今日も、行く宛もなく、腹を空かせた誰かを求めてキッチンカーを走らせる。
……オレは今、猛烈に料理をしたい。
ただ料理をするだけではいけない。空腹に餓えた誰かを丁重にもてなし、食材を選び、振る舞って、そいつの渇きが満ちていく、その顔を見たい。
そして、今日はその為の最高の食材も取り揃えてあるときた。
…が、朝から車を走らせているというのに、生憎今日はまだ誰ともすれ違っていない。
「……ゥむ…、何となく、ナビの指示する方向に全て逆らって走ったのがダメだったか…」
辺りを見回しても、照りつける太陽に、ひたすらの平原。
所々に岩やら木々やらはぽつりぽつりと見受けられるものの、街や村らしきものは見当たらず、それどころか、人影らしきものすら……
「……ん?いや、待てよ。なんだァ、ありゃあ。」
ふと、視線を前方に戻すと、岩の影からふらりとこちらの進行方向上に立ちふさがる奇妙な影が目に入る。
甲冑を着込んだ……人、だろうか。こんな人里離れたところに一人で、重そうな金属製の鎧を光らせるソイツは、明らかに異質で、その場から浮いていた。
鎧の主は、道の真ん中に仁王立ちし、じっと此方を見据える。
このままではオレの車と衝突することは明らかだ。しかし、相手が動く気配はない。
「…ッチ、おい!てめェ!何のつもりだ!退きやが……」
目の前に迫り来る甲冑を怒鳴り付けようと口を開き、オレが言葉を言い終わる前に、相手は威嚇するかのようにガチャガチャとやかましく金属鎧を打ち鳴らしーー
「そこなる!鉄の箱よ!!私の名はルームガーダー!今ここにおいて、この路は我が為にあり!ここを通りたくば!!いざ!尋常に、ィ!!……尋常に……ぐ、……くそ……」
辺り一面に響かんという怒声を吐いたかと思えば、次の瞬間にはガチャリ、と崩れ落ち、地に伏したのだった。
「……あン…?」
ーーーーー
車を炉端に停め、謎の鎧男に駆け寄る。
先程までの威勢は痩せ我慢だったのか、なにやらぶつぶつとうわ言を呟いてはいるものの、男はぐったりとして動く気配はない。
「……こいつ……っ、あぢッ……!?」
ふと鎧に触れてみると、どうやらこの炎天下の中ずっと日に体を晒していたようで、鎧の表面は焼けるように熱くなっていた。
「こりゃあまた……とんだバカを引いたもんだな…」
まあ、そのバカに出会って心が浮き立つオレも、余程のバカというやつなのだろうが……そんなことを考えつつ、とりあえずこのアツアツ鉄板やろうを運ぶため、オレは鍋つかみを取りに車に戻ったのだった。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
……ぐ、
……腹が減った。
はっ、と目を覚ます。今日も今日とて血沸き肉躍る死合いを求めて森を抜け平野に駆け出したのはいいものの、とんと見当を誤ったか集落どころか人一人も見当たらぬ。
暇潰しに切り捨てるべき野生動物もおらず、ただただ見えぬ幻影に対して当たらぬ剣を振り続けていたところ、遂に此方に猛進する得体の知れぬ鉄の箱を目にし、これや獲物ぞと意気揚々と名乗りを上げたのはよいものの、栄養摂取などと億劫なことよと切り捨てて、朝から何も口にしていなかったのが運の尽きか、叫び声と同時に精魂も尽き果て、獲物の前で倒れるという無様を晒し……て
……さて、ここはいずこか?
ここで漸く周囲を観るに、どうやら先程の場所とは然程離れて居ない模様である。
しかし、明らかに荒野に似つかぬのはこのパラソルにテーブル。
私もそこに凭れかからされていた訳だが、これは明らかに誰かがつい先ほど設置したものだろう。
先ほどの鉄の箱とおぼしきはよく見れば、車というやつか……しかし、やはり奇妙な形をしている。
車の側面は広く開いて中からカウンターのごときものが覗いているうえ、車の後方には換気扇、よくよくみれば雨水の浄化槽のようなものまで付いている。
そして、なによりも、
あの中から漂い、もうもうと此方の腹を掴む薫りを燻らせるあの煙である。
兜の隙間から鼻を微かにくすぐられるだけで、久しく忘れていた食への欲望が甦るような、そんな本能に訴えかける薫りだ。
がるる、と腹が唸る。
嗚呼……、駄目だ。死合うにせよ、何にせよ先ずはあの煙が……何処から出ているのかを突き止めねば…
ふら、と席を立とうとした丁度その時、車のドアが開き、中から高帽を被った男が……
おと、こが…
……ゴクリ。
男が手に持つ盆の上に鎮座する黒鉄のプレート、その上で激しくじゅわじゅわと激しく肉汁のビートを掻き鳴らしている分厚い肉の塊。
実にシンプルで、かつ、直接食欲に訴えかけてくるその風貌に、私は暫し目を奪われていた。
そして、なにより、その鉄板の上できらきらと光を放つソース……あれは、果実だろうか?
