In the white city

※この作品は、3月15日に開催された「マキシムトマト収穫祭」にて配布されたオリカビアンソロジー「星のオリカビ大全」に掲載していただいたものです※

「あっ、グレイさーん!こっちこっち〜」
 ある日の午後、大都会メカノアートの駅を出たところで、ピンク色のキャップとピンク色のヘッドフォンを身に付けた少女が満面の笑顔で腕をぶんぶんと振っていた。
 彼女は確かユリカとかいう名前だったか。実に笑顔が眩しい娘である。
「はいこれ、グレイさんのスマホ」
「すまんな」
 彼女が差し出した携帯電子機器が俺の物であるのを確認し、手に取る。
 何故俺のスマートフォンが他人の少女から手渡されたのかって?そうだな、事はどこまで遡ろうか。
 数週間前、野暮用でメカノアートに出掛けていた事があった。そしてその帰り際、どうやら俺はうっかりスマートフォンを落とし、気付かずにそのまま帰ってしまっていたらしい。
 で、このユリカという少女が、たまたま、偶然にも、道に落ちていた俺のスマートフォンを拾った。
 この街ではそこら中にいわゆるお掃除ロボット「ヴ・ルーマー」が配備されていて、何かゴミが落ちていようものなら即回収されてしまうので、この娘が落し物を拾ってくれたのは奇跡と呼ばざるを得ないのだ。いやはや、もしヴ・ルーマーに回収されていたらと思うと……ゾッとする。
 その後、ユリカは俺のスマートフォンに登録されたSNSのアカウントを勝手に使うという暴挙に出たことでこの事態が発覚したというわけだ(俺が自宅のパソコンから、ユリカが俺のスマートフォンから同じアカウントを同時に使いやりとりしていたため、側から見たら一人二役で会話するシュールな状況が生まれていたのは言うまでもない)。
 俺はこの少女に助けられた身であり感謝しなければならない身であるので彼女をあまり責めることはできないが、それにしても自分勝手でマイペースすぎる。
「……まさかとは思うが、画像フォルダとか勝手にいじったりしてないだろうな」
「ふふ、内緒」
 睨む。
「あはは、ジョーク!ジョークだって!もう、冗談通じないんだからあ」
「ったく……」
 それくらい十二分にわかっているつもりだ。冗談は好きじゃない。
「とにかく、今回の件は感謝する。ありがとな。それじゃ俺はこれで――」
「ええーっ!?ちょっと待ってよ!」
 帰宅するべく駅のほうに振り返ろうとして、ユリカにガッシリと腕を掴まれた。
「せっかくここに来たんだからさ、観光しようよ、観光」
「いや、俺はもう」
「いいからっ!きっと楽しいよ!」
 ずいっとキラキラした瞳を寄せられ断る隙すら与えられなかった俺は、そのままユリカに引きずられるように無理矢理観光を付き合わされる事になった。

