「ふぅ〜いいお湯だったね、キーラさん」
「そうね〜。ついつい長居してしまったわー」
そう言いながら体を真っ白なタオルで拭くと、いつも身につけてる物を取り付け始めた。
ふと左手を見ると、着けられてからというものの、全く取れる気配のない紅く光るリングがガッチリとはめられたままだった。
「そのリング、やっぱり取れなかったの〜?」
「うん……お風呂場であらゆる手を尽くしてみたんだけど、やっぱりダメだった……」
「それじゃあ、つけた本人に頼むしかないわねー」
「むぅ……」
そんな会話をしながら、冷えたフルーツジュースを一口飲み込む。
考えてみれば、どうして柊さんはこんなものをつけたんだろう…..
以前より柊さんがかなりやり手の商人だということは、よく耳に入っていた。
あらゆる事態を想定して、売るものを調整しているという噂も……だとすれば、やっぱり僕は実験体だったのかな……?
実験体というキーワードに突然不安になってくる。
それだけじゃない。女の子になってからというものの、いつもの僕じゃないような思考をする事が増えた気がする。
もしかしたら、このまま元に戻らないと思考が完全に女の子そのものになっちゃうのかも……
そんな事を考えていると、ふいに横から「あの〜」と声をかけられたので振り返ると、黄色の体に頭には団子をイメージしたようなかんざしを付けた人がこちらを見つめていた。
なんだろうと思いながらも、とりあえず応答する。
「は、はい!なんでしょう?」
「あの、もしかしてあなたたちはここに来るのは初めてですか?」
「えっと……初めてかな?はっきりと覚えているわけではないですけど」
「やっぱりそうでしたか!見かけない顔でしたから、そうなんじゃないかと思ってたんですよ!」
「そ、そうですか……」
その人がニコニコと微笑みながら「隣いいですか?」と聞いてきたので、もちろんと答えて席を詰めた。
譲った席にその人が座ると、ふぅーっと一息ついて話を続けた。
「ところで、あなたたちは観光で来たのですか?」
「それは少し違うわ〜」
「え?では温泉に浸かりに?」
「それも少し違うですね」
「では、どんな御用で…..?」
「うーんと…..」
と、軽く間を空けてから話を続ける。
「ここにはある事が知りたくて来たんです」
「ある事?」
「はい。あなたは…えっと……」
「あ、ミツって言います」
「は、はい!あのーミツさんは性別が突然変わる現象について、何か知ってることはありませんか?」
「性別が突然変わる……?いえ、そんな話は聞いたことがありませんね…..すいません」
「そうですか……突然変なこと聞いてすいません」
「いえいえ、お気になさらずに」
「やっぱり簡単には行かないわねー」
「はい……」
ガックリと肩を落としながらとりあえずそう答える。
ここに来て今日で3日目。
ジキルさん案内のもと無事ヒネモストバリに到着した僕たちは、早速近辺の人たちに聞き込み調査を開始した。
だけど、いくら聞き込みをしても返ってくるのは「知らない」の一点張りだけだった。
そこで今日、丸2日間の聞き込みと旅の疲れが溜まっていた僕らは、一旦休憩を取りお風呂に入っていたのだが……
「はあー……まあ今は休憩中ですし、ダメ元で聞いてみただけですから、仕方ないと言えば仕方ないですけど……」
「あっ!」
「え?どうしました⁈」
「今思い出したんですけど、その現象については分かりませんが、それを起こせそうな人なら知ってます!」
「起こせそうな人⁈だ、誰ですかそれは!!」
思わぬ台詞が飛び出し、慌てて声を荒げてしまう。
それもそのはず。今までかすりともしなかった情報が、やっと手に入るかもしれないんだから、大声の一つくらい上げてしまうのが普通だよ!
