【小説】デザイア•シード 第2話 「ミラクルパニック」

「着いたよ。ここがチトセヤガスリだ」
「へえ、ここが…」
 プラントプラネットを発ってから早3日。一番近くて住民が多そうな街を目指そうということで、ここチトセヤガスリに辿り着いた。
 何か有力な情報があればいいけど…
「わあい!ここには初めてきたよ!何があるのかなー?かなー!」
「こらこら…あまりはしゃぐでないよ、緑目くん」
「グリーン君がはしゃぐのも無理ないよ。だってサラもワクワクしてるのですから!」
「やれやれ、貴方もですか」
 みんながみんな、まだ見ぬ街に期待を膨らませているのを見て「遊びに来たわけじゃないんだけどな…」とため息を漏らす。
 苔の生えた石の道を中心に、左右には色褪せた建物が点々と並んでいて、その全てが何か懐かしい匂いを漂わせる。
 噂には聞いていたけど、本当に古ぼけた雰囲気の町なんだね…私としては静かな方が落ち着くから、有り難い…かな。
 目をキラキラと輝かせたグリーン君達と共に町を歩いていると、突然慌ただしく動く人の波に押されて「うおっ?!」とぐらつく。
「なんだなんだ?」
「あ、あれを見て!!」
 サラセニアさんが指差す方を見てみると、そこには数軒の建物を半壊にしながら突っ込まれた汽車の姿があった。
 様子を見るに、今し方起きた出来事ではなさそうだけど、これは一体…?
「厄介ごとはごめんだけど、避けては通れなさそうだね」
「話を聞くだけ聞いてみましょう」
 カイエンさんの発言に賛同してコクリと頷くと、汽車の側で指示を出している黒帽子の男に話しかける。
「お忙しそうなところすいません。少しお話いいですか?」
 私の声に気がついた男は、ニコッと微笑むと口を開く。
「あ、こんにちは。ようこそチトセヤガスリへ。すいませんね、気づくのが遅れてしまって」
「気にしてないので大丈夫ですよ」
「そうですか。それなら良かった。ああ、言い忘れてましたが、僕は黒鳶と言います。一応ここの町長をやっていますので以後、お見知り置きを」
「この町の町長さんでしたか。ご丁寧にありがとうございます。私はアイリー。そして私を含めた後ろの人達はプラントプラネットの住民です」
「団体様でしたか。ここまでご足労お疲れ様です。改めて、ようこそチトセヤガスリへ」
 互いに挨拶を交わし握手を交えると、早速ずっと気になっていた事を尋ねてみる。
「あの、ずっと気になっていたのですが、この汽車は何かあったんですか…?」
「これですか?ええ、まあ…と言っても、この状態になってからもう3日は経ちますが」
「3日…ですか?」
「はい。今はもう落ち着いて、この汽車…ヒュルエイの乗組員達と協力して町の復興作業中といったところです。それよりも大変なのは…今朝起きた……」
 と黒鳶さんが言いかけたところで、名前を呼ぶ大きな声と共に真っ白な着物を着た男の子?がドタバタと足音を立てて私らの前までやってきた。
「はあはあ、やっと見つけた!黒鳶、いたぞ!今し方捕まえた!!」
「本当ですか!それで、彼女は今どこに?」
「大通りだ!早く早く!!」
 待ちきれない様子のその人は、黒鳶さんの手を引っ張り無理やり走り出す。
 私が「あっ」と声を漏らしたのと同時に、黒鳶さんが振り返る。
「すみません、みなさま!僕はこれにて失礼します!!」
「え、ちょっと…!」
 静止させる間もなくどんどん背中が遠ざかっていく。
 まだ、聞きたいことがあったんだけどなぁ……
「とりあえず、私たちも後を追いかけよう。何かあったのは間違いないみたいだし」
「うん!」
「そうね」
 みんなが頷くのを確認すると、急いで黒鳶さんの後を追いかけた。

