「やっほー☆僕トワイライト!死神だよ!突然だけど、君明日で死ぬからーーよろしく!」
「……あ?」
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「ねぇちょっと聞いてる~?君さぁ~」
最初は遂に徹夜明けのガタが頭にまできたのか、あるいはいつの間にか寝ちまって夢でも見てるのかと思ったが、くそったれなことにどうやらこれは現実らしい。
だが、黒いマントをなびかせながらまるで棒付きキャンディーのようなステッキをぶんぶんと振る、自称死神が突然目の前に現れたら誰でも正気を疑うだろう。
「…うるせぇ、今もうちょっとで新メニューが完成しそうなんだよ。死神だかなんだか知らねぇが邪魔すんじゃねェ。」
「わお、君明日死ぬ宣言されても気にしないタイプ?めっずらし~……てか、僕の姿見ても動揺しないんだねぇ」
ふわふわとうっとおしい自称死神を無視して、俺は再び作業に戻る。
次のイベントの目玉になる期間限定スイーツの調整にオレは頭を悩ませていた。
「……クソ、何かいまいちピンとこねェ…客観的な意見が欲しいが…」
と、先程までオレの後ろを右へ左へうろうろしていたヤツが突然大声で叫び出した。
「…ねぇ!これってもしかしなくてもスイーツだよね?」
「ああ?……次の新作スイーツの最終調整中なんだよ。あと少しなんだ、テメェがなんと言おうとこれが完成するまで死ねるか。」
睡眠不足で判断力も鈍っているのか、つい返事をしてしまった。もはやこいつの存在について深く考えることすら面倒だし、深く関わるつもりは無かったのだが…
しかし…、あと少し、なにかが欲しい。あと一歩の気づきが必要だ。
その為には誰か外からの意見を……
外から?
「……おい、死神」
「何さ~、僕にはちゃぁんと”トワイライト”っていう名前があるんですけど!」
「んなこたァどうでもいいんだ。お前…死神ってのはスイーツを食うのか?」
「…はひ?」
「この際お前が死神だとかそんなのはオレにとってはどうでもいい。お前、今からオレの新作スイーツを食って感想を聞かせろ。」
「え!何々、スイーツ食べさしてくれるの?やるやるー!仕事中にスイーツ食べられるなんて最高じゃん!」
「よし、言ったな……ならそこで待ってろ。」
二つ返事で快諾した自称死神に多少驚きつつも、既に後に引けないオレは早速試作にとりかかった。
作るのはホワイトデーに掛けた純白のレアチーズケーキだ。
まずは土台となるビスケットを麺棒で細かく、かつ食感が残る程度に砕き、溶かしたバターと共に型に敷き詰め、そのまま冷蔵庫へ入れて冷やし固める。
常温に戻しておいたクリームチーズに、グラニュー糖、レモン果汁、サワークリームを加えてしっかりと混ぜる。
チーズは冷えたままだと生クリームと馴染まず、ダマになってしまう。スイーツはこういった細やかな気配りが出来上がりに直結するのだ、油断は出来ない。
と、ここで一旦生地を少しだけ別のボウルに移し、お湯でよく溶かしたゼラチンを加える。生地とゼラチンが馴染んだら、元のボウルに戻し、再びよく混ぜる。
これもダマが出来ないための一工夫だ。
…最後に、緩めに泡立てたメレンゲを加え、しっかりと混ぜたら…
「本来ならここから冷蔵庫で数時間冷やし固めるのがベスト…だが」
ここからがオレの見せ所だ。なにせ、折角オレの試作に付き合わせている死神とやらそんなに待たせる訳にもいかない。
ふう、と一息つくとコピー能力アイスを発動する。
オレのコピー能力の適性は言ってしまえば並み程度で、戦闘に限っていえばどれもこれも役に立つシロモノではない。
……ただし、料理となっては話が別だ。というより、オレのコピー能力はその全てが料理のためにあると言っても過言ではない。
もちろんこの「アイス」もその一つだ。オレのアイスは、範囲も狭く、殺傷力こそないものの……こと食品を冷やし固めたり、冷凍することに関しては誰にも負けない自信がある。
冷やすと言ってもただ凍らせればよいという物ではない。食材の声を聞き、その味を殺さないようにしなくてはならない。
目の前の型に入ったケーキを見つめると、慎重に冷気を吹きかけ、素材を殺さないぎりぎりのスピードで冷やし、固めていく…
よし。
「……待たせたな。レストランヴァイオレット特性ホワイトレアチーズケーキだ。」
厨房から試作室に戻り、食べやすくカットしたケーキの乗った皿をコトリ、と置く。
冷やしたてのケーキからひんやりとした冷気と、仄かなミルクの香りが辺りに広がる。
「わお、君、余命宣言しにきた死神にほんとにスイーツ作った、の、ね……って」
「なにこれ!めっちゃ美味しそうじゃんー!!」
「当たり前だろ、このオレが作った新作だぞ。」
「……こ、これ食べていいんだよね。」
「おう、早く食って感想聞かせろ。」
「じゃあ……いただきます。」
