グルメグランプリ投票小説

人いきれと食べ物の湯気、スパイスとブイヨンの芳香に混じって、甘い香り。【ECCグルメグランプリ】の会場には、様々な匂いが満ちていた。
「あたしはもちろん、ジュウドちゃんのアップルパイに投票するよ!」
その会場の一角で、「ウイング」の格好を模した帽子を被った少女がぴょこぴょこ跳ねた。スタビレッジの元気印のひとり、ライだ。
そんな彼女を前にして、執事服を着た(着せられた)ジュウドが顔を曇らせて頭を掻く。
「いいのかライ。いくらお前が参加登録したからって、べつに他のと食べ比べた上でも……」
「ぜんぜんいーの! あったりまえだよ! 他のと食べ比べる」
ライの言葉を遮って、大きな声で腹の虫が鳴く。
「までもなく……」
続きの言葉をしぼませて、ライはそっと背後を振り返った。
彼女の鼻孔をくすぐるのは、人いきれに混じる、様々な食べ物の香り……。
「……。」
振り返っていた視線をそっと戻し、彼女は困ったような表情でジュウドを見上げた。
「いいから行って来い!」
「ごめんねー! ジュウドちゃんごめんねー!」
大声で謝りながらも、美味しい料理を求めて会場を駆けて行くライだった。

グルグラサムネイル

「ど~れっにっしようかなーあ!」
言葉に節をつけて、スキップしながら歩いていたライは、「あれ?」どこかで聞いた気がする声をとらえ、首を傾げた。
声のするほうを覗いてみると、
「わ~ん!! ドーラのバカー!」
ヒュルエイの外……グランプリ会場入り口のすぐ側で、みっともなく地面に座り込んで大泣きしている大人が一名、いた。
「なんで【ゆで卵】なのさー! 僕はムンホロールに投票したかったのにー! わーん!」
スタビレッジにもよく来る行商人、マーニーだ。自分の身長の何倍もある大きな芋虫をぽかぽか叩いている。対するドーラは涼し気な顔、どころかマーニーを横目にチラリと眺め、「フフン!」とでも言いそうなくらい満足気。ゆで卵の咀嚼を再開する。
「マーニーちゃん! どうしたの?」
商人の横にライが座り込む。マーニーも、さすがにお子様を前にして大泣きを続けるほど大人としての威厳を失っている訳では無いようで、まだグスグスと鼻をすすり上げながらもライの質問に答えた。
「ドーラと、投票権を賭けたあみだクジをして、負けてしまったのさ……。3戦3敗……。」
「? そんな事しなくても、別々に投票したら良かったんじゃないの?」
「僕たち、一個にしか投票できないから……。」
「ドーラちゃんの分は?」
「喋れないから無効です、って……。」
そこでマーニーが、何かを思いついたように顔を上げた。ライの両手をガッシリと掴む。
「そうだ! ライさん、君が僕の代わりにムンホロールに投票してくれれば!」
「何やっとんねんマニさん!」
「がふぅ?!」
パコーン! と気持ちのよい音がして、マーニーが地面に打ち付けられた。叩かれた箇所には肉球マーク。これは……
「このはちゃん!」
「ライちゃん。元気そうやねぇ。」
“マーキングハンマー”を背中に仕舞いながら、このはがライににっこりと笑いかけた。そして「ズルっこはアカンで、マニさん。」と商人に釘を刺す。
「このはちゃんも来てたんだね! もう何に投票するか選んだ? あたしはまだー。」
「うちも選びきれやんのよー。ムーンホールだけでも2種類出品してるやろ?
 ムンホロールはしっとりふんわり甘さ控えめで正統派に美味しいし、ムンホクーヘンはめっちゃカッコええし……。」
頬に手を当て、耳をしゅんと下げて悩みのポーズをとる。ライはぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、一緒にいろいろ食べよー。」
「ええよー、おねーさんと一緒にいろいろ見に行こ!」
「わーい! 行こ行こ!」

このはとライは、のんびりと会場を回った。
インパクト抜群の【ウッディクラメディフィスパン】(ボリュームがあるのに野菜と豆腐たっぷりでヘルシー!ただし食べづらい)
このはの住む街、ムーンホールから出品された【ムンホロール】(しっとりしたスポンジ生地に、チョコクリームとバニラムースの三層が堪らない!)と【ムンホクーヘン】(防御力随一を誇るスイーツ。歯ごたえバツグンのカブーの飾りは、驚く事にわりと美味しい)……。
どれも美味しいのだが、投票には踏み切れず、「まぁ後でいいか。」と笑い合う。
「次はアレを食べよか。」
このはが指したのは、特に派手に蒸気を出し、たまごとバニラの甘い匂いを振りまいている一角だ。
売り子は、ヒラヒラのレースとリボンを纏った女の子。二人がカウンターの前に立つと、歌うような節をつけて言葉を告げる。
「イゼルシュタット 蒸気の街の あまぁい名物 『蒸気(スチーム)パン』です。」
なるほど確かに、カウンターの後ろに用意された蒸し器からは、勢いよく蒸気が吹き出ている。
このはが注文すると、売り子の女の子がにっこりと笑った。
「貴方の選べる お味は3つ いったい何が いいかしら?」
「うちはレーズンで。」
「あたしはチョコ……。」
「ボクはプレーンで。」
おや?
「誰やのん、あんた。」
二人に混じって【蒸気パン】を受け取った少年に、このはが声を掛ける。
鳥のような帽子を被った少年はニッと笑い、とりあえず、蒸気パンを持った手を差し出した。
「ボクはハヤト! お姉さんたち。悪いんだけど、このケーキ味見っこさせてくれない?」

