ホシガタエリア南部、ニーナタウンーーー
ーーから、遥か上空、ジャルダンニュアージュ上層、スターライトヘヴンにそびえる鏡の宮殿。
その玉座に座して、退屈そうに手元の鏡を眺める球体が一人。
「嗚呼、つまらぬ……今日も平和すぎて退屈じゃ…」
玉座の手すりにくてんと体をもたれさせ、そう一人ごちながらくるくると手元の鏡を回転させながら、下界の街の様子を一つずつ映していた球体ーーミラージュは、とある街の風景にふと手を止める。
「なんじゃ……やっておるではないか!楽しそうなこと!」
そう言って玉座から身を乗り出したミラージュが見つめる鏡の中には、涼大祭の準備のために色とりどりの飾り付けをされている途中のニーナタウンと、あくせく働く住民の姿が映し出されていた。
「しかも……うむうむ!こやつ、中々面白いことになっておるではないか……よいのう、そうと決まればさっそく妾も準備をせねばな!」
先程まではうって変わって楽しげな口調でミラージュはそう言うと、何やら怪しげな笑みを浮かべつつ玉座からぴょんと飛び降り、奥の自室へ向かったのだった。
ーーーーー
そして数日後、ニーナタウンはお祭りムード真っ盛り。
今日も出店がずらりと立ち並び、色とりどりの装飾に、行き交う人々、忙しく働く商売人に観光客の笑顔…
ーーと、気だるげに店番をする球体。
ニーナタウン一階の土産品店、他の店は店舗前に特設ブースをだしたり、軒先を飾ったりと賑やかな中、普段と変わらぬ店内でぼーっと道を眺めているのは、ネコミミ帽子に二房のピンクのしっぽをもつ球体、アスタだ。
「……暇だ…」
本来、この土産屋で鉱石や宝石の加工品を売っているアスタだが、以前遺跡でこっそり行っていた無断発掘を厳重注意されてからは品切れぎみで、そもそもお祭りにそこまで積極的でもないとあって、涼大祭が始まってからもなんとなく店先でだらだらと時間を過ごしてしまっていたのだった。
「…うーん、また屋台でもだそうかな……でも、あれ暑いんだよねぇ」
このままではいけない……と頭の片隅では思っていても、中々行動には移せないもので、頭に浮かんでは泡沫のように消えていくアイデアを思案するのも飽きてきたなと再び目を伏せようとしたところ、
ガチャリ、と唐突にドアが開いた。
「ぅわっ、い、いらっしゃーーー、って、なんだ、ユウスくんか…」
突然の来客に、もたれていた椅子から飛び上がったアスタだったが、顔を確認して、ふたたびふにゃりと椅子に崩れ落ちる。
「あ、あれ?僕、先生におつかい頼まれてたのに……ここ、アスタ君のお店じゃないか…」
「いや、キミ、ここに来るの何度目なんだい…」
どうやら、毎度のごとく道を間違えて迷い込んだらしいユウスに対し、はあ、と呆れた顔でアスタは返す。
「ええ、と……あれぇ、地図ではこっちのはずなんだけどなぁ……そうだ!」
地図を逆さに眺めていたユウスが突然大きな声をあげる。
良からぬ事が起こると悟ったアスタが苦い顔をして椅子から降りるよりも先に、ユウスはアスタの手をつかんで
「僕だけじゃまた迷っちゃうし、アスタくん連れてってよ!ついでにお祭り回りましょう!」
とにこやかに言うのだった。
「え……う、うぅん……そうだなぁ…」
突然の来客に、突然の誘い……普段のアスタなら面倒だと一蹴していただろうが、外がせっかくのお祭りムードなのに、ここのところずっとなんとなく店に引きこもり、そろそろ外に出たくもあったからだろうか。
「……まあ、いっか…いいよ、一緒にいこ。」
熟慮の末に、アスタは店から出ることを決意したのであった。
「やったあ!じゃあ、道案内よろしくおねがいしますね!」
「キミ、何年ニーナタウンに住んでるのさ…」
……このとき、既に街で起こっていた異変にまだ気づかぬまま。
ーーーーー
時は遡り、数十分前…
「いやあ!今日も大盛況ですね!良いことです。私たちも頑張りましょうね、シアルさん?」
屋台が並ぶ街道をにこにこと誇らしげに歩くのは、この街の町長であるハトラだ。
ハトラの言う通り、涼大祭真っ最中の街は賑やかで、かなりの人でごったがえしていた。
「うむ…しかし、こう人が多いと歩くのが大変だな」
ハトラの隣に添って歩くのは、今年も涼大祭のトリを飾る花火を担当するシアルである。
人混みではぐれないで下さいね、と注意するハトラに対して、そうだとなにか思い出したようにシアルは告げる。
「そういえば、ここ最近、ニーナタウンで自分と同じ顔をした球体を見かけることがあるっていう噂が立ってるんだが、町長はなにか知らないか?」
「同じ顔……それは、ドッペルゲンガーでしょうかね?なんでも、自分と同じ顔、同じ姿をしていて、出会ったものは近いうちに死を迎えるとかいう…」
「し、死んでしまうのか!?」
突然大きな声を出すシアルを、ハトラは慌てて声が大きいですよ!となだめる。
「あくまで眉唾の言い伝えです。それこそ、シアルさんがおっしゃったように、これだけ人が多ければ自分に似ている顔の一人や二人くらいいるでしょう。」
「そ、そうか……いやあ、良かった…というのも、私も先日、そのドッペルゲンガー?とやらを見たような気がしていてだな…」
「それであんなに驚いていたんですか……シアルさん、以外と小心者ですね?」
「むむ……」
ふふ、と笑うハトラに、つい先程の醜態を晒した手前強くは言い返せないシアルはむっと顔をしかめる。
「しかし、それにしても……ユウスくん、遅いですねぇ。今日の花火の動作確認のために使うコピーの素のおつかいを頼んでいたのですが…」
「おい町長、なぜそんな大事なことをユウスに任せたのだ……」
「いやあ、だってみんな涼大祭に忙しくて手が空いている方がいらっしゃらなかったものですから……案の定ダメでしたね?」
「いや、ダメでしたね?ではないと思う…」
二人がそんな会話をしていると、ふと、ハトラの視界の端に見知った顔が通るのが見えた。
「おや、あれは……アスタさん?しかし、何かいつもと違うような……」
「?どうした町長」
「いや、すみません、今あちらにアスタさんが通ったような…」
ハトラが再び目を凝らして辺りを見回すも、既に影は人混みに紛れて見えなくなってしまっていた。
何やら様子が違ったような、とハトラが先程の光景を思い出そうとした丁度その時、
「あっ!いたいた!先生~!おつかい行ってきましたよ~!」
「ちょ、ちょっとユウスくん……待ってってば…ぶへ!?」
人混みに揉まれるアスタを連れたユウスが、ハトラの前に現れたのだった。
続く