【小説】荒れた魔術書 第2話 デンジャラスムーン

時刻は黄昏時。
遥か高い宇宙(そら)を漂う数多の星々が、太陽の光というフィルターが徐々に取り除かれ、天に映し出される時間帯だ。

この時間帯はいつもなら役所の中で民間から押し寄せる大量の書類に目を通している頃だろう。

しかし、今の私は市長としての通常業務をしている暇はない。

未だ闇に呑まれている地底都市を取り戻す為、残る7人の住民達と共に魔術書の手掛かりを探るべく…いえ、まずは疲れを取るべく近隣の町へと向かうことにした。

「陽が完全に落ちる前に、ムーンホールへと向かいましょうか。」
私はそう言い、住民達の顔を見渡す。
住民達は頷くと、トワイライトさんと銅さんの提案通り彗星が向かった方向…ムーンホールへと歩み始めた。
時折来る北風が草木を揺らす。
季節は冬。
世界で最も採用されているリエン暦で言うところの1001年2月4日。
年中涼しい気候の地底都市で暮らしてきたからか、寒冷地のフローズンカンティネントから来る冬場の北風に私たちはそこまで寒さを感じなかった。

歩く事小一時間。
ちょうど陽が落ちたタイミングで目的地へと着いた。

隕石が落ちた跡のような円形の穴に造られた街。
堀で出来た外周の内部は建物が大小の二段に重なったバームクーヘン状に敷き詰められている。
ムーンホール。そこはそんな街だ。

「第1町人発見!!」
銅さんは堀で釣りをしている獣のようなフォルムとモフモフの尻尾が特徴的な球体に指を差して明るい声で叫んだ。

釣りをしている球体はその声に気付いたのか、こちらへ顔を向けて手を振った。

それと同時に竿が勢いよく引き始め、慌ててその釣り人は竿をギュッと構える。

天照さんがその釣り人の元へと駆け寄り、近くに転がっていた網を構えた。

釣り人が「今だ!!」と叫び、それと同時に勢いよく竿を引く。
釣り糸の先には大きな魚が食いついており、天照さんはすかさずその獲物を網で捉えた。

「やるじゃねえか!!アニマルみたいな球体!!竿引くタイミングバッチリだったな!!!」
「サンキューな!!ツノ生えてる人!!お前が網持ってたお陰で釣れたぜ!!!!」
二人はお互いを讃えあい、嬉しそうにハイタッチをした。

私はフレンドリーな性格の釣り人に早速話しかけた。
「私はアディス。遠い町から来ました。一晩泊まれるところがあれば提供して欲しいのですが…。」
念のためアンダーハーデスから来た事は隠した。
理由は地上の球体達に軽率な気持ちでアンダーハーデスに踏み入れて欲しくないからだ。
私のそういった確固たる意志を込めた視線を、共に旅をする仲間達に振り撒くと皆察してくれたからか頷いてくれた。

地上の民の中でも特に軽率そうな釣り人が
「俺はロギントゥス。ロギと呼んでクレメンス。ホテルなら空いてると思うけど…大人数だしな。一度、柊(ひいらぎ)に聞いた方が良さそうだな。」と言った。

この球体…。軽率そうな見た目の割に意外と警戒心の高い思考をお持ちのようだ。
いきなり予約も無しに大人数でホテルへと向かうのだから怪しまれたのだろうか?
どうやらホテルに泊まるには柊という人物に一度会わないといけないそうだ。
私はロギさんに柊さんの素性について聞いてみる。
「柊ってどういった方なのですか?」

「柊は一言で表すと……鬼だな。」

堀に架けられた桟橋を渡り、街の広場へと誘導された。
私たちは街を見渡しながら言われるがままについて行った。

もうすっかり陽は暮れたが、街の店舗や住宅の灯りが溢れており、この時間帯でも街中を歩き回る人々が大勢いた。

広場の中央にはツノと翼が生えたニコニコしている球体が立っていた。

この人が柊さんなのだろうか?
しかしロギさんの雑な紹介では『鬼』と言われてたが、とても鬼には見えない。(ツノは生えてるけど)
どちらかと言えば天照さんの方が…

「あん?どうしたアディス?俺の顔になんか付いてるのか?」
「いいえ。天照さん。何もないですよ。」

私が天照さんの顔を見ている間にロギさんは柊さんと何やら会話を始めたようだ。

私達がホテルを探している事を柊さんに伝えたのだろうか…。

ニコニコしてる球体はロギさんとの会話を終えた後、こちらへと向かい挨拶しに来た。
「こんばんは。私は柊。ホテルをお探しのようですね。どうぞ、8人分個室に空きがありますよ。」
胡散臭そうな話し方に少し警戒しましたが、今晩眠る場所ぐらいは確保しておいた方が良いだろうと判断し、私達は柊さんの言うホテルに泊まることにした。

