月神様の気紛れ

「…暇」
部屋の中で、有り余る時間をもて余す。散歩しようかと思ったが、外はあいにくの雨。
「雨が降ってない所に行こうかな…?」
鏡池に向かい、飛び込もうとした瞬間、
(…て、)
…雨に飲まれかけた、小さな誰かの声が聞こえた。
「…何だろう?」
何故だか気になって、声の聞こえた場所に移動するため、池に飛び込んだ。

…出た先では、大粒の雨、そして、戦があったのだろうか、ヒトの亡骸と、血の海が広がっている。下手に歩くと着物が汚れそうだ。
…視界の隅で、微かに何かが動いた。そちらに向かうと、血に染まった剣を持つ、一人の少年が倒れていた。
「…ねぇ、きみ生きてる?」
話しかけると、無言で剣を振るってきた。疲れてしているのか、あまり勢いのない切っ先を危なげなく避ける。
「もう、危ないなぁ…いきなり攻撃しないでよぅ!」
突然の行動を咎めると、彼はゆっくりと口を開き、少し聞き取りにくい小さな声を出す。
「…お前は、敵か?」
「…きみの敵が誰か知らないから、何とも言えないね。とりあえず、僕は旅人だよ。偶然此処にたどり着いただけ」
その言葉で少し安心したのか、剣を落とす。そして、懇願するような瞳を向けながら、口を開く。
「…旅人なら、頼みがある」
「…頼み?[お願い]ってことかな?…いいよ、聞いてあげる」
(…この状況の[お願い]なら、{故郷の家族への伝言}、とかかな?)
「…ボクを、殺して」「…へ?」
予想から大きく外れた[お願い]を発する彼の目は、迷いながらも覚悟している目だった。
「何、言ってんの?」
彼の本心を確認するため、驚く振りをしながらわざと質問する。
「…俺が生きて帰っても、また戦地に送り出されるだけだ。もう、これ以上、ヒトを殺したくない…」
「………」
(…洗脳されてた、のかな)
この広い世界では、兵を戦争に送り出す時…狂った価値観を植え付ける国もある。彼は、その価値観の可笑しさに気づいたのだろう。
(何でわざわざ死に急がせるかなぁ…)
「ふぅん…じゃあ、死ねば?」「…え、」

月読さんと少年兵

三日月形の刃が彼を抉り、痛覚を刺激する。それと同時に、傷口に雨が染みる。
声にならない悲鳴が、月の神の鼓膜を震わせる。

「痛い?…痛いよね。
これが、きみの望んだ[死]だよ」

苦悶の表情を浮かべる彼の瞳に最後に写ったのは、さっきまでとは全く違う、ただただ無表情な、異国の衣装を身に纏ったヒト。

「…命は粗末にするものじゃ無いよ」

薄れゆく意識のなか、そんな声がきこえた。

「さて、お早う!」
「………あれ、」
彼が目を覚ますと、雨は止み、綺麗な満月が優しく大地を照らしていた。
「ボク、さっき、死んだはず…」
「良い夢、見れた?」
先程彼を[殺した]月の神は、何事も無かったかのように笑顔で話しかける。
「…ゆめ、だった?」
(…あんなに、痛かった、のに?)
「…ねぇ」「…はい」

「まだ、死にたい?」

「……………」
「悩むってことは、[もう死にたくない]ってことでしょう?」
「…そう、なのか?」
「そうだね。少なくとも…僕はそうだと思うよ?」
「…俺は、[生きたい]、のか…」
呆然としながら、自分の手を、血で汚れてしまった剣を見つめる。
「…きみの生まれた国だけが、きみの[世界]じゃ無いよ」
その言葉に反応して、驚きに染まった顔を上げる。
「この世界は、とても広い。きみが[生きる]ことを許してくれる[世界]が、きっと何処かにある」

「そんな[世界]に出会えるように、きみを[祝福]しよう!」

🌙🌓🌔🌕🌔🌓🌙

「ふあぁ…」
目を覚ますと、いつもの見慣れた風景が緋色に染まっている。かなり長いこと寝ていたのだろう。
(…懐かしい夢を見たな)
数年前、気紛れで助けた少年兵士。[祝福]してから一度も会っていないけれど、

「あの時の彼は、[世界]を見つけられたかな?」

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