「しかし……この街はすごいんだな」
「でしょ」
 前回来た時は少ししかここに居なかったからあまり意識していなかったが、改めて見回してみるとメカノアートが如何に別次元なのかがよくわかる。
 立体投影、反重力か何かで浮いている車、お掃除ロボットに警備ロボット、意思感情を持つAI、事あるごとに壁から出てくるアーム、反則行為をすると罰として即刻流れる電流……他の地域ではまず見られない光景の数々。言うなれば、ここは「機械都市」なのだ。
 この街に住む人々は便利な機械やサービスに囲まれて毎日を平和に生きている。そしてこのユリカという、目の前で楽しそうに鼻歌をしながら歩いている少女もその一人。
 まったく、なんとも羨ましい限りである。
「そう?」ユリカは振り返り、
「結構大変なんだよ、通りすがりの人からいきなりバトルふっかけられるし」
「バトル?」
「ほら、正式なバトルとしてなら喧嘩にならないじゃん。そういうのが好きな人、たくさんいるみたいでさ」
 なるほど、ここにはそういう制度があるのか。そのバトルってやつ以外の戦闘はシステムに喧嘩と判定されて……傷害罪か何かで罰せられるのだろう。
 ビリビリは嫌だからねー、とユリカは微笑みつつ身に付けているヘッドフォンを外した。
「これでもあたし、バトル好きの中では有名なほうなんだよ?」
「はあ」
 急に自慢が始まったと思えば、突然ユリカは立ち止まり、持っていたヘッドフォンを空中に投げ出して、
「アルペジオ!」
 と高らかに叫んだ。投げ出されたヘッドフォンは、瞬きひとつした時には二丁拳銃へと姿を変えてユリカの手元へと落ちていた。
「凄腕ガンナーガール、ユリカ!みたいな」
 そして謎の決めポーズでものすごいドヤ顔をされた。
「随分とそのままな二つ名だな……そう呼ばれてるのか」
「あたしが今考えた」
「……おう」
 そのチープさから薄々そうだろうとは思っていたけどな。有名かどうかというのも信憑性に欠けてくるものである。
「にしても、まさかヘッドフォンが銃に変形するとは……驚いた」
「でしょー?アルペジオって名前でね、二つを組み合わせたら狙撃銃にもなるんだー」
「マジか」
 ユリカのキャップと同じピンクとホワイトの配色が施されたメタリックな二丁拳銃。この想像を遥かに超えた変形技術も、さながら機械都市と言ったところか。
「えへへ。メカニックの友達が作ってくれたの。あたしの宝物」
 そう言うと彼女は二つの銃を大事そうに抱え、その光沢をなぞりつつ語り出した。
「……実はあたしって能力持ってなくてさ、コピーの素なんてただのアメ。適正検査でも結果はいつも0」
「0?」
 俺達の体には「能力適正」というものがあり、コピーの素と呼ばれるコピー能力を擬似的に発動させる飴玉のようなものを飲み込み、その発動具合によって五段階に数値化される。個人がコピー能力、またはその他の能力を持っているのが常識であり、0という数字が出るのはまず有り得ない事なのだ。
 世界中で僅かにいるのを聞いたことがあるが、まさかそれがこの娘だったとは。
「そのせいで小さい頃に“能無し”だっていじめられてた事があってね、それが悔しくて銃使いになったの。能力なんて無くても絶対にあいつらよりも強くなるんだって」
「……そうか」
 ユリカは真っ白なビル群を紅く染める夕日に目をやった。明るい雰囲気が印象的なこの娘も、この時の表情は少しだけ、だが確かに陰りがあった。
 ……悩みなんて一つも無さそうだったが、彼女は彼女なりに苦労してきたようである。
「それで頑張ってる証にって友達が作ってくれたのがこのアルペジオ。初めて人に認められた感じがして、つい泣いちゃったなあ」
 らしくもない深みのある声を吐きつつ、銃の片方を真上に突き上げた。
「あたしは……アルペジオがあるから輝けるんだ!」
 空に翳された金属製の銃に光が反射して、俺の鬱々とした顔に降り注いだ。その眩しさに負けないくらいに、ユリカの笑顔も眩しかった。
「……なーんてね。過去にあった嫌な事とかフクシュー心とか、そんなものに縛られないで元気に毎日を生きるのがあたし、ユリカなのです」
「フクシュー心……か」
 復讐心。
 俺はちょっと前まで、幼い頃に両親を殺害した犯人を探し出し、そして復讐するために世界各地を旅していた。当時の俺の心はとにかくドス黒く、ただ復讐する事だけを考え、復讐する事に縛られて今までずっと生きてきた。
 そんな過去に囚われ続けている男の横には、過去に囚われず自由に生きる少女がいる。
 ……こんなにも差が出てしまうとはな。
 俺もまた成長しないといけないのだろう。彼女のように。
「どうしたの?」
 ユリカが疑問の目で顔を覗いてきた。
「いや、何でもねえ」
 どうやら自然と表情に出ていたらしい。恥ずかしさで思わず俯いてしまった。
 何とも言えない空気になっていたところで、それを断ち切るように足元からホイッスル音が鳴った。
『バトルモード外での武器の使用は禁じられています。直ちに仕舞いなさい。バトルモード外での――』
「うえぇっ、あたし!?そんなつもりじゃなかったの!しまう、しまいますから!」
 この街公式の警備AI「ポリツィア」だ。立体映像として映し出された架空の婦警がホイッスルを咥え、ユリカに向けて、正確には彼女が持つ銃に向けて警告しているようだった。ユリカは慌てて銃をヘッドフォンに戻し、それと同時に立体映像とホイッスルは引っ込んだ。
 俺とユリカは突然の音に跳ね上がった体を落ち着かせ、互いの表情を確認した後、溜め息を吐いた。
「あーもービックリしたあ……もうちょっとでビリビリされるとこだった……」
「ったく、距離的に俺まで巻き添え喰らう寸前だったじゃねえか」
「えへへ」
 笑って返された。このどうも憎めない笑顔が彼女の取り柄なのだろう。
 一息つくと、ユリカが改まってこちらへと向いた。
「なんかごめんね、変な話に付き合わせちゃって」
「あーいや……いいんだ。こちらこそ、ありがとう」
「へ?何で?」
「何でもいいだろ」
 目を逸らす。
「んー、まあいいや。そんなことよりさ、オススメのお店があるの!行こう行こう!」
「は!?おい、ちょっ――」
 俺は腕を引っ張られ、再び大都会の観光に付き合わされる事となった。

 その後、ユリカの言うオススメの店とやらに何軒か連れ回され(そのほとんどが甘ったるい洋菓子で、挙げ句にもれなく食わされたので腹に違和感を感じた)、一時間街中を歩き回った後に駅前に戻り彼女と別れ、帰路に就いた。
 ムーンホールへと向かう電車に半ばぐったりとした状態で乗っていた俺は、睡魔に襲われ頭をこくりこくりと動かしていた。が、三つほど駅を過ぎたところでスマートフォンのバイブレーションが鳴り、睡魔はあっさりと撃退されてしまった。
 スマートフォンの画面を見ると、一通のメールが届いていた。

From:ユリカ
Sub:おつかれ~!
ユリカでーす(≧∇≦)
預かってるあいだにあたしのメアド勝手に登録しちゃった☆テヘペロ
とにかく今日は色々ごめんね、ありがと!また何かあったらよろしくね~
P.S.
そうそう、ジョークっていうのもまた冗談で、なんてゆーかその、ごめんなさい!

「やっぱり勝手にいじってるじゃねえか……」
 何がジョークだ……と呆れつつ、もしやと思い警戒しながら画像フォルダを開いてみる。
 すると中には、世間で“自撮り”と呼ばれているのであろうユリカの顔写真がゴテゴテの装飾付きで納められていたのだった。

――In the white city 完

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