【小説】ツキウガチ 第1話

 運命っていうのは複雑だ。

 良き導きや結びをしてくれる事もあれば、時には残酷な仕打ちでさえ平気な顔して打ち付けてくる。

 それでも人は己の運命からは逃れられない。それが例えどんな運命であったとしても……

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 ピンポーン。
「…あ、やっと来たか」
「はい、これハーフ&ハーフのピザね。お金は…」
「ほらよ」
「えっと…丁度だな」
「じゃあな」
「ああ」
 もう何十回も繰り返したやりとりを終えると、緑色のパーカーを羽織ったそいつはクルリと背を向け淡々とドアの鍵を閉めた。
「さて、次に行くか」
 そう小さく呟きいつもお世話になっているスケートボードに残りの配達物がしっかりと固定されているのを確認し勢いよく蹴りだすと、高い高い高層住居を後にする。
 あまりスピードを出しすぎると人にぶつかる恐れがあるため、ほどほどの速度で右へ左へと駆け抜けてゆく。まあ、そうでなくとも街全体が暗さを増して行くから必然的に徐行するハメになるんだけど。
 前方に十分注意を払いながら一件、また一件とピザの配達を済ませ、最後のお客に届け終わる頃には辺りはより一層暗闇に包まれていた。
 だがそれは俺が配達していた路地裏通りだけの話。ふっと視線を南東に向けると、チカチカと輝く街一番の巨大な塔がそびえ立っていた。あの、街を象徴する忌々しい〝コクーンタワー〟が。

「よう、また懲りずに配達か?」
「よくとまあ毎日毎日飽きもせずクソ真面目に働くねぇ。そんな事しなくても楽に稼ぐ事自体…」
「うるせえ。お前らと一緒にすんな」
 あまり見たくない顔に背後から声をかけられそう吐き捨てるが、そんな言葉に聞く耳を持たない2人はケラケラと笑いだす。
「ヒャヒャヒャ!!おいおい、俺をこいつと一緒にするなヨ!これでもこいつよりはまともだゼ?」
「あー?アンタも同じようなもんだろう?この前だって影使って店の食いモン取ってたよねぇ?」
「あ、あれは腹減ってたんだから仕方ねえだろ!!」
「言い訳は見苦しいねぇ」
「やんのか?」
「あ?」
「お?」
「はいはい、2人ともやめるやめる」
 互いにガンを飛ばし今にも喧嘩を始めそうになっていたので、急いで間に入って制止する。
 2人は今だにチリチリと火花を散らしながらも、固く握った拳をゆっくりと解いてゆく。
 やれやれ、これだからこの2人に会うのは嫌なんだ。そんなに気が合わないなら会わなきゃいいのに。
「…で、俺に何か用か?ヨギリ、ティーラ…」
 俺が問いかけると、2人は顔を見合わせてから口を開く。
「それがよ、なんとも面白い噂を耳にしてヨ」
「面白い噂?」
「そうさ。人が本に吸い込まれて行方不明になるっていう話」
「本に吸い込まれるー?」
 全く、何を言い出すかと思えば…単なるホラー話の類か。
「ヨギリ…お前、それまたティーラに騙されてるだけだぞ?」
「いや、今回はこいつから聞いた話じゃねえんだヨ。街の…富裕層のやつらがこそこそとしていた話だ」
「それだって怪しいものだけどね」
 光り輝く摩天楼を横目で見ながらそう呟くと、ヨギリは「まあなァ…」と声を漏らす。
「まあー、一応気をつけなって事だねぇ」
「一番気をつけるべきはティーラ、お前だと思うんだけど」
 意気揚々と話す黒猫をキッと睨みつける。
「おっと…怖い怖い。ま、信じるも信じないもアンタ次第さ。そもそもこの話はワタシ発信ではないけどねぇ」
 ティーラはニッと笑みを浮かべて他人事のように言葉を並べると、さらに暗い路地裏へと足を運んで行く。
 どこへ行くんだと問うと、ティーラは
「さあて、どこだろうね」
と呟いて姿を消した。

