ヴィオ「本日のメニューは」②

※読みやすさの為に、ヴィオの一人称を「俺」で表記しています。
※視点切り替えが頻繁に起こります。



「オマエに、頼みがある。」



ーー0と1で構成されたセカイ。
あらゆる時間的なしがらみから解放され、悠久の時間をゆったりと気ままに過ごす。

そう、オレは電子の住人ーー「アルファルド」

居心地のよいメカノアートのネットワークに居着いてから早幾時、今日も適当に掲示板サイトにでも転がり込んで、某無能魔人の悪口で1000レス埋めゲームでもしようと思っていた、のだけど、

画面の向こうで技術者らしい白衣を着た男たちと、コック帽を被った一人の男がこちらを見つめている。

ご丁寧に一時的にアクセスロックまでして、さらにダミープログラムで擬似的な隔離空間に閉じ込められてしまった。

ここから抜け出すのは骨が折れそうだ…



「……わざわざ情報逆探知プログラムまで使ってなんのつもり?オレ、別に悪いことなんてした覚えないんだけど。」

ーー個人攻撃以外は。

「だから、頼みがあると言ってンだろうが。」

空間に浮かぶ四角い画面の向こうで、白いコック帽を目深に被った料理人ーヴィオはオレに向かって先程の言葉を繰り返し、

「…オマエにしか出来ない頼みだ」

そう付け加えた。



~~~~~遡って数刻



「…クソッ」

…俺は今、悩んでいる。

今はこうしてメカノアートにあるレストランを経営している俺だが、元はと言えばこの仕事を始めたのは、腹を減らす全てのヤツらの元に俺の料理を届ける為だ。

しかし、現実はそう甘くはない。

正攻法では限界がある。少なくとも、キッチンカーを走らせて、行く先々で料理を振る舞うだけでは、とても間に合わないだろう。

そこで、俺は料理を現物のままではなく、電子空間を通して送り届けるという手段を思い付いた。

一見突拍子もなく思えるだろうが、ここメカノアートでは電子の住民が日常的に生活に現れるのだ。球体が電子空間を移動できるのなら料理だって出来ても何ら可笑しくはないだろう。

幸い、手元に金は幾らでもある。既に数ヵ月ほど前からメカノアートの技術者どもに相当額の報酬と、レストランの特待券を渡すことを条件にシステムの開発に取りかからせている。

そして、漸く電子空間に料理を送りこむシステムの理論と試作プログラムまでは完成したらしい。俺は料理以外の難しいことはよく分からないが、開発担当のヤツがそう言っていた。

そう、プログラムは完成した…のだが。


重大な問題があった。

それは、仮に電子空間に料理を送れたとして、一体誰がその料理を食べ、味の差異を伝え、プログラムの修正をするのかということだ。

つまり、試作段階のデバッカーがいないのだ。

「~~~!クソ、どうすりゃいいんだ…確かに、メカノアートに電子球体はいるが…そもそもがプログラムとか、電子ウィルスみたいなヤツらに味覚なんてあるわきゃネェよな……」

電子球体は食事を摂らない。そのことをすっかり失念…いや、食事と料理のことを常に考えているヴィオからすれば思い付くはずもない抜け穴だった。


が、その時
「……待てよ。”電子球体は”食事を摂らないンだよな。」

“アイツ”の存在を思い出した。

「試してみる価値はあるな。」

そう、食事を摂ったことのない電子球体ではなく、生身の体で、料理を食べ、活動していた…「味」という感覚を知っている、電子の存在、

ーーアルファルド



