おいしし小噺⑥ ウラオモテ

ジャルダンニュアージュ、トランスギア。

昼夜で転輪する歯車と蒸気の街ーー

「…あ、もうこんな時間!オレンジちゃん!今日はわたしもう上がるね!また明日!」

「はーい!今日もお疲れ様~シロちゃん!また明日ねっ!」

嗚呼、

あと数刻もすれば”わたし”はまた”私”になる。

その前に、”わたし”は”私”の為に、家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べて…わたしの体とおんなじいろの真っ白なシーツに体を沈める。

そしてーー意識を手放しーーー

ーーー

……凡そ私の漆黒の体には似つかない、純白のシーツからむくりと体を起こす。

夜の”わたし”はさぞかしこの白いシーツに馴染むのだろう。

そんなことを考えつつ、黒いクローゼットを開け、中からいつもの見慣れたマスクを取りだし、顔に着ける。

体調は……良好。作り置きの保存食を数個掴んで、日の上りかけた街に出る。

今日も街に蔓延る悪辣どもを、街の影から監視する仕事が始まる。

私は何時からこの仕事をしていたのか、もう覚えてはいない。

物心ついた頃からやっている気もするし、始めてからつい数年な気もする。

建物の影から街の往来を眺めて……ふと、あることを考える。

この街の姿は、朝と夜とで文字通りがらりと変わる。

街の姿だけではない。住民の姿も変わる。
夜の記憶があるかどうかは、人によってまちまちだ。

もしかしたら、今日制裁を下した輩とも、夜になれば笑顔で肩を組み、酒を交わしている仲かもしれない。

この、規則正しいようで歪んだ街で、昼と夜とで入れ替わる姿で、私は考える。

いったい”わたし”と”私”はどちらが「オモテ」なのだろうかと。

いや、勿論私の自我は昼と夜ではっきり分かれているし、私のこの意思が仮初めのものだとも思わない。

だが、やはり、

漆黒の体に、唯一の曇りとしてある右足裏の刻印が焼き付く前は、その姿は、紛れもなく「オモテ」の姿だったのだろう。

実際、この街では出生の時間が本人に知らされないことも少なくない。

私もその一人なのだが……

影に潜む、虚ろな”私”は、夜に輝く、明るい”わたし”の事を考えると、たまに、こうして、どうしようもない不安に襲われたりするのだった。

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