「あれ?ここは……」
周囲を見渡すと、古びた樽や箱などがびっしり置かれていて、隅の方には何に使うのか分からないような少し錆びれた機械が無造作に転がっていた。
辺りは暗く、目を凝らすとやっと見える程度の明るさしかない。
ここがどこかは分からないけど、一つ言える事は……
「もしかして……また迷子……」
ど、どうしよう……
やっと原因も判明して、これからそこへ向かうってところだったのに……
ふと落ち込みそうになったが、それよりもどうにかしなきゃという気持ちのが強く働いた。
手探りで辺りをうろうろしていると、何やら取っ手のようなものに手が触れた。
それを力強く握り回すと、ガタタタ….という乾いた音と共に視界が一気に明るくなった。
「やった、外だ!これで…..」
と言いかけて、ある事に気がつく。
「なんか…..雲が極端に近いような気が……」
広がる景色は辺り一面空色で、障害物が一切なかった。いくらなんでもそんな場所があるわけが…..
いや、待って待って!
まさか!!
僕が急いで近くのフェンスに近づき真下を見下ろすと、そこには美しすぎる地上の景色が広がっていた。
「やっぱり浮いてる…..!!じゃあここは一体」
「お前…..そこで何をしてるんだ」
「えっ⁈」
声をかけられ咄嗟に振り向くと、そこには灰色の体に水色と黒の2色のマフラーを身につけた人が不審そうな表情で立っていた。
ま、まずい!
ここが地上じゃないってことは、きっと宙船か何かだ。そこに迷子とはいえいるということは……
「あ、あの!違いますから!僕は決して怪しいものとかではなくて!」
「ふーん……ならなんでこの宙船にいるのかな?まさか……迷子だなんて言わないよね?」
「そ、そう!迷子、迷子なんです!!決して本意でここにいるわけじゃないんです!!」
「冗談もいい加減にしなよ!!」
そう言い終えた瞬間こちらに向かって突っ込んできた。
「あわわわ!待ってくださいってば!話を…..」
「問答無用!!」
相手は周囲をぴったりと離れずくっついているリングから二丁拳銃を取り出すと、僕の目の前で銃口を向けてきた。
僕は反射的に巨大なスプーンを取り出すと、すくう部分を銃口の前に突き立てる。
が、相手はそのまま大きく飛び上がると、僕の頭上を取った形で再び銃を構えてきた。
し、しまった!
と思った瞬間、どこからか飛んできた氷の塊が相手に衝突し、相手はそのまま床に転がってゆく。
「大丈夫?!ユウスちゃん!!」
「その声は…..雪兎君!!助かったよ!」
「ううん、良かった!間に合って!!」
僕は嬉しそうな雪兎君と手を取り合うと、思い出したかのように口を開く。
「あ、そういえばキーラさんとジキルさんは⁈あの2人も一緒じゃないの?」
「あの2人はここに着いた時は一緒だったんだけど、別の人に見つかっちゃって…..」
「別の人……?それじゃあっ!」
「うん、2人とも僕にユウスちゃんを探させるために今戦って…..」
そう聞くと同時に、周囲からドゴォという音が鳴り響く。
3人とも僕のためにここまで…..
僕は嬉しいような、でも申し訳ないような気持ちになって雪兎君に頭を下げた。
「ありがとう…..雪兎君」
「気にしない気にしない!それじゃあ2人の元へ…..」
「待った!!」
突然の叫び声に驚き視線をずらすと、先ほど雪兎君に吹き飛ばされた人がこちらを睨みつけていた。
やばい。再会の感動ですっかり忘れてたけど、この人に襲われてる途中だった……
「お前ら……この攻撃はこの船、サルヴェインスカイへの宣戦布告と見ていいんだな⁈」
「いや、だから違いますってば!それに先に仕掛けたのはそっちじゃないですか!!」
「それはお前達が勝手にこの船に乗っていたからだ!当然の報いだ!」
「そんな無茶苦茶な!!」
「無茶でもなんでもない!!とにかくここから降りてもらう…..」
そう言いかけた瞬間、突然どこからか巻き上がった木片が僕たちめがけて降り注いできた。
急いでスプーンを盾代わりに使い木片を防ぐと、ギュルルルルルという床を引きずるような音が鳴り響く。
ハッとして見ると、目の前にはバイクに乗った荒々そうな人とジキルさんが面と向かって対立していた。
「じ、ジキルさん!!」
「あ、ユウス殿!無事でござったか!!」
「はい!ジキルさんも無事で……」
「おらおらおらおら!!どこ見てんだてめー!お前の相手はこの俺だろうが!!」
「!!」
バイクに乗ったその人はエンジン音を騒々しく立てながらこちらに向かって突っ込んできた。
「なっ、こんなスピードで突っ込んでこられたら!」
「拙者に任せるでござる!!」
ジキルさんはそう言いながら炎でできた手裏剣を取り出すと、バイクめがけて一直線に振り投げた。
真っ直ぐに飛ばされた手裏剣は、そのまま一直線にバイクの車輪部に突き刺さり、バイクはふらふらと蛇行しながらバランスを崩した。
バイクに乗っていた男の人は間一髪バイクから飛び降りると、絶望しきったような顔で叫んだ。
「ああああああああ!!!俺がたまたま地上で落ちてたのを拾ったバイクが!!!」
「なんだ、お主盗人であったか」
「うるせぇー!!てめー絶対許さねえからな!!!でも……」
「ん?」
「なんだ今の炎の手裏剣?!かっけえぇぇぇぇ!!!!」
「おおおお⁈お主にも分かるでござるか!この魔法忍者のかっこよさが!!」
「魔法忍者って言うのか?!すげぇぇぇぇぇ!!!超すげぇぇぇぇぇよお前ぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「「……え」」
え、何?