僕が目を輝かせながらミツさんに迫ると、ミツさんは少し驚きながらも口を開いた。
「確かずいぶんと前にここに立ち寄った旅人さんです」
「旅人さん⁈どんな人ですか、その人は!!」
「えっと確か……オレンジ色の体色に黄色の瞳で…..あっ!そういえばあの時いましたよ!!」
「え、何がです?」
「あなたですよ、あなた!確かこの旅館で一緒にいたはずです!!」
「僕がですか⁈えっとー…..そうだったかな……?」
「間違いないですよ!ほら、あのビルレスト大橋封鎖のあった日ですよ!」
「えー?うーん…..」
僕がいたという話を聞かされ、必死に思い出そうとするが全く思い出せない。
でも確かにいたような気もする……えーと….えっと……!!
固い脳をフル稼働させていると、薄ぼんやりとだけど思い出せてきた。あれは確か…….
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「だからオレサマはトマトが食べたいんだよ!トマトトマトトマトォ!!!」
「あの、ですからお客さん…..トマトは現在品切れ中でして…..」
「なんでないんだよ⁈トマトくらいあるだろ!トマッ……」
「うるさいわよトマンチ。無いものはないの。店員さん困ってるじゃないの」
「うるせーぞラズリ!!オレサマは……」
「……なに?」
「な、なんでもない…..」
途端に静かになった空間の中で、僕はただ注文した晩ご飯が届けられるのを待っていた。
先ほどまで煩かった方をそっと見ると、今にも騒ぎ出しそうなトマンチさんとその様子を半ば睨みつけるように見つめているラズリさん、そして机の上で黙々と筆を動かしているレダさんが座っていた。
普段なら覚えるのが苦手な人の名前だけど、流石に10分近く名前を叫び続けられたら嫌でも覚える。
「はい、月見そばお待ち!」
「あ、きたきた」
「ごめんなお客さん。向こうの席の客が煩くて」
「大丈夫ですよ。見てて飽きないですし」
「それならいいんだけどね」
「それよりも、煤鴉さんが随分と困ってるようですけど….手伝いに行かなくていいんですか?ひまりさん」
「いいのいいの!煤鴉一人いれば十分だよ!じゃ、ごゆっくり」
そう言ってひまりさんは厨房の中へと消えていった。
僕が冷めないうちに食べようとした時、ふいに横から声をかけられた。
「あの、隣いいですか?」
「え?はい、大丈夫ですけど」
「良かった!あ、私ミツって言います。あなたは?」
「僕はユウスって言います」
「ユウスさんですか。ふむふむ……」
僕はとりあえずそう答えると、そばをすすり始めた。
僕が黙々と食べていると、ミツさんがまた話しかけてきたので、一旦箸を置いて向き合う。
「ユウスさんってこの辺では見かけないですけど、どこから来たんですか?」
「えっと…..ニーナタウンからです」
「ニーナタウン⁈それってビルレスト大橋越えた先にある町ですよね?よくここに来られましたね!」
「え…..いや、その…..迷子で」
「……え?」
途端に固まるミツさん。それもそのはず。本来なら観光名所であるらしいヒネモストバリ(さっき知った)に迷子で来たのだから。
でも僕だって来たくて来たわけじゃない。ちょっと町の外に出て気がついたらここにいたんだ。全くもって油断してた。
そういえば……
「そういえば、今さっきよく来られたって言いました……?」
「あ、はい!言いました」
「それはつまりどういう…..」
「あれ?知らないんですか?今ホシガタエリア全土で恐ろしいウイルスか何かが広がってるみたいですよ?」
「ウイルス……ですか?」
「はい。それで今はそのウイルスが入ってこないように大橋を封鎖してるみたいです」
「そうですか……」
ウイルス….か。先生達大丈夫かな……
でもニーナタウンの皆は頑丈だし、きっと無事だよね。
そう思い込みながら再びそばをすすり始める。