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 数分後。
 見失った黒鳶さんを探していると、何やら大衆の騒つく声が耳に飛び込んできた。
 気になったのでみんなを引き連れて足を運んでみると、そこには探していた黒鳶さんとさっきの着物の人、それから縄に縛られた小さな女の子が大勢の人に囲まれていた。
 これはますますどういう状況か分からなくなってきたね…やはり直接聞いてみないと。
「あの、すいませーん!」
 人混みを掻き分けながら大声で叫ぶと、私の声に気がついた黒鳶さんが驚いた表情で振り向いた。
「あれ、どうして…」
「気になったので来てしまいました。今度は一体何事ですか?こんな…小さな女の子を縄なんかで縛って」
「ああ、いや…彼女は……」
「失礼な!我は小さな女の子なんかではないぞい!!」
「?!!」
 え、え……?
 なんだ?今の声、この子が出したのか…?それにしてはなんとも子供らしくない言い回しだったような…
 私が困惑していると、後ろにいたサラセニアさんがにゅっと顔を出す。
「ねえねえ、キミってもしかして天使なのでは?!」
「そうじゃぞ」
「やっぱりー!!翼が生えてて口ぶりが偉そうだったから、そうなんじゃないかって思ったんだー!そうだ!サインください、サイン!記念に!!」
「何の記念か分からんし、その判断基準は全くもって分からぬが…よいぞ!サインならいくらでもくれてやろう!!」
「わーい!ありがとうなのです!!」
「これくらいお安い御用じゃ!」
 その子は顔いっぱいのドヤ顔でそう答えると、口でペンを咥えてサインを書き始める。
 天使…なるほど。言われてみれば背中から翼が生えてるし、そうなのかもしれない。
 とまあ、それはそれとして。
「どうして縄で縛られているんですか?何か悪いことでも…?」
「それなんじゃけど、我は何もしてないのに勝手に犯人扱いされてるんじゃ!!」
「勝手にも何も、お前が犯人だろ!」
「ええい、黙らんか司!そうやって勝手に決め込むのは良くないぞい!!」
「いやいや、朝起きたら町中の女の子が例の腕輪をつけられてて魔法少女になってしまっていた…なんて珍事件、ルリ!お前以外に起こす奴なんていないだろ!!!」
「んん?!!」
 魔法少女…?なんだか話がよく分からなくなってきたぞ……?
 とりあえずこのままでは全く状況が飲み込めないので、ルリと呼ばれた少女に詳しい話を聞きたいと頼むと、ルリさんはことの一部始終を話し始めた。

 なんでも、今この町では町中の女の子が魔法少女の服を本人の意思に関係なく着てしまっているという状況になっているらしい。
 被害者達の証言によると、朝起きたら腕に見たこともないリングがつけられていて、それからすぐにフリフリの服を強制的に身に着けさせられたということだそうで……
 普通ならそんな珍事件、すぐには解決しそうにないのだが、残念ながらそのリングの製造主というのがルリさんらしい。
 そんなわけで速攻捕まってしまったルリさんだったが、自分は犯人じゃないと一点張りでかれこれ数十分は経っている…というのが今起きてる騒動の全貌というわけだ。
「ふむふむ、なるほどね…」
 一人で勝手に頷いて、勝手に理解する。なんとなく内容は分かった。気の毒だという事も。だけど……
「ごめんね、ルリさん。私達はやらねばならない事があってね。これから忙しくなるからあなたはあなたで頑張って欲しい」
「ええ?!!今の話を聞いて揺るがない?!」
「申し訳ないけど…みんな、早速この町の人たちに例の種と実の事を尋ねてみよう」
「そうね」
「そうだな」
「そうですね」
「それじゃあ、黒鳶さん、司さん。貴方達にも後ほど話を伺うかも知れませんが、その時はよろしくお願いします」
「分かりました。お気をつけて」
「ええー?!本当に行ってしまうのかぁぁぁ?!!!」
 うおおおと泣き叫ぶルリさんに心を痛めつつも、踵を返しこの場を後にする。
 決してなんとかしてあげたい気持ちがないわけではないんだ。ただ、この町の問題は出来る限りこの町が解決するべきだと思うし、それに…
「こっちはこっちで、まだ一ミリも情報を得てないしね」
 そう、来た直後からバタバタしていたけどこちらの目的を果たせてない。まずはそれを優先しないとね。
 人混みから抜けて点呼を取ると、サラセニアさんとグリーン君がいない事に気がつく。
「あれ、2人は?」
「さあ…?まだあの天使の所にいるのではないでしょうか?」
「ええ……まあいいや。私達だけで聞き込みを開始しよう」
「そうね」
 互いに頷き集合場所と時間を決めると、手分けして探すためにそれぞれバラバラに分かれての行動を開始する。