「私はアディス。是非ともそのホテルに泊めさせていただけますか?」
「ええ!ええ!勿論ですとも!!ささっ、こちらへどうぞ。」

ロギさんに別れを告げ、柊さんに案内されたホテルへと向かった。

「こちらムーンホール観光客御用達のホテル。『ツクヨミホテル』となります。どうぞ心行くまでお楽しみください。」
と告げた柊さんはホテルの外へと出て行った。

中は地方都市のホテルとしてはなかなかに綺麗で、豪華な装飾こそ無いものの受付の球体の対応力の高さやロビーのソファーの質などからそこそこ高価なホテルだと見受けられる。

私たちアンダーハーデス住民達はロビー傍の待合室に集まり、就寝を取る前に軽く魔術書の事について話し合う事にした。

「まず皆さんに見てもらいたいものがあります。」

そう言い、私は魔術書の2、3ページ目の見開きを開いた。
3ページ目は白紙であったが、2ページ目には見たこともない文字…しかし私には読める不思議な文字の羅列が書いてあった。

「これから読みます。」という意思表示を込め周りを見渡す。
皆が頷くのを見て魔術書をゆっくり読んだ。

「『贖罪せよ…贖罪せよ…
第四の罪、其れは”強欲”…
其れは”叡智に統治された機構に潜む影”…
永続的に維持された秩序を変異させ…
全知に至るその強欲…』
と書かれてあります。」

私が読み終えた後に静寂が訪れる。
私を含め各々が思考を重ねているのだろう。
皆が難しい表情をしていた。

言葉自体はさほど難しいものではないのですが、単語ひとつひとつがいったい何の比喩なのか皆目検討がつきません。

贖罪…つまり犠牲や代償を捧げて償いをする事…
この魔術書は七つあるであろう罪に贖罪を求めているのでしょうか。
いったい何のために?

この静寂の中、初めに声を出したのは闇光さんであった。
「市長。一ついいかい?
俺ぁあんまり頭の回転が早く無ぇ。
どちらかと言えば、悩み事はじっくり考えるタイプなんだ。
お前さんが解読したモンを、いつでも思い出せるようにメモに書き記して欲しいんだ。」

闇光さんの提案にハッとし、
「なるほど。確かに文字に書き起こした方が良いですね。」
と答え、受付カウンターに置いてあった紙とペンを借りて魔術書の翻訳文を書き起こしみんなに見せた。

しかしそのメモ書きを見たみんなは困惑の表情を見せた。
「おいゴルァ!!読めねぇじゃねえか!!!」
天照さんの鋭いツッコミが入る!!
私はメモ書きを見返すとミミズの落書きのような物が書いてある事に気付く。

「これは…おかしいですね。
丁寧に書いたはずですが、アンダーハーデスからずっと歩いてきたのでヘトヘトだったのか、少し汚くなりましたね。」
「しちょー、いつも文字汚い気が…」
私の言い訳は無残にも普段から私の文字で書かれた書類のサインを見ている副市長の一言で砕け散った。

「ははは。仕方ないよ市長。球体によって得意なことは違うからね。」
トワイライトさんは私を宥めながらペンを取り、魔術書の1ページ目と2ページ目の翻訳文を器用な手先を駆使して見事な達筆で書いてみせた。

「あら美しい字ね。この字でパーティーの招待状を渡されたら行きたくなるわね。」
確かに…わかりますとも…
「市長ヨリ、上手イ」
はい…その通りです…
「これならいつでも読めるな。」
読めない字ですみませんね…

「とにかく今日はこれで終わりにしましょう。
皆さん各自休息を。そして、万が一この街が闇に呑まれそうになったらホテルを破壊してでも脱出してください。」

私は強引に話を切り上げ早々に部屋へと戻った。

……恥ずかしくなんてないですよ?


