【小説】萌芽

萌芽
フィフィは花を育てていた。
煎じるとよい香りのお茶になるそうだ。
種は通りすがりの旅人に貰った。

すでに滅んだ王国は日がなゾンビが徘徊する廃墟。
訪れる者は、魔術大国の遺産目当てか、実験台のゾンビ目当てか、そうでなければ自殺志願者。

「ゾンビさんは…このお花、嫌いそうでしたね」
花が育つにつれ、ゾンビ達は遠巻きにその花を眺めるようになった。
万が一フィフィの気が向いて、『家に招いた』としても、この花のお茶は飲んではくれないだろう。

フィフィは花を育てていた。
花が咲くと信じていた。蕾はぷっくり大きくなった。
でも開くことなく枯れてしまった。

「ああ」
フィフィは落胆した声を漏らす。その声を聞く者はいない。
「うまくいったと思っていたのですが」

…。

フィフィは花を育てていた。
飲むと楽になれる薬の材料だそうだ。
種は通りすがりの商人に貰った。

すでに滅んだ王国は日がなゾンビが徘徊する廃墟。
訪れる者は、魔術大国の遺産目当てか、実験台のゾンビ目当てか、そうでなければ自殺志願者。

「この花に近づかないでください~」
花が育つにつれ、ゾンビ達は興味津々にその花に近づくようになった。
しかしその花はデリケートなので、お手をふれないで下さいと口を酸っぱくしてゾンビに注意を振りまいた。

フィフィは花を育てていた。
うっかり水やりを忘れてしまうこともあったが、それでもすくすく大きくなった。
満開の花は美しい紫色。

「ああ」
フィフィは落胆した声を漏らす。その声を聞く者はいない。
「貴方は綺麗に育つのですね」

…。

フィフィは花を育てていた。
満開の紫色の花を見て、小奇麗な衣服を身にまとった『旅人』が彼に声をかける。
「それは楽になれる花ですよ」
フィフィは目を伏せてそれだけ呟いた。
乞われたので、いくばくかの金と引き換えにその花を引き渡した。

すでに滅んだ王国は日がなゾンビが徘徊する廃墟。
訪れる者は、魔術大国の遺産目当てか、実験台のゾンビ目当てか、そうでなければ自殺志願者。

「あのう、家でお茶でもしましょうか?」
フィフィはそう提案をしたけれど、旅人は柔らかく微笑むと頭をふった。

彼がその旅人を見たのはそれっきり。

end.

 

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