【小説】モノクロームハート

 当たり前だと思っていたことが当たり前ではなかったと気づいたのは、いつの頃だっただろう。
 物心がついた時にはそう感じなかったから、きっとうちが旅をし始めた時かな。
 あの時は正直驚いた。だってあんなにも鮮やかな世界があるとは思いもしてなかったから、逆に強い違和感を感じてしまっていた。自分の体には色があったというのに…

 太陽が傾き、正午を過ぎると運動がてらに灰色の草むらを歩き始める。
 今日は特に何も予定はないけど、明後日になればまた外の世界へと旅立つ予定だ。いつもなんだかんだで帰ってこれてるけど、次もそうとは限らない。だからこの町の景色をしっかりと目に焼き付けておかないと…
 見慣れてしまった白黒の道をとぼとぼと決して軽くない足取りで進んでいると、大樹の下で座り込んでいる人影を見つける。
 声をかけようか悩んだけど、座り込んでいるのが自分の知っている人物だったので声をかけることにした。
 虚ろな目で空を眺めるその子の前まで近寄ると「隣、座るね」と呟いて、答えも聞かずに寄り添う。
 相手の子…ニフテリザ君はうちが来たことも気にかけずに空を見つめ続けていたけど、数十分ほど経ってようやくこちらに首を傾けた。
「あ…いたのか」
「うん。ごめんね、邪魔しちゃった?」
「ううん、そんな事はないよ」
「そっか」
 どこか浮ついたような言葉を交わすと、2人で同じ空を見上げる。
 ニフテリザ君は変わった子だ。この町で1人だけ浮いているというかなんというか、他の何物にも干渉されたがらない。初めて出会った時も今日のように何もないところで、ポツンと1人だけで虚無を見つめていた。
 初めは落ち込んでいるのかと思って声をかけたけど、どうやらそうじゃないみたい。
「…今日もここにずっといたの?」
「……」
「そう…だよね。いつもここにいるもんね。お気に入りなのかな?ここが…」
「…お気に入りなんかじゃない」
「へ?」
 依然として空を見上げたまま、ニフテリザ君は口を開く。
「ここが、一番誰も来ない場所なんだ。1人になれる。誰にも声をかけられることもない…」
「…そうだったんだ。ごめんね…お邪魔だったね。うち、もう行くから」
「あ…………」
 ニフテリザ君の言葉を聞いて、その場から離れていく。そっか、うち…邪魔だったんだね。いらぬお節介だったな……
 ぎゅっと胸を締め付ける気持ちを押さえ込んで、うちは真っ直ぐに自宅へと戻っていった。

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「ダークマターだー!!みんな逃げろー!!!」
 なんていう爽やかな朝には似つかわしくもない叫び声で目が覚めた。朝っぱらから気分の悪くなる目覚めだ。
 うちは急いでコートだけ羽織って家から飛び出すと、住民を襲うダークマターを視界に捉え次第片っ端から殴り消していく。
 ダークマターと言っても殴ってしまえば消し飛ぶのは建物とかと同じだ。数も大したことないし、このまま全部駆除してやる…!
 引きずったままの昨日の気持ちを晴らすかのように、次々と撃破しながら足は一直線にあの場所へと向かっていた。
 あれから寝るまでの間、ずっと悩み込んでいた。うちがやっていた事は本当は自分が満足するだけのわがままなんじゃないかって。よかれと思って声をかけていたのは、相手にとって迷惑だったんじゃないかって…
 でも、それでもうちは自分の思いを曲げられない。相手の気持ちなんてうちには分かるはずないから。だから、怖いけど相手が…ニフテリザ君がはっきりと「嫌」と告げてくるその日まで、うちは…
「きみの側にずっといる!!!」
 大きく飛び上がり黒い塊達の上を通過すると、地面をえぐりつつニフテリザ君の前に着地する。

 震えることもなく、ただ呆然と立ち尽くしていた彼を背中の方に回し口を開く。
「大丈夫だった?!」
「あ、うん…」
「待っててね。今、あいつらをぶっ飛ばすから!」
 ニフテリザ君の無事を確認すると、ギロリと目玉達を睨みつけて殴りかかる。
 相手に攻撃のチャンスを与える事なく数体のダークマターを全て塵と化させると、ゆっくりとニフテリザ君の元へ近寄る。
 ジッと見つめてくる瞳に耐えきれず、頭を下げて謝罪の意を表していたら「あの…」という声が聞こえてきた。
「どうして謝るの?」
「いや、その…えっと」
「だってキミは僕を助けてくれたんでしょ?それなら謝る理由が分からないんだけど…」
 首を傾けて覗き込むニフテリザ君。そりゃそうか……
「あのね、うちがきみに話しかけていた事は良かった事なのかなって…」
「んー…?悪いこと、ではないと思うけど……」
「そう…?本当に……?」
 恐る恐る口を開いて尋ねてみると、ニフテリザ君は何も言わずに首だけを縦に振っていた。

「僕の事は僕だけが知っている。そして、それを知ろうと知らなかろうとキミはキミの思うようにやればいい。僕にとってキミは、少し眩しすぎるだけだから」
「……えっと…」
「深く考えなくてもいいよ。今まで通り、僕はここにいる。だから、キミも今まで通り来たければくればいい。キミの期待してるような反応はないかもしれないけどね」
 そう言うとニフテリザ君は背を向けて「じゃあね」と歩いて行った。
 1人取り残されたうちは一瞬下を向きそうになるも、すぐに目を強く見開いてねずみ色の空を見上げる。
 うちって、本当にバカだな……

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 それから次の日、うちがとぼとぼとあの場所へと向かうと、彼は昨日までと同じようにその場所に座り込んでいた。
 うちは虚ろな目で空を眺めるその子の前まで近寄ると「隣、座るね」と呟いて、答えも聞かずに寄り添い…彼の手をぎゅっと握りしめる。
 彼は少し驚いた表情で口を半開きにしたけど、すぐさまいつもの虚ろな目に戻った。
 うちが相手の事を考えずに先走ってしまうのはきっとこの先も変わらない。きっと、変えようがない。今だって昨日の一件があったのに、きみの事は心配だし、もっと知りたいと思ってる。
 昨日の決意も、明日の考えも、そして今の思いも、きみに伝わらないかもしれないけど…
 当たり前だと思うこのモノクロな気持ちも、いつかは色鮮やかになるかも知れないね。いつかきっと……

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