先程から漂っていた、なんともたまらぬ薫りの正体は、どうやらあれだったようだ。
「お、起きてやがったか……まあ、流石にこの薫りを嗅いで、呑気に寝てられるやつはそういねぇと思うがな…」
男は此方を見、にやりと自信ありげに微笑んでみせつつ述べる。
「そうそうそれから、オマエの持ってた物騒なモンは一旦預からせて貰ったからな…と、そんなことはどうでもいい…」
「とにかく!オレは!」
さらに、男は一歩ずつ私の方に近づき
「テメェにこいつを食わせてェ!!」
どん!と私の目の前に、熱々のプレートを置き
「つーわけで、食え。」
まるでそうすることが当然であるかのように此方を見据えた。
ーーーーーーー
本日のメニューは、敢えて言うのであれば、灼熱ゴクアツスタミナステーキ、バンバタ風ーーといったところだが、オレは何も語らない。
何故なら、こいつとの間に無駄な言葉はいらない。そう感じたからだ。根拠はねェ。
そして、もう一つ理由がある。
それは、今日の本当のメインディッシュ、こいつはとっておきだったのだが…
一舐めでもすれば、ポリツィアだって表情を崩すと言われている……
奇跡の実から絞り出した七色の果汁から、オレが極秘の手法で作り出した、最高の調味料!万能のしずく!!
……の、試作品だ。
しかし、試作品といえど、その威力は既にオレが自分自身で実証済みだ。
これを食えば、三日は笑顔が止まらなくなるだろう。
さあ!食え!キサマの欲望のままに!!そしてオレ自身の研究のために!!
ーーーーーーー
甲冑の下から、ぼたり、と液体が落ちる。
じゅう、じゅうと肉汁のはじける音に、直接胃袋を掴まれているかのような薫り。
普段であれば毒を疑うか、目の前に小綺麗に並べてあるナイフとフォークをどうやってあの男の眉間に突き立てるか……そういうことを考えているだろうが、
私の思考は既に予断を許さず、次の瞬間には鎧の口部をギチチ、と開け、目の前のえもいわれぬ肉塊にがぶりとかぶり付いていた。
がしゅ、がつ、ぞゅ
がぶ、…
……ッ、は…
……美味い。
柔らかくも噛みごたえのある分厚い赤身肉は、表面はパリッと焼き入られているものの、中央は赤みが残るレアな焼き加減で、一口噛むごとに、口の中に肉汁があふれる。
そしてなによりも!この!肉に振られたソース!
肉本来の味を全く阻害せず、引き立て、その旨味を何倍にも増しているような……深みがある。
フレッシュなフルーツのような爽やかさもあれば、ローストしたナッツのような芳ばしさもあり……胡椒のような刺激も感じられ…
……気づけば私は男に差し出された皿をすっかり平らげてしまっていた。
「……馳走を、感謝する。」
テーブルの上に用意よく置かれていたナプキンで鎧にとんだ肉汁を拭き取りつつ、礼を述べる。
「何、オレがテメェに食わせたかっただけだ。礼なんぞいらねェ……美味かったか?」
それを聞いた男は、素っ気なく答えつつ……然り気無く目を此方にやって尋ねる。
「…嗚呼、実に美味かった……実に……体に力がみなぎるようだ!!」
腹は満ちた。そして……どうやら、先程の料理だが、特殊な材料を使用していたらしい……クク
これは、是非とも、礼をせねばならんなァ??
能 力
私は、『ルームガーダー』を発動するーー
「さあ!さあさあ!!ここに私の調理場が展開された!先程の料理、見事であった……ならば!ならばァ!次は私が!貴公に我が腕を!振るってやらねばなるまいて!即ち!私が斬って叩いて焼いて!!……死合いにて貴公を魅せようぞ!!!
いざ!
いざ!!
いざァ!!尋常に!!!!」