おいしし小噺三本立て

『ベテラン給仕のお楽しみ』

「いらっしゃいませー!」
笑顔よし、姿勢よし、態度よし。
うちの給仕、コフレラちゃんは接客から料理まで幅広くこなすベテランだ。16歳にしては上出来だと思う。
ふと壁の時計を見上げると、短針は2時を指していた。
…もうそろそろあの子の休憩時間だ。ランチとティータイムの間の短い休憩、いつも彼女は私の作った様々な賄いを美味しそうに食べる。どれを作っても笑顔で完食してくれるから、作りがいがあるなぁ。よし、今日はアレにしよう。とっておきの、アレ。
と、コフレラちゃんが厨房に戻ってきた。
「店長ー!休憩入ります!」
別の給仕と入れ替わりでするすると早歩きで厨房の隅、椅子と机が1セット置いてある場所へと向かっていく…

ふぅ、と体の力を抜きながらすとんと私は椅子に座った。飲食店のお昼の喧騒は慣れていてもやっぱり疲れる。それでも頑張れるのは、店長の作った賄いが美味しいから。店長は余った食材で見事な賄いを作る。オムライス、サンドイッチ、パスタ、ケーキ…などなど名前を上げていけばキリがないほど豊富なバリエーションの賄いは、どれもどれも美味しい!今日はなんだろう……
えへへ、と頬を緩めて待っていた私の前に、店長はそっとそれを置いた。
「今日は〜…!?はわ…!パ、パフェ…!」
店長が運んできたのは、なんと秋限定のモンブランパフェ!
どっしりと上に鎮座するモンブラン!さらにその周りに沢山の追いマロン!散らされた胡桃!アーモンド!さらに林檎!
ま、まさかこれが食べられる日が来るとは…口に手を当て目を輝かす私に、店長はふふっと微笑んで、
「いつも頑張ってるご褒美だよ」

『見覚えのある侵入者』

「…っ!……夢?」
ガバッとベットから飛び起きた私は、しばらく向こうの壁を見つめていた。頬を伝う冷や汗を手で拭いながら、先程まで見ていた夢の内容を思い出していく。
嫌な夢だった。
このトランスギアに、六芒星の書かれた顔の天使の男が攻め込んでくる夢だ。…あれは本当に天使だったの?白い羽以外にも別の羽が生えていたような気がする。まあそれは置いておく。容姿はあまり関係がないでしょうし…奴は突然この街に現れ、自分の部下を使って次々と住民を捕えていった。昼の私がカフェで給仕をしていた時に、片翼の天使が扉を破壊し私を捕獲したのは覚えている。…今考えれば凄い力ね。
なんだったのかしら…現実にならないといいけど…
私はその夢で、逃げていたような気がする。…多分1度捕まったものの、逃げたのでしょう。誰からだったかしら…確か、紫の蛸の足を何本か頭から生やしていた気がする…私はエレベーター、路地裏、とあれこれ使ってなんとか追っ手を撒いた。トランスギアは道が複雑だから、道を知らない素人を迷わせるにはちょうどよかったのよね。
そのあと、自分の勤めるカフェまで辿り着いたけど、疲れ果てて座り込んだ私の前に誰か現れたはず…誰?誰だったかしら…?
…思い出せない。黒いモヤがかかってしまったみたいに。夢でも本当にモヤが出てきたような…?
「夢って、すぐ忘れてしまうものよね…」
ため息とともに言葉が漏れた。さ、準備しないと。今夜は家具屋に直してもらった椅子を受け取りに行く日。
すとんとベットから降りて身支度を整える。
…彼、また出会い頭にタイムビームを放たないか心配ね。

『トランスギアのとある舞踏会にて』

「これで…いいかしら?」
今夜はトランスギアの舞踏会。
鏡の前でくるくると回って服装の確認をした私は、ドレッサーの上に置いてある招待状を手に取った。黒い歯車の描かれた白い封筒に、赤い封蝋(ふうろう)が施してある。かなり古めかしい招待状だが、それがまた良いと思う。私はそれを、そっとポーチにしまい込み、家の玄関に続く階段を降りていった。

(なん…で…彼が…)
舞踏会の会場に入って場内を歩き回っていたら、見つけてしまった。窓の近くの柱に寄りかかり、そこから星空を見上げる彼を。普段羽織っているマントと雰囲気のよく似た、星を散りばめた空色の燕尾服を纏い、帽子には大きく真っ白な羽と、折れながら垂れ下がるレース。星空の映る彼の瞳はとても美しかった。
「ん…?あぁ、貴様か。」
驚いて硬直した私の視線に気づき、彼は星空から私へと向き直った。突然、私の心臓が速く鼓動し始め、顔が紅潮する。普段と違う正装だからなのか、何倍にも美しく見える彼の顔を直視できずに、視線を下へ逸らしながら、なんとか言葉を紡ぐ。
「あ、貴方も来ていたのね…」
「たまにはこういうのも悪くないと思ったからな。」
そ、そうなのね…と小さく言葉を返したものの、そこから会話が途切れてしまった。どうにか言葉を探そうにも、頭は彼のことでいっぱいになって使い物にならない。こ、こんなの私らしくない…どうしたのかしら…私…
そんな状態の私に突如、彼が紡いだ言葉は
「きさ…コフレラ。僕とお、踊らないか?」
「……え?」
突然の誘いにふっと頭が真っ白になった。
「その…他の奴らと踊るよりかはき…コフレラの方がその、いいと思ったから…だ…」
思考が停止しかけた頭をなんとか動かし、その言葉の意味を理解したあと、ゆっくりとぎこちなく視線を上げた。…彼の顔も真っ赤だわ。目を横に逸らして、頬を紅く染めている彼を見て少し落ち着いた。こんなになっていたのは私だけじゃなかったみたい。お互い様ね…
そわそわと返事を待つ彼に私は微笑んで歩み寄り─

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