「……俺もお暇させてもらうか。じゃあな、ネロ」
 ヨギリはそう言うとティーラにつられるようにその場から立ち去り、か細い街灯に照らされた自分だけが残った。
「…帰るか」
 スケートボードに足を乗せ地を蹴り、ゆっくりと帰路につく。
 噂…か。そんなに気にするほどの事でもないと思うが、富裕層の間で出回っていた物だし何かコクーン財閥が絡んでいる可能性もあるな…
 そんな事を考えていると突然曲がり角から飛び出してきた子供にぶつかりそうになり、咄嗟にブレーキをかける。
 …が、流石に間に合わず衝突しかけたところで決死のハイジャンプを試みると、どデカイ看板へと勢いよく突っ込んだ。
「痛っ……」
 ジンジンと痛む顔を両手で押さえながら地面に叩きつけられると、俺が落ちる音を聞いたであろうその子供は「あ、ビガヂュヴだ!!」と特に気にかける様子もなくどこかへと走り去って行った。
「く、くそ…なんて厄日だ。いや、厄日と言えば毎日が厄日みたいなものだけど……あの子供め、あれが歩きスマホってやつか……」
 頑張って避けたのに謝罪の1つもない事に怒りを覚えながらも立ち上がると、大事なスケートボードを探しあちらこちらと首を回す。
「あ、あったあった」
 数十メートル先まで吹っ飛んでいたスケートボードに近寄ると、スッと拾い上げる。
「ん?なんだこれ」
 するとボードの影から一冊の本が顔を覗かせてきたので、不審に思いながらもその本を手に取る。
 多少埃を被ってはいるが、どうやらどこにでもありそうな極々普通の本のようだ。
「本……か」
 噂の事が頭を過ぎりながらも本のタイトルを確認する。
 タイトルは〝月に恋した少女〟か。なんか小さい頃に聞いたことがあるような…そんなタイトルだな。
 試しにペラペラとページを何枚かめくってみると、挿絵と文章が同じページ内に収まっており、小説というよりかは絵本に近い感じだった。
「…至って普通だな」
 そう思ったのもつかの間、突然ページが白紙を迎える。あれ?と思いつつひたすらめくるが、それから先はずっと白紙だけが続いていた。
 不良品かな、と思っていると最後のページに一行の文が記されていた。
 なんで最後だけ…えっとなになに、
「シゥイト•エセ•ヴォート?」
と疑問に思いつつも読み上げると、突然目の前が真っ白になった……

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「………ん、あれ、どうなって…」
 ふと気がつくと、見知らぬ景色が目に飛び込んできてゆっくりと起き上がる。
 ぼうぼうと生い茂る雑草にうっとおしさを感じつつも周りを見渡すと、今にも朽ち果てそうな木々に囲まれていた。
 どうやらどこか森の中のようだが、どうにも薄暗くて気味が悪い。それに何故こんな所にいるのかも不明だ。
「まさか…本当に本の中に吸い込まれてしまったのか?」
 いやいや、そんな馬鹿な。と今起きている現実を否定するかのように首を振る。
 そうだ、きっとこれは夢か何かだ。きっとそうに違いない。そう思って思い切り頬を殴ってみるが、強烈な痛みが残るだけだった。
「はあー、仕方ない。とりあえず移動するか」
 そう決めてスケートボードに足を乗せた時だった。足元を影が覆い後ろを振り返ると、そこには見た事もない4足歩行の化け物が巨大な口からヨダレをたっぷりと零しながら立っていた。
「うっ…⁈」
 直感でヤバイと感じ前方に飛び転がり距離を取って顔を上げる。するとさっきまで自分がいた場所はドロドロの得体の知れない液体で埋め尽くされており、置いてきてしまったスケートボードは少しずつ溶け始めていた。
 あれは…酸の類か。咄嗟に反応して離れたのは良かったが、あの野郎俺の大事なスケートボードを溶かしやがって…!
 怒りを抑えきれず懐から金属バットを取り出そうとした…その時だった。
 突如化け物が左方に吹き飛ばされ宙を浮いたかと思うと、木々に衝突する間も無くバラバラに砕け散った。
 目の前で起こった出来事に目を点にしていると、何者かがドサッと大地に足をつける。
 その白黒のバンダナを身につけた白髪の男は俺に気がつくと、ゆっくりと近づいてきて口を開く。
「やあ、君も迷子かい?」
「え?えーっと…」
「あ、まだここに来たばかりって感じかな?とは言っても、ボクも1日前に迷い込んだばかりだけどね」
 男は笑いながらそう言うと、言葉を続ける。
「そうそう、自己紹介がまだだったね。ボクはラレイヴ。どこにでもいる一般人さ」
「俺は…ネロ、だ」
「ネロ君か。よろしく」
 ラレイヴから差し出された手を軽く握り握手を交わす。どうやら敵ではないようだ。
 少しほっとしてスケートボードを回収しに行くと、ボードは半分溶けて使い物にならなくなっていた。
「ダメ…か」
 無残な姿にされたボードに心を痛めながらも残っていた液体を振り払うと、懐へとしまい込む。
 その様子を見ていたのかラレイヴが「大丈夫か?」と聞いてきたが「ああ」とだけ返す。
「さてと、ここにいても仕方ないし出口でも探そうか」
「出口って…当てでもあるのか?」
「ない!」
 きっぱりと答えるラレイヴに大丈夫かこの人…と思っていると、スッと真面目な表情に変えたラレイヴは話を続ける。
「だけどここはダンジョンだ。ダンジョンである以上必ず出口はある」
「ダンジョン…⁈」
「あれ?知らなかったのかい?一冊の不思議な本の中に存在するという幻のダンジョン。それがここ〝リーヴル•ディ•リュン〟さ」
「そんな事が…」
「あり得る。本に記された呪文を唱えれば、誰だってこの中には潜り込めるんだ。もう現実は見ただろう?」
 淡々と告げられる事実に頭の中の処理が追いつかない。
 本の中にダンジョン?呪文を唱えると中に入り込める?嘘だろ……⁈
 とても信じがたい事だが、実際ラレイヴから説明された事は一寸の狂いもなく起こり得ている。という事は、本当に……
「信じたくはないけど、信じざるを得ない…か」
「やっと信じてくれたか」
「まあ…不本意だけど」
「いや、それでいいよ。普通は信じがたい事だしね。ボクは興味があって自分から入ったから別だけど」
「ふーん」
「よし、行こうか」
 一通りの会話を終えると俺たちは深い深い森の奥へと足を踏み入れていった…