そばを食べ終わった後、特にやる事もないのでミツさんとおしゃべりをしていると、突然ガシャンっという音が座敷中に響き渡った。
その直後、聞き覚えのある2つの声が互いに大声で叫びあい始めた。まさか……
「この声、トマンチさんとラズリさん…….?!」
「え、あの向こうで怒鳴りあってる2人を知ってるんですか?」
「はい。あの人達もホシガタエリアの人達なんです!」
「あらら…..なんで怒鳴りあいなんて……」
「さあ……?」
理由がさっぱり分からなかったのでおとなしく叫び声を聞いていると、2人の会話が聞こえてきた。
「だから言ったじゃないの!おとなしくしてなさいって!」
「オレサマはトマト不足なんだよ!それなのにおとなしくなんてしてられるか!」
「ここはスタビレッジじゃないのよ!騒ぐのもいい加減にし…..」
「まあまあお2人さん!落ち着いて落ち着いて」
「誰よ貴方!!」
「誰だオマエ!!」
突然現れた謎の男に遮られ、声を荒げて睨みあう2人。
そんな2人をなだめながら、オレンジ色の体に白い帽子を被ったその人は2人に触れると、突然手を交差させた。
すると先ほどまで睨んでいた2人の表情が驚いた顔に急変し、その様子を見ていた座敷のお客さん全員が何事かと視線を向け始めた。
その様子を真近で見つめていたレダさんが、きょとんとしながらも口を開く。
「ラズリ、トマンチ……どうしたの?大丈夫?」
「あー、心配ないよ。本人たちはびっくりしてるだろうけどね!」
「びっ……くり?」
「そうそう」
謎の男がそう答えると同時に、先ほどまで驚愕していた2人が我に返ったように「えー?!!」と互いを指しながら叫び始めた。
と同時に、今度は2人とも謎の男に向かって大声で叫び始めた。
「ちょっと貴方!これどういうことよ!早く元に戻して!!」
「そうだそうだ!オレサマ達の体が入れ替わってるじゃねえか!!」
「?!」
その言葉を聞いた座敷中の人達が驚きを隠せなかった。もちろん僕も隣にいたミツさんもそれは例外ではなかった。
だって2人から出た台詞が先ほどまでとは真逆だったのだから。
この不思議な現象を見た座敷の人達がざわつき始めると、そのあまりの騒がしさに気がついた煤鴉さんとひまりさんが慌てて厨房から飛び出してきた。
「一体何事っすか、お客さん!」
「また面倒事⁈」
「あ、ちょうど良かった。あんたらもついでだ!」
「え?!」
謎の男はまた両手で煤鴉さんとひまりさんの体に触ると、さっきと同じように手を前で交差させた。すると、煤鴉さんとひまりさんの体色が一瞬のうちに……
「あー!なんすかこれ⁈」
「うちらの体色が入れ替わっとる!!」
「上手くいった上手くいった!」
「ちょっとこれ!元に戻してくださいよお客さん!」
「分かった分かった。そろそろタネ明かししようかなって思ってたし」
4人に睨まれたままの謎の男はそう言うと、テーブルに片足をドンっと乗せて大声で叫んだ。
「俺の名前はエクス!色々なところを放浪している旅人だ!」
「それはいいのよ!それよりこれについて説明しなさいよ!」
「あ、そうだったな。それは俺の能力によって起きた現象だ」
「能力……っすか?」
「そうだ!」
エクスさんはスパッとそう答えると、ドヤ顔をしながら話を続けた。
「俺の能力はある一つの事柄について入れ替えることができるんだ。最初に入れ替えた2人が面倒事を起こしそうだったから体を入れ替えたんだが……もしかして迷惑だった?」
「「当たり前だ!!」」
4人からの総ツッコミを受け怯むエクスさん。その様子を見ていたミツさんが横から話しかけてきた。
「入れ替え能力ですか…..いいなー私も何か入れ替えて貰いたいなー」
「そうですか?」
「はい!だって面白そうじゃないですか」
「そうかなぁ……僕はそうは思いませけど…….あっ」
そう答えながらとんでもない妙案が頭に思い浮かんだ。もしかしたら、あの人ならできるかもしれない。
そう思った僕は、エクスさんが4人にフルボッコにされているのをただ見つめていた…….