「へえ。ほな、一緒に来た子と別れて、一人で会場を回っとるんか。」
「そう。ボクだけ投票する料理が決まってなかったから。」
3つに分けた蒸気パンの欠片のひとつにかぶりつきながら、ハヤトが答えた。
彼が言うには、仲の良い友達と一緒にグルメグランプリに来たは良いものの、自分だけなかなか投票する料理が決まらず……。他のメンバーがヒュルエイ探検に行っている間に吟味する事にしたのは良いものの、そろそろお腹も限界に近く。残った料理をどうやって効率よく食べようか――と迷っている所に二人が蒸気パンを頼むのを見かけ、思わず一緒に注文してしまったのだと言う。
「どうせなら全部の味を食べて評価したいからね。」
残ったパンの欠片を飲み込み、「よし、8/10クリア。」『オメデトウ、ますたー!』ハヤトの改造スマホに現れたサポートAIに、「あらデコちゃん。久しぶりやね。」「運動会いらいだねー!」このはとライが挨拶する。
「ところで、お姉さん達――。このグルメグランプリに、とんでもない大物料理があるって知ってる?」
「「大物料理?」」
不思議そうに顔を見合わせたライとこのはが、首を横に振って否定する。
「あっちのブースにあるんだけどさ。それ、一人、二人じゃ食べるのが大変そうなんだ。もし良かったら、三人で挑戦しない……?」
ライとこのははもう一度顔を見合わせ、しばらく考えたあと、二人一緒に頷いた。

3人の目の前には、三人の身長を足したよりすこし大きいくらいのパフェがそびえ立っている。エントリー名前は――【全長60cmパフェ】。
『めかのあーとノあーくサマ出品ノすいーつデス。
 すたびれっじノとまんちサマ作ノとまと、むーんほーるノむんほくーへん、ひねもすとばりノ有名店ノオ団子ナド、様々ナ場所ノ食材ガ集メラレテイマス。
 特筆スベキハ、下半分ガ ホボ 有名れすとらんノシェフ、ヴィオサマオ手製ノぱすたデ占メラレテイル、トイウ事デショウカ。
 ぱすたハ生くりーむデ和エラレテイマス。ヴィオサマノ素ぱすたヲ使用シテイルノデ素材ノ味は折り紙ツキデスガ、コレガ上記ノ素材ト合ワサッタ時、一体ドノヨウナ味ノはーもにーヲ織リナスカハ未知数デスネ!』
デコの説明を聞き終えても、3人はそのまま沈黙する。圧倒されているのだ。その大きさについても、この大きな器に雑多に放り込まれた情熱を思っても。
「んじゃー食べよっか!」
最初にフリーズが解けたのはライ(知力1)で、長いスプーンを手に持つと。パフェの器の口に届くまで積み上げた台の上に登って、自分の分の取り皿にパフェを取り分け始めた。
「せやな!」
開き直ったこのは(知力2)もライに続き、
「上の部分だけ食べたい……。」『頑張ッテ、ますたー!』
最後にハヤトも取り皿にパフェを取り分け、3人(とデコ)で合掌。覚悟を決めてパフェを頬張った。
「「「あっ、意外と……普通。」」」

「無理……もう無理……。」
「お腹はち切れそー!」
「アカン、あれはアカン。あれはオカシイ。」
只でさえ丸いお腹をはち切れんばかりに膨らませたライ、このは、ハヤトの3人は会場の隅に倒れこんだ。
全長60cmパフェ。味は普通――いや、各地の美味しい物の寄せ集めなので、正直かなり味は良かった――が、なにしろ全長60cm。3人がかりでも、少ーし辛かった。特に後半の素パスタゾーンが。
「みんな、投票したい料理は見つかった?」ライが問いかける。
「ウチはまだ。」「僕もー。」
手を挙げる二人を前に、「そっかぁ。」ライはため息をつく。
「どうしたの?」ライのアンニュイな様子が気になったらしい。ハヤトが心配そうに問いかけてきた。
「うーん、どの料理もね、ぜんぶ美味しいんだけど……。」
ライは少し遠くを見つめ、
「『これに投票したいな!』って決めちゃうようなのは、なかなか思いつかなくって。」
「エエんよー。全部食べたあとでゆっくり考えやぁ。」
そんなライの頭をこのはが撫でた。しかしそのまま「にゃー……お腹ツライ……。」と突っ伏す。

