雨のち月夜と虹の橋

『月はいつでも私達を見守っている
  そう、何時までも…』

「―これから、どうしよう」

生まれ故郷が無くなり、宛てもなく、ただひたすらさ迷っていた。

「…敵を、殺さなきゃ。
でも、どうやって探す?」

皆は武器…恐らく銃火器で殺されていた。
でも、武器なんて何処にだってある。
敵討ちをするとしても、どんな奴等が、何のために、私の同胞を殺したのか?
―それが分からなければ、何も出来ない。

「―まずは、奴等に対抗出来る力を、手に入れないと…
皆より、強くならなきゃ、
魔法だけに頼らず、
―奴等を殺す力を、身に付けなきゃ」

ぶつぶつと呟きながら、暗闇の中歩を進める。

「…あれ、霧?」

気がつくと、周囲は深い霧に覆われており、見渡しても何も見えない。

「…困ったなぁ。方角も分からないし…
とにかく誰か、ヒトが居る場所に向かおう」

暫くひたすら前に進む。
すると…

「これ、家?」

見馴れない建物が目に入った。

「…誰か、居るの?」

暗闇の中、建物に近付く。

「―おや、見ない顔だね」
「!!?」

突然後ろから声が聞こえた。

「こんばんは、旅人さん?」
「…こんばんは」

彼?は昔本で読んだような異国の衣装を纏い、動物の耳のような物を揺らす。

「こんな夜に迷い混むとは、ねぇ…。
運が良いのか、悪いのか」
「…貴方は、どちら様ですか?」

そう聞くと、彼は目を細める。

「ヒトに名前を聞く前に、自分から名乗らないと。
親に教えて貰わなかった?」
「…ごめんなさい。私はスペリカ。
スペリカ・B・アクレッシェ」

彼は不思議そうな顔をして、

「…長いね。貴族か何か?」

そう聞いてきた。

「…そんなんじゃ、無いです。
ただの魔法使いの一族です。
―皆、殺されましたけど」

そのまま、言葉をこぼしてしまう。

「………
取り敢えず。入ったら?
きみの話を”聞いて”あげるから」

見知らぬ彼に促され、目の前の建物に入る。

「…お邪魔します」
「ん、こっち」

彼の後を付いていくと、彼が壁を動かし、草の匂いがする部屋に通された。

「ちょっと待ってて。今お茶を持ってくるから」
「え、えっと…はい」

彼はクッションに似た何かを床に置くと、部屋から出ていった。

「…ここ、何処なのかな」

改めて、今の状況を振り返る。
気がついたら何処かに、―異世界?―に居て、彼に建物―恐らく家―に案内されて、

「…話を聞いてくれる、みたいだけど…何で?」

そう呟いていると、

「ただの気紛れ。だよ」

壁が動き、彼が現れる。

「………気紛れ、ですか?」

驚きを隠しながらも、言葉を返す。

「そ、気紛れ。
久し振りの[マヨイビト]だし、暇潰しになりそうだから」
「…あまり、良い話ではありませんよ?」

彼は[お茶]を準備し、クッション―座布団、というらしい―に座る。

「…とにかく、話して?
面白いかどうかは、後で考えるから。
―それに、」

彼は一度口を閉じ、

「…声に『出』して、溜まった闇を『出』さないと、
―呑まれて、死ぬよ」

緋色に、金色に、輝く瞳で、強く見つめてきた。

―彼に促されるままに、遭ったことを語る。
帰ってきたら故郷が何者かに襲われ、全てを破壊されていたこと。
抵抗する間も無く、異国の武器…銃によって殺されていたと思われること。
町を回っても、生きているヒトは誰も居なかったこと。
―襲ってきた奴等を殺すために、力を必要としていること。
彼は、黙って聞いてくれた。

「…そういうこと、ね」

喉が乾いて、すっかり冷めてしまったお茶を飲む。
美味しいけれど、とても苦く感じた。

「突然だけど、さ」

彼が立ち上がり、私に近づく。

「君は、神様って信じてる?」
「…?」

質問の意図が分からず、目を細めていると、

「どんな内容でも良い、きみが思うように言って」

そう付け足される。

「…私は、
神様は、ヒトを見るという仕事をするために、存在していると思います。
基本的には、何もしない。
するのは、[天罰]という形の、絶対的なふるい落とし。
―それ以外では、干渉しない。
そんな、存在」

