールドの構築が始まった。
“Battle Field : Night Mechano Art. Opponents IDddddddddddddddd:::::////#######………..”
 音声と対戦相手表示の乱れ。予想通りだ、ダミー乱入である。戦闘開始の直前、強制的に対戦相手が入れ替わる現象、ダミーが襲ってくる前兆だ。
 戦闘開始まであと5秒、僕は背中の輪から羽を展開し、ユリカは「行くよ、アルペジオ」と静かに呟き、ヘッドフォンを二丁拳銃へと変形させた。
 2秒前。3DCGで緻密に再現された夜のメカノアートの街並みが広がっていく中、ボク達は構えの体勢に入った。
 1秒前。緊張の瞬間。視界の先をじっと注視する。

「……ッ!?」
「え……!?」

 いや、待て。

 目の前にいたのはボクとユリカのダミーではなく、病衣のようなものを羽織った一人の見知らぬ女性だった。

 完全に予想外な出来事を前に、ボクとユリカは思わず言葉を失った。戦闘開始の合図すら耳に入らず、ただただ唖然としていた。
 先ほどの演出はダミー出現のそれではなかったのか?そうでなかったとして、仮にまた別の参加者と入れ替わったとしても、チーム戦のマッチングにおいて一人だけの相手と当たるはずがない。
 そもそも、その女性の様子が明らかにおかしい。まるで操り主を失ったマリオネット人形のようにぴくりとも動かず、棒立ちしているのみだ。
 ……この人は本当に参加者なのか?何もアクションを起こそうとしない目の前の女性が不気味で仕方ない。
 すると突然、女性が両腕をゆっくりと、本当にゆっくりと挙げ始めた。二人は固唾を飲み込み警戒し、武器を構える。

 斜め下……水平……、

 斜め上。

 その刹那、メカノアートの景色が女性に向かって流れ込んでいきーーいや、最早どう表現すればいいのか判らないがーー周囲は闇と化した。
「ねっ、ねえラレさんっ!!これなに!?何がどうなってるの!?」
「ボ、ボクにもわからない!!」
 その一瞬の出来事にボクとユリカは完全にパニック状態に陥っていた。何が起こったのかまるで判断できない。さっきまでのメカノアートの景色はどこへ行ったのだ。
 そして全てを取り込んだらしい女性が呻き始めたと思えば、彼女の体が捻れ、渦巻き、巨大化し、何とも表現し難い禍々しい姿へと豹変した。
 そして彼女(だったもの)はその巨大な手を広げ、ニタリと笑う。

 瞬間、世界そのものを引っ繰り返されたような感覚に襲われ、視界を失った。

“Welcome into my Midnight.”

To be continued…

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