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「出口…見つからないな」
「少し休憩しようか」
 ドッと腰を下ろし雑草の上に寝転がると、幾重もの葉を見つめる。
 あれからかれこれ数時間は歩いているが、出口のようなものは一向に見つからない。それどころか景色も全く変わらないため、同じ所をグルグルと回っているようにも感じた。
 まあ…まだそれだけなら良かったんだけど……
「ん、また来たね」
「やれやれ…休憩くらいさせて欲しいな」
 雄叫びを上げた化け物が目の前に現れるが、いち早く切り込んだラレイヴが黒い剣を手に一太刀で化け物の体を半分に斬り分ける。
「こんなところか」
 化け物が死んだことを確認すると、ラレイヴは戦闘体勢を解きこちらに戻って座り込む。
 これで5回目くらいか。どれだけいるか分からないが、かなりの頻度で化け物に襲われている。
 俺だけなら流石にマズかっただろうけど、ラレイヴがいるおかげで今のところは無傷だ。というより、この人の強さは異常じゃないか?現れた化け物は全て一撃で倒しているし、休憩させて欲しいと言っておきながら一度も息を切らしていない。一体何をすればここまで強く……

「……!」
「どうした?」
「遠くで小さな金属音がする。他にも誰かいるのかもしれない」
「え?あ、ちょっと待って!」
 すぐさま立ち上がり走り出していくラレイヴに置いて行かれないように彼の背中を追いかけてゆく。
 なんだと思いつつもますます暗さを増してゆく木々の間を潜り抜けていると、ピチャリと音を立てて右足が妙に温かい液体に触れる。
 恐る恐る視線を落とすと、そこには倒れたままピクリとも動かない女の人と刺激的な色を映しながら溢れ出る液体が辺りを侵食していた。
 あまりの光景に背筋が凍りつき「ゔっ」と催しそうになった吐き気をグッと堪える。
 なんだ、なんなんだこれ。どういうことなんだ。人がし……
「おい、早まるな!!」
 ラレイヴの声にハッとし足元に広がるもの達から目を背けながら彼の元に辿り着くと、開けた空間内に醜い化け物と剣を手放した少年、そしてその少年に手を伸ばして近づくラレイヴが目に映りこんだ。
 訳も分からず立ち尽くしていると、少年は「これじゃあゆうしゃとは、なのれない」と言って化け物にその身を差し出す。
 すると少年はガクリと崩れ落ちたかと思うと、突然大きく口を開き「アハ…アハハハッ…アハハハハハハハハッ!!!!」と笑い始めた。
「これで僕は!!僕はッ!!!」
 狂ったように頭を引っ掻き回し化け物へと近づく少年の目は錯乱しきっていて、とても正常とは思えない。
 そんな少年に化け物が大きく拳を振り上げるのを見て「あっ」と声を漏らす。
 この距離からじゃどう足掻いても間に合わない…!
 助ける事を諦めて目を閉じようとしたその時、目にも止まらぬ速さでラレイヴが化け物の懐に潜り込むと、身をよじらせながら化け物の体を斬り上げた。
 い、いつの間にあんなところまで…ラレイヴがいた場所からも到底間に合うとは思えない距離だったのに……
 ラレイヴが化け物からの返り血をタオルで拭き取りつつ少年に近寄るのを見て、俺も2人の元へ足を運ぶ。
 …少年は小刻みに震えて歯をガチガチとさせており、とても話せる感じではない。