自分なりの考えを示すと、

「―ふうん。
面白い考え方だね。
そう、神は何もしない。
―正確に言うと、『出来ない』」

そう言いながら瞳を閉じ、体の向きを変える。

「…ヒトが望むことを、全てを叶える」

一歩、

「そんなこと…出来ないんだよ」

また一歩、

「神様だって、万能じゃないんだ」

もう一歩。

「―僕みたいに、ね」

立ち止まり、瞑っていた緋色と金色の瞳を開く。

「…あぁ、そういえば名乗って無かったね。
僕は月読―天世月読。これでも神様だよ。
改めまして、よろしくね!」

笑顔で手を差し出してきた。

「…神様、だったのですか?」
「そ。気づかなかった?」

彼はそう答え、小さく笑う。

「…神様は、ヒトに姿を見せることは滅多に無いと思っていたもので」

そう言うと、瞳を少し濁らせる。

「…そうだね。でも、今はちょっと事情が違うから」
「…?」

彼…月読の言葉の意図を探っていると、

「あ、そうだ」

声と手を叩く音で中断されてしまう。

「故郷が壊滅した、ってことは、帰る場所は無いってことだよね?」
「…はい。」
「じゃあさ、
…暫く此処に住まない?」
「………え?」

突然、思わぬ提案された。

「此処なら、きみが望むのなら何時までも居ていいんだよ。
『来るもの拒まず去るもの追わず』だからね
…勿論、無理にとは言わない。
でも、突然全てを失ったきみは、独りで生きていけるかい?」
「………」
「…少なくとも、
―その壊れた精神が治るまで。
それまで此処で療養するのも良いんじゃない?」

その言葉に、首を傾げる。

「…別に、私は壊れていませんよ?」
「酔っぱらいは『酔ってない』っていうもんだよ。
無自覚とは…よりたちが悪い」

彼は溜め息をつき、頭を振る。

「とにかく、暫く此処に居て。
丁度人手が足りないんだ」
「…?」

その声と共に、
子供の泣き声が、聞こえた。

「…あ、起きちゃった」

彼は立ち上がり、再び壁を動かす。
気になって着いていくと、別の壁に近づく。
声はそこからのようだ。

「ゃぁぁ…つき、どこぉ…?」

その嗚咽混じりの声を聞きながら、彼は壁を動かし、数歩進む。
そっと部屋を覗くと、子供…恐らく声の主が涙目でこちらを、彼を見ていた。

「つきっ…みつけた!」

子供は彼に駆け寄り、すがり付く。

「ん、ごめんね。ちょっと散歩してた」
「うぅ…ふぇぇ…」

…邪魔してはいけないと思い、そっと離れる。
しかし、何かに掴まれる感触。

「ごめん、ちょっと待って」

私を掴んでいるのは、彼の装飾の一部のようだ。
声に呼び止められ、立ち止まりつつ振り返る。

「…ええと、何でしょうか?」

「この子、拾ったんだけどさ。
僕、子育てとか分かんなくて。
手伝ってくれない?」

…今思うと、断ることも出来た。
それをしなかったのは、この悲しげなカミサマを、そのまま放っておくことは出来ないと思ったからだろう。

「…私で良ければ。お手伝いしましょう」
「ホント?ありがとーね」

子供をあやしながら、彼は小さく笑った。
…その姿は、カミサマというより、一人の父親の様に見えた。

それから暫く家を借り、里でお世話になった。

兎の彼(彼女?)のイタズラを嗜めたり、

鰻の彼女(彼?)と一緒に病人の治療をしたり、

鬼の彼と酒の飲み比べをしたり(年齢については突っ込んではいけない)、

獣の様な風貌の彼女の仕事を手伝ったり、

彼女のお守りをしたり、

…そんな、長閑な日々を過ごしていた。

―ある日。

『―ダレカ、キテ―』

…その声で、飛び起きる。

聞き覚えの無い、しかし懐かしい声。

「…あのこに、よばれてる。
―はやく、いかなきゃ」

部屋から飛び出し、小雨の降る外に出る。

「…何処に行くの?」

その瞬間、少しだけ咎めるような色を孕んだ声が聞こえた。

「…月読、様」

彼は満月に照らされながら、ゆっくりと歩み寄る。

「…こんな真夜中に、夜逃げみたいに出ていくことは無いんじゃない?」

少しだけ寂しそうに、笑う。

「…ごめんなさい。
―私、呼ばれたんです。
早く、行かないと、」「じゃあさ、」

彼が言葉を割り込ませる。

「…外に出るなら、[お願い]聞いてくれない?」

月の様に煌めく瞳と、夕陽の様に輝く瞳で、見詰めてくる。

「…お願い、ですか?」
「そ。カミサマのお願い。
聞いてくれたら、ご利益あるかもよ?」

声に少しだけ自虐的な色を込めつつ、答える。

「…私は、貴方のお陰で自分のするべき事が分かりました。
貴方の願いなら、尽力いたしましょう」

確固たる意思を持ち、返す。

「…ありがとう。じゃあ、[お願い]。

僕のことを、僕が此処に居ることを、世界の人々に教えて」

そう言いながら、何処からか鏡を差し出す。

「…君に、託すよ。」

瞳を細め、小さく呟く。

「―分かりました。貴方の願い、受け取りましょう」

鏡をそっと、壊れ物に触れるように慎重に受け取る。

「…今回は、僕から皆に言っておくからさ。
また、おいで。此処は、君のもうひとつの故郷だ。
…僕達は、何時までも君を待っている」

そう言いながら、彼は私に微笑む。

「―はい、また来ます!」

…決心が揺るがないうちに、振り返らずに、此処の出口に向かう。

―故郷で私を待っているのは、誰だろうか。
新たな出会いの可能性を胸に抱きつつ、里の外へ飛び出す。

―夜空に淡く、月虹が架かっていた。

「…兎は、寂しいと死んじゃうんだよ。
だから、また会いに来てよね?」

同じ空を見つめながら、兎は小さく呟いた。

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