 古ぼけた街並みに目を惹かれながらもとことこと歩いていると、オドオドとしている男の子が目に映った。
 何やら困っている様子だったので、声をかけてみる。
「やあ、こんにちは。そんなに震えてどうしたんだい?」
「あ…えっと、その…」
 急に話しかけてしまったせいか、ますますオドオドし始める。
「ああ、ごめんね。驚かすつもりじゃなかったんだけど…」
「う、うん。大丈夫。驚いたのは少し…だけ、だから」
「…そっか」
 今だ震え続けるその子に優しく微笑むと、少し安心したのか震えが先ほどよりも落ち着き始めてくる。
「えっと…その…ぼく、スカビオサ。よろしく……」
「私はアイリーだよ。ところで、どうしてそんなに怯えているかの訳を…」
 と言いかけた所で、小刻みに震えていた体がさらに震え上がり飛び跳ねると、スカビオサさんは逃げ出すように走り去って行ってしまった。
 急にどうしたんだろ…と思ったけど、そのわけはすぐに分かった。
「……!」
 背後から漂う寒気と妙な威圧感に息を飲む。
 勇気を出して恐る恐る振り返ってみると、人型をしたドロドロの液体が黄色い目を光らせてこちらを見つめていた。
 それを見た私は「ヒッ…」と思わず小さな悲鳴を上げてしまう。
「あのー」
「ぬおお?!喋ったァァァァァ??!!」
「いや…あの…何もしないから。落ち着いて」
「え…ええ?!」
 い、言われてみればずっと棒立ちなままで何もしてこない…
 見た目こそおどろおどろしい姿をしているけど、襲うつもりなら話しかけてなんかこない…か。
「ふう…ごめん、完全に見た目だけで判断していた。本当に申し訳ない…」
「気にするな。よくある事だ…それよりも、今さっき外の町からきた人達というのはきみらか?」
「そ、そうだと思うけど…」
「やっぱりそうか。なあ、何か聞きたいこととかはないか?何でも答えるぞ」
「聞きたいこと…?」
 それならちょうど良かった。さっきの子には聞けなかったから、この人に話を聞いてみよう。
「えっと、それなら聞きたいことが…」
「…待った。その前に一つ約束をしてくれないか」
「約…束?」
 なんだろう、何か嫌な予感が…
「なに、簡単な質問に答える代わりに、顔を貸して欲しいだけだ」
「顔を……貸す?」
 顔を貸すとはどういうことだろうか。何か人手が足りないとか…かな?でもそれなら手を貸して欲しいとか言いそうなものだけど……
 私が手を組んで悩んでいると、背後から「やめといた方がいいですよ」という声が響く。
「えっと、あなたは…?」
 突然現れた猫耳の女性に尋ねると、彼女はふふっと小さく苦笑して口を開いた。
「なに、しがない作家ですよ。いやはや、まさかこんな所で探しものに会えるとは思いませんでしたよ、かがみさん」
 彼女がギロッと視線を彼…かがみと呼ばれた球体に向けると、彼は何か身の危険を感じたのか一目散に去って行った。
「あ、行ってしまいました…」
 残念そうに頭をかく彼女に、ぽかんと口を開ける。この町は食物連鎖でもあるのだろうか。先ほどからことごとく人に逃げられてる気がする…
「おっと、すみませんね。置いてけぼりかも知れませんが、ここではいつもの事なんですよ」
「そ…そうなんだ……」
「そうそうさっきのは顔を貸さなくて正解ですよ。彼、本当に丸っきり他人の顔を撮ってしまうらしいんでね」
「人の顔を…とる?」
「そうです。まあ、用が済んだら返してくれるそうですが、その間撮られた人はのっぺらぼうになってしまうんでね」
「のっぺらぼうに…?!」
 危なかった…危うくはいと返事をしてしまうところだったよ。なんて恐ろしい人なんだ……
 っと、いけない。やっとまともに話せそうな人が来たのだから、聞くことを聞かないと。
 私は懐から種と実を描いた紙を取り出すと、それを目の前の彼女に見せて何か知ってることはないか尋ねる。
 絵を見た彼女は少し考える仕草をするものの、すぐに首を横に振る。
「そっか…知らないか。ごめんね、変なことを聞いて」
「いえいえ、こちらこそお力添えになれなくてすみません。他の方ならご存知かも知れないですね」
「だといいけど…まあ、頑張って聞き込みを続けて見るよ」
「頑張ってください。それでは私はこれで」
 くるっと背を向け去ろうとする彼女に、慌てて口を開く。
「あ、そうだ!あなた、お名前は?!」
「……トラマル」
「トラマルさんだね!色々とありがとう…!」
 彼女は私の声を聞いても止まることなく、そのまま人混みの中へと消えていった。
「さて、聞き込みを再開しようか」
 一瞬のように過ぎていった一連の出来事を頭の隅に追いやりながら、町行く人々に声をかけ始めた……