なんなのこの2人の突然の意気投合っぷりは。
さっきまでお互い睨み合ってたはずなのに、目を輝かせながらまるで子供のようにはしゃいでる……
ま、まあ戦わないならそれはそれでいいんだけど……
はしゃいでる2人の後ろでやれやれといった感じのマフラーの人がため息を吐くと、こちらに向かって話しかけてきた。
「全く…..興ざめしたよ。もうやめようか。どうやら本当にこの宙船を墜とそうと乗り込んできた訳ではなさそうだからね……」
「ほ、本当ですか⁈良かった…..」
「やったねユウスちゃん!誤解が解けて!」
「うん!」
僕は意気揚々とそう答えた。
一時はどうなることかと思ったけど、誤解が無事解けて良かったよ…..
「あらー、みんなここにいたのね〜」
「どうやら話はついたようね」
「あっ!キーラさん!」
「ズィス……お前もそこの見知らぬやつと仲良しにでもなってたのか?」
「いえ、それは違います光様。私も先ほどまでこの方と一戦交えていたのですが、甲板(こちら)の方で大きな物音がしたので一時休戦にしたのです」
「なんだ……ならいいや。さて……」
マフラーの人はくるりとこちらに振り返ると、僕の元まで歩みより手を差し出してきた。
僕も相手の表情を伺いながらゆっくりと手を差し出すと、相手は無言のまま僕の手を握ってきた。
「あ、あの……」
不安になってそう声を漏らすと、相手は薄っすらと微笑みながら口を開いた。
「いや、さっきはすまなかったね。俺の名前は光。失礼ながらあなたの名前は?」
「僕はユウスって言います」
「ボクっ娘……?」
「ち、違うんです!これには訳があって!!」
「別にそんなに赤面して反論することでもないんじゃ……?」
「えっと、だからこれはそのッ⁈」
途端左腕のリングが光だし、目の前が眩しく照らされる。
ま、待って!
今の状況でそれだけは!!
眩い光が消え目をゆっくりと開くと、目の前で光さんが目を丸くしてこちらを見つめていた。
僕は慌てて隠そうとしたけど、なんかもう…..遅かった…….
「えっと…..それは?」
「あ、や……!!み、見ないでください!!お願いですから!!」
「あー、うーん……わ、分かった。とりあえず色々と聞きたいこともあるし、別の部屋に案内するよ……」
そう言いながら光さんは背を向けると、室内へと消えていった。
最近はリングが光るような事はなくて、安心してたのに……
「もうやだぁ…..このリング……」
僕はつくづくそう思った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さて、みんな集まったか?」
「はい。とりあえず全員集まりました」
「そちらはそれで全員か?」
「はい、そうです」
「じゃあそうだな……とりあえずそちらの方から色々と説明をお願いするよ」
光さんはテーブルの上からティーカップを持ち上げ一口飲み込み、そう質問してきた。
僕は「はい」と相槌をうつと、今までのことを語り始める。
いつものように迷子になりながら自分の街に帰り、朝目を覚ますと自分の性別が変わっていたこと。
その原因を知ってる人を探すため、ヒネモストバリを目指したこと。
旅の途中で色々な人達に出会い、様々な体験をしてきたこと。
僕の旅を支えてきてくれた人達が今も隣にいること。
そして、原因と思われる人物が見つかり、今はその人のいる場所へと向かっていることなど…….