ごくり、と生唾を飲む音が小さく響く。ヤツがフォークをケーキに入れると、銀色の切っ先は沈むようにするり、とケーキに沈み…さくり、と小気味よい音を立ててクッキー生地まで到達した。
「…む。」
「……っ!」
そして、はむ、とフォークを口へ運んだ瞬間、ヤツは目を丸くして
「っっっ、うっ、まーー!!なにこれ!柔らかくて、それでいて舌触りは最高に滑らかだし…甘さと酸味のバランスも最高だね!……はむっ……癖になるかも…!!」
「……、そうか。まあ、喜んでくれるのはありがたいが……なにか気づいたことはないか?」
…何がという訳ではないが、帽子を少し深めに被り直す。
ヤツの方を見ると、それまで一心不乱にケーキを口に運んでいたヤツも一旦手を止める。
「んむ……、そーうだなぁ……チーズケーキ自体の味は正直言うことないけど…敢えて言うなら、もっと、こう、口の中で溶けるような感じ?…あとは、味のアクセントとか、見た目も華やかなのが、最近のトレンドだよね!…あむ…」
……ふむ…となると、やはり改善点はあそこか。
「……なるほど、分かった。」
「はむ…どう、役にたちそう?」
「まあな。」
「僕、ほんとにケーキ食べただけなんだけど……まあ、いっか!ご馳走さま~」
「さ、て、と…」
ぺろりとケーキを平らげた死神は、オレの方に向き直り……再び魔法のステッキのようなものを何処からともなく取り出した。
「僕もそろそろお仕事しないと、ね…」
気づくと、窓の外は明るみ、すっかり夜は明けていた。しかし、せっかく閃いた新作スイーツの完成案を、実現する前に死ぬわけにはいかない。
「…死神だかなんだか知らないが、オレはこの通り健康そのもので死ぬ予定もねェし、死ぬつもりもさらさらねェからな。」
「いやー、僕も、あんなに美味しいケーキ作って貰ったし、君の命を奪うなんてそんなことしたらスイーツ界隈への大打撃だとは思うけどさぁ…」
「そんなこと言っても、この死神手帳に”ヴィオ”って名前が出ちゃってるんだもん、どうしようもないのよ、ネ」
といってヤツはまたどこからともなく真っ黒の手帳を取り出し、オレのほうにページを開いてずい、と突き出し…
……と、その表紙に何か黒い物がぱらりと床に落ちる。
「……この手帳の何処にオレの名前があるって?」
…じっと手帳を見つめ、それからヤツに視線を移す。
「え!?いや、ほら、だってここに……ここ……に……ぃ…い、あれ……」
ヤツが指差したページには、今日の日付と”ウィオ”という名前、そして……よくよく見れば”ウ”の文字の右上には小さな油の染みが二つ付いていた。
「え、ウィオ………へ!?あれ?おおおおっかしいなぁ、確かに僕が見たときはヴィオって…」
「……で、オマエはこいつに心当たりはあるか?」
パニックになっているヤツを横目に、オレはつい先程床に落ちたモノを拾いあげ……今度は此方からヤツに手を突き出す。
「…え、なにこれ……胡麻?胡麻……」
「……あーっ!!昨日のおやつの胡麻団子!!!」
先程までの余裕そうな面持ちから一転、死神は冷や汗をだらだらと流し、目を泳がせる。
「……で、つまりはなんだ、胡麻団子の胡麻で、オレと何処ぞの誰かの名前を見間違えたと…」
「え、えーとぉ……」
「……はい…。」
目をきょどきょどとさせながら死神は部屋の隅で縮こまる。
……まあ、オレとしてはここで荒事が起こらないならそれでよいのだが…
「…まあ、オレとしては別に、オマエのお陰で新メニューも固まったことだし、別にとやかくいうつもりはないが…」
「うう…」
「……で、いいのか?オレは知らんが、ウィオとかいうヤツの所に行くんじゃないのか。」
「そうだった!!やばいやばい、仕事に遅刻は流石に不味い!!ケーキご馳走さま!!!」
そう叫ぶと、死神は忽然と姿を消してしまった。
突然しんと静まり返った部屋に一人残され…先程までの時間は本当に現実か疑わしくなる。
「スイーツ好きの死神とは……流石にファンタジーがすぎるだろ…」
はは、と一人呟きながら、オレは残された食器をもって厨房に戻るのだった。
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「ねぇ、ユリカ聞いた?ヴィオのお店で期間限定の新作スイーツだってよ!」
「え!ウソ!食べにいきたいきたーい!どんなのどんなの?」
「レアチーズケーキらしいんだけど、土台の部分までふんわり滑らかで…とにかく超!美味しいらしいよ!しかもね!甘酸っぱいラズベリーのソースがついてきて、ケーキにかけると、模様が浮かび上がってくるとか!」
「なにそれおしゃれ~~!!ねぇ、ダメもとでもさ!今から言ってみようよ!」
「よし!そうと決まれば!出発!!」
「おー!!」
……
「本日のメニューは、『死神も恋するホワイトレアチーズケーキ~ラズベリーの甘酸っぱい思い出ソースを添えて~』……となっております。心行くまで、じっくりご堪能下さい…」