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「収穫、なしっと…」
 道沿いのベンチに腰掛け、ふうっと息をつく。最初からそんな簡単に情報を得られるとは思っていなかったけど、これは中々に骨が折れそうだ。
「あー、なんか動き回ったら喉が渇いたね。何か飲み物を買えるところは…」
 くるりと周囲を見渡すと、2時の方向に懐かしいお店を発見する。
 あれは…駄菓子屋だ。まだ開いているお店があったとは……もう拝めないと思っていたから嬉しいな。…何故か半壊してるけど。
 椅子から立ち上がり鼻歌交じりにお店の前まで足を運ぶと、色とりどりのお菓子の配列に、胸が踊り始める。
 それもこれも、どれもが懐かしい。いつ、どこで、最後に来たのがいつだったのかも忘れてしまったけど、確かに私は幼少時にここへ来ていた。もしかしたらこのお店がそうかも…なんて、偶然はないか。
 ガラス張りの四角い冷蔵庫からラムネを一本取り出すと、レジへ向かう。が、肝心の店員が見当たらない。
 奥の部屋かな?と思って呼んでみるけど、返ってくるのは静かな静寂だけ。
 お店が開いているのに留守ってことはないと思うんだけどな…
 仕方ないから、数分だけ待ってみることにしよう。トイレに入ってたりとかするかもだし。
 そう思って駄菓子を物色しようとした矢先に、カラン…と下駄を履いた女の子がお店の入り口に現れた。
 着物を羽織った女の子…お客さんかな?でもその割には随分と顔が暗いような……
 気になりつつも物色をしながらちらりと顔を上げてみると、その女の子は何をするわけでもなくずーっと俯いていた。
 だめだ、こんな状態でお買い物なんてできない。少女があんな辛そうにしている中、呑気に買い物なんてできるものか。
「あのー…君、どうかしたの?もしかしてお金、忘れちゃった…とか?」
「……」
 無言のままの女の子。どうやら違うらしい。困ったなぁ、こういう時どうすれば……
「あ…色葉ちゃん」
「詩飴さん!!」
「おっ、とっと…」
 少女は店の奥から顔を出した少年の顔を見るなり、泣きじゃくりながら少年の胸に飛び込んだ。
 …なんか来てはいけないタイミングで来てしまった気がする。
「麗ちゃん来なかった?!あれから一目も見てなくて!!うゔっ……」
「うーん、見てないなぁ。ぼくの方でも探してはいるんだけど、なかなか…」
 少年の言葉に、ますます涙を流す少女。まるで洪水のようだ。
「わだじ…あの子がいなくなったらと思うと……胸が苦しくて…」
「いなくなったって決まったわけじゃないよ。きっと、またひょっこり戻ってくるって」
「う、うゔ……」
 うん、完全に修羅場だこれ。下手に首を突っ込んではいけないやつ。お邪魔虫はさっさと退散した方が良さそうだ。
 喉を潤すのを諦めて、ラムネをレジのテーブルの上に置いたままそっと店から出ようとすると、思いっきり手を引っ張られた。
「90円」
「え?えーっと…」
「ラムネ、買うんでしょ?だから、90円」
 無表情のままお金を請求する少年。
 ま、まさかこの少年がここの店主だったなんて……!というより、この状況で平然と対応するって凄いなこの子?!
 でもそれならと、お金を手渡しラムネを受け取る。
 お金をしっかりと受け止め確認した店主は、そのまま金銭をテーブルの上に置き女の子をなだめ始めたので、私はそそくさとお店から抜け出す。
 なんとかあの場から離れられたけど…余計に喉が渇いてしまったよ。やれやれ。
 冷や汗を手で拭い、苦労して手に入れたラムネをシュポンっと開けると、一気に飲み干す。ああ…生き返るようだ。
 思えばこの町に来てから驚くことばかりだ。行くとこ行くとこで困ってしまう出来事に遭遇する。こうなってくると、次は家でも吹き飛ぶんじゃないかな。ははは、まさかね…