「あのう、大丈夫ですか?」
かけられた声に、全員が驚いて振り向いた。目の前に居たのは、四角帽子を被った糸目の男だ。
「えっと……」「ああすみません。うちのブースの側で倒れていたものですから。」
と指す先には、【エントリーNo.3 シチュー】と書かれたカウンターがあった。
「お腹の調子が悪いのでしたら、こちらの胃薬を差し上げます。もし宜しければ。」
「あ、すみません頂きます。」
「ありがとやで。けどお兄さん用意エエなあ。」
「まあ私、普段はホテルの経営者ですので。」
胸に手を当てて、スピノが一礼する。
「さて、胃薬を服用された後は、是非とも私の出品している【ホテルマンのシチュー】を召し上がってみて下さい、お客様。」
「そう来るか!」
「お兄さん、抜け目なーい!」
よく効く胃薬を飲んですっかり元気になった3人は、スピノのちゃっかりさを目の当たりにして笑い合う。スピノも温和に笑い、3人分のシチューを手早く運んできた。
「あ、美味しい。」
「優しい味やな。あぁー、温まる~。」
「ボクこれ好きかも。」
思い思いのリアクションでシチューを平らげ、ホッと一息。
「うん……ボク、これにしようかな。」
「あ、決まった? ハヤ君シチュー好きなん?」
「うーん。何ていうかね、昔、母さんが作ってくれた味がする。」
「!」
ハヤトの言葉を聞いて、ライが何かに気付いたように顔を上げた。このはとハヤトが気付く前に、「お~い、ハヤトー!」少年を呼ぶ声が聞こえ、二人ともそちらを振り向く。ハヤトが立ち上がった。
「じゃあ二人とも、これで失礼するね。なんだか色々付き合わせちゃってごめん。」
「ええよええよ、お連れさんによろしゅうなー。」
このはとハヤトが手を振り合って別れるなか、ライは宙を見つめて、何やら考え込んでいた。

「ねえこのはちゃん、さっきみたいな料理って、まだ他に無いのかな。」
「さっきみたいなん? うーん……ああ、アレとかはどうやろ? 同じクリームソース系やと思うけど。」
と、このはが指した先は【きのことたまねぎと白身魚のパイ】と書かれたブースだ。
売り子のソマリからパイを受け取って、サクサクと口に運ぶ。
(家庭的な味わい……。)
魚のダシのきいたクリーミーなホワイトソースと、存在感たっぷりの白身魚の切り身、きのこの旨味とたまねぎのシャッキリした食感。それらを噛み締めつつ、ライは「うーん」と頭をひねる。
そんなライの様子を横目に、このはもパイを齧る。「うーん、これはまた!」舌なめずりし、細かい破片がパラパラと剥がれ落ちるほどサクサクに焼きあげられたパイにかぶりつく。
「魚の旨味が…んむむ、美味しいやんなぁ! 決めた! うち、これに投票するわあ。」
ライちゃんはどうする? と、このはが尋ねる。ライは真剣な表情でパイを睨んで、「うーん、近いんだけど。」と呟く。
ふむ、と息を漏らして前を向いたこのはは、目の前を通り過ぎた人物に思わず声をかけた。
「ボス! ソレ、どうしはりましたん?」
ムーンホールの町長、カゲキが抱えていたのは、オレンジ色の綺麗な箱。【リベロツェ】という名の、度数40度のお酒だ。
「向こうのブースにあったぞ。」
「へえ、お酒とかあったんやね。知らんかったわあ。」
「今からでも投票してきたらどうだ?」
「残念ながらもう投票してもうたんですよ。グランプリとは別口に買うて帰ろかな。」
「どうせなら、グランプリに来られなかった連中も含めて飲み会でもするか?」
「エエですねー! 他に肴になりそうな料理も買い込んで……。」
「肴っつっても、ゆで卵意外はあんま肴に向かなさそうなのばっかりだけどな。」
「甘いお菓子で呑むっていうのも結構オツなもんやでー。まあ、無かったら別にいつも通りの肴でエエんですよ。」
「いつも通り!」
ライが大きな声を上げて、顔を上げた。
「このはちゃん、あたし決まったかも!」
「良かったやん! はよ投票しておいで。」
「うん! じゃあねー。」
手を振ってパタパタと駆けて行く姿に、このはも手を振り返した。

「おかえり、ライ。何に投票してきた?」
【アップルパイ】のブースにライが帰ってくると、ややヒロウドの状態のジュウドが声をかけてきた。
ライはそれには答えず、真面目な顔で両手を差し出す。
「ジュウドちゃん、アップルパイちょうだい!」
「は?」
怪訝そうに顔を曇らせたジュウドだったが、ライの真剣な表情を見て、何も言わずにアップルパイを持ってくる。
「んー」
いつものアップルパイを思案顔で咀嚼し、ゆっくりと飲み込むと、にっこり笑って頷いた。
「あたしはやっぱり、ジュウドちゃんのアップルパイがいちばん好きかな!」

おしまい

関連項目:ECCグルメグランプリ

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