・・
・・・
アンダーハーデスが闇に呑まれてから二日目。
リエン暦にして1001年2月5日。

ホテルの外では町民たちの賑わいの声が聞こえる。
どうやら闇には呑まれていないようだ。

地上のホテルの寝心地は思ってたほど悪くはなく…いえ、寧ろフカフカのベッドが私の体を全身包み込み、アンダーハーデスを失った喪失感、市長としての責任感、その他負の感情諸共からひと時でも抜け出せ清々しい朝を迎えた。

アンダーハーデスが闇に呑まれた状態だというのに呑気に寝てしまった自分に腹が立つ。

昨日は部屋に戻るとすぐにベッドへと潜り込んだため少々臭いがする…。

「そうだ。シャワーを浴びよう。」

外套をハンガーに掛け、包帯を解き、室内にあるシャワールームへと入る。

鏡に映る純白の体を見て更に苛立ちを覚えつつも、露わになった全身にシャワーを浴びせ穢れを落とす。

湯気がたちまち鏡を曇らせたお陰か、再び視界に自身のコンプレックスを映すことなく、濡れた体を拭き取り新たな包帯を纏い、ハンガーから外套を取り上げ、昨日とほぼ同じ見た目だが昨日より少し綺麗な姿でホテルのロビーへと赴く。

ホテルの入り口に胡散臭い笑顔を見せる球体…
すなわち、柊さんが電卓を持ちながら仁王立ちしていた。

「ぐっすり眠れましたか?お客様?それではお会計の時間です。団体客8名様分の個室という事で、お値段なんと******¥!!!これはおトク(とんでもない値段)!!!!」

私は本能的に回れ右をして退散しようとするが、バッサバッサという音が背後からしたかと思ったらいつの間にか柊さんが目の前に現れた!

一瞬鞭剣を抜きかけたが、今はここで争いをしている暇ではないと判断し、鞭剣から手を離した。

ここで争いを起こすとこの街での情報収集が困難になる。
魔術書について詳しそうな人の目星は既に付けてある。
あまり使いたくない手ですが、”アレ”をするしかないだろう。

「おっと。お金よりも手を出すタイプですか?あなた?今の時間帯、この街には戦闘民族が多いので街を壊さないためにも出来れば争い事は避けたいのですが…」

「これは失礼しました。貴方が不気味な笑顔を見せたので一刻も早く視界から消すために自己防衛しただけですよ。」

「して、会計のほどは?」

「これでどうです?」

私はそう言い懐から秘蔵の毒の小瓶を柊さんに渡す。
柊さんはそれをじっと見つめた後、私の右手を両手でガシッと掴み先ほどの取り立て屋のような不気味な笑顔とは打って変わって、喜びの感情を露わにした満面の笑みを見せる。
これはこれで不気味ですがね。

それにしてもこの柊という球体。
私の秘蔵の毒の価値がわかるとは…
最高位の鑑識眼をお持ちのようで助かった。
柊さんがこの毒を何に使うのかは気にしないようにした。

「この毒まだまだお持ちですか?」

「ええ。持っている分だけでもこれだけ。」

と言い外套を開き、内ポケットに差し込んである小瓶の列を柊さんに見せた。

柊さんは懐から一枚の書類を取り出す。
私はそれを一通り読み、名前を書き、手印を押した。
その後、柊さんがやっている商店に連れて行かれ、柊さんは店の奥へと入り待つ事10分。
沢山の金塊を抱えた柊さんが現れ、私は持ってる毒の入った小瓶の半分をカウンターに置き、置いた毒瓶の重量から小瓶の分だけ引いた数値の数十倍の重量の金塊だけ取り出した。

「これからもよろしくお願いしますよ。」

「ええ。私は出来ればもう会いたくありませんがね。」

軽い会話を交え、金塊の一つを換金した後にホテルへと戻った。

ロビーにいた天城がこちらへ駆け寄り、焦った表情で話し掛ける。
「市長。まずいぞ。私を含めたアンダーハーデス住民全員がお金を持ってない。
このままじゃ全員ホテルでバイトするハメに…」

「お金については心配なく。きっちり耳を揃えて会計を済ませるので。」

私はそう告げ、受け付けで精算を済ませた。
天城さんは私が会計をしている最中に他のアンダーハーデス住民達をロビーに集めてくれたようだ。

「ありがとうございます。天城さん。では、街中へと出掛けましょうか。」

「お…おう!市長。お前がどうやって会計を済ましたなんか別に気にしてないぜ!!だって市長が凄い奴だってことは私たちみんな知ってるもんな!!!」

なんだか天城さんが恥ずかしい事を言ってますが、昨日の私の失態続きをフォローしているのか?
私はそんなに大したことはしてない筈ですが…まぁ何はともあれ今は魔術書の情報を少しでも集める時だ。

『強欲』『叡智に統治された機構に潜む影』
これが魔術書が贖罪を求める7つの罪の内の1つなのだろうか。
一番始めに相対するであろう相手なのに『第四の罪』と綴られていたのも気になる。

まぁまずはこの街で一番魔術に詳しそうな人物に出会うのが良いだろう。

我々は数々の魔術の書籍を出版している”コーパル”という”大魔術師”に会うことにした。

Twitterでこのページを宣伝!Share on twitter
Twitter

コメントを残す