 すっかり空になった空き瓶を捨てようとしてゴミ箱を探し始めると、突然目の前の家が轟音を響かせながらメキメキと崩れ散っていく。
「……本当に吹き飛んだ」
 いよいよただ事じゃなくなってきたね…早い所次の町に移った方がいいかも。
「サラセニアー!ルリー!!」
 っと、この声は…グリーン君?
 声のする方へと振り向くと、驚く事にグリーン君がフリフリのスカートを履いてこちらに向かって来ていた。
 んんん?!どういうこと!??
「グリーン君!!」
「アイリー!?」
「その…スカートは?!」
「あ、これ?これ、路上で酔ってた人に突然つけられたんだ!ほら、あそこで暴れてる人!!」
 グリーン君が指差した方角に視線を移すと、確かに町を破壊しながら移動している人影が見える。
 …って、あの人影は!!
「あれ、あそこで必至に逃げてるのってサラセニアさんとルリさんでは?!」
「そうなんだ!サラセニアさんが腕輪をつけられるのを嫌がったら、急にあんなんになっちゃって!」
「腕輪?」
「うん!これこれ!」
 グリーン君はスッと左腕の袖をめくると、がっちりはめられた銀色の腕輪を見せる。
「その腕輪って…もしかして!」
「そうなんだよ!あの酔っ払いが犯人だったんだ!まさかルリさんを連れて犯人探しをしていたらこんな事になっちゃうなんて…」
「犯人…探してたんだ……。でもおかげで大体の事情は分かったよ」
 正直サラセニアさんには事件解明より自分たちの目的の方を優先して欲しかったけど…すでにこうなってしまっては手遅れだ。どうにかしてあの酔っ払いを止めないと……
 私はグリーン君にここに残るように指示すると、サラセニアさん達の方向へと走り出す。
 幸いにも前に使った薬はまだ2本も残っている。あれを使えば止められるかもしれない…!
「おや、何故あなたがここに…?」
「あなたは確か…黒鳶さん?!」
 いつのまにか並走して走っている黒鳶さんの手には、物騒にも薙刀が握られていた。
「まさか、あれを止めるつもりですか?!」
「僕はこの町の町長なのでね。こういうハプニングを鎮めるのも町長の務めですから」
「でもあれ、どう見ても酔っ払いにしては様子がおかしすぎますよ?!」
「そんなものは分かっています。いつも彼女とは共にいますからね…だから早急に止めなくては。司さん!!」
 進路の先に通せんぼの形で立っていた司さんは刀を二刀構えると、迫り来る酔っ払いの上を取る。
「悪いな、ヤエ。ちょっと眠ってて貰うぞ」
 そう呟くと司さんは刀を交差させて叫ぶ。
「鏡月!!!」
 交差された刀身がブンッ…と光を纏うと、光の粒子と化して衝撃波を放つ。
 放たれた衝撃波に気がついた酔っ払い…ヤエと呼ばれた彼女は衝撃波を眼前にすると、あろうことか強引にもアッパーを繰り出し衝撃波を打ち消した。
「うっそだろ…?!」
 司さんは衝撃波がかき消された事に一瞬青ざめる。その隙を待っていたのか、ヤエさんは司さんの足を掴むと、勢いをつけて思い切りぶん投げた。
「……なっ!!」
 投げ飛ばされた司さんは砂埃を巻き上げながら真っ直ぐ私たちの方へと突っ込んでくるが、そんなの避け切れるわけもなく私は突風で飛ばされた。
「うぐぐ……はっ!」
 砂利と血の味でいっぱいになった口内に苦痛を感じつつも顔を上げると、えぐれた地面の先で黒鳶さんと司さんが2人揃って気絶していた。