 それでもラレイヴは少年の肩を揺らすが、こちらに目を向ける様子は皆無だった。
 ラレイヴは目を閉じ全てを悟ったような顔を見せると、黙ってその場から立ち上がる。
 だが俺は状況が把握できなかったので、ラレイヴに問いかける。
「なあ、こいつは一体どうしたんだ?何が起きて…」
「化け物に…」
「…?」
「化け物に、魂を売ってしまったんだよ」
 魂を…売った?
「きっと、魂を売ってまものになれば、あの化け物を倒せると思ったんだろうね…仲間を見殺しにしてまで」
「仲間……ハッ!」
 ということは、ここに来るまでにそこらで転がっていた人達は、全員この少年の仲間…だったというのか。
 力を得るために仲間を犠牲にする…そんな決断を迫られたことはないが、今も泣き続ける少年の姿を見るからに、正しい選択ではないな…

「ネロ君」
「な、なに?」
 先ほどよりも険しい顔で俺の事を見つめるラレイヴに気押しされながらも、返事を返す。
「君はこの少年の行動をどう思う?」
「どうって…間違っているとは思うけど…」
「そうだね、確かに仲間を犠牲にして力を得るなんて、そんなのは間違っている。でもね、もっと間違っている事がある」
「もっと間違っていること…?」
 俺が聞き返すと、ラレイヴは目を閉じ口を開く。
「それはね、選んだ選択を後悔することだよ」
「選択の…後悔?」
「ああ。君もこの先、土壇場で辛い選択を強いられる事があるかもしれない。だけど、選んだ選択肢がどんな結果になろうとも、後悔だけはするな。例え間違った選択だったとしても、前だけ向くんだ。そうすればきっとまた、道は開ける」
「は、はあ…」
 話がよく分からず適当に相槌をうつが、自分にそんな話をしたラレイヴの顔は…どこか悲しそうだった。

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「あ、あった!あれが出口じゃない?」
 このお話の中の少年と別れ歩き続けていると、ついに出口らしき光を見つけて思わず指を指す。
「うーむ、出口…とは少し違いそうだけど、ここからは移動できそうだね」
 何もない空間にポッカリと空いた2つの穴を見たラレイヴは、そう呟く。
「出口じゃないのか⁈」
「ああ、どうやら別のお話に繋がっているようだね」
「そんなぁー」
 この世界から出られないという事実を打ち付けられ、ガックリと肩を落とす。やっと出られると思ったんだけどな……
「まあ…こんな化け物だらけの場所にいるよりかはマシかー…それで、どっちに行く?」
「うーん、そうだね…じゃあボクはこっちに行くから、ネロ君はそっちを頼むよ」
「え、別れるのか⁈」
 強力な人と離れ離れになる流れに、思わず大声を上げてしまう。
「いや、だってボク達の他にも迷い込んでいる人達がいるかもしれないでしょ?」
「それは…そうだけど」
「そういう事だから、そっちはよろしくね、ネロ君。さっきの少年のようなお話の中の住民と迷い込んだ外からの住民を間違えないようにね。それじゃあ、また後で会えたら会おう!」
 そう言ってラレイヴは空間の亀裂へと消え去ってしまった。
 あの人がいれば百人力だったんだが…仕方ないか。
「次こそ出口があるお話だといいな」
 そんな悠長なことを呟きながら、次なるお話へと足を突っ込んだ。

つづく…!

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2件のフィードバック

  1. ミツコア より:

    ついにはじまったッ!
    ラレイヴの実感のこもった言葉がしみじみと来ますね…
    しかし共に行動はしないのか…幸運を祈って(フラグ)

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