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その後座敷中が静かになり、お客さんが僕とミツさんだけになったのを確認すると、ゆっくりとエクスさんの元へと歩み寄った。
宙に吊り下げられたエクスさんは僕達が近づいて来るのに気がつくと、ゆっくりと口を開いた。
「なんだ?何か用か?」
「あの、お願いがあるんですけど……」
「お願い?もしかして何か入れ替えて欲しいものでもあるのか?」
「はい」
エクスさんは吊り下げられたままで考えるような素振りをすると、「ダメだね」と答えた。
「なんでダメなんですか!僕はっ」
「お前が入れ替えて貰おうとしてるのは、できれば一生入れ替えてて貰いたい事だろ?」
「それは……」
「やっぱりそうか」
「でもなんで…..」
「俺の能力はな、解除する時は一片に全部解除しなくちゃいけないんだよ。だからそのお願いは受け入れられない」
「そんな…..」
そう言われてがっくりと肩を落とす。せっかく迷子になってしまう性質を入れ替えて貰おうと思ったのに……
僕ががっくりとしている横でミツさんも入れ替えのお願いをしていたみたいだけど、それもお断りされたみたいだ。
エクスさんはどこからかナイフを取り出しロープを切ると、「痛て!」と零しながら床に落ちてきた。
「さーてと、俺はもう行くかね」
「また旅に出るんですか?」
「ああ。でもお金も尽きてきて旅にも飽きてきたし、そろそろどこかに住み始めるかな」
「そうですか……」
「そうだなー……ここで食べたムンホクーヘンってのが美味しかったし、次はムーンホールにでも行ってみるかな」
そう言うとエクスさんはそそくさと店を出て行った。
「…….」
「……私達も帰りましょうか?」
「……ですね」
「ではまた会えたら……」
「はい。今日はありがとうございました」
そう交わすと、互いに自分達が戻るべき場所へと戻っていった……
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「そうだ……全部思い出した……あの時確かに僕もあそこにいたんだ!」
「どうやら思い出せたみたいですね」
「あらー、何か思い出せたのかしら?」
「はい、キーラさん!原因じゃないかと思う人も分かったよ!」
「本当〜?」
「はい!」
僕が満足気に答えるのと同時にガララとドアを開ける音が鳴り響いた。
ふと見ると、そこにはホクホクと湯気を立たせながらこちらを見つめている雪兎君の姿があった。
「ユウスちゃん!キーラさん!お風呂から上がったんだね!」
「うん。あれ、雪兎君はここに入る時何も言われなかったの?一応女風呂なんだけど……」
「んー?何も言われなかったよ?あ、でもジキルさんは外で待ってるって」
「ですよねー……」
とりあえずジキルさんを待たせてはいけないということで、僕達が女風呂を出ると、道端でジキルさんと目つきの悪い人が何やら話をしているのが見えた。
ジキルさんと会話をしてるくらいだし悪い人ではないだろう。
そう思ってジキルさんに声をかけた。
「お待たせしました、ジキルさん」
「ぬ、やっと出てきたでござるか。少々暇であったぞ」
「すいません…..色々とありまして」
「そうでござったか。だが別にいいでござるよ。拙者はこの者と会話をしていたでござるから」
「そうです…..」
「あ、カルクスさんじゃないですか!」
ミツさんに声を遮られつつもカルクスさんと呼ばれたその人に視線を向けると、ぶっきらぼうに「なんだ?」と言われたので「べ、別に……」とだけ答えた。
そうだ、それよりも!
「ジキルさん、雪兎君!やっと原因かもしれない人が見つかりましたよ!」
「え、本当?!」
「本当だよ、本当」
「それで、それは一体何者でござるか?」
「エクスさんという人です!」
そうズバリと答えると、3人はおおーと相づちを打ってくれた。
確かエクスさんはムーンホールに行き、そこに住むかもと言っていた。なら次の目的地は……ムーンホールだ!
つづく。
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「なあ、俺って出てくる必要あったか……?」
「私に聞かれても…….」
今度こそ続く。