「あわわわ!ど、どうするんじゃ!!あの2人がやられてしまったら、もうヤエを止められる者はこの町にはいないぞ!!」
 ジリジリと距離を縮めるヤエさんに、ルリさんはテンパってわき叫ぶ。
 まずいね…早く、援護に向かわないと……わた、しが…!
 しかし私の強い気持ちにそっぽ向く足は、全く動いてくれない。だめだ、さっき飛ばされた時に足をくじいてしまったみたいだ…くそっ!
「サラセニアさん!ルリさんを連れて逃げるんだ!!その間に私が…!」
 掠れた声で逃げるように叫ぶと、サラセニアさんは自信満々な顔でこちらに振り向く。
「無理しなくていいよ、アイリーさん」
「私は無理なんてッ!」
「ううん、無理してる。そんな状態で気張らなくていいのです。これは、不用意に首を突っ込んでしまったサラの問題。だから、サラが彼女を止める!!」
 口を閉じたサラセニアさんは懐からあの薬を取り出すと…腕にプスリと突き刺した。
 まさか躊躇なく薬を使うなんて…!
「うおおおおおお!!!!」
 苦しみ交じりに叫ぶサラセニアさんは頭上にくっついている植物をにょきにょきと伸ばし、その姿をおぞましい姿へと変えてゆく。
「はあ、はあ…」
 変化を終え息を整え始めたサラセニアさんの頭上には、全長10mはありそうな食虫植物がよだれをぼとぼとと垂らしながら生まれ出でた。
 いつも見る食虫植物よりも遥かにサイズが上回っている。ば、化け物だ…
「ありゃりゃ、すっごく大きくなったね、シャーク君!よーし、それじゃあ彼女を止めるのです!!」
 シャークと呼ばれた食虫植物はこくんと頷くと巨体に似つかわしくないスピードでヤエさんに近づく。
 食虫植物の影に気がついたヤエさんは一足先にアッパーを繰り出すが、食虫植物はそれをものともしない。
「今なのです!!」
 空中で身動きが取れないヤエさんに食虫植物は容赦なく噛みつき…ヤエさんは全く動かなくなった。
 え、えげつない…なんて恐ろしい。
「こらこら、食べちゃダメですよ!それから歯は…立ててないですね!よしよし、いいこいいこ!」
 サラセニアさんは食虫植物の元へと近づくと、頭を優しく撫でる。
「なんとかなった…かな」
 ほっと胸をなでおろし安堵の息をつく隣では、ルリさんが口を大きく開けたままぽかんとしていた−