大方の事を話終えると、光さんは「なるほど……」と頷いた。
「事情は分かった。だが、何故うちの宙船に迷い込んだんだ?」
「んー……どうもそれは僕にも分からないんですよね。迷子気質なもので……」
「拙者達も突然ユウス殿が消えて驚いたでござるよ。早急にこの船に乗り込む姿を発見できて良かったでござる。あ、拙者はジキルというものでござる」
「そうね〜。ちなみに私はキーラよー」
「無事見つかったから良いじゃん!えっとね、ボクは雪兎っていうの!よろしくね!」
「改めて光だ。ほら、お前達も軽く自己紹介くらいしなよ」
向かい側のイスに座っていた5人の人たちは互いに目を交わし合うと、先ほどジキルさんとはしゃぎあってたトンボ型の人がガタンッと席を立った。
「俺はアーレイド!さっきはすまなかったな!!というかやっぱりそこの忍者すげえな!魔法忍者だったか?!!」
「やっぱりすごいであろう?!分かる人には分かるでござ……」
そうジキルさんが言いかけた瞬間、メガネをかけた女の人に2人は掴まれ、まるでゴミ袋を放り出すかのように部屋の外へと放り出された。
「全く、うるさいったらありしないわ……。私はズィスと言います。ごめんなさいね、あのバカがうるさくて」
「え……は、はい」
「次はオレだな!オレはコハク、この宙船の「剣」さ!この宙船じゃ何かあったらオレが真っ先に敵を斬りつけるんだぜ!」
「その割には、今回はどこにもいなかった気がしますが…..」
「ギクッ!ず、ズィス…..それは気のせいであってでね、別に楽しみにとっておいたおやつを食べていたからいなかったとかじゃなくて…..」
「ふーん…..」
コハクさんがズィスさんに2,3秒軽蔑のような眼差しを向けられたあと、まるでゴミ袋を放り出すかのように部屋の外へと放り出された。
「あのー……」
「気にしなくていいわ」
「は、はあ……」
「いいのー、光さん?2人とも放り出されたちゃったけど?」
「雪兎さん、それは俺に聞かないでくれ」
「え、うん……」
雪兎君が隣で困ったような顔をしていると、「それでは…..」と今度はロボットのような人が…..というか、これロボットじゃないの?という人が席を立った。
「私はウィスタリア。ここで電子機器の管理を担当しております。あ、ちなみにロボットです」
やっぱりロボットだったー!!
そんな気はしてたけど、こんなに自然な振る舞いができるロボットっているんだね…..
「よし、あとはエルムだけだな。ほらエルム、紹介を…..」
「……断る」
「なっ⁈」
「こんな不法進入者に自己紹介なんてできるか。そうは思わないのか、光」
「それは……」
突如繰り出されたエルムさんの一言で、辺りは一気に静まりかえる。
どうすることもできずただイスに座っていると、突然ドンッという大きな音と共にコハクさんが部屋に入ってきた。
ただならぬコハクさんの慌てように、その場にいた全員が固唾を呑む。
「た、大変だ!北北東の方角に黒い物体が数体、こちらに向かってきている!!」
「な、なに?!」
それを聞いた光さんが血相を変え部屋を飛び出していくと、僕らもそれに続いて部屋を抜け出し外に出る。
光さんに追いつき見つめている方向を見ると、そこにはこちらを見つめる赤い瞳が並んでいた。
な、なんで……
「なんでこんなところにダークマターが?!」
「しかも6体もいやがるぜ!!」
「くっ、ウィスタリア!船の全乗組員に連絡を!」
「分かりました!」
「貴方達!私達はここで防衛ラインを引きながら、あれを撃退します!協力してくれますか?!」
「もちろんでっ」
そう言いかけた瞬間、一瞬の間に目の前が真っ赤に染まり、僕はわけも分からず後方へと吹っ飛ばされた。
や、焼けるように熱い…..
見ると右手が少し黒焦げていて、そこで自分がダークマターから攻撃を喰らったことに気がついた。
とりあえず急いで立ち上がらないと……⁈
そう思いながらついた手が触れていた甲板は黒く染まっていた。
いや、染まっているんじゃない。これはいつも見慣れた色だ。記憶力に乏しい僕でも覚えている色。これは……
「か……げ……」
ハッと気づいた時には遅かった。
恐怖と、突如浸透してくる冷たさで頭が働かない。動かせない。でも……
まだ動かすことができる視線をただ上へと上げると、赤い瞳がこちらを見つめていた……
後編へつづく……!!