~~~~~

「…ふうん、つまり、オレに試食係になってほしいと。」

「そういう事だ。」

一通りの説明を終えて、ヴィオは頷く。

「勿論、タダでとは言わねェ……俺ができることがあるなら、力になってやる。」

そんなこと言われても、別に今悩みとか無いんだけどね。

……まあ、どうせ暇だし、手伝ってやってもいいかな。

それに…電子の体って、便利だけど結構退屈なんだよね。なにか、新しい刺激があるかもしれない。

「おっけー、いいよ。オレもちょうど暇だったし、ね!」

そんなことを考えながら、オレはにっこり笑ってヴィオの頼みを了承し

「料理、ねぇ…そういえば、この姿になってからもう何年……分かんないけど、”食べる”感覚なんて久々すぎだよ。」

旧い旧い友人に、久々に会いに行くような、少しの不安と大きな期待が胸に沸々と込み上げてくるのを感じていた。



~~~~~

「……助かる。俺としても、他にアテが思い付かなかったんでな。」

想定よりあっさりと承諾してくれた相手にやや気が抜けつつ言うと、そのまま画面に背を向けて歩きだす。

舞台は整った。やることが決まったなら、あとはそれを俺がやるだけだ。

「すこし待ってろ。もしこのプログラムとやらが上手く出来ていれば…俺が天国に連れていってやるよ。」

既に俺の気持ちはキッチンにしか向いていなかった。

「うわ、自信満々……てかちょっとキモ…アッ、やべ……聞こえてないか…」



モニターのある部屋から歩いてすぐの二重扉を潜り抜け、キッチンに入る。

そして、先程から既にぐつぐつと煮詰まり、気泡がひとつ弾けるごとに、芳醇で濃厚な旨味を辺りに漂わせる大鍋の前に立ち、俺は早速料理に取りかかることにした。



ーー「本日のメニューは……」



~~~~~

あれから十数分ほど経ったか、ヴィオが手に湯気のもうもうと上がる大きな丼を持ちながら戻ってきた。

「……それは…ラーメン?」

ヴィオが手にしていたのは、黄金色のスープに、分厚い焼豚と支那竹、じっくりとタレに浸かっていたらしく黄身まで濃い琥珀色をした味玉、それに青葱と海苔が添えられたラーメンだった。

普段液晶越しに見てもなんとも思わないただの画像であった”其れ”が、今は何故か、不思議と魅力的に見えてくる。

忘れかけていた、感覚が、体の奥からじわじわと這い上がってくる気がした。

「よし、これで、いいんだな…早くしろ、料理が冷めるだろうが」

ヴィオは画面の向こうでなにやら白衣を着た技術者らしき人らとやり取りをしているが、とうの昔に捨て去ったはずの一つの欲求が自分を支配しつつあるのを感じていた。



…早く食べたい。

「え」

思わず声が出た。
何時ぶりだろうか。そう思ったのはー

そして、次の瞬間



目の前に突然現れた”其れ”にオレの視線ーーいや、五感全てが釘付けになった。

初めてものを見る赤子のような気持ちで、丼に手を伸ばす。

温かい湯気。
食欲を刺激する香り。

久しぶりの感覚だ。

「本日のメニューは…黄金スープと熟成煮込み焼豚の濃厚醤油ラー…

「いただきます!」

もう待ちきれなかった。

一緒に転送されてきたらしい箸と蓮華を手に取り、暖かく誘惑するスープを口へ運ぶ……

「……まあ、いいだろう、食え。」


「~~~ッう、!!まい!!!!」



~~~~~

結論からいえば、試作プログラムは成功していた。

一口目を口に運び、暫く硬直した後、ものすごい早さで丼を空にしたアルファルドからは称賛の嵐を貰うこととなったし、構想段階で懸念されていた問題点もほぼ解決されていたようだった。

つまり、現段階でのシステム構築は順調だったのだ。俺はまた夢の実現に一歩近づけたということである。めでたい。

まあ、技術者のヤツらにはまだこれから実用化にむけて山ほど仕事が残っているのだが…それはどうでもいいので割愛する。

アルファルドには、今後も実験の際に協力をしてくれるかと要請したところ二つ返事で了承をもらった。

アイツも相当今回のプログラムを気に入ったらしく、全面的に協力してくれるという。心強い味方ができた。

……ただ、今回の出来事で、今まで忘れていた「食欲」と「食事の楽しみ」を思い出したらしく、今後も実験とは別で定期的に食事を提供することを条件にされた。

そのうち、電子空間に支店でもだそうか…などとまた空想を広げてしまう。

そうだな、今度、以外な常連客が出来たことをユリカ辺りに話してみるとするか…そうしたら、ラーメンの用意がいるな。

等と考えている辺りで今日は明日の仕込みをして寝ることしよう。

明日はどんな料理を作ろうか。誰に会うのだろうか。期待が高まるばかりだ。

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