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「この度はご迷惑をおかけしました。本当になんてお礼を言ったらいいか…」
 正気を取り戻したヤエさんは深々と頭を下げる。が、お礼ならサラセニアさんとグリーン君にと伝える。
「はあー…ただ情報を得るために来ただけなのに、とんでもない事に巻き込まれたもんだよ」
「そうね。お疲れ様」
 エルバさんは視線だけをこちらに向けると、意地悪そうに苦笑する。
「えーっと、あとまだ来てないのはカイエンさんだけかな?」
「全く、どこまで行ったんだあいつは」
 集合時間を過ぎても姿を見せないカイエンさんに対して、次第にチナシーさんがイラつきを見せ始める。
 うーん、もうかれこれ30分は経ってるもんなぁ。いくらなんでも遅いね…
「すみませーん!!」
「あ、きたきた」
 あまりに遅いから心配になってきたけど、いらない心配だったようだ。
 カイエンさんは息を切らしながら私たちの前で立ち止まると、何度も頭を下げて謝罪を繰り返す。
「そ、そんなに謝らなくても平気だよ。それより、何かあったの?」
「えっと…ですね。例の種と実の事を調べてたら遅くなってしまいまして」
「情報収拾は?」
 冷たい言葉にふと横を見ると、チナシーさんが険悪な顔でカイエンさんを睨みつけていた。
 その様子を見たカイエンさんは少し縮こまるも、話を続ける。
「それでですね、この実…まあ、〝願いの実〟とでも呼びましょうか。この願いの実の効力なんですけど…どうやら食べた者の欲望を暴走させ、身体能力を著しく上げる効果があるようなんです」
「欲望の暴走…?」
「そうです。気になってプラントプラネットに残っているラフティアさんに確認を取ってみたところ、あの倒れていた人はこの実をかじっていたようなんです」
「な、なるほど…じゃ、じゃあもしかして!!」
 まさかとヤエさんの方に振り向くと、ヤエさんはこくりと頷く。
「食べ…たんだね?この実を」
「食べ…たと思います。酔ってたんであんまり覚えてないですけど…おそらくは」
 なるほどね…だからこそのあの異常な身体能力ってことか。
 しかしこうなってくると、今以上に種と実の出所の捜索を急がなくてはいけなくなってしまったね…
「ちなみに覚えていたらでいいんだけど、この実をどこで食べたか覚えてない?」
「うーん…………ごめんなさい。きっと道に落ちているのを食べたとかだとは思うんですけど」
「そっか…」
 ダメ元で聞いてみたけど、やっぱり覚えてないかー…
「それはそうと、まさかお主が我の同志じゃったとはの〜。そうかそうか」
「あ、えっと、それはその…ちがっ……」
 口元をにまりと釣り上げ嬉しそうに頷くルリさんとは裏腹に、ヤエさんは顔を真っ赤にして必死に否定する。
「違うから!いつもそんな風には思ってないから!!」
「ほほう〜。どうじゃかの〜?」
「町長ー!!こいつ監獄送りにしてください!!」
「あははは…」
 賑やかになってきた会話に黒鳶さんは苦笑いをする。

「さてと、私たちはそろそろ次の町に行きますね」
「おや、もう立ってしまうのですか?きちんとしたお礼もまだ…」
「お気持ちだけで十分ですよ。でもどうしてもというなら…そうですね、何か情報を得やすそうな町ってありますか?」
「情報を得られそうな町…ですか」
 町長の黒鳶さんが住民達に尋ねてみると、人混みの中から1人の手が上がった。
 おや、あの子は確か…
「スカビオサさん…だっけ?何か知っているのかい?」
「んと、えと、その…」
 相変わらずもじもじしながらも口を開く。
「デゼヌエト…」
「デゼヌエト…って聞いたことあるような……」
「地下都市…だったような気がするわ。ルーナのどこかにあったはず」
「地下都市かぁ。そこに行けばいいんだね?」
「うん。そこに、物知りな魔女がいるって……聞いたことが…ある」
「物知りな魔女……」
「…っ!」
 ん?今一瞬チナシーさんの目の色が変わったような…気のせいかな。
「あてもないし、とりあえずそこに向かってみることにするよ。ありがとね」
「い、いえ……」
「よし、次の目的地はデゼヌエトだ。みんな、行くよ!」
 植物園のみんなに声をかけチトセヤガスリの住民達に別れを告げると、私たちは一斉に歩き出した。

 それから町を出て数分経った頃、唐突にグリーン君が口を開いた。
「ねえねえ、アイリー!」
「ん、なんだい?」
「あのね、アイリーやサラセニアが薬を使った時のあの状態、何か呼び名があった方がいいんじゃないかなって思ったんだけど、どう?」
「呼び名…か。別になくても困らないけど、何かあるのかい?」
 グリーン君は目を輝かせながら「うん!」と元気よく返事をすると、意気揚々とその単語を口にした。
「開花!」
「開花?」
「うん!見ててふわっと花が咲くようだったから開花!どうかな?」
「開花かー……悪くないんじゃないかな」
「それじゃあ!」
「うん、これからの呼び名はそれでいこう。いいよね、みんな」
 私の声に、全員が頷く。

 人々の欲望を引き出し暴走させる願いの実と、それに対抗するための手段である開花。
 ますます謎が残るこの実の事を、イオンはどれだけ知っているのだろうか?きっと、それもこの先の旅で分かるのだろう。
 でもなんでかな。軽い気持ちで乗り出した調査だけど、何か…胸騒ぎがする。嫌な胸騒ぎが……

第3話「2人だけの世界で」
へつづく。

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